第六話 狂王の再来と幼い神官
またここにいる。
転生を繰り返したせいだろうか、世界の歪み、深淵に意識が飛んでしまっている。
ここに長くいすぎたせいだろうか、ここは気持ちがいい、深く深く沈んでゆくのを感じエレナはそっと目を閉じる、やっと思い出した、わたしが転生を繰り返す理由。
本命はセーデルであってセーデルではない、わたしの目覚めが遅いばかりにアレが目を覚ましたのだ、そしてセーデルを操っている、操られているとは知らない愚かなセーデル。
狂王はその名の通り、狂った王だ。
何千人もの奴隷をやせ細るまで働かせ、自身の愛した女性のために建てた宮殿の地下に、人柱として生きたまま閉じ込めた。
それを何度も繰り返し、人々の生き地獄の苦しみは混沌の闇となって世界を黒く染め始めた。
だが世界は均衡を保とうとする。
そこに光のマナをもつ神官の子供が現れた。
神官さま・・・・エレナは手を上げる、小さく幼い手が光の中からこちらに差し伸べられる。
「ジェイン神官っ!!」
掴もうとした手は宙を切る。
「あ、気が付きましたか、エレナ」
アロが包帯を取り換えていたのだろう、患部からそっと手を離した。
「あ、シャルル、シャルルは!?・・・・っ」
アロが起き上がろうとするのを優しく止める。
「浅いとはいえ、七針も塗ったんですからそんな簡単に治らないんですよ、」
あの痛さで七針、わたしは意外と辛抱強いと思っていたけどあの痛みは尋常じゃなかった。
「あの、手当てありがとうございます、・・・シャルルはどうしています?」
「大丈夫です、」
アロは言葉を一度区切ってしっかりとエレナの瞳を捉える、その黒い瞳を。
「一時は錯乱が酷かったのですが、今は落ち着いています、ちゃんと食事もとっていますし、何よりシャルルがエレナと早く話をしたいと言っています」
エレナはその言葉にほぅっと息を吐く、彼にあればそれはわたしの落ち度だ、どうしてあそこにまで闇が深くなっている事に気が付かなかったのか、いや、シャルルはきっとどこかで感じていたのだろう、かれの叫びを聞いて思った。
彼の心の強さ、それがわたしの感覚を遠ざけた、常に明るく前向きな発言をし周囲を元気づけていたシャルル、そんな彼の心根に安堵して見失っていた、見逃してしまった、
もっともっと感覚を鋭く研ぎ澄ませなければ。
ここにいる誰をも混沌の闇には触れさせない、二度と。わたしが引き寄せてしまったセーデルの闇を、近づけさせはしない。
「エレナ、もう少し目を閉じていた方がいい、」
様々な考えが頭をよぎり、どうしようもなく自分がみじめになる。
いつも間にか額に玉のような汗が噴き出していた、それをアロはそっとふき取る。
「あなたは考えすぎる、まぁ自分でもそれを言うのはどうかと思いますが、人間は強い、全てを担うなんて荒唐無稽というものですよ」
アロが優しく話しかける、不思議だ、いうものなら氷のようなどこまでも透き通った水色の瞳が、エレナを監視するように見ているのに。
「アロが優しい・・・」
「病人には優しいんですよ、わたくしも鬼じゃありっませんから」
その答えにふっとエレナが笑う、その瞬間脇腹に痛みがはしる。「・・・っ」
「こまったお嬢さんですね、ちゃんと安静にしていてください、あなたが眠るまでここにいますから」
いつからだろう、このアロの几帳面さと頑固さと冷酷さが、心地よく感じるようになったのは。
これは彼なりの仲間への信頼の証なのかもしれない、今は現世にとどまりたい、そう思い手を伸ばす。
アロはそっとエレナの手を取り、両手で包み込む。
安心したのかエレナは再び眠りにつことが出来た。
「医療の技術があるやつは得だな」
エレナが寝たことを確認しアロは部屋の外へ出た、シュベルははおそらくずいぶん前から部屋の前で待機していたのだろう、そんな気がした。
「じゃあ、その医療技術を身につければよろしかと」
涼しい顔して皮肉めいた言葉を口にするアロ、それができるなら等も昔に身に着けている、アシュベルは見守るしかない歯がゆさに苛立ちを隠せない。
だがアロがいてくれてよかった、彼の表情を見ればエレナの処置が上手くいっていることが分かる。
しかしエレナを静かな環境に置いておかなければならないのは分かるが、こうも彼女の顔を見る事ができないのは、想像以上に辛い。
近況をアロから聞くことくらいしかできない。
「エレナの様子は順調そうだな、なにか異変はないか・・・」
思い出したようにアロが慎重に話す。
「ああ、エレナは目覚めましたよ、それから、うなされながら何かを口走っていました・・・もしかしたら何か思いだした可能性がありますね」
ジェイ神官、そう彼女は呼んだ、最上級の敬意をこめて。
「エレナが目覚めたって!?お前そういう事は早く言えよ」
「ジェイン神官、どなたでしょうね、あの様子からとても大切な方のように思われました。本当に転生の事を思い出したなら、エレナの、わたし達の向かう方向性がわかりますね」
焦るアシュベルを無視して、アロは彼女の言葉を反芻する。
そして、今更ながらに転生を繰り返してきたという事実を、重く受け止める。
どんな人生だったのだろう、彼女の送ってきた光の魔法士として転生を繰り返すという、天からの宿命ともとれる使命。
どんな気持ちだったのだろう、人のために生きるだけの人生を繰り返すという事は。
分かるはずがない、未熟すぎる自分には。
「エレナは強いよ、本当に驚かされてばかりだ、少しでも彼女の役に立てるなら今はそれだけでいい」
アシュベルが力強く言う。
アロは彼のその強さに惹かれる、やはりこんな時でも目的を、エレナの芯の強さを見失わない。
そしてそれを信じて疑わない、そう、最初から。
「そうですね、わたしは少し休みます、エレナが寝ているのでついていてあげてください」
「・・・わかった」
アシュベルがエレナの部屋へ入っていくのを確認して、アロは強くこぶしを握る。
エレナとシャルルの異変に一番に気付いたのに、自分は何もできなかった、だからこそ、次に何が起きても自分は全力を尽くそう、そう心に誓う。
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「狂王様、わたしにもっと力をください、もっともっと」
用意周到にこの十数年かけてこの世界大戦を仕掛けたというのに、なぜか唐突に終焉を迎えてしまった。
何の前触れもなく。
セーデルの悲願、世界大戦でこの世の全てを滅ぼすこと。
その事だけに重きを置いて生きてきた、全てを捧げてきた、全てを憎んできた。
うまくいくはずだった、いやうまくいっていた、あの少女が現れるまでは。
それが天敵だとわかっていても、こちらには狂王様が付いているのだから負けるわけがないと信じて疑わなかった。なにがうまくいかなかった原因だったんだろう、なぜこうも世界は生きているのだろう。
殺しても殺しても人は生にしがみつく、蹴り落しても這い上がってくる、何故なのだ。
生きている価値があるとでも思っているのだろうか、全ては無価値なのに、要らない存在だというのに。
死んでしまえ、死んでしまえ、命あるものは全て滅んでしまえばいい。
セーデルの頭にはこの世界の終わりしか存在しない。
カラスの傀儡が飛んできて、アーヴィンの肩にとまる。
「アーヴェイン、今動け、エレナが負傷しているという情報が入った、潰して来い」
訳の分からない叫び声をあげているセーデルに、見切りは付けているものの、生活がかかっているアーヴィンは抵抗しない、兄弟を養わなければならない、今はこのおかしなことを言い始めた主人であるセーデルのいう事を聞くしかない。
「ジェシカも連れて行けよ、あれもなかなか様になってきたからな、聞いているのか」
返事をしないアーヴィンに、傀儡であるカラスは血走った眼を向け有無を言わさない表情を見せる。
「ジェシカは、あいつは使えない、足手まといになるからエレナを殺すのは俺一人でいいでしょう」
「だめだ、連れていけ」
間髪入れず、指図してくる。
チッと聞こえないように舌打ちをし頷く。
「わかりました、ジェシカとともにエレナ一向を殺せばいいんですよね、それで俺に大金が入ってくる、必ずやり遂げます、だからそちらも約束は守ってください」
「ああ、勿論だ、ちゃんと見ているからね、この目で」
アーヴィンは思う、他に選択肢などないのだ。
敵に負傷者がいて、それが一行の要となっているエレナだという。
なるほど、今をおいて彼らを襲う時期はないだろう、傀儡であるカラスの誘導で、エレナらが宿泊している宿へと向かう。
その後を無言で少女が追いかける。




