第五話 裏切りのテンペスト
「今のって実体験って言わなかった?シャルル」
カリーナがエレナにしがみつきながら聞く。
「そうですよ、今でも不思議なんですけど、父上はどっかで写真を見て僕がそう思い込んじゃったんじゃないかって言ってます。でも僕はじいやと話もしたし色んな事教えてもらったし、あれがうそだったなんて実感がないんですよね」
あっけらかんとした様子でシャルルは当時の事を思い出しているようだ。
「まぁ、人の記憶は曖昧な事も多いからね、そういうこともあるじゃないかな」
リュカがそうなんじゃないか、と自分自身に納得させるような口調でシャルルに言う。
「そんなものなんですかね、まぁ僕は感謝してますけど、じいやに」
怪談話も終わり、それぞれ話し合った場所で就寝する。
旅の疲れも出てみなすぐに眠りについた、エレナ以外は。
先程の事は本当の事なのではないだろうか、シャルルの父親のじいやが死んでもなおその家の幼いシャルルを案じて話し相手になったのではないだろうか。
それを否定することも証明することも難しいが、シャルルのじいやについて話す顔つきはとても穏やかなものだった、ならば、別段怖がることでもないのではないだろうか。
わからない、死者の思いを常に感じ取っているエレナには、怖いという思いが。
怖いのは、己の力不足、天から使わされて光のマナを宿しているというのに、大戦で大勢の人を救うことが出来ず死なせてしまっている、もっと自分に力があればもっと自分に・・・。
小さなため息が、無意識のうちに出る。
この無力感はいつ消えるのだろうか、セーデルを倒せば消えるのだろうか。いや、この大戦を止められなかった自分自身を許せる日など来ないだろう。
でも今は前に進むことしかできない。
仲間がいてよかった、ひとりだったらわたしはわたしでいられなかったのかもしれない。
イレギュラーな現世。
転生を繰り返している意味、思い出せない過去、考え始めるときりがなくな・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
「・・っ!!」
エレナは息を止め、声を押さえる事に集中する。
左わき腹に鋭い痛み。
それが鈍痛となって全身をかけまわり思わず声が出そうになる。
短剣で刺された、直感で武器を特定する。
犯人が武器から手を離したのを体で感じる。
今日は満月、思いのほか月光が部屋を青く照らし出していた。
エレナは仰向けに寝ていた、だから自分の脇腹に短剣を刺した犯人の顔を見ることが出来た。
右手でその傷に触れる、この感覚と短剣の食い込み具合から、そう深くはない。
死へ直結するような傷ではない。
しかしこのままにしておくわけにはいかない、色々な意味で。
自分の役割を果たさなければならない、だからこの部屋の誰にも気づかれず行動に移す。
エレナは部屋に入ったすぐのところで寝ていた、すぐ側に扉がある、声を出してしまわないように近くにある衣服を口にはさみグッとそれを噛みしめる。立ち上がりそっと扉を開け一歩踏み出す、痛みというより火で焼かれたような感覚が脇腹に走り、それを堪え、また一歩一歩、廊下に出てきた。
これくらいのことで根をあげそうになるなんて。
正直己の痛みに対する抵抗力がこれほど低いとは情けない、嫌な汗が出て、目がかすむ、もう少し、この宿を出るまで意識を失ってはいけない。
うしろからエレナを刺した犯人がのそりと着いてくるのが分かった、この調子だ、外におびき寄せないと。
「エレ・・」
アロが気づいた。
だが即座にエレナが彼を制する。
その黒い瞳は、黒ではなく白銀色に変化し、アロは思わず口をつぐんだ。
そしてその光を宿した瞳は、エレナの後をついてきている人物が犯人で、彼を宿の外に誘導している事を雄弁に語っていた。
そこにいたのはシャルル。
その手にはエレナのものと思われる血が付いていた。
なにが起こっているのか全く分からない、今一番大事な事、エレナとシャルルにどう接することが、アロにわからない。いくら冷静なアロでもこの状況を直ぐに受け入れる事は難しかった。
だが、エレナに考えがあることは分かる、あの白銀色の瞳にすべてが語られていた。
―――――――わたしに考えがある。
壁を伝いなんとか宿の外に出る、足元がふらつく、だがまだ倒れる時ではない。
ふぅ、と軽く息を吐く。
そして距離をとりながら付いてきているシャルルへ向き直る。
シャルルの瞳は綺麗な茶色をしている、それがいまはどこか遠くを見ていつように虚ろな闇に堕ちている。
「シャルル、聞こえる・・?私の声、届いてる?」
どうかシャルルにわたしの声が届きますように・・・。
エレナは必死に願う、ここからはわたしがあなたを助けるから、どうか、どうか・・。
シャルルは呆然としていたが、エレナが声を発したことで辺りを見渡し、何故自分が外に居るのか不可思議な顔をして、それから違和感を感じ自分の右手を見る。
ぬるりとした感触、それは血、自分の手になぜか血が付いている。
ハッとエレナを見る、エレナの脇腹には自分の短剣が刺さっており、そこから鮮血が流れ出ている。
青い満月の光の中、白く輝く彼女から流れる血は赤くて、飲み込まれそうなほど美しいと思っている自分がいた。このまま、死んでゆく彼女を見てみたい、そんな願ってもいない考えが湧き上がるほど、その美しさに陶酔している自分がいた。
―――――――美しい?
何かがおかしいと、シャルルの中で噛み合わない感情が流れ始める。
「シャルル、ごめん、あなたがこれほど闇にさらされているなんてわたしは気付いてあげられなかった、」
はぁ、と息をしながら語り掛ける。
「わたしのかけた光のバリア、それと恐らくセーデルから何か暗示のようなものをかけられて2重に混沌の闇がみえなくなっていたみたい、シャルル、心に巣くう混沌の闇はわたしには祓えない、あなた自身が心の中からそれ・・・を追い出さなくちゃだめなの」
白銀色に光る瞳は、シャルルの何もかもを見透かしているようにも見えた。
「僕はこんなこと、のぞんでいなかったっ!!!」
「うん、大丈夫、ちゃんと知ってるよ」
「僕は・・・僕はベネットが風の魔法を覚醒したことが羨ましかった、この旅するみんなの中で僕だけが・・僕だけが何の能力も宿していない」
シャルルの声が上ずって、泣いているのが分かった。
アロもその光景をただ黙してみているしかできないことにシャルルの痛みを感じる。
「そっか、でも、それってすごいことだよ、あなたはあなただからわたし達と旅することになったの。わたしはいつも思う・・・よ、あなたがいてくれてよかったって、だってあなたが居るだけっでみんなが笑顔になるから、」
シャルルのすすり泣く音が聞こえてくる。
「僕はあなたを刺してしまった、こんな事ゆるされない、僕はっ!!」
そう言い放つと帯刀した剣を抜き、それをエレナに向けて見せる。
もう見ていられないと、アロが動こうとする。
刹那、エレナの白銀色の瞳が一際輝きアロを圧倒する。
シャルルはその剣を自分の喉にあてる。
「これしか思いつきません、エレナさんごめんなさい、本当にごめんなさい・・・」
最後の方の言葉は泣きじゃくったシャルル本人の声に消されて聞こえない。
「シャルル、本当にそれが正解だとおもうの・・?」
エレナの体から光があふれだし、具現化していく,光の糸となってそれは宙に絡み合い舞い上がっていく、彼女の白銀色の髪が風もないのにゆらりと闇のなかゆっくりとゆらめき、真っ白な体からも、白銀色の瞳の奥の白銀色の瞳までがやさしい光をたたえ、それはあまりに神秘的でこの世のものとは思えない美しさを呈していた。
これが現実なのか、その神々しさにアロは思わず膝まづく。
今目にしているものが光のマナの本来の姿、エレナが全てを解放した瞬間だった。
「シャルル、あなたはわたしを置いて死んでしまうと言うの?ならば残されたわたしはどうしたらいいの、これほど近くにいて幸せをくれたあなたの闇に気付かなかったわたしは、どう生きて行ったらいいの」
エレナはそっとシャルルに近づいていく。
シャルルは思わず後づ去ろうとする。
「シャルル、あなたを混沌の闇に引きづり込んだものは、この大戦を引き起こしたセーデルにほかならない、あなたはとても感じやすい感性をもっているの、おそらくあなたにも聞こえていたのね、あなたの心が大戦で死んでいった者たちの叫びを受け取ってしまっていたの」
エレナは手を上に上げ、具現化した光をゆっくりと頭上に集め始める、それは速度を増しあまりの眩しさに目をふせようとしたとき彼女の部上に光の龍が現れた。
許せない、もうこれ以上戦争で人が亡くなっていくのは我慢できない。
わたしには何もない、助けたいと思う想いだけ。
なのにどうして近くにいる人すら、わたしは救えないのだろう、心の底からそう思う、助けたい。
わたしのなかの全てをもって、この大戦を終わらせなければならない。
わたしはわたしの枷を外して届ける!!
―――――――「唸れ!光龍」
渾身の力を振り絞ってエレナが叫ぶ。
光龍は彼女の声と共に更に上へ登っていき、その体がふわりと発光したと思うと次の瞬間猛烈な光を放った。
そしてその光は千々に散らばり、まるで光の雨の様に世界に降り注いだ。
異変を察知したアシュベルらも宿の外に出てきて、その光の雨を浴びる。
エレナは心に巣くった混沌の闇は祓えないと言ったが、その光の雨を浴びた者は救いを感じる事が出来るのではないかと思う。それほどエレナの光の雨は優しくあたたかく心の奥底を軽くして癒してくれる。
奇跡、そうとしか言いようがない。
「エレナさん、僕、」
エレナはカタカタと震えるシャルルの手から剣を受け取る。
「うわあああああああああああああああ」
その叫びは心から混沌の闇を自分自身で払いのけた証。
それを合図に倒れかけるエレナをアシュベルが抱き止め、彼女の意識がなくなるのと同時に光も消えていった。幸いアロに医療の技術があり、宿の主人には事故という事で、すぐにエレナの治療に取り掛かる。
だが、手が震えてならない、全てを見てしまった自分はこの先エレナの側を離れることが出来るだろうか。
アシュベルが言っていた、王女付き側近に大抜擢したにも関わらずベネットがエレナの側を離れたがらず、まるで神聖視しているようだと。
あの時は、なにをばかなことを他人事の様に聞いていたが、では自分は。
ひとつ言えるのは、やはりこのような出来事が昔にあったとしても、それを誰にも伝えないという事。
自分の中だけにしまっておきたい、おかなければならない。
――――――そう思う。
シャルルが気がかりだが、今は何よりもあの光景が頭から離れない。
「――――――僕は星があまりにも騒ぐので窓から見ました、あなたが見たものを」
処置を終えたアロのところにリュカが新しいタオルを持ってきた。
「あの人の存在は、大きくなるばかりですね、心をもっていかれる」
普段あまり話さないリュカの本心なのだろう、アロも困ったように頷く。
「我々は得難い人の近くにいる、思い知らされたよ」
あの時降り注いだ光の雨はほぼすべての国に降り注いだ。
エレナの想い全てが伝わっていくように。
エレナの願いが込められて。
そしてそのまばゆい光に触れた者は剣を下ろし涙をながしたという。
おそらく、あの瞬間全ての戦争が終わった、なぜなら、戦争前の自分自身を思い出すことが出来たから。
―――――世界大戦は光に包まれ終わりを告げるだろう。
それが彼女の心の底から願う祈りだから。
心に巣くう混沌の闇は、自分自身でしか払えない、そう、世界全員があの瞬間、願ったのだ。
この意味のない大戦を終わらせたいと。
この事は歴史に残るだろう、伝説として。
そしてエレナも思い出す、自分の本当の使命を。




