第三話 スラム街の宿泊施設は、危険に満ちている
流石に戦乱の町の中は、荒み切ってあちこちでスラム化している通路が多い、これが発展するとスラム街になり、よそ者がくれば金品を狙われるばかりか、命を落とすこともある。
戦乱で、しかも負けが込んでいる街には行かない、それが旅人の鉄則である。
だが、エレナ達にはこのスラム街と化したエスナルド国の真ん中を突っ切って行かなければならない。急を要することもあるが例え遠回りしようとして回避しようとして他の道を選択したとしても、そこにも少人数の旅人を一網打尽にしようとする連中が待ち受けていると予測できる。
エレナ達の一行は、アシュベルの炎、このカミュの風、アロの水(氷に特化)、シャルルの剣術、リュカの水、カリーナの土、よくもまぁこれだけバランスが取れた魔法剣士が集まった上にそれぞれの能力が飛びぬけて高いのも付け加えておこう。
エレナはなるべく剣術で対応し闇魔法を使うのは最後の最後だと釘を刺されてしまった。
だが、だれもエレナがそれに従うとは思ってはいない。
彼女は必要だとおもえば、迷わずそれを使う。
だから、周囲が使わせないようアシュベルから提案され全員がそれを受け入れた、エレナの居ない場所で。
この7人が固まって移動していれば、多少のの盗賊も目ではない、彼らは馬を走らせとあるスラム街に辿り着いた。
もう真っ暗だ、カリーナが散々わめくのでアシュベルがこらえきれなくなり、宿をとることにした。
「リュカ、この辺か」
馬を止め、アシュベルが道通りを見渡す。
手傷をおった兵士らしきものや、貧困のせいか路上生活をしている子供たちらが、珍し気にこちらを見ている。エレナは何もできない自分に無力さを覚えながら、必ず彼らを照らす光となることを心に誓う。
「そうです、その先の建物が今日の宿になります」
リュカの両親は商売がら地方を転々としていたという、それはグラディス国内にとどまらず、国外に買い付けに行くこともあり、地理にはかなりの自信があった。
リュカに紹介された宿は一般の宿より少しばかり高級感がある、何と言ってもカリーナが野宿はいやだと大騒ぎしたので、それに見合うだろう宿屋を紹介した。
アロが宿泊の手続きをしている間、エレナにとっては初めての宿屋で、色々と物珍しくキョロキョロ見て回っている。迷子になるんじゃないか、とアシュベルは目で彼女を追っている。小さいし少女なのだから、この腕に捉えて彼女を失ってしまうかもしれないという現実に一瞬だけでも逃避したい。
「アシュベル様、今エレナを見てやましいことでも考えていたのではないか」
「ああ、カミュ様、僕もそう思っていたところです、」
カミュとリュカが意味ありげにこちらを凝視してくるのをアシュベルは切り返す。
「俺にはお前らのほうがどうかと思うけどな!」
「え、カミュ様そんなやましいことを・・・」「いやいや、リュカ、君はエレナの学友だったのだろう」
アシュベルの一言で3人の間にバチバチと火花が散る。
「はいはい、お部屋の準備ができたとのことで、男性陣は2階を女性陣は3階を使ってください、それと一階に大浴場のがあるそうです、」
「ああ、それなら入ったことがありますけど、おすすめですよ、とても広くて気持ちがいい!」
「わー、カリーナ、大浴場ですって!わたし行ったことないわ、すぐにでも行ってみましょうよ」
「有難いわぁ荷物を置いたら行きましょ、」
「やったー!」
それを聞いた男性陣の一群が階段を上る足をピタリと止める。
「俺も疲れたし大浴場にいこう!」
「なんで気合入ってるのかわかりませんが、僕ははなからそのつもりだったので」
「他国の宿屋で大浴場か、今後の国再建への勉学に見ておくとしよう」
男どもの言い分にアロは呆れながら彼らに言う。
「混浴ではありませんよ」
男性陣の意気がそがれたところで、エレナとカリーナが大浴場に入っている間、見張りをするという話になった。例え混浴だったとし、二人の女性の見張りはしなければならない。
狭い廊下に4人の長身の男。そこを通る者は邪魔だしなにより怖いという気持ちが先に立つ。
シャルルは、あまりの眠気に勝てず、主人を置き去りにして一人ベッドに転がっている。
「しかし、なぜあなた方はエレナに告白をしないのですか」
・・・・・・は?
アルガノット国の第一王位継承者であるカミュは、あまりにも唐突にそしてデリカシーのない聞き方をしてくる。やはり風のマナ持ちはそうなのか、こんなに自由奔放に発言するのか。
「カミュ、その件については今話すことではないと思うが」
平静を装いつつ、アシュベルがこの会話を切り上げようとする。
大体、そんな女子トークみたいなことを何故廊下でしなきゃならんのだ。
「いや、好きなら伝えておくべきでしょう、これから何があるのかもわからないのに」
カミュはこの話からどうやら引く気はないらしい。
「そういうのは個人の考え方の違いもありますし、それぞれに任せておけばいいのでは。だいたい僕はこれからのことを思うとエレナの心を乱さない方が賢明に思います」
そうだ、アシュベルはリュカの言葉に頷く、がその内容を反芻して、やはりリュカもエレナを意識している事を再認識させられる。
「でもアシュベルは、キスくらいしているのでは」
「なっ!!」
誰だこのあほな風使いを仲間に入れてしまったのは、そして何を根拠にそんなことを言い出しているんだ。
「勘ですけどね、炎使いは情熱的だとききますし。」
リュカの氷のような突き刺さる視線をアシュベルがなんとかかわそうとする。
「あ、でもアロもエレナの事を気になっているんでしょう」
風使いは怖ろしい、思った事を考える前に言っているように思う、これは王子として一番最初に正さなければならない癖だろう。
「・・・・え」
え。みんなの視線がアロに注がれる、これまでエレナの事をアシュベルの行く道を邪魔する厄介者扱いこそすれ、彼がエレナをすきになるなんて絶対にありえないこと、今まではそう思っていた、思い込んでいた。
「アロ、お前なんでそんな顔を真っ赤にしているんだ」
全員の視線が集まる中、冷静沈着、冷徹の副隊長と呼ばれたその男は、顔どころか耳まで真っ赤にして片手で顔を隠すように覆う。
その瞳はいつも通り凍った湖の水底のように冷たい水色をたたえていたが、ひとついつもと違うところあった、それは必死に隠そうとする動揺。
「え、アロ、お前いつの間に・・」
敵対視するより先に驚きの言葉が口をついて出てくる。
アロすらも分からない、いや、今はっきりした。
アシュベル様第一に考え、彼の英雄へと開かれている道を邪魔する者は、どんな者だろうと除外する、それがアロの信念であり、アシュベルに忠誠を誓った証でもあった。
その忠誠心は今でも変わらず、前にもまして強くなっている。
だが虚を突かれ、思わず律していた自分自身でも閉じ込めていた思いがふわりと開かれていくのを感じる。
わたしがエレナを好き?
その疑問を自分自身に投げかける。
飾り気のない笑い、白いマツゲの奥にある漆黒の瞳は闇というより濡れた黒曜石の様に美しい、そしてたまにアロの周りを通り過ぎる時に触れる白銀色の髪、思い浮かべると切ない気持ちが心に広がってゆく。
恋、これがそうなのか、愛おしいとも思う、護りたいとも思う。
出来る事なら傍にいてほしいと願う。
これが恋なのですか・・・
誰かに、そうだよと言って欲しかった、恋というものを今まで知らないで生きてきた。
アシュベルに出会った時は、確証があった、未来が見えた。
でもエレナを想っても確証などはなく、その想いはとても儚いように思えた。
アロも29歳、恋愛はそこそこしてきた、だがアシュベルに出会ってからはそれよりもなによりも大事なものなどなかった、彼が英雄となった暁には、自分の事も少しは考えるだろうと思っていた。
だが、エレナの宿命、それに抗わず受け入れる勇気、努力、己の力が及ばないという葛藤、そして闇の魔法を使う自己犠牲・・・・あの細腕で一流の剣士の技術を持つ鍛錬は並の者では耐えられないだろう、そんな彼女に惹かれないはずがない。
「アロ、お前にも心の変化があったようだな、皆にも言っておく、出発前に言った事だ、誰よりもエレナの命を優先する、ここに誓えないものは去れ」
誰も動かない、アロもそこに立っている。
そう、アシュベルはアロに言っている、俺の命とエレナの命とどちらを取るか。
あまりにも酷な選択、だがこれで自分自身の気持ちに気付き、何をすべきか明確に理解できた。
「そうですか、アシュベル様はエレナとキスを、わたしも心穏やかではありませんね」
アロらしく話の最後をアシュベルへなすりつけて会話を切り上げる。
「お嬢様がたが、出て来たようですよ」
そこにエレナとカリーナが頬を赤く染め、湯上りのいい香りをさせて、大浴場から出てきた。
二人はかなり上機嫌だ。
「じゃあ、わたしがお二人をお部屋までお送りいたしますので、アシュベル様たちも大浴場とやらに言って来てください、アシュベル様のご入浴中はわたくしアロがしっかり警備しておきますので」
アロは冷ややかな水色の瞳をこちらに向けて、二人の女性の背に手を添えて階段を上がっていく。
「え、なんかあった?」
アシュベルたちの嫉妬の眼差しに、アロは涼しく微笑む。
「さぁ、大浴場はいかがでしたか」
「思った以上に広くってよかったよー、あれぐらい大きなお風呂ならアロも足を延ばせるね」
ふふっと笑うエレナのくくり上げた髪先が少し濡れていた。
「そうですか、それは楽しみですね」
この子を女性として認識したのはいつだろう、厄介な子どもがアシュベル様にくっついてきた、位にしか思ってなかった。今思うとアシュベルがエレナにくっつきに行ったというのに。
今の感情は面白い。
自分の氷のような感情に彼女は生命を与えてくれる、少しづつ溶ける様に、その想いは見えてくる。
今この時気付いておいてよかったと、アロは思う。
自分ににはそういう情熱がないと思っていたから、でも、これで彼女を真の意味で護ることができる。
命を懸けられる。
「このめぐりあわせは何なのでしょうね、われわれは今ここにいる」
「仲間、だから・・?」
エレナの言葉に安堵する、今その言葉が聞けただけでいい、わたしは最後まで戦い抜くことが出来るだろう。
二人を部屋まで送り、一階へもどる、すると大浴場の前にはアシュベルが立っていた。
「先にお入りにならなかったのですか」
アロが疑問を口にする。
「王子の警備を誰かがやらないと危ないだろう」
「わたしがすぐにここへ戻ってきましたのに?」
するとアシュベルがギラリと血の様に赤い目でアロを見る。
「どうだかな、すぐに戻るかわかったものじゃないからな」
ふっ・・思わずアロが声に出して笑い声をもらした、こういう会話をするのは初めてかもしれない。
やはり、このアシュベルという貴公子は選ばれたものしか与えられない輝きを発しているのに、自分ではそれに気が付かない、エレナと同じだ。
彼はアロですらエレナに関しては警戒するというのか。
その眩ゆい存在である、あなたが。
「笑うな!」
「・・はい」
そう言ってアロは苦笑を押さえきれない。
この幸せをやはり誰にも崩されたくない、それが今一番の願いだ。




