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深淵のエレナ  作者: ロサ・ピーチ
第二章 動き始めた宿命の歯車
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第六十四話 世界大戦は始まった、その裏で手をまわすセーデルの忍び寄る影

         ※※※※※※※  ※※※※※※  ※※※※※※※


カラスの傀儡を用済みだと言わんばかりに壊す、傀儡は声も音もなく崩れ散っていく。

「あの小娘どもアルガノット国との和平にこぎつけたようだな」


それほど不機嫌そうには見えないセーデルの表情は、薄っすら笑みを浮かべている。

勿論あの小娘はエレナの事を指している。

彼がやり遂げようとしている事の反対側に彼女は位置する存在、邪魔に思わない筈がない。

しかし、どうやら今セーデルの機嫌は悪くなさそうだ、アルガノット国との和平の道を模索し始めたエレナ達よりもはるかに大きな功績を上げることが出来たのだから。


「あの輩がどう足掻いても、始まった世界大戦は止められはしない、アルガノット国なぞくれてやるわ、惜しくもない。ひとつの国を取り込むことすらこれほど時間を有するというのに、世界を相手ではいくら光の姫君であろうとこの世界大戦は止められるはずがない。ああ、いい響きだな世界大戦、これを十数年夢見て来たよ、そしてそれは叶った、世界中から阿鼻叫喚が聞えてくるようじゃないか、なんと甘美な人間の本性でありなんと甘美な断末魔」


彼は相変わらず、薄暗い部屋に数本のろうそくを立て、書類に目を通している。

「ほう、かの国でも戦争は始まったか、まだ幾分かかかると思っていたが好都合だな」

そしてまた一つの書類に目をやる

「ああ、この国はずいぶん耐えたものだ、だが敵襲にあっては抗戦せねばなるまい、直に戦争へと発展するだろうな」


嬉しくて仕方がない、とでもいうようにその戦争の情報を事細かに見てはほくそ笑む。

これだけの戦争がおこれば、世界大戦と呼んでも偽りにはならないだろう、そしてこの戦争は次から次へと戦争をよびおこし、セーデルが手を回さずとも避けられない戦いが広がっていく。


そう、世界大戦といっても過言ではなくなってきている、世界中が国の存続をかけ、隣国を攻め海を渡り戦を仕掛ける、領土を奪い女子供を人質にし、それでもまだ足りぬと参謀を集め戦争の矛先を変える。


「これでわたしの望みが叶うというものだ、しかしまだ足りない、まだ私の目指す世界の終焉を感じ取ることができない。もっともっと猛り狂ういい!!ひとを憎悪し相手を敵視し殺意を抱き、やられたら100倍にも1000倍にもして返すのだ、そのためには人という皮を脱ぎ捨て悪魔とならなければならない」


この男の目的は判然としない、ただただ待ち焦がれた世界戦争をもっともっと醜悪なものにしたい、その意図は伝わってくる。

なにがそれほどセーデルを引き付けてやまないのか、それを知る者は恐らく彼自身しかいないのだろう。

ここで、レイのように聞いている男はセーデルの言葉が切れるのを待っている。

こちらから話しかければ彼はそれに応じるだろう、だがセーデルを知る意味でその一挙手一投足を見逃さず、それでいてどうでもいいように装っている。これがセーデルに気付かれればそれはそれでいい。

このセーデルという男は、レイをかませ犬の様に扱い実験に使った、そのデータを彼は興味深そうに何度も見てはメモを取っていた。

どうせ、今回もそうなのだろう、だが俺はレイの様に噛ませ犬になるつもりはない。

セーデルに与えられた力はかなり強力なものではあるが、彼に借りを感じる事は無かった、彼が自分を実験用のマウスのように見ていたからだ。


「アーヴィン、君らに行ってもらいたい所があるんだ」

「どこです?」

「エレナらの動きにもよるが北の国に向かって欲しい、物資や金はこちらで用意させよう」

「そうですか、ありがたく受け取っておきますよ」

アーヴィンは言葉に意思をこめず答える。


「恐らく現れると思うが予想を外したら申し訳ない、トワイス国につながる道に待機し、彼らを狩って欲しい」

「いつ、どこで、そういう情報はないんですか」

「さぁな、わたしにも分からいんだ、だがこの情報はかなりの信ぴょう性がある」


まるで俺たちは犬だな、アーヴィンはそう思う。

主人の命令をきき忠実にそれを守り、彼の思った通りの行動をとる、だが、それでもいい、金が稼げるなら。


孤児院を出て内乱の多いこの国での働き口はなかなか見つからず、兵士になろうにも剣技や体術を得とくしてない、要はどこへいってもお前の使い道はない、そう世間に突きつけらた気がした。

孤児院は領地の内紛で破壊され、その後再建されることなく解散してしまった。

子どもらは千々に分かれ、アーヴィンは特に自分に懐いていた2人の少年と一つ下の少女ジェシカと行動を共にし、盗みを繰り返し宿は裏路地で身を寄せ合い、彼らの瞳からは生きる気力がなくなっていった。


そんな折、上級貴族の乗る馬車が通りがかり、青白い男が道端に座り込む彼らに声をかけてきた。

「その生活から這い上がりたくはないか」

未だにそれが気まぐれだったのか計算だったのかわからないが、この生活から逃れる方法が目の前にあるなら掴むしかない、そう思った。それが悪魔の手であっても―――――――――。


「ジェシカはそこそこだが、お前はレンよりはるかにこの能力を使いこなせている、レンはこう言っては何だが己の力に溺れていたからな、だが本人が望んで手に入れた力だ、死んでしまったのは惜しいが彼も本望だろう。アーヴィン、お前には才能がある、どういう原理なのかは分からないがレンやジェシカなどとは比べようもない程に。お前の血の繋がらない二人の少年に安定した生活を送らせたいなら、わたしの言葉は絶対だ、まぁ、いまさら言わずともお前は分かっているとは思うがな」


――――――――わかっている。




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