第六十一話 暴走する狂気、大戦を止めるのは人々の心の内にある信じる心
「アシュベル殿・・・この書簡の意をどう受け取るべきなのだろうか」
カミュは敵国の近衛隊であるアシュベルにそれを聞いてくる、仮に彼がセーデルのように大戦を続行したい者であれば、その書簡を否定するだろうに。
だがカミュは先見の明をもっているのかもしれない、彼の瞳は国を想う心を映し出している。
「真実です、わたしはグラディス国のものですからカミュ殿下がどう捉えるかご自由ですが、ララ王女殿下は信じられる方です、これでもわたしは人を視る目はあるつもりです。」
「ふむ、エレナ様はどのようにお考えですか」
「ララ王女殿下はとても賢い方です、考えても見てください、この貿易を閉鎖したのはセーデル宰相が独断でおこなったこと、すでに数年前に彼は政治を手中にしてきた、その中でこの書簡を出すことの意義をカミュ殿下に感じ取っていただきたいのです」
ララはエレナにとってたったひとりの家族であり大切な妹、本来ならセーデルの目の届かない場所に連れ去りたいと思うが、彼女の王女としての立場や、王女を喪失した国の混乱を考えると今は見守ることしか出きない。
そのララがセーデルの意に従わず、自らの判断で危険をおかしてまで書簡を託してくれた。
ララは自立しようとしている、それはセーデルと敵対するという意思表示になってしまう・・・エレナはララの身が心配だった。
「なるほど、この大戦を仕掛けたのは我が国アルガノット、しかしこの書簡には我々に有利な事ばかりが書かれてある、もし、わたしの考えが間違ってなければララ王女を支援し親交をより強固なものとしたうえでグラディス国の味方になる、それもセーデル宰相ではなくあなた方アシュベル様エレナ様を重要視して」
このカミュ殿下はやはり思慮深い、あの一文でここまでグラディス国側の事情を読み取った。
アシュベルもその聡明な殿下の言葉に、希望の光を見出し意味ありげに笑顔を返す。
「しかしアシュベル殿、ララ王女殿下は書簡にてそう示してくださいましたが、セーデル宰相に反してまで貿易を再開する商会はまず見当たらないでしょう、この数年彼がそれを取り仕切っていたのだから、かなり見込みの薄い話だと思うのですが・・・」
アシュベルは名刺を差し出す、そこにはアフタン商会の名が記されていた。
カミュ殿下がそえを受け取り、表を見たり裏を見たり、不思議そうに見ている。
「これは?」
「うーん、これはカミュ殿下には内密にしていただきたいのですが・・わたしが展開している事業の一つです、岩塩もあつかってますし、スパイスも手に入る、量は十分ではないかもしれませんがアルガノット国内が沈静化するくらいの物資は融通できます、格安にしておきますよ」
「え、君は近衛隊の者だろう、しかも公爵の嫡男、爵位を持つ者が事業に手を出している者は大勢いますが、あなたはまだお若い、このほどの規模の商会を持つことは信じられない、まさかこれは罠ではないです、よね」
才覚とは恐ろしいものだ、こつこつ店を大きくしていく者のほうが多い中アシュベルは違った、早く形を見たかった、早く大きく機能するところを見て見たかった、それだけ。
その思いだけで、ゲームのようにはじめた商会はセーデルや悪徳商法を行う商店をつぶしたりしていくうち
爆発的に育ってった、今思えば欲がなかったのもよかったのかもしれない。
「申し訳ありません、紛らわしいですがわたしは様々な事業に手をだしておりまして。信じていただければすぐにでも物資の輸送の手配をわたしがいたします」
まだカミュ殿下の中でアシュベルの言葉を飲み込むことが出来ていないようだ。
この若さで急速に拡大させた事情主が、この目の前の青年だということ、将来を約束された身でありながらなぜそうする必要がるのか、カミュ殿下には全く理解できなかった。
「近衛隊で公爵で事情主・・ですか。エレナさんは知っていらっしゃるのですか?」
「ええ、存じております、とてもよい方々が運営をなさっているようにお見受けしました」
「ほう・・・」
失礼かと思ったがアシュベルと違いエレナは嘘をつかない、そう見える。
光の使者だから、というすりこみもあるのかもしれないが彼女は見たまま真っ白だ。
そして彼女の唇はは真実を語ることを前提に、神より授かっているように思えた、ここまで来て自分の気持ちに気付く、カミュ自身はすでにこの白銀色の髪と白いマツゲの奥にある煌めく黒い瞳のエレナに心を奪われているのだと。
「この書状の返礼を出し、大戦を沈静化させたい、だが走り始めた狂気はそう簡単に止まらない、いくらわたしが第一王子といえど、」
「グラディス国も尽力しましょう、二つの国のトップが協力すれば不可能ではありません、まずはやるかやらないか、それが重要です、」
それにこの狂気の起こった根源は飢饉と国同士の小競り合いから始まっている。
それが解消されるという保証が目の前に出されればアルガノット国の兵士らも無用な殺し合いは望まない筈。
「伝令を出しました、言われた通りアシュベル殿経由でベネット殿に、内容にはアルガノット国の書簡の証がはいっています、」
小さな一歩だ、だがまずはここから。
「承りました、カミュ殿下にお願いがあります、エレナとわたしをグラディス国まで安全にひきわたしもらいたい」
「あ、」エレナが思い出したように小さく声を上げる。
「黒い炎はわたしがどこにいても滅することが出来ます、半日ほどかかりますがご安心ください」
エレナがそういうと、カミュは彼女に膝まづき、その真っ白な手をとると口づけをした。
「これは忠誠の証です、あなたに天の御加護がありますよう」
「カミュ殿下、あなたが王子でよかった、どうかそのままのあなたでいてください」
エレナがそう言うとカミュはバッと顔を赤くした。
だがまだ気を抜いてはいけない、大戦が終わったわけではないのだから。
この狂気をどう止めるか、これからがアシュベルらの動きにかかってきている。




