第五十話 国王と王妃の出会い
使用人が香りのいい紅茶を置き、立ち去ったのを見届けるとエレナが切り出す。
「では、率直に、わたしは国王と王妃が殺された夜の記憶があります、あの時わたしは3歳で母上はわたしを庇って亡くなりました。そしてそれを実行したのはセーデル、」
エレナが淡々と話す内容は、少女が語るには重すぎる、とさすがのオーギュスト公爵もため息をつく。
「そうですな、薄々セーデルがやったのだろうと思ってはいました、しかし彼も抜け目のない性格、証拠などどこにもなかったのですよ」
「アシュが調べてくれたので知っています、わたしは幸運にもクアドラの助けによって命拾いし生き延びることが出来ました。」
思い出しながらエレナが話す、扉の前で待機していたクアドラは部屋での異変に気付き、声をかけ中へ入ろうと扉を開こうとするが内鍵がかけられており、体当たりで鍵を壊したのだ。話しているうちに抜けていた記憶のピースが埋まっていく。
中に入った時には、王妃と国王が血まみれで倒れ、窓から何者かが出て行った形跡が残されていた。そしてそこにはセーデルが立っていた、手には武器はない、黒ずくめの彼の衣服に返り血は隠れ、床にはエレナが光のマナを覚醒させたまま転がっていた。全てを察したクアドラはエレナを抱いて王都を出たのだ、セーデルから守るために。
「英雄クアドラ様にも一時容疑がかけられましたが、彼は人望が厚く確かなアリバイもあったためその容疑はすぐに取り払われました、セーデルもクアドラ様を敵にまわしたくなかったのでしょう、賊の仕業だと一貫して証言し続けてましたね」
「そう、おじい様の名誉は守られたのですね、よかった」
これまで本当の家族のように大切に育ててくれたクアドラにそっと感謝する。
「本題はここからです、セーデルは母上と親しかったと自ら言っていました、まるで自分が母上と結婚するはずだったと言わんばかりに。でも母上は父上と結婚をした、そこら辺の事情をお聞きしたいんです、」
あの頃の事は鮮明に覚えている、身内に能力者が現れ、王族との繋がりも一番濃い時代だった。
「わたしとクリフトフ公爵とは祖父の頃から親交が深く、それぞれ情報交換などを行うとともに家族ぐるみの付き合いをしていました、アシュベル、お前も何度かクリフトフ家に行ったのを覚えてないか、覚醒したてのお前のお披露目でもあったんだが、その時マリアンヌ様もいらっしゃったはずだ。そうだな、お前が5歳くらいの時だからマリアンヌ様は16歳くらいか、今のエレナ様の年頃ですね。それに従妹という事もあってセーデルもいたな、かれはマリアンヌ様より5歳ほど上だから21歳か」
そう言われてみれば、一際異彩を放つ美しい人がいた気がする、おぼろげながら微笑むその人はエレナと重なる。
「マリアンヌは社交界が苦手でデビュタントとして夜会にでたきり、社交場には姿を現さなかった、クリフトフ公爵が嘆いてらしてね、剣技の方が好みだったとか、」
そこはしっかりとエレナに受け継がれているな、とアシュベルは彼女を見る。
「そのせいもあって屋敷に居る事が多く、その後ろにはセーデルが付いてまわっていましたね。元来セーデルは頭はよかったが、内気で言葉数が少なく友人と呼べる人物もいなくて一人でいる事が多かった、それを面倒見のいいマリアンヌ様は積極的に話しかけ、彼もマリアンヌ様だけは心を開いていったようだった。はた目から見て、あくまでそれは親類としての接し方だと、わたしは思っていました。彼が勘違いしたのなら、それは彼がそう望んだからでしょう」
セーデルの歪んだ愛情は、孤独だった彼と友情を深めた少女の行為から生まれた・・・
「ただマリアンヌ様は殺到するお見合いもことごとくお断りになり、セーデルとしてはふたりの時間をゆうせんしたのだと自分のいいように思っていたかもしれません。彼女が見合いを断っていたのは、自分の見目だけしか興味のない殿方と連れ添うつもりはないと、クリフトフ公爵がおっしゃってましたね。ああ、ジュール国王の事も言及しておきますと、彼はマリアンヌ様がデビュタントとして参加された夜会では第2王子だったので、彼女とは面識がなかった。その後ジュール様の父君である国王が御隠れになり、その頃不治の病にかかった第一王子がジュール様にその座を譲り、23歳で国王の座に着いた。」
これではまるで父上と母上の接点がない、両親の結婚は政略的なものだったのか、この時代ならそれも当然のことだが、幻影で見る両親は幸せそうに笑っていた。
「ジュール国王は、父君が築いてきた隣国との絆をより確かにし、その人柄で周囲の者は彼への支援を惜しまなかった、また彼はお忍びで度々王都にでては人々の暮らしぶりをその目でご覧になっていました、そして運命の出会いが起こったのですよ、エレナ様、」
オーギュスト公爵は意味ありげにエレナを見る。
「運命の花売り事件をご存じないですか?」
聞き覚えのない言葉にエレナは首を振る、がアシュベルは思い出したかのように、声を上げる。
「あ、それは聞いたことあるな、まさかヒメちゃんの母君と父君の?」
息子のエレナへの呼び方に顔をしかめながら、話の続きを優先させる。
「花売りは大変でね、花売りの少女は行きかう人々に声をかけ、馬車を見つけると駆け寄っては花を買いませんかと売り込みに行くんです、生活のために。でもある日少女は馬車を追いかけ転んでしまう、膝と手には擦りむいた傷が見られた、それでも生活がかかっているからか、泣きもせずヒョコヒョコと花を売り続ける少女の姿に国王は心打たれて、自らその少女の手伝いを申し出たんです、ちょうど私が国王のお供をさせていただいたので、この目で見ていました」
エレナは父親を知らずに育ったが、それを聞いて誇りに思った、その人がわたしの父上であって嬉しいと。
「しかし、商売をするのは初めてで、」
その当時の様子を思い出したのか、オーギュスト公爵はふっと笑みを浮かべる。この人でも笑う事はあるんだ、とエレナは少々以外に思う。
「よくとおる大きな声で、大人の男が花売りをするのはあまりにも目立って、そのためか花はすぐに売り切れたんですよ、そして最後に花を買った貴族の令嬢がその花を彼に渡し、こう言った、わたしと結婚してくれませんか、とね」
貴族の令嬢からの求婚とはあまりにも突拍子もない行動だ。通例は気になる異性がいても、両親から打診をしてもらったり、会食のばをもうけもらい、最終的に男性から求婚する形をとるのが一般的である。
「それがマリアンヌ様その人です、あなたの母君は国王である父君にプロポーズをしたのですよ、彼の身分など考えもせず、国王の人のひととなりに惹かれ、」
エレナは母上の積極的な行動に賛美を贈りたくなる、公爵家の令嬢としてはいささか問題があるが、彼女は選ばれるのではなく選ぶ側になったのだ。しかしその反面父上は美しい女性に突然求婚されどれだけ驚いたか想像に難くない。
「国王は一兵士に身をやつし王都を視察してらしたので、マリアンヌ様は身分のわからない男性に求婚したことになりますね、国王もまた地位ではなく自分自身を見てくれた彼女の真摯な姿を嬉しく思い、その場はなんとか身分を隠し立ち去りましたが、翌日クリフトル公爵家に馬車をだし、城へ招かされたそうです、クリフトフ公爵がおっしゃったのは、マリアンヌ様は彼が国王だったことに驚いたようですが、二人は会話を楽しみ、時を忘れずいぶんとお話になっていたとか。次の日には国王から正式なプロポーズがされ、マリアンヌ様はそれを承諾なさいました」
父上と母上は惹かれ合い結婚をした、ならばセーデルの立ち入る隙などないはず、彼はそれでも母上をあきらめていなかったのか、そのセーデルの執着ぶりにエレナは言いしれようもない気持ちになる。
―――――――― 愛するという事。
それがどんなものか、エレナはまだ知らない。




