第四十四話 叶わぬ恋は人を狂わせる
アシュベルの目的は果たされた、しかし彼は気になって仕方がないことがある。
貴族の令嬢たちと親しく、厳密にいえば口説くような態度を取りララ王女殿下とダンスまでした自分を、エレナがどう見ているか。
誤解されてはいないだろうか。
そう思うたび自分の考えを打ち消す、今はもっと優先すべきことがあるはずだ、と。
それでも王女とダンスをしている時、エレナの姿を探してしまう。
大広間の隅で彼女はセーデルに視線を向けていた、彼の挙動一つを見逃さないようにと。
その姿に落胆と羨望がアシュベルの中で入り混じる、心はころせないものなのか・・・。
ダンスを終えて王女をセーデルの待つところまでエスコートする。
王女を取られた割には、彼の表所は落ち着いているよう見える。
「アシュベル殿、今日はあなたの部下が夜会に出席しているようだが、ここは貴族の社交場、身分をわきまえてほしいものだな」
セーデルがエレナたちの方を見る。ララ王女もその視線の先を向く。
「ええ、勝手ですが王女殿下の警護のため正装させて出席させております。過去の例もありますので」
「過去、とは?」
「ご存知でしょう、セーデル宰相はその現場にいらしたのですから」
「・・・・」
アシュベルはセーデルから目をそらさない、それは彼の意思表示でもある、知っているぞ、お前が王と王妃を殺してたということを。それはセーデルにも通じたようで、それ以上の追及をしてこない。
解せないことだが、エレナが記憶を取り戻したという事か、あの幼すぎる頃の記憶を。
だがあれは賊の仕業として片が付いている、今となってはその犯人を特定することは難しい。
「そうか、ならばかれらにも少しは楽しんでもらわないと」
セーデルはアシュベルとの会話を切り上げると、エレナに真っすぐむかっていく。
アシュベルが彼の思惑に気づいた時にはセーデルはエレナの目の前に立っていた。
「エレナ殿、一度お会いしたことがありますね、セーデルと申します、是非ダンスのお相手をしていただけますかな」
彼の言葉にエレナに動揺はない、彼女はまるで貴族の令嬢の様に気品をたもったままドレスをつまみ一礼する。
「喜んでお受けいたします」
「え・・・」
エレナの意外な行動にアシュベルが動けないまま見ているしかない、セーデルは彼を横目で見て嘲笑うようにエレナを大広間の中央にエスコートする。彼がエレナの手を取り腰に手を回す、それだけでもアシュベルにとっては心をえぐられるような心持になる。
演奏がはじまり、二人のダンスがはじまる。
「辺境の地で育ったわりには、これほどダンスがお上手とは思いませんでしたよ」
「そうですか、言葉に真実味がないようない思われますが」
「まぁ、あの方に育てられたのなら合点がいきますが・・・過去の事を思い出されたよう、ですね」
「あの日の事をおっしゃてるのなら、大体の事は思い出すことができました。ただ私の母はあなたの従妹であり仲睦まじい幼馴染であったことがあった、と噂で聞きました。ならばなぜあなたはわたしの母であるマリアンヌ・クリフトフを殺したのですか」
ダンスの合間とはいえ質問は直球。敢えて王妃の名を旧姓であるクリフトフと呼んだのは、彼の動揺を誘うため。セーデルに人としての感情が残っているのなら、の話だが。
「ふっ・・・そこまで思い出しているとは、君は3歳でただ泣きじゃくるばかり、しかし肝心なことを覚えてないとは。あなたが全ての元凶なのですよ、エレナ殿、あの時あなたが覚醒しなければマリアンヌが死ぬことはなかったというのに」
「・・・!?」
セーデルは王妃を殺すつもりはなかった、という事?。
だが矛盾する点がある。
わたしはあの時に、光のマナを覚醒させたのには理由があるはず。
3歳での覚醒は早すぎる、既にセーデルの心の内にできた混沌の闇に反応し、エレナは無理やり覚醒させられたと考えるのが普通だろう。
わたしが元凶と彼は言った、あの時あの瞬間わたしが覚醒したから?
ダンスする曲が終盤に差しかかった時、エレナの腰にまわさせたセーデルの手がグッと彼女を引き寄せ、彼の顔が近くなる。
「あなたはララ王女よりもマリアンヌに似ている、まるで少女のころの彼女を見ているようだよ。あの美しく軽やかに笑うわたしのマリアンヌ・・・」
セーデルの瞳はエレナを通して自分の幼馴染であるマリアンヌを見ていた。
曲が終わってもセーデルはエレナを離さない、手をのばしエレナの頬にそっと触れる。
「少女の頃の彼女はね、歌うのがすきで、奔放で、わたしには眩しい存在だったよ、社交界デビューし美しい彼女は注目の的だったが彼女はそういう場が苦手だったんだ」
セーデルは今、過去の彼女を思い浮かべているのだろう、その顔はいつもの彼とは違い、柔らかい表情をしている。
「わたしたちはずっと一緒に居るのだと思っていたよ、君の父であるジュール国王が現れるまでは、」
すっとエレナに触れていた手を離す。
「ジュール国王がマリアンヌをわたしから奪ったんだ、君の中にもジュールの血が流れている、わたしは君らを決して許さない」
歪んでいる、エレナが彼から感じるマリアンヌへの愛情。
恋を知らないエレナには、それはおぞましく得体のしれない嫌悪をすら感じる、人の感情
「失礼いたします、警護の為わたしはここで任務を果たさなければならない、」
くるりと踵を返してカリーナらのもとへの戻る。
――――――あなたが全ての元凶
それはそうかもしれない、あんな近くに混沌の闇を宿した者がいる中、マリアンヌという女性からわたしは生まれた、もっと遠くで人知れず生まれていれば母君には危害が及ばなかったのかもしれない。
母君は私を庇おうとして亡くなったのだから。
私の存在が母君を死に至らしめる結果となったのかもしれない。。
「エレナ!」
しっかりとした足取りで皆のもとへ戻るエレナ、アシュベルが言葉を発さずとも心配していたことは肌で感じることが出来た、
「彼は母上に恋をしていた・・・」
「え。恋って?」
突然の爆弾発言にてカリーナは戸惑う。
「セーデルとわたしの両親の情報がもっと必要だわ、そうすれば今後の彼の考えもわかるはず」




