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深淵のエレナ  作者: ロサ・ピーチ
第二章 動き始めた宿命の歯車
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第四十三話 操り人形の王女殿下は織の中

王女はその生気のない瞳でアシュベルを見る。

思い過ごしか・・・一瞬、あの瞳に彼女の意思が宿ったように見えた。


「ララ殿下、あなたがお耳を貸すことはございません、わたくしが後程聞いておきますので」

セーデルが口を挟んでくる、当然だろう、自分の大切な操り人形を他者に近づかせないように、今までずっと心血を注いできたのだから。

「赤い目・・・このように赤い瞳は初めて見ました」

ララ王女が不思議そうに首を傾ける。その様子にセーデルは安堵する、彼女がこのように自ら話すことはこれまでなかった、勿論それはセーデルがそのようなうに仕向けてきたのだが。

この国の者はほとんどが茶色の瞳、炎のマナを覚醒させるとその瞳には炎のように赤い色が現れる。

だがアシュベルのそれは他の炎の魔法士とは比べ物にならない程、濃く強くまるで紅蓮の炎が映っているように赤い。

そこに興味が湧いただけか、人形はやはり人形、とセーデルは心のうちで冷ややかに笑う。


アシュベルはこの思いがけないチャンスを見逃す手はない、と穏やかにそして強引に王女に語りかける。

「赤い目がお気に召しましたか?」

「炎・・ですね、本で読んだことがあります」

「もし殿下がよろしければ、殿下のお時間が許す時にわたくしの炎の能力をご覧にいれます」

「そうね・・・」

艶然と微笑みを浮かべララ王女を見る、しかし彼女に感情の起伏は感じられない。だが貴族たちが見守る中セーデルも不自然に会話を断ち切ることが出来ない、この流れのまま目的を果たす、アシュベルは本題を切り出す。

「ララ王女殿下の側近にわたくしの部下を数人置いていただけないでしょうか、今まではセーデル宰相にお任せしてご負担をおかけてしまっておりましたが、本来は第一近衛隊隊長であるわたくしの役目。王族をお守りするという任務を放棄していたと言っても過言ではないと恥ずかしく思っていおります。」

「アシュベル様のご自由に」

ララ王女がするりと承諾する。

「なっ、ララ殿下、そのような・・・くっ!」

セーデルが言いかけて言葉を飲み込む。

この国の有力者たちが集まる中、王女がそれを許したという事実は大きい。

いくらセーデルでも王女の言葉を取り消させるようなことをするのは、王族への侮辱と見なされるだろうし、アシュベルの言っている事は正論で、それを皆の前で否定するのは不自然すぎる。

ここまでやってくるとは、あれだけ馬鹿にされたというのにアシュベルをまだ甘く見ていたようだ、セーデルは怖ろしく冷たい感情が湧きがるのを感じる。


「セーデル様、ララ王女殿下の許可をいただけたので、明日からわたしの部下を殿下の側近としてお仕えさせていただきます、」

「心強い申し出だ、アシュベル殿の部下は精鋭ぞろいと聞く、」

セーデルは苦々しく言葉を吐く。

「ああ、それから、これまで近衛隊としてあまりにもずさんな仕事ぶりだと部下から叱咤されまして、わたしも色々思う所があったので、王都の見張り兵及び警護を見直させてもらいました。今日から。これまでセーデル様に頼りきりで申し訳ありませんでした」

アシュベルは笑顔を崩さないまま、セーデルを鋭く見る。

ここ2、3日、セーデルは王女の後見人としての自身の権威を示すため夜会の準備に気を取られていた、その隙をついてアシュベルはセーデルの息のかかった王都の兵士を自身の部下とすり替えたのだ。

全て、という訳にはいかなかったが、これで王都でのセーデルの動きは多少封じることが出来る。

「ほぉ・・・それはまたずいぶんと急に第一近衛隊隊長の自覚が芽生えたものだな、どういった心境の変化か聞きたいものだ、」

セーデルの瞳には狂気すら感じるおぞましい何かがアシュベルを飲み込もうとする。


突然エレナはハッとそちらに向ける。

明らかにセーデルから混沌の闇の気配が増殖していくのを感じる、それも尋常でない速度で。

おかしい、人一人ではこれほどまでに混沌の闇を抱えていられない、膨れ上がったそれは己を壊してしまうからだ。


アシュベルはその場の雰囲気を壊すことなく流暢に話す。

「わたしがただ未熟だったというだけですよ、これからは任務を厳格に遂行していきたいと思っています」

それはアシュベルからセーデルへの挑戦状。

それを見守る貴族らは、アシュベルがいよいよその実力を発揮するという一人の男性としての成長を見ている様で、彼の評価は上がる一方だ。


その時ダンスに適した曲がアシュベルの耳に聞こえてきた。

「ララ王女殿下、最初のダンスのお相手の栄誉をどうかわたくしに」

アシュベルはうやうやしくその手を王女へ差し伸べる。

王女は躊躇することなくそのてを取る。

このララ王女殿下には予想を裏切られてばかりだ、生気のない瞳、感情のない声色、それなのにアシュベルの提案に素直にのってくる。ちぐはぐな彼女の言動はセーデルばかりかアシュベルをも翻弄する。


アシュベルが王女殿下をリードしてダンスする様は貴族や令嬢たちの注目を一身に浴びる。長身のアシュベルが姿勢をただし長い脚で王女のステップを優雅にリードし、その大きな手は彼女をそっとささえ、貴族らの中からため息がもれる。

令嬢らの中には嫉妬をする者もいるが、そのほとんどの者が美男美女の踊る姿に心奪われていた。

「アシュベル様、王女殿下とお似合いですな」

「いやぁ、ほんとですね、こうしていると絵になる」

貴族らは口々に二人への賛美を贈る。

アシュベルの狙い通り、いや、実際はここまでうまく運ぶとは思ってなかった。


アロがアシュベルと王女が踊る姿を見て、得心が言ったという顔をする。

「なるほど、そういうことでしたか、」

「え、え、どういうことです?」

カリーナが不思議そうに問う。

「アシュベル様の行動です、大広間に入るなり貴族の令嬢らの気持ちを煽るような行為をしたり、王女殿下に近づきダンスをする、ここまでなさるとは思いませんでしたが、どうやら相当本気のようですね」

「え?もう少しかみ砕いて説明してくださいよー」

カリーナはアロが何を言おうとしているのかさっぱり理解できない、真っすぐに物事を考える彼女にはアロの言葉は回りくどすぎる様に思う。

リュカのが見かねてアロの代わりに説明する。

「アシュベル様はオーギュスト公爵家の嫡男という地位にあり、その彼と結婚したいと望む令嬢は少なくない、そのご本人が遠回しですが結婚に興味があると言えば、あんないい物件を目の前にぶら下げられれば飛びつかずにはいられない。その両親も彼と娘と結婚をさせてオーギュスト家との繋がりを強くしたいと思うのは自然の事」

「え、まさかそこまで考えてアシュベル様はあんな行動を?わたしには無理だわぁ」

リュカはさらに続ける。

「いや、今日アシュベル様が成し遂げたのはそれだけではないよ、セーデルがガードする中ララ王女殿下に声をかけダンスまでしていた、はたから見たらどう見えると思う?」

「どう・・って、えーと、あ、王女と結婚したいように見える!」

カリーナが声をあげて、そのあと小声になる。

「その通り、それもアシュベル様ほどの方なら王女の結婚相手としては不足がない、王族との繋がりができるかもしれないアシュベル様の名は、これまでよりも箔が付くというもの。自分の娘が彼と結婚できなくとも彼を軽んじる事は出来ない、言わば地盤固めですね」

「うええ、なんという策略、そこまで考えてアシュベル様は動いているって言うの?」

二人の会話にアロがふっと意味ありげに笑う。

「いや、おそらくもっと先を、周りを見ていますよ、アシュベル様は」

そう、彼のやり方は一見無茶苦茶に見える、それが計算づくで動くアロには無謀にも見え、つい口をだしてしまいたくなる。

しかし、今日のためにここまでやるとは、やはりアシュベル様は上に立つお方、アロは改めてそう思う。




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