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深淵のエレナ  作者: ロサ・ピーチ
第二章 動き始めた宿命の歯車
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第四十二話 夜会は令嬢たちを惑わす

大広間にはアシュベルが先に入っていった。

ただでさえ目立つエレナをエスコートすれば好奇の目でさらされるどころか、場合によってはエレナの素性を調べるものが出てこないとも限らない。


すらりと長身のアシュベルが正装した姿はやはり、気品があふれ人々の目を引き付けるだけの華やかさがあった。彼が入ってきた瞬間に大広間の空気が変わるのが分かるほどに、その圧倒的な存在感は群をぬいている。

今夜は彼の目論見もあり、その整った顔に笑顔をのせ貴族たちに軽く言葉をかけていく。その振る舞いは優雅でもあり威風堂々としており、彼が歩くたび話すたびため息がもれるほど皆を魅了していく。


アシュベルはこれまで他者を信じることなく生きてきたため、笑みをうかべ偽りの自分を演じてきた。

自分がどう動けば相手の関心が惹きつけられるのか、それを会得した彼には造作もないことで大広間の貴族らを自分の手中にしていくのに、それほど時間は要さなかった。


アシュベルが脚光を浴びる中、こっそりとエレナらも大広間に入っていく。

隅の方で人々の視線をさけ、その雰囲気に紛れていく事にとりあえずは成功したようだ、それをアシュベルは目で確認すると大胆な話をし始める。


「ああ、これは伯爵夫妻、本当にあなた方は仲が睦ましいですね、羨ましい限りです。独り身はなかなかに寂しくて・・・」


この発言に、大広間の貴族という貴族、そして令嬢たちが食いつく。

これまで夜会を避けるばかりか、アシュベルは見合いもことごとく断り、たびたび結婚について否定的な発言をしてきた経緯もあったので、もしかしたら彼は独身を貫くのではないか、と噂になっていたのだ。


でも今発言した内容は、その噂の真逆を思わせる。


「あ、あら、アシュベル様が望むのなら、お相手はすぐ見つかりますでしょう、ねぇ、あなた」

伯爵夫人が動揺しながらもそう答える。

「そうだね、あなたならより取り見取り・・・失礼、すぐにでも、なんならわたくしの娘などいかがでしょう」

伯爵はアシュベルから注がれる眩しい視線に耐え切れず、不調法に娘を突き出す。

差し出された伯爵令嬢は、至近距離で見る憧れのアシュベルの微笑みを直視できず、それでも千載一遇のこのチャンスをものにするため、まずは令嬢らしく一礼する。

「アシュベル様、はじめまして、リネと申します、」

アシュベルとは数回あったことはあるが、彼が自分を覚えているわけがないと思い、彼女はそう挨拶をする。

「おお、リネ嬢これはまたお一段と美しくなりましたね、あなたのその愛らしい唇は殿方の魅了してやまないでしょう」

アシュベルはその令嬢の顎にそっと手を伸ばし、視線をそらしていた彼女の顔をクイッと上に向かせる。

まるでキスをしそうな顔の近さに、その令嬢は昇天しそうな心持で言葉もなくうっとりとしている。

ふたりを見ていた他の貴族の令嬢たちが悲鳴に近い声を上げ、会場は狂気の渦へ飲まれていくようだった。

「アシュベル様!わたくしアレクリアと申します!」

「わたくしの末の娘、セリールはいかがでしょう!?」

本来なら不作法とされるが、上級貴族の令嬢たちがこぞってアシュベルに自らを売り込みに行く。

その令嬢らの親たちも、これまた強引なほど自分の娘を売りこんでくる。


「ああ、なんて美しい瞳なんだ、心のうちが震えるようだ」

「あなたの笑顔はまるで薔薇のようだ」

「その艶やかな肌に触れられる殿方が羨ましい」


アシュベルの口からは令嬢たちを賛美する言葉が次々とささやかれる。

令嬢たちはつぎつぎと昇天していくが、これこそアシュベルの目論見の一つ。


アシュベル・オーギュストには結婚の意思がある。


そしてその相手は決まっておらず、どの令嬢にもチャンスはあるのだと。


彼らをだます結果となるのは心苦しいが、これも世界を救う一手であり、セーデルより優位に立つ布石でもある。

アシュベルが令嬢にかこまれ騒がれているさなか、大広間の奥にある螺旋階段の下で王女付きの使用人がララ王女の入場を告げる声が響く。それを合図に大広間は静寂を取り戻した。

皆の注目が集まる中、階段をゆっくりと降りてくるララ王女の姿がアシュベルの瞳にも映し出される。

そのすぐ後ろにはセーデルが控えていた。


ララ王女は青い生地に金の刺繍をほどこした美しいドレスを身にまとい、高価な宝石を身に着け、王女として申し分ない装いを着こなしていた。しかしその装いもさることながら、エレナとどこか通じる美しい顔立ちは他の令嬢らと一線を隔していた。

アシュベル自身は見たことがなかったが、エレナとララの母に当たる王妃は誰もが認める絶世の美女だったという、その尊顔を彼女たちは受け継いだのだろう。


しかし彼女からはまるで生気が感じられない、美しい人形のようにアシュベルには思える。

セーデルが彼女をそうしたのだ、彼女から意思を奪う事により、自分がよりこの国を牛耳ることが出来るように。あらためて、セーデルに対する怒りが湧く。


王女の代理としてセーデルが皆に言葉を述べる。

「ララ王女殿下からのお言葉です、今宵は無礼講で存分にお楽しみください」

それを機に、音楽隊が楽器を奏で、それぞれに酒を飲むもの、話に興じる者でにぎやかになった。



アシュベルは令嬢たちの話を遮ってララ王女のもとへ真っすぐに進む。

その横にはセーデルがいたが、彼は構うことなくララ王女へ挨拶をする。

「ララ王女殿下、わたくしは第一近衛隊隊長を務めさせていただいているアシュベル・オーギュストと申します、以降お見知りおきを」

「アシュベル様、存じております、」

小さな声で答えながらララ王女はアシュベルに目を向ける、その瞳には生気が感じられない。

完全にセーデルの操り人形になっているのか・・・。

「このような場で申し上げるのは場違いかもしれませんがわたくしからひとつご考慮いただきたい案件がございまして、今申し上げてもよろしいでしょうか」

王女は返事をしない、その代わりセーデルが割って入ってきた。

「アシュベル殿、今宵は楽しみの場、そういう事は前もってわたしに話を通していただきたい」

「しかし王女殿下に拝謁できる機会はめったにないので、殿下さえお許しいただければ・・・」

まず、王女殿下に近づくという目的は果たした、これは後々大きな意味を持ってくる。できればあと一歩踏み込んで、王女にあることを承諾してもらえればこの夜会の8割はアシュベルの成功と言える。


「アシュベル様、どのようなお話ですの?」

突然ララ王女がアシュベルに話しかける、その行為にアシュベルばかりかセーデルすら驚きを隠せない。


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