第四十一話 夜会という舞台に散る影と恋
夜会当日、城の中は静かではあるが、それぞれに忙しくしている動いている裏側があり、王家主催の夜会のため、慣れているとはいえ日々準備してきたことを滞ることなく終えられるよう、メイドや使用人はじめ厨房やグラスの管理など、それらを指揮する者らが朝から緊張感の中そつがないよう動き続けている。
エレナは朝、日の出とともに城の中で一番高い鉄塔の上で空気を肌で感じていた。
風が運ぶ匂い、人々の足音ざわめき、食器の微かに当たる音。
エレナの感覚として昨日までの城の内情が変動していっている気がする、それは今夜に夜会が催されるということに限らず、この城で政治的な何かが動いている、地方に住んでいたエレナにとってそれは推測でしかないが人々の心にさざ波がおき、それが大きな波となり、うねりが呑み込もうとしている。
この日を境にこの国では何かが変わるのかもしれない、そんなあてもない未来を朝日に見る。
夜会当日。
城の門の前には貴族たちが馬車に乗り列ができている。
今夜の夜会にはアシュベルが出席すると前もって噂がながれており貴族の令嬢たちに伝わっている、彼の正装した麗しい姿を一目、あわよくば彼の婚約者になるべくドレスや化粧により力をいれ戦にでもいうような心持で臨んでいる令嬢たちとその親たちがいる。
令嬢たちは胸を膨らませ、城へ続く明かりでともされた階段をのぼってゆく。
城の大広間は金をあしらった模様をはじめ飾り柱などにもディデールが凝っており王家の気高さを感じる絢爛豪華な印象を与える。その広間には白い布がかけられた小さな丸テーブルがいくつかあり、そこにはオードブルが用意されており、シャンパン等飲み物は使用人たちが物腰優雅に客人へ配り歩いている。
王女はまだ現れていないが、会場の熱気は夜会の始まりを期待している。
その頃エレナの部屋では、特注品のドレスはきっちり時間通りに届き、それを彼女が着終えたばかりだった。カリーナはさすが子爵の令嬢だけあってそれほど支度に手間は取らなかった。
エレナは壁によりかかりつつ、今までの格闘を思いつづる。
「こんな思いをしてドレスを着なければならないの?あのコルセットは拷問以外の何物でもないわ」
「エレナが初めてだって言うから本当は少しだけ緩くしてあるのよ?」
「うそでしょ・・・」
先日アシュベルが言って言葉を思い出す、(大変なのは明日だよ)これのことだったのか。
ウエストを絞るためコルセットをメイド三人がかりで引き締められた。
今の心境は、水すらのめそうもない、ということ。
「時間だわ。私たちも行きましょう、武器はしこんであるわね」
エレナの言葉にカリーナがガーターベルトに装着した武器をドレスの上から確かめ頷く。
「いつもの剣を持ち歩きたいけど、あたしたちは小型ナイフ、こころもとないなぁ」
カリーナの言い分も分かる、実際ナイフをガーターベルトに装着するにはいつも帯刀している剣は収まってくれない、諦めて長めのナイフで納得することにした。もともとエレナは左利きの為、ナイフも両側に装着させてある。
扉を出るとそこにはアシュベル、アロ、リュカ、シャルルが正装して待っており、いつも以上に彼らの端正な顔を引き立てていた。
そして男性陣からは感嘆の声が漏れる。
いつも動きやすい服ばかりを着ているエレナらは、彼らの想像を超え一人の女性として意識せざるを得ない魅力と輝きを放っていた。
カリーナはその明るい雰囲気はそのままに、やはり子爵の令嬢らしく薄紫のドレスを着こなし、身のこなしも完璧だ。その陰に隠れる様にエレナが出てくるのを躊躇している。
夜会に出席してくれとは言ったが、ドレスでの動き方、作法など特に教えていないことを思い出しアシュベルがエレナに近寄ろうとする。
コツ・・・
気恥しそうにドレスの裾を両の指先でつまみ、前へ出てくるエレナを見て、作戦は失敗したとアシュベルは思った。彼女の存在を薄くするため地味な色目の生地をつかいドレスを仕立てたはずが、その際立つ美しさをさらに周囲に知らしえめる結果となっていた。
白銀色の髪は結い上げてもらい、薄っすらメイクもしているせいか、女性としてこれほどエレナを意識したことはなかった。
可愛らしい人だとは思っていた、もしかしたらそこには恋愛感情のようなものがあったかもしれないが、相手は9歳も年下の少女、尊敬こそすれまさか自分が恋をするなどと、アシュベルはそう思っていた。
「では会場へ向かいましょう、女性の方にはドレスを着ていただきましたが、我々はあくまで夜会が無事に終わるまで警備を怠らないよう・・・」
アロが気を引き締める様に皆に言い終わらないうちに、アシュベルが強引にエレナの手を取り会場へ向けて歩き出す。
呆然とする彼らをおいて。
その行為がいつもの彼らしくない強引さでエレナも彼に慌ててついて行きながら顔を見上げる。
怒っているようにも見える面差しは、これからセーデルと相対するには余裕がなく見えた
長身のアシュベルが歩くスピードに、履きなれないヒールの高い靴で早歩きするにはエレナには難しすぎ、思わずドレスの裾を踏んでしまった。
「あっ」
エレナが前かがみに倒れ込もうとした時、アシュベルがふわりと彼女を抱きとめる。
「ありがとう、でもなんだか様子が変だよ?」
エレナがその黒い瞳で見上げてくるが、彼は顔を手で覆うように横を見る。
近しいアロやシャルル、リュカでも、今のエレナを見られるのは嫌だと、そう思った。
今更ながらに彼女に対する気持ちが変わってきているのに気づく。
でもそれは彼女の生きてきた道筋を考えれば無粋に感じられ、伝えるべきではない気がする。それに伝えたところでこの関係にひびが入り、近くにすらいられなくなったらと思うとその選択肢は消え去る。
「ごめん、これからセーデルの奴の顔を見ると思うとむかむかしてきちゃってね」
いつもの優し気な笑みをエレナに向ける、それでもエレナは心配そうに言う。
「心配事があったらいって、わたしもあなたに全て伝えたし、ね?」
「そう・・だね」
初めて知る心の痛み、伝えたくても伝えられない切なさ、この気持ちは恋、そう呼んでいいのだろうか。
恋ならしてきた、その容姿と名誉で女性は群がってくる、そのなかで付き合った女性も勿論いる。
でも、この胸の苦しさは誰も彼には与えられなかった。
アシュベルは煌びやかな会場へエレナをにエスコートする、今気づいた想いを押し殺しながら。




