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深淵のエレナ  作者: ロサ・ピーチ
第一章 悠久の時を超えて
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第三十五話 糸は自ら紡ぐもの

「わたしは、故郷にかえ・・」

エレナがそれを言う前にアシュベルの一言が、彼女に群がる領主たちの騒ぎをピタリと止めた。


「エレナ及びリュカ、カリーナを第一近衛隊に迎え入れたい!」

呼ばれた3人は突然の事にアシュベルの方へ顔を向ける、アロは想定内だったようで呆れたように瞼を閉じる。

「日々教官として三名の能力を間近で見てきたが、その優秀な能力を我が隊で存分に発揮していただきたい、我が隊においては剣技、魔法勉学の奨励にも力を入れており、限定的にではあるが王都の書庫及び城の書庫を使う事が許されている、」

アシュベルがエレナの顔を見てにやりと笑う、意味ありげに。


そしてエレナは苦笑する、彼は覚えていたのだと。


初めて会った時、エレナはアシュベルに城の図書を見たいと言った、とるにたらない少女の一言。

「あっはは、アシュベル様が放っておくとは思ってなかったけど、わたしもとはねー!そうきたかー!」

ケラケラと一通り笑い終えるとカリーナが聞いてくる。

「で、どうするの、エレナ、」

わたしは・・・エレナは思わずアシュベルの顔を見る。そして。その赤い瞳が、彼女が感じた綻んでいく糸はまだ繋がっていくのだと物語っている、そう思えた。そして敢えてセーデルの近くに身を置くことで敵の動きを封じることもできる、城はセーデルの管轄、そこで大きく動くことは彼の名誉にも関わってくるからだ。勿論あの執拗なセーデルのことだ、油断はならないが。


背筋を伸ばし深呼吸をする、彼女の黒く輝く瞳は真っすぐにアシュベルを捉得た。

「エレナ・ルーゼリア、第一近衛隊の任に着く事をお受けいたします」

エレナの言葉を受けてアシュベルはいつも通りの微笑みを浮かべる。

「あ、ではあたしも!こほん・・・カリーナ・グレンゼル、第一近衛隊の任をお受けいたします」

少しかしこまって一礼するカリーナはいつもの彼女より大人びて見えた。

「リュカ・ガートン、第一近衛隊の任をお受けいたします」

「え!?」

自然な流れのようにリュカが一礼しているのを見てエレナが驚き、彼に小声で聞く。

「あれ?リュカは星読み士になるんじゃないの?」

「星読み士の資格は既に取ってあるし、近衛隊で魔法剣士の腕を磨きつつ城の書庫を使う事ができるのは願ってもない環境だからね、」

自分でもいかにもな言い訳だと思いながらそう述べ、その後誰にも聞こえないようにぼそりと続ける。

「それに君のマナを覗けるのは僕だけだからね」

「星読み士の資格もう取ってあるの!?難しい試験だって聞いたよ、やっぱりリュカは頭いいんだね!」

黒い瞳をキラキラさせてエレナはリュカを見上げるが、リュカの耳がうっすら赤みを帯びている事には気づかない。

「そっかぁ、じゃあまた3人で剣の訓練できるね!!」

繋がっていく糸にエレナは嬉しさを覚える、それと同時に彼女の光のマナが体中に満ちていくのを感じる。


三千年の記憶を全てを思い出せてはいないが、今確かなのは光のマナを自分が受け入れ、光のマナにも受け入れられた、ということ。

光のマナを覚醒させたのはつい最近のことなのに、不思議とエレナはそれを隅々まで自身の中に感じる事が出来た。護れる、うぬぼれではなくはっきりとそう思えるほどに。


セーデルがいても混沌の闇が襲おうとわたしが護ろう、エレナはそう心に誓う。


「まずひとつ」

アシュベルはエレナ達が笑って話しているさまを真っすぐに見て呟く。

いつにない低く静かな物言いをするアシュベルにアロが不可解に思い声をかける。

「アシュベル様?」

「アロ、お前はよくわかっているだろう、俺はこう見えて相当な負けず嫌いなんだよ。セーデルごときに大切なものを踏みにじられるのは本当に気分が悪い」

「はい・・」

「それ相応のお返しをしないとだよねぇ、それには環境を整える必要があった、」

アシュベルの赤い瞳に殺気ともよべる鋭利な刃のように光が映り込んでいる。

「エレナを近衛隊に入隊させることで、俺の目の届くところに置くことができる、それがひとつめだ」

彼女たちの笑い声と反比例するようなしたたかさを思わせるシュッベルの発言は、計画の一つにすぎない、とでもいうように既にその先の未来を捉えている。

その姿に恐れを抱き、アロが平静を装いつつもごくりと唾を飲み込む音が自身にやけに響く。

彼の恐ろしさは知っている、甘い顔をしているのは仮面、その下にはアロすら近づく事をためらわせる

冷徹な一面が隠されている。

それは幼い頃大人により抱いた孤独と疑心暗鬼が生み出した産物が、彼の内なる一面を引き出したことに寄るのだが。

それを見たのは、城近くで起こった内乱を治めるため、アロがアシュベルに同行した時だった。戦場で剣をふるうアシュベルが見せる表情、そこには心のない、空虚なまま無情に剣をふるい返り血を浴びる冷然とした夜叉がいた。皆はその姿に英雄を見るが、アロは触れてなならない、見てはならないと自身の鼓動が早鐘を打ち警鐘を鳴らしているのだと感じた。


他人に心許さず、真っすぐに英雄への道を歩むアシュベルの姿は、諸刃の剣を思わせた。


しかし、アロは知らない、それが護るべき対象を得た時どう変わっていくのか。


馬に乗ってきたアシュベルの家臣らしき男が彼に耳打ちをする。

それを聞いたアシュベルがにやりと笑う。

「ふたつめ完了」

その見た者が凍り付くような冷酷な笑みをたたえ、アシュベルが再び呟く。

もはやアロは口を開かない、踏み込んではならないと悟ったからだ。

 


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