第二十九話 始まりの始まり
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翌日、様々な出来事があってか深く眠っていたエレナが目を覚ます。
「エレナ、おはよう」
心配そうに、そして心強く思える眼差しを向け、にっこりと笑うカリーナがベッドの傍らに座りエレナに声をかける。日差しが彼女の瞳に強く入り、金色に輝いている。
「おは、よう・・・カリーナ」
彼女の瞳に違和感を感じながらエレナは体を起こす、ベッド脇の窓のカーテンが半分開かれている。
エレナが窓を見ているのに気づいてカリーナは慌ててカーテンを閉めようとする。
「あ、眩しかった?少し開けておいた方が良いと思たんだけど」
「ううん、違う。いいの」
エレナがそれを制止する。
「長く眠ったいた気がする、今何時かしら」
そう言いつつ部屋の置時計を見る、そして目を疑う。時計は午後二時を指していた。
確かに昨日は多くの受け止めがたい出来事があった、それに単独逃亡しアシュベルにも迷惑をかけ、彼と共に訓練上に帰ってから部屋に戻るとベッドが雨に濡れていたのでシーツ等を取り換え、ベッドに倒れ込んだ。
その後の記憶がない。
「二時って・・・噓でしょ、わたしそんなに眠り込んでいたの!?」
「仕方ないわよ、昨日の事を考えれば、それにそういうあたしも今朝はかなり寝坊したわ」
肩をすくめカリーナがペロッと下を出す。
彼女のこういう体裁を取り繕わない性格をエレナは好ましく思う。
「それにしたって眠り過ぎね、アシュやリュカはどうしているのかしら」
「リュカは私より早く起きてたみたい、今はたぶん書庫に居ると思うけど。アシュベル様はさっきエレナの様子を見に部屋の前まで来てたわよ。まだ眠ってるって言ったら、そのまま寝かせておいて欲しいって」
リュカもアシュベルも起きている、アシュベルにいたっては昨晩相当に迷惑をかけてしまい、かなり疲れもあるだろう、一人眠り込んでいた自分の不甲斐なさを痛感する。
「その後はわからないけど、第一近衛隊が来てるから指揮を執っていると思うわ」
「第一近衛隊・・・」
昨晩逃亡した時、アシュベルと話していた二人の青年を思い出した、確か水色の瞳をしたアロ、もうひとりは茶色の瞳をしたシモン。彼らは近衛隊の制服を着ていた、アシュベルが隊長を務める第一近衛隊の隊員なのだろう。
あの時は疲れきっていて思考が停止寸前だったが、二人の青年にも光のマナの事を知られたのだ、その事の重大さを今更ながらに思い知る。
ここにとどまる以上話さざるを得ない、エレナは密かに決意を固める。
「わたし、アシュベルに話さなくちゃ、」
慌てて着替えをし出し、ブーツを履こうとするエレナ。
「あ!待ってエレナ、駄目よ、昨日からろくに食事をとっないでしょ」
「え、ええ、そう言われれば、そうだけど」
言われてみれば確かに少しお腹が空いているように思う。
「なら!ちゃんと食事しましょう、食堂ならあなたの食べられものもあるはずよ」
強引かつ円滑なカリーナの誘導に乗せられて、身支度を整えると彼女と共に訓練生が使用する食堂へと向かう。
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エレナとカリーナが訓練場の食堂に着いた時、込み合う時間帯がづれていたためか、人もまばらで
静かな雰囲気だった。
食事は時間内であれば利用することが出来るしメニューの種類も豊富に選べる。
内戦が起こっている中これだけの贅沢な食事が提供されるのは、城下近くという事と能力者の支援及び能力者たちの力への期待値を示しているとしていると、考えられるだろう。
「エレナ、それだけ?」
「え、ええ」
「栄養が足りないわ、これも足しておかないとね」
そう言ってカリーナは、大皿から野菜と肉の炒め合わせを勝手にエレナの皿に盛る。
カリーナは本当に面倒見がいい、将来はいい奥さんになりそうだ。爵位に関して疎いエレナは理解していないようだが、セーデルと対立し辺境の領地に身は置いているものの先代からの資産が豊富な子爵の令嬢である彼女は、恐らく調理する立場にはならないだろう。勿論嫁ぎ先にもよるが、一人娘であることから考えて爵位を継ぐためこの時代入り婿をとる、という選択がなされる場合が多い。
二人が席に着き、ふっくらした柔らかいパンやシチューを堪能する、エレナは食事を前にして自分がこれほどお腹が空いていたのだと自覚しつつ、つかの間カリーナとブレスレットや髪飾り等の話に花を咲かせる。
そう、ほんのつかの間、これから起こる考えたくもない事態を忘れる様に。
そこへ二人の青年がエレナ達の居る食堂に入ってきた、入り口で注文をすると何やら話し込みながら奥の席に座った。アロとシャルルだ。その後注文したであろう飲み物がテーブルに運ばれてきたが、それに手を付けず二人は話し続けている。
カリーナが彼らに気付く。
「あの二人、昨日書庫で見たわ」
面識があるのはエレナだけでなないらしい。
「リュカはその場にいたのかしら、」
「書庫にはアシュベル様、リュカがいたんだけど、その時に彼らも居たわ、」
聞いているとカリーナも彼らの事をあまり知らないような感じがする。
食事を終えると、エレナはカリーナにリュカを連れて自分の部屋で待っていて欲しいと告げた。
「わかった、それであなたはどうするの?」
「あー、ちょっと・・・ごめんなさいっ!」
「わかった、言えないのね、じゃあ先に入ってるわね」
本当にカリーナはきっぷのいい女性だと思う、自分の心中を察して野暮な追及はしてこない。
後で必ず説明するから、とカリーナには約束し別れた。
エレナはカリーナを見送ると、食堂の端で話し込んでいる二人の青年に近づいていく。
「あの、お邪魔してもいいでしょうか?」
二人の青年は机に開いた訓練場の地図を見て、近衛兵の配置を見直していたようだった。
エレナの登場に二人の視線は彼女へと移る。
「昨晩は名前も名乗らず失礼しました、エレナ・ルーゼリアと申します」
二人は同時に立ち上がり最初に、蒼に近い水色の瞳持つ青年が冷ややかな笑みを浮かべながら名前を名乗る。
「そちらから来ていただいて恐縮です、わたしは第一近衛隊副隊長の、アロ・ゴーティエといいます、以後お見知りおきを」
突然のエレナの来訪に驚くことなく、まるで用意してきたようにアロは流暢に自己紹介をこなす。
順番が来た、とばかりにこちらの茶色の瞳の青年は動揺を隠すことなく、というより隠せず焦りつつ話し始める。
「あ、えっと僕はシャルル・シモンです、第一近衛隊の隊の者ですっ」
「お二人ともお忙しいとは思うのですがこの後お時間をいただけませんか、わたしの部屋でなのですが少々込み入った話を聞いていただきたいんです」
二人の青年を交互に見て、エレナが打診する。
昨晩は雨が降っており視界も悪いうえ、彼らの注意はアシュベルにほぼ向けられていた。
こうしてエレナを間近に見るのは初めてだ・・・眉目秀麗とはこのことをいうのだろう、彼女の姿は彼ら二人の想像をはるかに超えて美しく不思議と惹きつけられるものを感じる。
またその黒い瞳は格別艶やかで光を反射し煌めいている。
「なるほどこれは・・・」
魅了されるのも仕方ない ――――― 言いかけてアロの言葉が止まる。
魅了されているのはアシュベル様、そう、自分ではない。
シャルルは、とアロが彼の方を見やると分かりやすくうっとりと見とれていた。そんなシャルルを放置してアロがエレナに確認をとる。
「そこにはアシュベル様も?」
「ええ、今からアシュに会いに行きますが話し合いには立ち会ってくれるはずです」
「それなら我々が行かない理由はないですね、シャルルとともにあなたの部屋へ後程伺うとしましょう」
その言葉を受けて、エレナは一礼し彼らのもとを立ち去った。
アシュベのもとへ行くために。




