第二十五話 二連星という宇宙の煌めき
―――――― エレナはアシュベルの眼前でベッドに座り弱弱しくも微笑んでいた。
「エ・・レナ」
その一言を吐き出すのがやっとだった。
そう言った後で気づいた、エレナの肌に傷一つないことを。
アシュベルに続き部屋に入ってきたリュカ、カリーナ達の足音が後ろで聞こえる。
「エレナ、君の傷・・」
エレナの姿をリュカはその事に即座に気付いたようだった。
真っ白な肌は以前の様にしなやかで美しいまま、彼女の凛とした顔立ちを引き立てている。
今だエレナの声を聞けぬまま、カリーナが説明するように二人に話す。
「あなた達がこの部屋を出た後も傷は増えていき、エレナは目を背けたくなるほどそれこそ血まみれに・・・。でもついさっき、なんて言ったらいいのかしら」
戸惑いながらも懸命に言葉を紡ぎだす。
「苦しんでいた表情が安らかになって、あたし慌てて彼女の名前を何度も呼んで。でもでもっ」
その安らかな顔はカリーナにとって死を意味したのだろう。そこに居たなら誰でもそう思う、
でもエレナは生きて此処に存在している。
「叫んでいる最中気付いたの、一つ、一つと傷がふさがっている事に。どのくらいの時間がたったのか、
とても長かったようにも感じたけれど、あっという間だったのかもしれない、エレナの傷はまるで無かったかのように全て綺麗に消えて・・・しまった。」
はぁ、とカリーナは息をつく。緊張と焦りの中話し続けるには息苦しい内容だ。
「皆、」
この部屋に入って初めて聞こえるエレナの声 ―――――――。
彼女の小さな唇が次の言葉を紡ぐ。
「心配をかけてすまない。」
たったそれだけ。
その短い言葉は三人の心に今だ重くのしかかった愁事を、白い羽が舞い上がるが如く軽やかに変えて解き放った。
「よかった、君が無事で」
立ち上がりながらアシュベルがエレナに近づいていく、彼の赤い瞳はずっと彼女に向け続けられている。
そして、いつものように端然とした笑みを浮かべて見せた。
いつものアシュベル、この相変わらずの笑みを見て安心するなんて。
その笑みを受けてエレナが苦笑する。
「リュカ、エレナのマナはどういう状況が覗けるか」
問いかけられてリュカは、己の役割を思いだす。
「今、覗きます・・・これは、マナの形態が変化している」
驚きと戸惑いの声。
「まるで、二連星のようだ」
「ニレンセイ?どういう事だ、もっと分かるように説明してくれ」
聞いたことの無い言葉と状況の曖昧さにアシュベルが説明を促す。
「二連星とは、二つの星が互いの引力で互いを引き合って共通重心の周りを公転運動しているんです、
つまり ――――― 彼女の中に二つのマナが同時に存在し、干渉しあっている」
それを覗いているせいか、その事実を受け止めているせいか、恐らく両方の理由からリュカの額からは
汗が流れ落ちる。それでも彼は彼女のマナを覗き続ける、目を離せない、と言った方が正しいだろう。
「一人の体の中に二つのマナが在る、それは互いを引き寄せ合いゆっくりと周り続けている。こんなことがあるのか・・・一つは光輝き、一つは深い闇色。マナ自体がその能力を示している。しかも二つは相反する能力だというのに、互いを引き寄せ合っているんです。」
説明するには難しい、しかし、これを他の誰でもない自分だけが見ているのがリュカには幸甚の至りであった。ポタポタと流れ出る汗が床へ落ちるのも構わずに覗き続ける。
「今のエレナのマナは安定しているといえるでしょう」
美しい、その二つのマナの動きに目が奪われる、干渉し合っているどころか、近づいたり遠のいたりする過程で、闇から光へ光から闇へと互いのマナにそれぞれが千々に流れ込み受け入れ合っている。
永久に見続けていたい、幼少の頃、この瞳で初めて夜空を覗いてリュカはそう思った。あの時に似ている、そう思わせる程エレナのマナはリュカを魅了した。
トンッ、不意に彼の背中を誰かが軽く叩く。
目を見開いたまま叩いた者の顔を見上げる、アシュベルが前を向いたままそこに居た。
「・・・はっ・・はっ・・」
リュカは細かく息をする、精神力を使いすぎ気を失う寸前だと今気づく。
「助かる、リュカ、ヒメちゃんが本当に無事なんだと得心がいった」
「いえ、」
こちら側に戻ったリュカはエレナの心配そうな表情に襟を正す。
「ヒメ、今の気分は?何か欲しいものはある?」
「大丈夫よ、本当に申し訳ない、わたしのせいで・・・。でも、少し疲れたような気がする」
カリーナから渡された水を飲み干すと、エレナは白銀のまつげを伏せ小さな息を吐く。
「そうだね、体を休めた方が良い、我々も一旦退散しよう」
エレナがベッドに横になるのを見届けて三人が部屋を退出する。
部屋の前に衛兵を置き、アシュベルが口を開いた。
「今日は色々あったし、皆疲れている筈だ。考える事は山済みだが、取り敢えずヒメちゃんの容体は大丈夫なようだし、ここは解散して明日に備えよう」
体力的にも精神的にもそれぞれ限界がきている。二人もそれに同調した。
「リュカ、カリーナ、ありがとう」
立ち去ろうとする二人にアシュベルが声をかける。
「大切な親友ですからね、当然ですよ!」
「僕だって!・・・」
「あら、なーに?」
口ごもるリュカをカリーナがからかいながら、二人はそれぞれの部屋へ立ち去って行った。




