第二十三話 一筋の光
「リュカ、お前は光の魔法士についてどのくらい知っている?」
そうアシュベルに聞かれたリュカが不服そうに腕を組んで、眼鏡越しに睨むように彼を見る。
エレナから無理やり引き剥がされ、書庫に連れて来られてからずっとこんな調子だ。
僕だけが彼女のマナを覗けるのに・・・そう言いたげな視線を向けられているアシュベルは。
「今は」
開いていた本を閉じ棚に戻す。
「エレナが意識を取り戻すのを待つしかないだろう」
吐き出すように言葉を紡ぐ。
俺だって側に付いていたい、けれど今自分に出来る事をやるしかない。
エレナの事は心配だが、疑問は山のようにある。
先程戦った傀儡の事。
セーデルの身辺調査。
それに伴う王と王妃殺しについて。
何故奴はエレナを第一王位継承者であるエル・ローサだと気付いたのか。
これらはリュカがまだ知らない情報だ、彼は相当エレナに心酔しているようにみえるが
どれほど信用できるかアシュベルの中で未知数。
カリーナにしてもアシュベルはまだどこかで信用しきれていない部分がある。
一定の信頼はしている――――だが全てを話すには確信と呼べる何かが欲しい、では何があれば
俺はこいつらを信頼していると定義づけられるのか。馬鹿馬鹿しい。そんなものは無いのだから。
けれどやはり自分には判断がつかない、とアシュベルは思う。
それは、彼が幼い頃に見てしまった大人たちの豹変した醜い姿、そこに尽きる。
妾の子供と罵られ過ごした日々から一転、炎のマナの覚醒により手の平を返したように
敬われ持て囃される。
まだ迷いがある、まだ自分の中にあの過去の日々の毒が残っている気がする。
アシュベルが心の底から信じられるのは、エレナ一人。
そうか、俺は初めて心から信じられる人に出会ったんだ、類い稀な出会いをしたんだ。
そう思うとエレナは自分にとってどれほど得難い存在であるか、今更ながらに知らしめられる。
ふとエレナと出会った時のことを思い出す、城下近くの森の中、盗賊数十人を前にして怯まず
捕われた者を庇う姿。
アシュベルの肩から飛翔し ――――――― そうあの瞬間だ。
敵の真っただ中に身を投じる無謀ともとれるあの行動。
アシュベルは無意識に肩にてをやる。
あの瞬間、ひたむきな程純粋なエレナの瞳に胸が熱くなった。
全幅の信頼をエレナになら託せる、たぶんこれは初めての感情。
ではこの基準を他の誰かにあてはめるにはどうしたらいいのか・・・・。
「・・ベル様、アシュベル様!」
本棚の前で静止していたアシュベルは、リュカの声ではっと我に返る。
こんな大事な時に過去を振り返って・・・時間がないというのに、アシュベルは本を手に取り
机に座るった。
「アシュベル様、先程の質問ですが」
「ああ、すまない光の魔法士だな、なにか手掛かりになるような事を知っているのか?」
「いえ、知っているわけではないのですが、エレナが光の魔法士と断定するなら
考えられることがひとつ」
リュカは眼鏡を指先で直しながら続ける。
「これまで光の魔法士は小さい頃読み聞かされるお伽噺の中に出てくる想像上の人物、だと僕は思っていたのです・・・そうですね恐らく自分だけではなくこの世界の大半の人々は。でも事実、光の魔法士は存在する、今日僕はこの目でそれを知りました。」
「そう、だな」
リュカの真意を計り兼ねてアシュベルは曖昧に返事をする、だが次の言葉でそれは払拭される。
「では、過去にも存在していた可能性は否定できない」
リュカの澄んだ水色の瞳が眼鏡越しにも分かるほど青く深く熱を帯びる。
「お伽噺、伝説として語られているものの中に、事実が紛れ込んでいるかもしれない。勿論誇張されて記述されているものもあるかもしれませんが、探してみる価値はあると思います!」
これは ――――― アシュベルは思わず立ち上がった。
それこそ一筋の光。
「リュカ、それらの本を探すぞ!」
インテリ眼鏡は伊達じゃなかったか、自分が過去を探索している合間にリュカは一つの鍵を探し出していた、よっぽど彼の方がこの事態に向かい合っている。
だがこの書庫にはその手の本があるにはあるが手掛かりを探すとなると少々物足りない。
取り敢えず数冊机に重ね読み進めてみるが、やはり情報が少ない。
まだ全て読んだわけではないが、参考になりそうな箇所に目を通し分かった事と言えば、
物語の中の人物が、尊とき人、護り人、など多岐にわたって名称が変わっているという点。
これではリュカの言っていたように、人知れず埋もれている記述があるやも知れない、そのワードを探り当てるのはなかなかに難しい作業だ。
アシュベルは手元の本を開く、かなり古いようだがこれは伝説を扱った魔法書、記述に目が止まる。
(世界は常に均衡を保とうとする。その昔、妖魔が跋扈しそれにおびえ人間は妖魔の少ない領土をめぐり大規模な戦争を繰り返した)
伝説書に書かれるよくある序文だ。
代表的な文言ともいえる。
――――――― 代表的な文言、か
ざっと目を通すと、幼少聞かされたお伽噺や伝説の書物をあれほど聞いたり読んだりしたのに、記憶が曖昧になっている事に気付く。
(そうして世界が混沌の闇に沈むとき、かの者・・・)
その先は紙の変色がひどく読めない、繰り返し聞いたはずなのにこの先を思い出せない。
そんなものか。
これまで光の魔法士は伝説上の人物だった。
他の魔導士の呼び名はほぼ変わっていない、それが光の魔法士だけが違う形で記されているのは何故か。
敢えて伏せている、そんな印象が伝わってくる。
憶測だが他の者に知られる事を恐れたのではないか・・・。
しかし人は言ってはならない秘密程誰かに伝えたいと思うもの、これはアシュベルの邪推だが、ひっそりと記して残っている手記もあるかもしれない、今はそちらの方が可能性が高いように思える。
「リュカ、出身はどこだ」
本を読みふけっていたリュカは唐突な質問に眉根をひそめる。
「僕の両親は商人ですので小さい頃から町を転々としていましたが」
「そうか、俺はほぼ城下育ちだから・・・まぁ隊を率いて遠方まで赴くこともあるが、町の細かな様子は
分からないんだ。町には書庫はあるのか?」
この時代、本は書き写しが主流である、今活版印刷とされている本が多くの人に読めよう広まってはいるが
そのほとんどは身分の高いものから独占されていくのが現状である。
「町には書庫、と呼べるほどの大きさはありませんたが、小さいながらも特殊な記述を目にしたことは
ありますね。」
「やはり、これに気付いたのはいいが、果てしなく膨大な作業になる、しかも他の書庫や記述ももあたらねばならないようだな。まずは王都にある図書室からあたってみたいものだ、あそこには大量の情報が国中から集まっている」
「まさか、今から行かれるのですか?」
「――――― いや」
行きたいのは山々だが、今ここを離れるのは得策ではない。
エレナが弱っている今、セーデルが襲って来ないのは不可解だが、いつ何時奴がまた彼女を狙って来るか分からない。
何よりも彼女の側を己が離れたくない、これは只の我儘だな。
自分が各地の図書室や書庫をあたるのはあまりにも効率が悪すぎる、人手が要る。それも多数の。
事実を伏せてこの作業をあたらせるに相応しい人選、こんなところで立ち止まっている訳にはいかないのに難問だな、アシュベルは頭を抱える。
――――――――バタンッ!
「アシュベル様ああああー!」
けたたましく扉の開く音が響き、一人の青年が飛び込んできた。
「お前、シャルル!?」




