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あらしのよるに 9話

 みんなが寝静まってから2時間ほど経った頃。焚き火が燃える音の中に、人間さんが起き上がる気配がした。

 動いている気配の数は4,5……。6人。アリスちゃん以外は私も含めて全員狸寝入りか。まったく、楽しいお友達ごっこだよ。

 足音を殺しながら近づいてきた人間さんが、私の腰に吊るした山刀を静かに持ち去る。


「寝付きが良いというのは本当のようだな」


 それは本当。一度寝付いたら翌朝になるまでぐっすり眠れるタイプです。隣で兄貴が娼婦呼んでても快眠できます。


「ヨセフ隊長、どうします」

「決まっている。目撃者は始末する」

「しかし、彼女は……」

「絆されるな。これは獣人だ。所詮は亜人、情をかけることもあるまい」


 おっと、アリスちゃん以外にも私のポイント稼ぎが効いていた人間さんがいたのか。このヨセフって人間さんがなかなか手ごわい相手だったから効いてないもんだと思ってたけど、少しは効果があったみたい。


「いえ、彼女には利用価値があります。首輪で繋ぎ我々に忠誠を誓わせるべきかと」

「……君、まさかこういうのがタイプなのか」

「僭越ながら」


 前言撤回。僭越ながらじゃねえよ。ちょっとゾワッとした。


「ふむ……。君の好みはともかく、提案には一理あるな。おい君、あれをもってこい」

「隊長、あれを使うのですか? 獣人に?」

「ああ。丁度いいだろう」


 ん、何するの? 気になる気になる。わくわく。

 人間さんは荷物をがさごそと漁り、何かを取り出した。ぺらぺらと紙をめくる音がする。多分本だろう。


「【隷従の血呪】――。獣人に使うには十分すぎる魔法だ」


 ――来た。魔法だ。

 魔法は人間さんだけが持つ技術だ。超常的な力を操り、人の身には余る現象を引き起こす特殊な技法。魔法技術を持つのは人間さんだけで、人間さんはそれら魔法技術の全てを秘匿している。

 個々の能力に劣る人間さんが他の国と敵対できているのは、単純な頭数とこの魔法技術によるものが大きい。


「さて、問題は誰の血を使うかだが……」

「僭越ながら」

「まあ、君だろうな。言っておくが下山するまでは我々のために使うぞ。その後は好きにしていい」


 ふむ。この魔法は血が鍵になっているのか。詳細が知りたいな。


「我々人間の高貴な血を流さねばならないのは欠点だが、我ながら実に素晴らしい魔法を生み出してしまった。この魔法を使えば獣どもの心神を奪い意のままに操ることができる。嵐天龍には通用しなかったが……、まあいい。本国に帰って改良を進めよう」


 あ、ご親切にどうも。わざわざすみませんね。

 山刀が鞘から引き抜かれる音がして、続いて液体が滴る音がした。血液だろう。


「では行くぞ」


 準備が整ったのか、人間さんがゴキっと手を鳴らした。いよいよ魔法を使うらしい。人間さんの魔法には謎が多く、可能な限り情報を集めたいってのが本音だ。

 だから、ね。

 無理しなくていいんだよアリスちゃん。


「待って……、待ってください……!」


 起きてきた7人目の人間さん。アリスちゃんは片足を引きずりながら、ゆっくりと歩を進め、寝たふりをする私と人間さんの間に割り込む。


「こんなこと、間違ってます! 彼女は見ず知らずの私たちのために力を尽くしてくれました。なのに、なんで、こんなこと……!」

「……アリス。さっきも言ったろう。これは獣人であり、我々とは決して相容れぬ存在だ。友好的な態度はポーズに過ぎん。我々が隙を見せようものなら、これは迷わず牙を剥くだろう」

「そんなこと無い!」


 そんなことあります。ごめんねアリスちゃん。そっちの人間さんが正しいです。


「アリス、そこをどけ。それは我々の敵だ。敵は討たねばならない」

「どきません! 彼女は、私たちの味方です!」

「考えても見ろ。おかしいとは思わなかったか? この獣人は我々のことを一切聞こうとしなかったのだぞ」

「それがなんだと言うんですか!」


 ……あー。だから私は疑われてたのか。なるほどなあ、人間さんってば賢い。次から気をつけよう。


「本来居るべきではない人間がここに居るというのに、疑いの目を向けようともしない。正常な反応とは言えまい。この獣人は間違いなく我々の正体に勘付いていて、その上で素性を偽って近づいてきた。そう考えるのが自然だろう。それともなんだ、君はこの獣人が他人を疑おうともしない清い心の持ち主だとでも言うつもりか?」


 口笛を吹きたい気分だった。大正解。花丸だってあげちゃおう。

 さすがにここまで完璧に論破されたらアリスちゃんも下がるかなって思ってたけど、どうも様子がおかしい。アリスちゃんは引き下がるどころか、痛む足をしっかり地につけて踏みとどまった。


「……違います」

「そうだ。分かったのならそこをどけ」

「違います。ラビさんを、獣人って呼ばないでください……! この人は、あなたと違って、他人を疑おうともしない清い心の持ち主ですっ!」


 …………わぁ。

 言い切った。言い切りやがった。どうしよう。まじでどうしよう。

 なんか恥ずかしくなってきた。ごめんなさい、私もそこの人間さんと同じ穴のムジナなんです。もう本当ごめんなさい。


「……これが最後だ。アリス、そこをどけ。どかねば貴様も敵とみなす」

「どきません……! 私は、私の恩人を、死なせたくない!」


 人間さんが山刀を振りかぶり、アリスちゃんはぎゅっと目をつぶった。

 跳ねるように起き上がってアリスちゃんの細い肩を掴んで抱き寄せ、人間さんが握る山刀の柄を蹴り上げる。人間さんの手を離れてくるくると飛ぶ山刀をぱしっとキャッチし、焚き火の明かりで明順応しはじめた瞳をしぱしぱと瞬かせた。

 ええと、こういう時、なんていうんだっけか。


「話は聞かせてもらったよ」


 こうだったっけ。なんかちょっと違う気もするけど、まあいいや。

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