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あらしのよるに 8話

 集めてきた木の枝を山刀で割る。濡れていても芯は比較的乾いている。敷き詰めた小石の上で細い枝を三角形に組み合わせ、ランタンの火を使って着火した。水分が多くてちょっと煙たいけれど、まあよしとする。

 煙の行き先は……、うん。ちゃんと出口に流れてるな。入り口が広い洞窟でよかった。煙を抑えるために次の薪を焚き火の側に並べ、少しでも乾かしておく。


「おお……」

「焚き火だ……」


 人間さんたちは喜んで焚き火を取り囲む。一方私は少し距離を取った。炎ってのにはどうしても苦手意識があるんだ。

 荷物を降ろしてすっかり泥だらけになってしまったレインコートを脱ぐ。石に腰掛けて、ようやく一息ついた。


「さすがにこの人数は抱えていけない。今晩はここで野営して、明朝下山するよ」

「嵐が過ぎるまで待ったほうがいいのではないか?」

「嵐が過ぎると思うの?」


 そう問うと、人間さんは「まさか」と笑って首を振った。意味のない問答だ。私が「この嵐が嵐天龍の仕業であることを知っている」ことを確認された、それだけの。

 私がどこまで知っているかを確認したかったんだろうけど、それは逆に言えば彼ら人間さんが嵐天龍と関わっていることの証左だ。そんなことはもう分かってる。本当に意味のない問答だった。


「朝になったら嵐の中を突っ切ることになるけど、体力はどう?」

「……正直、かなり厳しいな。昨日から何も口にしていない。ここで座して死を待つだけと思っていた」

「そっか」


 少し考える。彼らのために食料を用意することは可能だ。しかし、人間さんの体力を取り戻させることは得策と言えるのだろうか。

 これは信頼とリスクの駆け引きだ。考えた末に、私は立ち上がってレインコートを着た。


「ラビさん? どうしましたか?」

「なんか食べるもの採ってくるよ。ここで待ってて」

「ラビさん……。何から何まですみません」


 アリスちゃんの頭をくしゃりと撫でる。この子は何ていうか、本当に邪気の無い子だ。これで計算だったら手に負えないけれどさすがにそれは無いと信じたい。

 洞窟の外は変わらず風雨が吹き荒れていた。石で囲んで台座を作り、軽量鍋を設置する。帰る頃には雨水が溜まっているだろう。

 山の中を慎重に歩き、夜目を頼りに山菜を採る。できればもう少し晴れた日にピクニックでもしながらやりたかった。なんでこんな嵐の夜にサバイバルしてるんだろ、私。


(嵐天龍は……)


 空を見上げても嵐天龍の姿は見えなかった。耳を澄ませても風の音しか聞こえない。多分近くには居ないと思うけど、確証は無い。

 ウル兄の気配も無いけれど、あっちはいいや。私が生存できるような環境でまいるような兄貴じゃない。きっと今もどこかでピンピンしてる。

 一抱えも山菜を採り、水の溜まった鍋を回収して洞窟に戻った。外していたのは一時間も無いくらいだ。


「……あ。ラビさん、お帰りなさい……」


 アリスちゃんのテンションが下がっていた。体調が悪化したのかな、と顔色を覗いたら、ふいっと目をそらされた。

 ……ふむ。


「ただいま。人間さん、何か変わりは?」

「いや、何も無かったぞ」

「そう」


 何も無いってことは無いでしょうに。私をちらちらと見るアリスちゃんの目に、ほのかに警戒の色が見える。さては、アリスちゃんに何か吹き込んでたな。

 まあ、気にしないことにする。過敏に反応したって良いことはない。口八丁で削がれた信頼は行動で奪い返せばいい。

 レインコートを脱いで石に腰掛け、山刀で山菜から可食部を切りわける。こういう時はナイフが欲しくなる。山刀ってサバイバルにはどうしても不便なんだよなぁ。


「人間さん。一応聞いとくけど、調味料とか持ってたりする? お塩とかあるとすごく嬉しい」

「いや、無いな……。おい、誰か持ってるか」


 人間さんたちは揃って首を振った。そりゃ持ってないよね。持ってたらたとえ調味料だけでも口に入れるもんね。


「味の方は覚悟しといて。お世辞にも良いものとは言えないから」

「この際食えるならなんでも御の字だ」


 山菜を鍋に放り込んでそのまま火にかける。アク抜きをしないままワラビを放り込んだせいか、スープはすごいことになっていた。山刀を使ってアクを取る。おたまが欲しいと切実に思った。

 自然の恵みを100%生で抽出したラビちゃん特性山菜スープだ。素材の味がそのまま楽しめる狩人おすすめの一品。調味料も無いんだからこれで我慢してください。

 鍋ごと人間さんに差し出す。誰も受け取ろうとしなかった。


「……そりゃ美味しくないとは思うけど。ちょっとへこむ」

「いや、その……。我々はそういったものを食べ慣れていなくてだな……」


 はいはい、わかりましたよ。

 鍋に口をつけて少しだけ飲む。山菜の苦味とアクのえぐ味が口いっぱいに広がり、最高に渋い顔をしつつも飲み込んだ。ほれ、毒は無いぞ。毒はな。

 改めて鍋を差し出すと、受け取った人間さんは慎重に飲んだ。一度口をつけると、相当お腹が空いていたのか味も気にせず飲んでいく。鍋ごと回しながら人間さんたちは煮込まれた山菜を懸命に噛んでいた。


「君は……。随分と山に慣れているんだな」

「そうでもないよ。これくらい普通」

「獣人はみんなそうなのか?」

「もちろん。これくらいなら子どもでもできる」


 そんなことは無い。狩人は山中を歩き慣れている。他の獣タイプではさすがに嵐の山で山菜は採れない。

 ただ、人間さんは私を疑っている。私の素性を知りたくてしょうがないって様子だ。狩人ってバレたらせっかくのお友達ごっこが終わってしまうかもしれない。


「そう言えばまだ自己紹介をしていなかったな。私はヨセフだ。君は?」

「……ラビだよ。見ての通り兎タイプ」


 聞こえないよう小さく舌打ちする。アリスちゃんに本名を名乗ったのは失敗だったかもしれない。あそこは偽名を使うべきだった。

 私はそこまで名が売れているほうではないけど、狩人としてはそれなりに活動している。ひょっとすれば人間さんの方にまで名前が知られているかもしれない。さあ、どうだろう。


「ラビ……。どこかでそんな名前を聞いたことがある。確か、獣の国で言う狩人だったか?」


 おおっと。


「え、狩人? 私が? そう見える?」

「ああ。君の様子を見ているとまるで狩人のようだ。山を熟知し、咄嗟の状況の対応力もある。とても心強いよ」

「そう、ありがと。でも私はただの山菜採りだよ。それに狩人ってのは、肉食タイプの人しかなれないから」

「そうなのか? ……ふむ、覚え違いだったかもしれんな。失礼した」


 カマかけてきやがった。怖い怖い。

 ちなみに肉食タイプしか狩人になれないわけではない。相応に戦えてフィールドでの活動ができるなら、草食タイプでも狩人になれる。比率は肉食タイプのほうが圧倒的に多いけど。


「そうだ、アリスちゃん。足怪我してたんだったよね。右? 左?」

「……左です」


 渋い顔をしながら懸命に山菜を噛むアリスちゃんに近づき、失礼してブーツを脱がせる。アリスちゃんの左足は痛々しく真っ赤に腫れ上がっていた。


「これは……。どこかにぶつけたの? それとも折れてる?」

「木の根に強くぶつけました。折れてはいないと思うんですが、痛くて動かせないです……」


 ぶつけただけか。それなら良かった。

 患部を水で洗って汚れと熱を取り、山で拾ってきた薬草を刻んで擦り付ける。消炎効果のある薬草だ。少しは痛みも引くだろう。

 タオルを裂いて即席の包帯を作り、優しく巻けば処置は完了だ。


「応急処置。痛みは楽になると思うけど、治ったわけじゃないからしばらくは歩かないように」

「あ、ありがとうございます……」


 細かくポイントを稼いでいく。ちょっと楽しくなってきた。

 努力の甲斐あってか、アリスちゃんの目にあった警戒の色は少しずつ薄れていった。よしよし。


「あの、ラビさん……」


 アリスちゃんがおずおずと口を開く。どうしたの。このラビさんになんでも言ってみなさい。


「ラビさんは、どうしてそんなに優しくしてくれるんですか?」

「優しくはしてないよ。助けられるから助けてるだけ」

「……そんなの、詭弁ですよ」


 体を崩し、アリスちゃんはぎゅっと私に抱きついてきた。それを座ったまま優しく抱きとめつつボディチェック。うん、ナイフの類は隠し持ってないみたい。刺されるかと思ったじゃないか心臓に悪いな。


(逃げてください)


 私の耳元で、アリスちゃんは小さく呟いた。


(ごめんなさい、私たちは良い人間ではないんです。このままだとあなたは――)

「ひっくち」


 くしゃみした。ずっと雨の中を動き回ってたからなぁ。温かいココアが飲みたい。


「…………」


 アリスちゃんは(そりゃないでしょう)みたいな顔で私を見ていた。

 その口を自然な仕草で塞ぎ、アリスちゃんにだけ見える角度でぱちんとウィンク。ごめんね、アリスちゃん。私も実は良い兎タイプじゃないんだ。

 ぽんぽんと背中を叩いてから横に寝かせてあげる。疲れたでしょう、もう休んだほうがいい。


「朝になったら嵐の中を突っ切らないといけない。そろそろ眠ったほうが良いよ」

「君はどうするんだ?」


 火の番でもするつもりだったけどやめた。アリスちゃんの善意のせいでプランは全て崩れた。まったくもう、善意ってのは最強だ。

 アリスちゃんは私の態度をさぞかし疑っているだろう。ひょっとしたら私の正体や目的にまで考えが及んでいるかもしれない。残念、できれば下山までお友達ごっこしたかったんだけどな。


「私も疲れたから寝るよ。寝付きは良いんだ。悪いんだけど、朝になったら起こしてもらえる?」

「……ああ。わかった」


 そう言って横になり、私は目を閉じた。

 さあ、仕掛けてこい。

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