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あらしのよるに 5話

 ウル兄と一緒に市場を巡る。支度金は貰えたから準備をしよう。


「なあ、帰って良いか?」

「逃がすか荷物持ち」

「お前の買い物は長い……」


 ウル兄がぐったりしていた。いいじゃん、体力はあるんだから付き合ってよ。

 とは言え今日はのんびりウィンドウショッピングとはいかないから、手早く見て回ることにする。


「まずはバックパックからかな。本当なら新品が欲しいんだけど、高いから中古にしよう。ロープは信頼性を考えると新品が欲しいね。クサビとハンマーは中古でいいや。キャンプキットは今回は要らないかな、どうせ長居するつもりなんてないし。でも防風ランタンは必要になると思う。高いけど……」


 今回は短期の調査依頼だ。嵐の山に長居なんて土台不可能だし、お金がないし、何よりお金がないから短期決戦を想定して装備を揃えていく。

 もちろん全部二人分だ。ざっと並べるだけでもげんなりする。とてもじゃないけど貯金だけじゃ全く足りない。王様からたかった分のお金を合わせて、それでもかなり厳しかった。


「タオルは使い捨てだから安物を買おう。火打ち石は拾えばいいか。チョークもあると便利だけど、濡れてたら使えないから無しで。水筒は自作で間に合わせる。レインコートは誰かから借りるとして……。問題は山刀と鍋だ」


 私たち獣の国の住民は頭の何処かで炎を恐れるため、ベインに鍛冶屋は少ない。金モノの供給量は少なく、どうしても高価なアイテムになってしまっている。

 馴染みの鍛冶屋『鉄火場サラマンドラ』の扉を開く。店内の炉から発せられる熱気が顔にあたり、少し顔をしかめた。


「カナヘビおじさーん! こんにちはー!」


 店内に向けて怒鳴るように呼びかける。中は常にけたたましい金槌が鳴り響いているから、こうでもしないと声が届かないのだ。

 実際結構な大音量で叫んだつもりだったけど、私の声は金槌にかき消された。仕方ないから諦めてウル兄にバトンタッチする。

 任せろと頷いたウル兄は、普通に店内に入っていって、金槌を叩き続けるカナヘビタイプの鍛冶師の肩をたたいた。


「あああああ!? 邪魔っすんじゃねえダァホっ! 忙しいのが見てわかんねえのかボケナス!」


 カナヘビおじさんは怒声を上げながら裏拳を振るい、ウル兄は眉ひとつ動かさずに額で受け止めた。いつものことだ。


「カナヘビ、俺だ」

「……ああ? ウル坊じゃねえか! 数年ぶりだなおい、どこほっつき歩いてやがった!」

「先週も来たぞ。その前の週もだ」

「そうだったか? まあいい、よく来たな」


 カナヘビおじさんは既に御年70を超えている。老人扱いしたらヘソを曲げる闊達としたお爺さんなんだけど、残念ながら若干ボケはじめていた。


「どうもおじさん。お忙しいところすみません」

「おう、よく来たなラビ嬢。学校帰りか?」

「学校は卒業しましたよ。数年前に」

「おいおい、嘘つくんじゃねえ。まだガキンチョじゃねえか」

「成人してます!」


 手渡された飴玉をふくれっ面で押し返し、垂れ耳をぱたぱたさせて抗議する。私は兎タイプとしては平均身長だ。決して小さい方ではない。大きい方でもないけど。


「それで、何が入用だ?」

「アダマンタイトクレイモアは無いか。エーテル製でもいい」

「出口ならあっちだぜ、ウル坊」


 何言ってんだこいつ。街の鍛冶屋にそんなもんは無い。あっても買う金は無い。


「山刀を見せてもらえますか? それと軽量鍋も」

「なんだラビ嬢、遠足か? ちょっと待ってな、確かそこにピンクの鍋が……」

「いい加減怒りますよ」


 んなもんいらんわ。実用品を見せろ実用品を。

 カナヘビおじさんは数本の山刀をテーブルに並べる。ボケた爺さんだけど腕は確かだ。試しに一本手に持ってみると、刀身の中に整った重心を感じられた。

 山刀なんて大きいばかりでナイフのほうがずっと使いやすいけど、刃物を一本だけ選ぶなら私はこれを持っていく。ナイフで狼や熊の相手はしたくない。


「ラビ、お前はこれだ」


 握っていた山刀をウル兄に取り上げられ、少し重めの山刀を渡される。


「軽いほうが扱いやすいんだけど」

「お前は器用だが非力だからな。刀の重さを使ってみろ」

「そう? これだと得物に振られがちにならない?」

「腕で振ろうとすればそうなる。いい機会だ、お座敷剣術は卒業しろ。体を使え」


 そう言われてもピンと来ない。

 片手で握って真っ直ぐ構えてみる。感じた重みにわずかに刃先がブレていた。これじゃあ使い物にならないと思うんだけど。


「頭で振るな。全身のバネを刀にまで繋げろ。大切なのは呼吸とリズム、感覚だ」

「その3つの違いが分からない……」

「考えるな。いいな、考えるなよ」


 逆に難しい。よくわからなかった。


「話し込んでるところ悪いが、そいつはあくまで山刀だ。低木くらいならたたっ斬れるが狩りには向かんぞ。戦いのための武器が欲しければ別のものを握れ」

「あ、うん、そうだった。ウル兄、また今度武器買う時に教えてよ」

「全て教えた。後は体得しろ」

「まさかの免許皆伝」


 選んだ山刀2本と鍋を買って、代金を支払う。随分と寂しくなった財布が物悲しい。やっぱり金モノは高いよ。


「はいまいど。切れ味が落ちたら来いよ、研いでやる」

「ありがとうございます、また来ますね」


 店内に展示されている剣を物欲しそうに見ているウル兄を引っ張って外に出る。ちゃんとした武器を買うお金は無い。それはまた今度買いに来よう。

 お店から出たところで財布を確認。残金はもう500Gも残っていなかった。本当にギリッギリだ。


「なあ、ラビ。買ってないものがいくつかあるんだが」

「言わないで……」

「武器は百歩譲っていいとしよう。だが非常食と薬品も無しに山に行くのか?」

「……必要物資は現地調達するスタイルで」


 装備を揃えるのに精一杯で消耗品まで手が回らなかった。なんとか、なると、いいなぁ……。

 まあ私もウル兄も素人じゃないし、南の山には何度も足を踏み入れている。食べられる果物や薬効の有る植物は大体頭に入っている。けれどそれらはあくまで非常用の手段であって、可能なら自前で用意しておきたかった。

 安全はお金で買うものだ。貧乏人に多くは与えられない。切り捨てたものが本当に不要だったのか、それが分かるのは手遅れになった時だろう。

 せいぜいなんとかなるように、私たちの神様に祈った。

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