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あらしのよるに 4話

 ウル兄も連れて王様の屋敷にお邪魔する。私はココアを、ウル兄はエールを所望した。受け取ったコーヒーを舐めながらテーブルにつく。


「当然のように飲み物を要求するのはなんなんだい」

「家主でしょう。もてなしてください」

「なんだこの黒い汁は。苦いぞ」

「…………」


 王様は無言で牛乳を置き、ウル兄はそれをなみなみとマグカップに注いだ。お砂糖もくださいと申し出た私の陳述は黙殺された。解せぬ。


「南山のアレですよね。一応来ましたけど、本当に私たちを行かせるんですか?」

「ああ。不足か?」

「不足も何も、装備無いんですよ。万全のパフォーマンスを期待されても困ります」


 わかってるとは思うけど、念のために言っておく。私たちにはできないことがあって、それを期待されるのは互いにとって不幸だろう。


「ならば聞こう。この依頼、君たちには不可能か?」

「できるに決まってんだろ舐めんなシカ野郎」

「腹パンするぞ」

「こわい」


 とは言え無理ってほどじゃない。嫌だ嫌だと言っているのは気持ち的な問題だ。

 嵐の山に飛び込むのはしんどいけど、求められる装備は狩猟依頼よりは少ない。大仰な得物や分厚い革鎧が不要ならギリギリ可能な範疇だ。


「むしろ、この依頼は君たちが適任だと考えている。状況は非常に不安定だ。柔軟かつ最善の対応を期待している」

「随分と買ってもらってるみたいですけど、そんなに大変なんですか?」

「そうだな……。状況は理解しているだろうが、改めて依頼を説明しよう」


 そう言って王様は足を組み替えた。どうも真剣な話をするらしい。マグカップの底を舐めるウル兄の頭をはたいて、私も居住まいを正した。


「南山に正体不明の嵐が停滞している。君たちには原因の解明を任せたい」


 予想通りだった。易い依頼とは思わないが、こう真剣になるほどと考えるには違和感がある。

 わざわざ指名依頼なんてしてきたんだ。これは何か、裏があるな。


「王様。何を想定しているか、答えられます?」

「……痛いとこを突くな」

「あー。うん。大体察しました」


 王様は今回の件、嵐天龍以外の何かを見ている。それも可能であれば憶測であって欲しい相手だ。大体察しはつく。

 柔軟かつ最善の対応、ね。そういうことなら確かに私たちは適任だ。


「本当に厄介だよ。近隣に嵐天龍が現れただけでも大混乱を引き起こしかねないのに」

「どこまでやっていいですか?」

「現場の判断に委ねよう。後で仔細を報告したまえ」

「優先度を」

「ベインが第一。君たちが第二だ」

「この仕事辞めたい」

「腹パンするぞ」


 ベインのためならなんでもしていいという許可は貰えた。ついでに身の安全を守るためなら大抵のことは許されるという許可も。行動の自由を保証してくれるのは嬉しいけど、そこは嘘でも私たちの身が第一って言ってほしかった。へーくんってば冷たい。

 まあいいや。いつものことだ。今日も敬愛なる王様のために身を粉にして働きますか。


「本題に入りましょうか」


 私はマグカップを置き、王様は眼光を強めた。視線が交差し、死線が形成される。

 御託はいい。本番はここからだ。


「報酬は200,000G。加えて装備の援助金を求めます」

「短期間の依頼にしては高すぎる。150,000Gで十分だ。装備については自己責任と言うのが狩人のルールだろう」

「相手は嵐天龍、危険手当も含めての値段です。装備についても嵐の山に分け入るには相応の物が必要です。特殊な依頼でありますし、多少の援助は必要かと」

「危険手当なんて言葉初めて聞いたぞ。狩人が甘ったれたこと言うんじゃない」

「へーくん、いつからそんなに冷たい王様になっちゃったの。私悲しいな」

「情に訴えるのは良くない。良くないよ」


 先にこの手を使ったのはあなたです。覚えとけ、信頼を安売りしようもんなら高く付くぞ。

 王様は眉間をつまみ、盛大にため息をつく。色々な感情が混ざったため息だったけど、私は特にリアクションもなく聞き流した。


「報酬は200,000Gでいい。装備はそちらでどうにかしろ。代わりに前金として報酬の半額を支払う」

「妥当ですね。その条件で受けましょう」


 勝手に書き変えた張り紙を指で弾いて王様に投げ渡す。そこに書いてあるのは合意した条件そのものだ。それを読んだ王様がものすごい顔で私を見るもんだから、首をすくめて種明かしをする。


「私じゃないです。ひつじさんですよ」

「……彼女の入れ知恵か。君一人でも手強いのに、裏にひつじさんまで着いたんじゃ手に負えない」

「その言い方は不本意です。まるでひつじさんが悪事に加担してるみたいじゃないですか」

「君のそのひつじさん信仰はなんなんだ」


 だってひつじさんだもん。

 ともあれ依頼は受諾した。草食タイプ同士の戦いについてこれず居眠りしていたウル兄を起こし、場を辞すことにする。


「ラビ、ウル」


 椅子の背もたれに体を預け、心底疲れたように天井を見上げる王様が言う。


「気をつけろよ」


 その言葉がなんだか懐かしくて、私は昔を思い出した。多分ウル兄も。

 へーくんがまだ王様になる前、私たちと一緒に狩人見習いをしていた頃。何度かこの言葉を聞いたことがある。

 だから私は垂れ耳をぱたぱたさせて、ウル兄はあくびを噛み殺しながら答えた。


「上手くやるよ」

「任せろ。何かは知らんが」


 屋敷から出て、後ろ手で扉を閉める。それから話をまるで聞いていなかったウル兄の頭をはたいた。

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