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あらしのよるに 13話

 おはよう。

 ゆっくり目を開く。割れそうなくらい頭が痛い。起き抜けなのに吐き気が止まらない。総合的に判断して清々しい目覚めとは言えなかった。

 体を起こそうとすると、何かに頭突きした。


「あだっ」

「~~~~~っ」


 泣きっ面になんとやら。死ぬかと思うくらい頭が痛かった。涙をこらえながら周りを見ると、アリスちゃんが頭を抑えてうずくまっていた。


「大丈夫?」

「いえ、その、ごめんなさい……。ラビさんは無事ですか?」

「これくらい平気」


 平気に死にそう。言わないけど。歯を食いしばって激痛を耐える。

 改めて周りを見ると、そこは変わらず洞窟の中だった。変わりがあるとすれば洞窟の外が晴れ渡り、いつの間にか居たウル兄が焚き火に火をくべていることくらい。嵐は過ぎ去ったようだ。 


「起きたか。体調はどうだ」

「良好だよ。ウル兄は?」

「そうか。体調はどうだ」

「……ちょい、きつい」

「そうか」


 なんでわかるかなー。嘘つくのは結構得意なんだけど。

 身体に直接的なダメージは無い。ただ、長時間【月光】を維持したせいで頭が痛い。考えることすら億劫だった。あと吐き気も。

 座ったまま体を伸ばす。近くにウル兄がいる。私が気を張る必要はない。死ぬほど気を抜くと、少しだけ楽になった。


「アリスちゃんは元気? 怪我とかしてない? 大丈夫だった?」

「あ、はい、おかげさまで……。じゃなくて! ラビさん、なんで逃げなかったんですか!?」

「そのほうがかっこいいじゃん?」

「…………」


 アリスちゃんが絶句していた。軽い冗談なのに。


「あんまり無茶しないでください……。助けてもらって、ありがとうございました」

「アリスちゃんのためじゃないよ。大体自己満足だから」

「お礼くらい言わせてくださいよ」


 そう言うなら受け取っておくけども、こればっかりは本当に私の自己満足だ。他の人間さんが死ぬのは良くてもアリスちゃんを見殺しにはしたくなかった。人が殴られるのを見てもなんとも思わないくせに、目の前で猫が蹴っ飛ばされたらいい人ぶりたくなる感覚に近い。

 猫のために助けるんじゃなくて、いい人ぶりたいから助ける。自分勝手に善意を押し付けることを優しさと勘違いするのは思い上がりだ。優しさと自己満足の境界は非常に曖昧で、面倒だから私は全部自己満足にしている。


「だとしても、きっと猫は感謝してますよ」

「アリスちゃんは素直だね」

「ラビさんは素直じゃないんですね」

「そういう性分なの」


 アリスちゃんはちょっぴりはにかんだ。頑張った甲斐はあったかなって、なんとなくそんな気がした。


「よく言う。あれだけ必死になっておきながら何が自己満足だ」

「うっさい黙ってろクソ兄貴」

「久々にお前の本気が見れた。あの感覚だ。掴めたか?」

「あ、うん、なんとなく……ちょっと待て。いつから見てたの」

「ハラワタ天ぷらからだ」

「かなり最初の方じゃん!」


 叫ぶ。頭が痛くなった。若干涙目になりつつうずくまる。ゆっくり深呼吸して血圧を下げる。


「見てたんだったら手伝ってよ。ウル兄がいたならもう少し楽だったのに……」

「人の決闘を邪魔するような無粋はしない」

「そういうのいいから」


 何が決闘だ。狩人にそんな言葉は無い。生きるか死ぬかなんだぞ。

 抗議をしてもどこ吹く風だ。さすがに本当にヤバかったら助けに入ったとは思うけど……。はぁ、もう、まったく。

 それはそうと、色々と聞きたいことがある。


「ウル兄は私とはぐれた後何してたの? 死んだと思ってたけど」

「ああ。嵐天龍と殴り合っていた」

「…………」


 のっけから理解が追いつかない。遠い頭痛を感じた。この人と話すのは大変な体力を消耗することは分かった。


「一晩殴り合ったはいいが、夜明けまで決着がつかなかったんだ。ほら、朝になったら麓で待ち合わせしていただろう。嵐天龍とは9月に再戦を約束し、その場は一時休戦とした」

「…………おう」

「そこで下山しようとしたんだが、煙が上がっているのを見つけて見に来た。そしたらお前が嵐天龍と睨み合っているところに出くわした」


 コミュニケーションを諦めた。世の中話しても無駄ということはある。なんでこいつあれと殴り合えるんだよ。天龍種は出会ったら諦めろって言われるレベルの災厄なんだぞ分かってんのか。


「狩人って、すごいんですね……」

「誤解しないでアリスちゃん。あれは、狩人の中でもかなり異例」

「あはは……」


 ウル兄は強い。めっぽう強い。運動能力にしろ、戦闘のセンスにしろ、闘争心にしろ、全てが高次元でまとまっている。おまけに私と違って狩猟本能が戦闘特化型だ。真っ向から戦わせたら並大抵の敵には負けないと思っていたけれど、天龍相手に殴り合えるってなんなんだこいつ。


「そういやアリスちゃん。本人かも聞いてるかもしれないけど、あれが私の兄貴。見ての通り狼タイプ。見た目通り怖くて危ない人だからアリスちゃんは近寄らないように」

「おい。その紹介はどうなんだ」

「何ひとつ間違ってないだろ文句あっか」

「仲がいいんですね」


 違うと思ったけど口には出さなかった。垂れ耳をぱたぱたさせる。アリスちゃんは私の耳を不思議そうに見ていた。

 話しているうちに体調もちょっとは良くなってきた。立ち上がって荷物をまとめはじめる。そろそろこの洞窟からもおさらばしよう。


「アリスちゃん。よかったらさ、獣の国に来る? と言っても選択肢がそれしかなくて悪いんだけど」

「え、いいんですか? 私人間ですよ?」

「ばれなきゃへーきへーき。その足じゃ人の国までは歩けないでしょ。足が治ったら人の国まで送ってあげる」

「そうですね……」


 アリスちゃんはちょっとだけ考え込み、小さく頷いた。


「何から何まですみません。お世話になります」

「あ、でも、ちょっとは覚悟しといて。色々と聞きたいことがあるから」

「なんでもお話しますよ。私たちがしていたことですよね」

「だいたいそんな感じ」


 依頼の方もこれで達成だ。嵐天龍が現れた原因を特定し、更に解決まで持っていった。これは追加報酬を期待しちゃっていいだろう。

 一通り荷物をまとめてウル兄に渡す。ウル兄が二人分の荷物を背負い、私は歩けないアリスちゃんを背負った。


「帰るぞ」

「帰ろう」


 嵐は過ぎ去り、4月の空は澄み渡った青を取り戻した。

 柔らかな木漏れ日にに手を伸ばせば、どこからか吹いた風が指の間を抜けていく。雨に濡れた色濃い緑が香り、私たちは春の山をゆっくりと踏んだ。

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