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あらしのよるに 11話

 お世辞にも綺麗とは言えない泥仕合を制し、なんとか人間さん6人を昏倒させた。疲れた。すっごい疲れた。

 これくらいで手間取ってるようじゃダメだよなぁ。暇な時に訓練はしてるんだけど、なかなか他の狩人みたいにはいかない。天性の狩人たる肉食タイプとの差は大きい。

 荒い息を落ち着かせてからバックパックから余りのロープを取り出し、人間さんたちの手足を縛る。念のために口も。とりあえずこれでいいかな。

 ……それはそうとして。私をじっと見つめる2つの碧眼に、いい加減向き合わなければならないようだ。


「アリスちゃん」

「……っ、はい」


 アリスちゃんは縛っていない。傷つけてもいないし、その必要もなかった。ぺたんと座り込んで私を見上げるアリスちゃんの目には、この期に及んでも敵意を感じない。

 いっそのこと敵意を向けてくれたのなら、よっぽどやりやすかったのに。


「見ての通りだよ。私は、あなたを騙した。あなた達が私にとっていい人間さんじゃなかったように、私もあなた達にとっていい兎タイプじゃないんだ」

「……はい」

「恨んでくれて構わない。憎んでくれて構わない」


 自分の言葉がどこか言い訳めいて聞こえた。ダメだな、私は。こういうのは苦手だ。

 それでも言わなきゃいけないから。仕事と割り切って、努めて平坦な声で言った。


「助けてはあげられない。ごめんね」

「…………」


 アリスちゃんは小さく頷き、そのままうつむいた。

 私だって彼女の信頼を踏みにじる真似はしたくない。でも、アリスちゃんを含めて人間さんたちは嵐天龍の怒りを買っている。優先度はベインが第一、私たちが第二だ。下手にアリスちゃんを助けて、嵐天龍の怒りをこちらに向けるわけにはいかない。

 外はまだ嵐が吹き荒れている。日の出が近いのか、わずかに外が白み始めた。

 人間さんが持っていたナイフの一本を取り上げ、アリスちゃんの手元に投げる。


「せめて、選ぶといい」


 自分の死に方を。

 昏倒している仲間たちを助けようとして共に死を迎えるか。痛む足を引きずって一人嵐の中に逃げ込むか。仲間の仇を討とうと私に斬りかかってくるなら、痛みすら感じないように気絶させてあげる。自死を選ぶのなら――。オススメはしないけど、可能な限り丁寧に介錯してあげよう。

 洞窟の出口付近に焚き火を移し、湿気の多い枝を火にくべる。もうもうと立ち上がる煙は嵐の中でも目立つだろう。嵐天龍がここを見つけるのは時間の問題だ。

 私は粛々と焚き火に火をくべる。夜は明け、辺りはもう大分明るい。アリスちゃんはうつむいたまま微動だにしなかった。


「ラビさん」


 長い沈黙の後、アリスちゃんは地面を見たまま口を開く。


「ラビさんは、人間のこと、どう思っているんですか」


 震える声でアリスちゃんはそう言った。もうポイントを稼ぐ意味は無い。無視しても構わない言葉だったけど、私は答えた。


「同じだよ。私たちと同じ。良い人もいれば、悪い人もいる」

「ヨセフは……。私たちは、あなたに酷いことをしました。それでも、あなたは……」

「私もあなたたちに酷いことをした。同じだよ」

「……あなたは、襲われたからだとか、国を守るためだとか。そういう言い方もできるはずです」

「それはダメだよ」


 私たちは喧嘩をしたんじゃない。殺し合いをしたんだ。直接手を下したわけではなくとも、間接的に私は彼らを殺すことにした。

 これは命のやり取りだから。私は獣の国の狩人として振る舞わなければならない。


「何かを殺すことに理由をつけるな。理由も無く何かを殺すな。命を奪うってのはそういうことだ」


 正当化して開き直ってはならない。命を殺すことに無感情になってはならない。喜んではならない。悲しんではならない。ただ、祈りだけを捧げなければならない。

 それは大いなる自然がくれた、厳しくも大切な戒律だった。


「……ラビさん。あなたは本当に優しい人です」


 アリスちゃんは私を見る。瞳にはうっすらと涙が滲んでいた。私は良心が痛むと分かっていても、彼女の顔を見返さずにはいられなかった。


「私たちはあなたにとって敵のはずなのに。対等に扱い、あまつさえ死ぬ理由までくれるんですね」


 命に貴賎は無い。ならば獣の国の住民と、人の国の住民にも違いは無いのだろう。どちらも大いなる自然の中に生きるちっぽけな存在だ。

 国が違う。種族が違う。立場が違う。それがなんだと言うんだ。たとえ敵であろうとも、私は人間さんたちが無意味に死んでいいとは思えなかった。

 ひときわ強い風が吹く。激しさを増す嵐の中、見上げた空にそれは居た。


「来たよ」


 そう言って立ち上がる。最後にアリスちゃんの顔を見たかった。

 彼女は泣きながら、見惚れるほどに綺麗に笑っていた。


「さようなら、ラビさん。お元気で」


 …………。

 ここに居たら私も巻き込まれる。もう行かないと。

 早く行こう。ここに居てはいけない。立ち去るべきだ。逃げろ。頭の中が危険信号で真っ赤に染まっていく。

 本能と理性が共に警鐘を鳴らす。相対するだけでも恐ろしい存在が近寄ってきている。もう決めただろう。割り切ったじゃないか。だというのに、何をしてるんだ、私は。

 なんで私は、立ち止まっているんだ。


「…………」


 こんなことしたら自分の身も危うい。狩人の戒律はどうした。王様からの依頼もパーになる。これが私の仕事だろう。

 彼女には尊厳ある死を与えた。それで十分じゃないか。私はやれることをやった。彼女も納得している。これ以上何を望むんだ。

 賢く立ち回れ。それが私のやり方だろ、ラビ。

 だから早く、逃げろ。


「……………………っ」


 唇を噛み、拳を握りしめる。額を強く殴りつけた。割れそうなほどに頭が痛み、一滴の血が流れた。

 黙れよ。そう呟くと、頭の中からノイズが消えた。


「ラビ、さん……?」


 賢い振りして詰めが甘い。結局は情に流される半端者。

 とんだ甘ちゃんだと自分でも思う。でもそれでいい。気がつくと笑みがこぼれていた。

 嵐天龍が舞い降りる。山刀はいつの間にか手に握っていた。アリスちゃんを守るように立ちふさがり、山刀を嵐天龍に向ける。


「……さっきさ」


 血を吐くように言葉を振り絞る。溢れんばかりのストレスにズキズキとお腹が痛む。なのに不思議と足は笑っていなかった。

 ……ああ。こんなに簡単に覚悟が決められるのか。よっぽど私は、こうしたかったらしい。


「獣人って呼ぶなって、言ってくれたの、嬉しかったから。だから」


 泣きそうだった。泣くわけにはいかない。精一杯足を踏んばり、精一杯強がって、くらくらしそうな死線に酔う。

 だというのに、後悔はまったくしていない。ははっ。ちょっと楽しくなってきた。いいじゃないか。これが私の生き様だ。見せてやるよ。


「これだから信頼ってのは高く付くんだ……! くっそ、ちくしょう、かかってこいってんだバカヤロー!!!」


 私は信頼を裏切れない。

 それで死ぬことになろうとも、気持ちだけはバカみたいにスッキリしていた。

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