あらしのよるに 10話
できれば人間さんが魔法を使うところまで待ちたかったけどしょうがない。あのまま放っておいてアリスちゃんが斬られるのはさすがに良心が咎めた。
というか、今も良心が咎めている。この隣で「ラビさん……!」とか言いながら目をうるませて私を見る善意の塊に、一体私はどうやって言い訳すればいいんだ。
アリスちゃんを地面に座らせて、ぽんぽんと肩をたたく。「もう大丈夫だよ」とかそれっぽいこと言ってみたけど、上手い言い訳は浮かばなかった。
……まあいいや。そっちは後で考えよう。
「改めて自己紹介しようか」
アリスちゃんの前に立ち、手のひらで山刀をくるくる回して人間さんに突きつける。
「獣の国の狩人、ラビ。月兎のラビ。よろしく」
「人の国の魔法使い、ヨセフだ。二つ名は無い」
互いに本性を現す。お友達ごっこはおしまいだ。
「やはり狩人、それも二つ名持ちか……。ただの山菜採りではないと思っていたが、思わぬ大物が現れたな」
「評価してもらって申し訳ないけど、私なんてまだまだ小物だよ」
「ぬかせ。貴様のような狩人が何人も居てたまるか」
確かに私のような狩人はあまり居ない。脳筋狩人なら各種取り揃えてるけどね。
「ベイン周辺に現れた嵐天龍の調査に来たんだ。人間さんの仕業だとは思ってたけど、案の定だったね」
「ああ、そうだ。我々がそう仕向けた。と言っても事故のようなものでなぁ、決して本意ではなかったと言わせてもらおう」
人間さんはくくくと笑い、楽しそうに話す。さっきまでのお友達ごっこの時よりよっぽど生き生きしていた。
「ここより更に南の地にて嵐天龍に【隷従の血呪】を仕掛けたが、ものの見事に失敗してな。それどころか嵐天龍の怒りを買って付け狙われるようになってしまった。命からがらここまで逃げてきたが、山を越える前に嵐天龍に追いつかれてしまい身動きが取れなくなっていたところなのだよ」
「自信満々に言ってるけど大失敗じゃん」
「失敗は失敗でも良い方だ。次に繋がる、価値ある敗北と言えるだろう。そういった意味では成果は上々だ」
不思議とこの人間さんとは仲良くなれる気がした。とても他人とは思えない親近感を覚える。できれば彼とはこんな形で会いたくなかったとすら思った。
「で、随分とぺらぺら喋ってくれるけど。どういうつもり?」
「私は貴様を評価している。貴様との腹の探り合い、そう、例えるならお友達ごっこだな。あれは実に楽しかった」
「同感だよ人間さん。ひょっとしたら私たち、出会い方が違えば友達になれたかもしれない」
悪い笑顔を浮かべる私たちを、アリスちゃんが「あれ、なんかおかしくないですか?」とでも言いたげな顔で見上げる。大丈夫だよアリスちゃん。あなたはそのままでいて。そのままのあなたでいて。
「ふふふ……。いよいよ持って我々の命運も尽きたか」
人間さん――、いや、我が友ヨセフはどこか諦めたように笑った。
「いや、元より嵐天龍に付け狙われた時点で運には見放されていた。その上獣の国の狩人にまで見つかったとあっては、もはや我々の取るべき選択肢はひとつしかあるまい」
それでこそ我が友だ。引き際を悟り、醜く生き足掻くことを良しとしない。悪党にふさわしい生き様と言えるだろう。アリスちゃんは見ちゃダメだよ。
「諦めるの?」
「まさか」
しかし、私が求める幕引きはそれではない。分かっているのか、ヨセフはしかと頷いてこう言った。
「この魔法、【隷従の血呪】で貴様を隷従させる。獣の国の狩人よ。地獄への旅路に付き合ってもらおうか!」
パーフェクトだヨセフ。そうでなくてはならない。
ヨセフは左手に本を持ち、右手を掲げる。私には魔力の流れは感じられないが、それでもヨセフの手のひらにエネルギーが凝縮していくのを感じた。
あれ、でもこの呪文って血が無いとダメなんじゃないの?
「ダメです! ラビさん、逃げて!」
「させるか!」
アリスちゃんがそれっぽいこと言ったから、私もそれっぽいこと言いながら山刀でヨセフの手のひらを浅く斬りつける。スパッとほどよく斬れた傷口からは血が吹き出し、ヨセフはにやりと笑った。
「ふははははっ! 引っかかったな、阿呆が!」
これでいいらしい。私ってばナイスアシスト。
「条件は満たした! 頭を垂れよ! 魂を差し出せ! 我が血の鎖に縛られよ! 【隷従の血呪】ッ!」
ヨセフの右手に渦巻くエネルギーが血を巻き込み、螺旋の鎖を為して私に真っ直ぐ伸び――。
ある一定のところまで伸びたところで、霧散した。
「……あれ? なんだこれ。ちょっと待て、もう一度だ。【隷従の血呪】! ……おかしい。【隷従の血呪】! 【隷従の血呪】!」
ヨセフが呪文を唱えるたびに血の鎖が構成されるが、何度やっても魔法は途中で霧散する。なるほどね。良い物見させてもらった。
「血液の他に必要なのは、その本とキーワードか。頭を垂れよーとか、かっこつけて言ってたのは別に無くてもいいみたい。肝心なのは手のひらに集まっていた魔力なんだろうけど……。まあ、発動条件が分かっただけでよしとしよう」
「貴様……! 言うべきことはそれではないだろう!」
「あ、ごめんなさい。種明かしが先だったね」
わりとガチトーンで怒られた。ヨセフも「それっぽさ」を重視するタイプらしい。本当に気が合うな私たち。
気を取り直して。私は邪悪な笑いを作り、精一杯小馬鹿にしたような口ぶりで言った。
「残念だったね。トリックだよ」
「何っ!? どういうことだ!?」
ノリがいい。私の好感度が20ポイント上がった。
ポケットから(演出用に)取っておいた山菜を取り出し、ヨセフに見せつける。さっき私たちが食べた山菜だ。
「これは『祓いワラビ』。体内の魔力を分解する効能を持つ、主に解呪に使われる山菜だよ。ただし副作用があって、これを食べると魔力が分解されるからしばらく魔法が使えなくなる、らしい」
「らしい、とは?」
「私たち獣の国の住民は魔法使わないから。伝え聞いた話」
ひつじさんと一緒にお料理しながら聞いた話だ。キッチン・ケミストリーってやつである。
まあそんなわけで、人間さん切り札の魔法はとっくに封じていたんだ。色々と教えてくれてありがとう。人間さんが持つ魔法には不明な部分が多いから、多少なりとも情報を持ち帰れるのは大きい。へーくん褒めてくれるかなぁ。
さて、お遊びもこの辺にしておこう。ついついふざけすぎてしまった。
「手品の種が尽きたなら、幕引きと行こうか」
「ぬかせ。魔法が使えずとも、数的優位はこちらにある。6対1だ。貴様に勝ち目はない」
「本気で言ってるの?」
山刀を逆刃に構える。こいつらに刃は必要ない。できるなら降伏してほしかったけれど、この様子ならそうもいかないだろう。
「獣の国の狩人を捉えたいなら、あと2人はもってこい」
「あと2人で勝てるのか。こんだけ強キャラの風格出してるのに」
「まあね」
私は狩人の中でも戦闘力は低い方だから。期待されても困ります。ラビさんには出来ないことがあるんです。
ともあれこの場を制するには私でも十分だ。魔法使いらしい洗練されていない動きで襲い掛かってきた人間さんたちを、ギリギリ狩人と名乗れるくらいの体術で迎え撃った。