第5章 ビハインド・ブルー・アイズ
ディックさんは興奮しながら、俺に言った。
「今からボスのところに行くぞ。サイコロ持ってついてこい。」
俺は言われるままに、いや、喜び勇んでディックさんについていった。
扉を開けると、天使がいた……。
「ディック、急にどうしたの?」
「ボスに見ていただきたいものがあって来ました。リュージがとにかく凄いんです。」
「えっ、何のこと?便利な掃除道具をいくつか作ったとは聞いたけど、そのことなの?」
ブルースさん、ナイス報告。部下の手柄を横取りしない上司、上司の鏡じゃ……いや、クアトロさんが怖いだけか……。
「とりあえず見てください。おい、リュージ、やってみせろ。」
ステージ開演……俺の独壇場……。
「リュージさん、スゴ~い。」
天上から美声が響く……でも少し眉をひそめ、首を傾げているのは気のせいか……。
天使がディックさんに指示を出す。
「ディック、あなたがやってみて。サイコロ三回振ってくれる?」
ディックさんは了解済とばかりにサイコロを振る。
三、一、六と目が出て、天使は頷きながら、しばらくして、もう一度ディックさんにサイコロを振らせ、今度は四、六、二の目が出た。
「そうよねぇ。これが普通よねえ。私の調子が悪いわけじゃないみたいね。」
えっ、何のこと??普通って何??
俺は天使と狼男を何度も見比べる。ディックさんが口を開く。
「ボス、どうしたんです?調子が悪いんですか?」
ディックさんは少し焦ったような顔をしていた。
「そうじゃないの。ディックの目は読めるけど、リュージの目が読めないの。」
えっ、えっ、何のこと、何のこと??
天使も狼男も首を傾げて俺を見る。
俺は何も理解できないまま焦る。
サイコロの目を自由に操って自信満々だったのが、急に醒めていく。
「えっ、ど、どうしたんですか?何かマズいことしました?」
俺はイカ様が天使に嫌われたのかと、ズレたことを思いながら聞きかえした。
天使も焦ったようで、優しい表情になり、
「あっ、リュージさん、そうじゃないの。リュージさんのサイコロ技には感心したけど、そうじゃなくて……。」
天使は何か言おうとして口ごもる。ディックさんが
「ボス、付き合いは短いですが、リュージなら大丈夫ですよ。ここに来てからも熱心で、サイコロもこの前、渡したばかりなのに、もうここまで上達しています。やる気も才能もうちで一番だし、信用できる奴ですよ。」
ディックさん、あなたについていきます。いや、そうじゃなくて……
天使は少し考えて、俺を見る。
「そうね。ディックがそこまで言うなら確かでしょうね。それにブルースからもクアトロからも色々聞いているし、信用しましょう。」
はい?いや天使の信用が得られるなら、もうどうでもいい……好きにして。
天使が真面目な顔になる。これもいい……。
「リュージさん、今から私の言うことをしっかりと聞いてほしいの。そしてこれは秘密だから、誰にも言ってはダメ。分かってくれるかしら?」
天使が信用してくれたのなら、俺は応えるしかない。
「分かりました。何か分かりませんが、俺もここにいる皆が好きですし、ボスも大好きですから、どんなことでも言ってください。秘密は守ります。」
どさくさに紛れて天使に告白しながら、真面目に答えた。
俺って策士?
残念ながら俺の告白はスルーされ、本題に戻る。
「リュージさん、あのね、私もサイコロの目が読めるの。大体三回くらい先までなら間違いなく当てられるの。」
とんでもないことをおっしゃる。天使の能力にそんなのあったっけ?
「それでね。ディックに振らせたサイコロの目は全て思った通りに出たの。でもリュージさんが振ったときには読めなかったの。当たったり、当たらなかったりが、ずっと続いていて、私自身の体調が悪いのかと考えたけど、そうじゃなかった。どうしてかしら?」
俺が普通に振っていたら、おそらく読めたはず。
でも俺はサイコロを操って目を変えている。
読みが狂って当たり前。
一回目は宣言した数が出るから読めるかもしれないけど、その時点で二回目三回目に何の数を宣言するかまでは読めない。
未来予知かどうかは分からないけど、天使はそれに近い能力で先が見えるのかもしれない。
ただし心の中までは見えないってことだろう。
天使もチートな能力があるみたいだ。
この世界、他にもいろいろあるのだろうか?
俺の考えが正しいかどうか分からないし、とりあえず今は誤魔化さなきゃ。
「いや、俺にもボスの事情は分かりません。」
と答えておくことにした。
「そうよね。聞く方がおかしいよね。ごめんなさい。」
天使の表情が曇っている……後悔した。
天使は悪くない。
俺が悪い……ごめんなさい。
「そういうことだから、私がサイコロの目が読めることは内緒。お願いね。」
天使が笑ってそう言った。
「分かりました。大好きなボスを裏切ったりしません。」
もう一度、念押し。
俺って策士……溺れてないよね。
ディックさんに、頭を叩かれた。
「馬鹿野郎。しつけえんだよ。」
ディックさんには気づかれていた。
ボスの頬が少し赤くなった……ディックさんナイスフォロー。
「とにかくボス、リュージなら目を全て読めるので、黒机を任せたいと思うのですがいいでしょうか?」
やっと本来の目的に辿り着いた。
ボスの了解を得て、俺はこの賭博場のナンバーワンディーラーへの階段を昇った。
天国への階段のイントロが流れて……欲しい。
次の日から、ディックさんによる特訓が始まった……と言ってもサイコロの技術ではない。
最初は賭け方や掛け金の上限などの基本ルールの確認から始まり、客の顔を覚えて勝たせたり巻き上げたり、程よく巻き上げ続けて時々勝たせるといった基本的な考え方を教えてもらった。
それに加えて、客の資産状況を探る会話の技術や、いかに愛想よく振る舞い客に好かれるか等の話もあった。
俺は天使に好かれる方法を聞いたが、ディックさんは教えてくれなかった。
これは、わざとディックさんに質問しただけで、答えてもらえるとは思っていなかった。
ただ、俺がこんなことを質問していたと、ディックさんの口から天使に伝われば、多少は天使の印象が良くなるだろうという深謀遠慮があった……高等テクニックだよ、きみぃ。
仲間たちを客に見立てて、実際に賭けてもらい、その場で何の目が儲けとなり、何の目が損になるかを計算する訓練もした。
頭が痛かった。
一番時間がかかった。
結局四日ほど訓練し、デビューを迎えることになった。
この日に仲間たちの一部は別荘に行ったが、俺は明日が初日なので置いてかれた。
マーレイに会いたい。
◆
最初は一般机からだった。
洒落た黒服をもらい、着替えると、少し緊張した。俺は地球ではディーラーではなく、客の側だった……それも負け続ける客。
この世界では変わってやるという強い意志を持って、机の前に立つ。
まだ客は来ていない。
深呼吸、深呼吸。
賭博場が開場し、お客様がチラホラと入ってくる。客と呼び捨てにしてはいけない。
いかなるときもお客様と呼ぶ習慣をつけないと、フッと出てしまう。
そうなると信頼関係が崩れる。
これも教えてもらった。
俺の机にはまだ誰も来ない。
開場早々にくるお客様は熱心な人が多く、顔見知りのディーラーの机に行くようだ。
俺の顔が怖いからではない。
初めてのお客様が来た。
「見ない顔だな。新人か?」
「はい。今日からディーラーを務めます。よろしくお願いします。」
敬語も習った。俺はデキる奴だ。
「よろしくな。ビギナーズラックで勝たせてくれよ。」
「ビギナーズラックなら私の方に来るでしょう。お手柔らかにお願いします。」
「はは、確かにそうだ。っつうことは、俺は負ける側か?」
「それは分かりません。そうあればいいかなとは思っています。」
「正直な奴だ。気に入った。んじゃ、やろうか。」
勝負が始まった。最初は様子見なのか、三枚賭けが多かった。
確率は二分の一なので、勝ったり負けたりを繰り返し俺の勝率は六割程度に抑えた。
少額の掛け金の時は勝たせ、高額は巻き上げた。
少しずつエキサイトしてくる、もちろんお客様が。
次のお客様が現れた。
簡単な挨拶を済ませ、勝負に入る。
新しく来たお客様からは少し多めに巻き上げ、最初のお客様に少し還元する。
最初のお客様は気分を良くしたのか賭け金が上がってくる。
当然巻き上げる。
二人はサイコロの目は当てているのにお金が減っていくという状態になっている。
掛け金に合わせて、勝ち負けを調整しているからだ。
またしばらくしてお客様は四人になった。
新しく来た二人は夫婦らしく、親しく話しながら賭けてくる。
二人のうち少額の方を勝たせる。
残りの二人が気づいて夫婦の掛け目にのっかってくる。
この時は夫婦の高額の方を勝たせ、夫婦以外の二人から巻き上げ、帳尻を合わせる。
四人ともエキサイトし、この机から離れない……カモだ。ネギまではしょわせない。
そこまでするつもりはない。
今日は様子見。
結局一日の収支は、千五百ケルン程度。
四人のうち女性一人だけ勝って帰した。
一日が終わって報告すると、初日で千五百はスゴいと褒められた。
これがもし黒机だったら、銅貨は銀貨に変わり、単純計算なら百倍の十五万になる。
十日間の組全体の収支目標が三十万程度と聞いているので、一日で半分稼いだことになる……やりすぎたかもしれない。
次の日は抑えた。
昨日負けて帰ったお客様が、また来てくれたので、このお客様は勝たせた。この日の収支は八百ケルン。
順調。
八日間一般机に立ち、合計で六千九百ケルンの儲け。
七つある一般机の中では、もちろんトップ。
休みを一日もらって、俺は、皆が別荘に行く一日前に行くことにした。
馬車は出してもらえなかったが、歩いても半日程度なので、鈍った身体をほぐすには丁度いい。
マーレイと再会を喜びながらも、すぐに高原に出かけ、久しぶりにウサギ狩りをした。
半日しかなかったが、前回と同じ十匹を確保し、マーレイに渡した。
明日は脳みそソテーにまみれた天使が見える……そのために頑張った。
次の日、マーレイは料理で俺は掃除。変わっていないことが嬉しい。
夕方近くになって皆がやってきた。
今日はディックさんが先頭だ。
恒例の報告は十日で二十五万と前々回と変わらず、俺がディーラーに立ったのに増えていなかったことが残念だった。
まあ一般机だから仕方ない。次こそは……。
宴会が始まって、俺は脳みそソテーにがっつく天使を見ていた。
イメージが崩れたが、想像通りだったし、ギャップも可愛いので惚れ直したことは言うまでもない。
一度目が合って、赤くなっていたことは内緒だ……。
◆
いつものように、次の日は朝から町に帰り、昼から一般机の前に立った。
夕方から黒机に移動することになっていたため、少しだけお客様に勝たせておいた。立ち去るのを機嫌よく認めてもらうためだ。
軽めの食事をして、初めて黒机の前に立った。
立つ前に、黒机にいる三人のお客様の状況を近くにいたハリスさんに確認しておいた。
今までの勝ち負けの金額や普段の様子、賭け方や癖など簡単に教えてもらった。
やはり皆お金持ちで勝ち負けにこだわらないタイプだった。なら、楽しませればいい。
「ディーラーが変わります。よろしくお願いします。」
前のディーラーが事前に伝えてくれていたらしく、特に何も言われず受け入れられた。
俺は今までで一番負けているお客様を勝たせることにして、残りの二人から巻き上げることにした。
前と同じく勝ったり負けたりを繰り返しながら楽しませた。
二番目に負けているお客様には、一度だけ大きく勝たせてあげた。
今日負けている額に少し届かない程度で……その後もっと巻き上げたのは言うまでもない。
結局目論見通りに、一人だけ勝たせて、残りの二人からは巻き上げた。
あの時にやめておけばとブツブツ言いながら一人は帰っていた。
この日の収支は三万三千ケルンだった。
夜の部だけの担当だったし、初日にしては上出来だ。
次の日からは黒机に立ち続け、順調に巻き上げた。
毎日四万ケルンをノルマと勝手に考えていた。
今回も八日間働き、一日前に別荘に行った。
今回は前回と違って運転手付き馬車を出してくれた。
俺の稼ぎがいいからか、ウサギが食べたいからなのかは不明だ。
次の日になって別荘に皆がやってきた。
報告が始まる。
「今回の収支は十日間で三十八万ケルン。新記録と同時に目標達成です。」
周りから、おぉっという歓声があがり、大きな拍手が沸き起こった。
天使が興奮していた。
頑張ったかいがある。
この顔を見ることができてよかった。
続けて天使が言う。
「目標を大幅に達成できたのは、皆さん全員が一致団結して頑張ってくれたからです。本当にありがとうございます。これからもよろしくお願いします。」
あれっ、俺のことは?
少し残念な気持ちになって天使を見ると、俺を見つめて微笑んでいた。
そういうことか。
組をまとめるためには全員の成果にしなければいけない。
トップはいろいろと大変だ。
そう思って、俺も天使に向かって微笑んだ。