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第4章 ダイスをころがせ

 俺は馬車に揺られている。

 周りはむさい男だらけ。

 憂鬱だ。


 馬車は九人乗りで、それに馭者が加わる。

 俺が乗った馬車は俺を入れて全部で六人だったため、さほど窮屈ではない。


 森の中を歩き回っていたことを考えると、座っていて目的地に着くわけだから、多少揺れてもむしろ快適といえる。

 ただ男ばかりなのが、残念だ。


 天使の隣に行きたい。


 馬車に揺られること四時間。


 その間に、周りの男たちから、どこから来たとか、今まで何をしていたとか、木の枝を折る技をどうやって身につけたとか、決まった女はいるのかとか、どういうのが好みなのかとか、色々聞かれたが適当に答えておいた。


 逆にこの世界の常識とか、目的地の町の様子とか、仲間たちの特徴や性格とか、ボスに男がいるのかとか、ボスの好みの男のタイプとか、ボスを口説いた奴がいるかとか、その末路とか、色々聞いた。


 前半の情報の方が大事だとは思うのだが、後半しつこく聞いた天使の情報の方が大事だったのは言うまでもない。


 とにかく、ここが異世界で、俺のいた世界より大分文化レベルが低く、この国の名前はシコクン大陸にあるエメヒ、向かっている町の名前はサイジであることが分かった。


 他にもここには色々な種族がいて、八割強は人間族、二割弱は獣人、つまり狼犬族や虎猫族、他にも名前は定かでないが熊や狐もいるらしく、ここらでは見かけないとのことだ。

 天使は数少ないエルフ族で、全体の一パーセントもいないらしい。


 サイジはそこそこ大きな町で、人口?は五万程度、シコクンの首都マチャマから結構離れており、田舎領主を自認するウィンター男爵の領地とのことだ。


 田舎であることもあって、治安も良く、俺が強盗に会ったことは最近では珍しいと言われた。


 うちの組織はメイデン組と言って、天使や俺を入れて全部で三十一人。

 もちろんトップは天使で、次がディックさん、ハリスさんと続き、実質三人で組を運営しているとのことだ。

 ちなみにディックさんとハリスさんは、それぞれの種族の奥さんがいて、人間族にも妻帯者がいるとのことだった。

 マーレイは下っ端ではなく、ハリスさんの次くらいの位置付けだが、信頼されていることや料理他家事全般が好きなことから別荘を任されているらしい。


 またメイデン組に対抗するパープル会という大きな組織があり、時々諍いがあるとのことだ。

 もしかしてこのための用心棒だろうか……。


 肝心の天使の情報だが、現在独身で、彼氏募集中かどうかは定かではなく、口説く者も多いが、全て断っていることから好みのタイプは分からないらしい。


 エルフ族は女性だけの種族であり、独身で一生を過ごす者も多く、種族人口が増えないのもそのためとのことだった……もったいない。


 時々憐れむような目で見られながら、そんなことを話しているうちに、幌の隙間から見える景色が変わり、畑が少なくなり、ちらほら家が見え始め、やがて町に着いた。


 特に周りを囲う塀もなく、治安がいいのがうなずける。


 大きな家が見え始め、一際大きな屋敷に着いた。

 どうやらここがメイデン組の本部らしい。


「帰ったぞ~。」


 ハリスさんの大きな声がして、幌がめくられ外に出た。


 でかい。

 屋敷は別荘の倍ほどもあり、おまけに二階建て。

 一階は一般客の宿泊所になっているとのことで、裏口に連れていかれた。


 裏口から入ると、おかえりと複数の女性の声がした。

 迎えてくれた女性は二人で、共に美人さんだった。


 でも二人とも頭にはそれぞれ違った形の耳があった……。


「そちらさん、見ない顔ねぇ。前に聞いた新しい人かしら?」


 垂れた耳の女性から言われ、


「仲間にしていただいたリュージです。よろしくお願いします。」


と答えると、尖った耳の女性から、


「私はマドンナ、そっちがブロンディ、亭主共々よろしくね。」


と言われた。


 あとで聞いたことだが、狼犬族の男は顔が狼で女は犬耳、もちろんお約束の尻尾は両方ともある。

 虎猫族も似たようなもので、男が虎顔、女が猫耳、尻尾有りとのこと。


 つまりディックさんの奥さんがブロンディで、ハリスさんの奥さんがマドンナだ。


 裏口から入ってすぐに調理場があり、隣に食堂があった。

 別荘に似た造りのようだ。

 続いて階段があり、上がると部屋が並んでいて、仲間たちの部屋とのことだった。


 そのうちのひとつをあてがわれ、今日から俺の部屋になった。


 荷物も無いので、早々に部屋を確認して廊下に出ると、向うからディックさんが歩いてきた。


「おうっ、今日からこっちか。ちゃんと働けよ。」


と言われ、


「何したらいいですか?急に来ることになって、何も聞かされてないのですが。」


と答えると、


「しょうがねえなぁ。ついてこい。」


と言われた。


 ディックさんが長い廊下を来た方向に引き返していくので、後に従った。

 少し歩くと扉があり、


「この先が仕事場だ。今日は分からないだろうから、何もしなくていい。客のふりして適当に見ておけ。晩飯の後で説明して、教えてやる。」


 そう言われて扉を開けた。


          ◆


 非常に大きな部屋で、あちこちに机があり、その周りを人が取り囲んでいた。

 中には知った顔もあり、その仲間たちはここで働いているようだ。


 ディックさんは俺の背中を軽く叩くと、そのまま扉を閉めて出ていった。


 さて見学してみよう。


 人だかりの少ない机を見つけ、そちらに行こうとすると、あちこちから悲鳴や歓声が聞こえてきた。

 結構エキサイトしている感じだ。


 目的の机の側に行き、様子を見る。


 長机の一辺に洒落た服に着替えた仲間が一人立っており、机の両側に客と思える人たちが机を囲んで座っていた。

 机の上には、仲間のすぐ前に大きく平べったい木製の皿があり、その中にサイコロが一つあった。


 ん??もしかして??


 とりあえず、客のふりをして側に立っていると、終わった後なのか、客の前に積まれていた銅貨らしきものが一部は回収され、一部は客の方に戻されていた。


 どうやら間違いなさそうだ。ここって賭博場だ……なんか血が騒ぐ。


 机の上の銅貨が無くなって、見ていると、客側の机の上には、なにか書かれた白木があり、それぞれの客がその白木と共に銅貨を前に出していた。

 白木には一から六までのサイコロの数字が書かれていて、その数字に銅貨を賭けているようだ。

 客の中には賭けるときに、二種類の数字を出す者や、三種類の数字を出す者もいて、どうやら三つまでなら自由に賭けられるようだ。


 客が賭け終ると、ディーラーである仲間が声をかけ、サイコロを振った。

 大きな皿の上を小さなサイコロがころがり、二の目が出た。

 また溜息や歓声が聞こえる。


 二以外に賭けていた客の前の銅貨は回収され、二に賭けていた客の前に銅貨が積まれていく。


 しばらく見ていたが、白木を三種類出して当たった者には掛け金と同額の一倍、二種類出して当たった者には二倍、単独で賭けた者には五倍の配当が上積みされていた。

 確率計算もちゃんとされているようだ。


 別の机も回ってみたが、どこも同じでサイコロ一つの博打ばかりだった。

 唯一違っていたのは黒塗りの高級そうな机が一つあり、そこで賭けられていたのは銀貨だった。


 後で、銅貨は一ケルン、銀貨は百ケルン、金貨は一万ケルンだと教えてもらった。


 一通り見終わって、俺は入ってきた扉をくぐり自分の部屋に戻っていった。

 部屋に入ってベッドに座り、考えた。


 笑みがこぼれていた……この世界の神に感謝を……悪魔と言ってごめんなさい。


 夕食が終わって、すぐに俺はディックさんのところに行った。

 血が騒いで我慢できなかったからだ。


 ディックさんはそんな俺を見て、やる気だと感じたのか、優しい目で色々と丁寧に教えてくれた。


 やっぱりこの人、いや、この狼はいい狼だ。


 思った通りここは賭博場で、サイコロの目を当てるだけの単純な博打だけで運営していた。

 ここ以外にはパープル会の賭博場があり、そこも同じサイコロ博打とのことで、お互いに客を奪いあっているらしい。


 博打の配当はきちんと確率計算されていて、メイデン組の収入はディーラーの腕で稼ぐ金と入場料、あとは出される食事や宿泊費用とのことだった。

 時々チップをくれる客もいて、それらはディーラーの取り分となる。

 他にもディーラーは、腕で稼いだ分の二割を貰えるとのことだ。

 ただマイナスだと同じく二割が自腹になる。

 公平といえば公平なやり方だ。


 ディックさんからは見習いのうちは、賭博場や宿泊施設の掃除から始めるように言われて、少し落ち込んだが、今はいい、雌伏の時だ・・・すぐに至福の時に変えてやる。


          ◆


 俺は、ディックさんに頼んで、賭博場にあったサイコロと大きい皿を借りることにした。

 部屋に持ち込んでディーラーの練習をすると言ったら、喜んで貸してくれた。


 部屋に持ち込んで、その晩からチートな能力を使って、狙った目が出せるよう繰り返し練習した。

 隣の部屋からやかましいと怒鳴られたので、寝ることにした。


 朝になって、また練習した。

 サイコロが軽いのか十五センチくらい移動できるので、微調整が難しい。

 とはいえ目を出すだけなら百発百中だ。

 ただ不自然に転がるのは困る。

 そこが難しい。

 しばらくは頑張らなきゃ。


 朝食も食べずに夢中で練習していると、ハリスさんが怒鳴り込んできた。


「何やってやがる。さっさと起きて掃除しねえか。」


 忘れてた。


 ひたすら謝り、そのまま賭博場に掃除に向かった。

 朝飯は罰として抜きとのことで、これは仕方ない……俺が悪い。


 賭博場は昼に開場とのことで、それまでに隅々まで丁寧に掃除しなければいけない。

 宿泊用の客室は、昼から夕方までの客のいない時間帯に掃除とのことだった。

 あとは宿泊所の帳場や賭博場の受付、従業員の調理場などから出される雑用係が俺の仕事だ。

 夜九時から賭博場を片づけて終わり、基本十時間労働……ブラックじゃない?よね。


 早速朝の掃除に向かった。

 賭博場につくと、すでに何人かが掃除を始めていて、遅いと怒られた。

 明日からは注意しよう。

 掃き掃除は終わっていて、これから拭き掃除とのことで、俺は雑巾を渡された。

 机や椅子は丁寧に拭かなければいけないとのことで、既にいる仲間が担当すると言われ、俺は床の雑巾がけを指示された。

 学校の長い廊下を雑巾で拭きながら走る、あの掃除だ。

 この年になってやらされるとは思っていなかった。


 おまけにモップがないため、よつんばいで拭かなければならない。


 腰が……。


 机を拭いている仲間と目が合うと、目をそらされた。

 こいつらキツイから逃げたな……。


 この世界には存在しないモップを、早急に開発する必要があると思った。

 この部屋は広すぎる。


 時間がかかったが、机を拭き終った仲間も手伝ってくれ、なんとか終わらせた。


 昼までには一時間ほどあったが、これで午前中の仕事は終わりとのことで、短い自由時間になった。

 なんとはなしに雑談が始まり、その輪に加わった。


「リュージ、俺はブルース、こっちが嫁のクアトロ、この部屋の管理を任されている。何かあったら俺に言ってくれ。」


 クアトロさんも結構可愛い。


 こっちの世界に来てから美人さんしか見ていない。


 なんか幸せ……。天使は別格。


 俺はさっき思いついたことを口にする。


「ブルースさん、床の拭き掃除って大変ですよね。楽にできる道具を思いついたんですけど、時間貰って作っていいですか?」


 クアトロさんがその話に食いついた。

 チョロい……。


 クアトロさんに押されて、ブルースさんは逆らうことなどもってのほかとばかりに、俺の午後は開発時間に変わった。


 俺は昼食の後、材料となる木や棒、それと鋸、金槌、釘といった道具を借りて、裏庭で作業に没頭した。

 モップの構造自体は至極単純だが、太く固い針金状の金属がこの世界になかったため、この部分も木で作った。

 午後一杯かけて多少不格好ながらも試作品が完成した。

 テストも完璧。

 明日が楽しみだ。


 その後、待っていたが特に雑用もなく、一日の仕事を終え部屋に戻った。

 サイコロ操作練習再開……おやすみなさい……。


 朝食の後、モップ試作機一号を片手にいそいそと掃除に向かった。


 今日は遅れずに賭博場に着くと、ブルースさんとクアトロさんは責任者ということもあって既に来ており、挨拶の後、それが道具かと聞いてきた。


 クアトロさんの期待に満ちた瞳が可愛い。


 俺は桶に水をくんできて、モップに雑巾を挟み込み、実演開始……。


 クアトロさんが私にもやらせて欲しいとのことで、モップを手渡し説明する。

 クアトロさんが試して、その後ブルースさんも試し、合格点をくれた。

 もっとも雑巾を絞る機能までは付けられなかったので、ここは手で絞る。

 その後、乾いた雑巾に変えて乾拭きすることで床はピカピカになる。


 導入が決定した。

 あと五本ほど欲しいとのことで、俺は掃除を免除され、この日は一日モップを作った。


 夜は、サイコロ自由化計画発動……おやすみなさい……。


 朝になって、モップ五本を賭博場に運ぶ。

 モップは作りなれて格好良くなっていた。掃除している仲間たちからすごく感謝された……照れるじゃないか。


 この日は机掃除に回された。

 他の仲間はモップを使うのが楽しいのか、床掃除はさせてくれなかった。

 もくもくと机掃除をした後、その日の午後は、やっぱりダスキ○ハンディモップをクアトロさんと開発することになった。


 サイコロ強権発動準備完了……おやすみなさい……。


 この日のクアトロさんはハンディモップ量産化中。


 俺はといえば、何故か掃除管理の名目で見学中。

 作業免除の特権あり……なんか掃除道具ばかり開発している気がしてきた。

 これ以上新しい道具は思いつかず即日解雇……なんだかなぁ。


 午後は客室掃除。

 ここでも何も思いつかず、真面目に掃除した。


 サイコロイカ様能力開眼……最近、天使を見ていないことに気がついた。

 明日こそは……。


 朝食の時にディックさんを探し、隣に座った。


「相談したいことがあるんですが、時間もらえませんか?」


 ディックさんは頼りにされることが嬉しいのか、笑顔で了解してくれた。

 俺は自分の部屋にディックさんを連れてきて、サイコロ技を披露した。


「次、五の目です。」


 とか言いながら、宣言した通りの目を出し、さも次の目が分かるといったように見せかけた。

 全てその通りになった。

 一度の失敗もなく、不自然さも見せずに……。


「お前すげえな。こんな技、うちで一番のディーラーでもできねえぞ。」


 どうやら仲間のディーラーもある程度はできるようだ。

 そうでなければ毎日確実に稼ぐことはできないだろう。


「今日から少し練習して、リュージ、黒机のディーラーをやれ。」


 高額博打のディーラー……俺が狙っていたポジションだ。


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