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第3章 ライク・ア・ローリング・ストーン

 部屋に入ると、小さな机の上には、皿に油を入れて芯に火をつけただけの簡単な灯りがあり、あとはベッドと椅子が一つだけの殺風景なものだった。

 今までいた食堂はろうそくと思える灯りが多く、明るかったのにここは薄暗い。


 ただマーレイが持ってきた布団は、元いた俺の世界のせんべい布団二枚分くらいの厚さで、寝心地は快適だった。

 昨夜までの土の上に比べるとはるかに天国で、何よりここなら借金取りも来ない……よね。


 森の中から今日までの疲れもあってすぐに眠れるかと思ったが、天使の顔がちらついて自然とだらしない笑みが浮かび、枕を抱きしめていた。


 何はともあれ、この世界で生きていけそうな自信が持てたことが素直にうれしく、昨夜までの不安は消えていた。


 心が落ち着いたことで、少しまじめに考えることができるようになっていた。


 ここは地球ではない。

 月も変だし、人間族の他に狼犬族や虎猫族、可愛いエルフまで存在している。

 間違いなく異世界だ。


 ただ、米はもとより食文化は地球に近く、あまり差はない。

 十分生きていける、というより農薬などが発達していないせいか、元の世界より野菜が美味い。


 それとボスのオリビアはとにかく可愛い。

 こんな気持ちになったのは初めてだ。

 あと、オリビアは可愛い。とにかく可愛い。

 ダメだ、思考がループしている。


 そういえばウサギを狩ったときの石の変化は何だったのだろう。

 俺が異世界にきて得られた能力。

 もしかしてこれがチートってやつか。


 いや、昔読んだ本にあったチートっていえばもっとすごい能力だったはず。

 世界を滅ぼせるような能力……あっても困るけど。


 それに比べて、俺のはあまりにセコい。

 なんせ小さな石が十センチ程度しか動かない。


 『この世界の神は悪魔だ……。』


 確かめてみるために、パチンコ玉をいくつかベッドの上に取り出し、移動を頭に描く。


 一つだけがやっぱり十センチ程度動いた。


 今度は、床の上に置いて念じると、十センチ程度動いた後、転がっていった。

 どうやら慣性の法則はあるようだ。

 まあ、ウサギ狩りのとき石が空中で移動した後、そのまま飛んでいったから、間違いないだろう。


 布団の上にパチンコ玉を並べ、さっきと同じく、一つだけ十センチ移動を念じると、その通りに動いた。

 二つを五センチ動かすことを念じると、一つだけが五センチ動いた。


 どうやら動かせる対象は一つで、移動距離はコントロールできるみたいだ。


 練習しなきゃ、って自由にコントロールして何か変わるのだろうか。


 重いと移動距離が短くなるのは、河原の石で実験済みだけど、(重さ×距離)が一定ってことでいいのだろうか。

 河原では、大き目の石は揺れただけだったから摩擦係数とかも関係しそうだ。


 頭が痛い。


 次に何個まで連続して動かせるかやってみた。


 大体チートなんてものは、回数制限があり、魔力量だか何だか知らないが尽きると作動しなくなる。

 それどころか体力まで尽きて倒れてしまう。


 昔読んだ本には、そう書いてあった。

 これを思い出したので、どこまでやれるか試してみたくなったのだ。

 もし倒れてもベッドの上だ。

 なんとかなるだろう。


 持っているパチンコ玉を全てベッドの上に並べ、順番に十センチずつ右に動かす。

 次にまた最初に戻って、左に動かす。

 また右に、これを繰り返す。


 何往復してもパチンコ玉は思い通りに動く。

 いい加減飽きてきた。


 繰り返すうちに、眠気がやってきた。

 今日は大人しく寝よう。


 実際、力が尽きると能力が発揮できなくなるという考えは正しい。


 ただ俺の持つ能力があまりに小さく、回復量がそれを補って余りあるものだったため、連続して何回でも能力を発揮できていただけだった。

 俺はそれに気付かなかった。


 眠気に負け、今夜の月は見逃がした。


          ◆


 この世界の人類?に会って、初めての朝を迎える。


 日の出とともに起きる生活が身に付いたようで、なんか健康的な気分だ。


 部屋を出て調理場に向かう。

 水があるはずなので、顔を洗おうと思っただけで、特に意味はなかった。

 調理場には、思った通り瓶に水があり、柄杓ですくって手と顔を洗った。

 すっきりとした目覚めだ。


 調理場を出て部屋に戻ろうとしていたら、扉が開きボスが出てきた。


 朝日のせいか神々しい。

 やっぱり天使だ。

 呆けていると、破壊力のある笑顔が返ってきた。


「おはようございます。早いですね。」


 早起きは三文の得。いや、三文は失礼だ。

 値千両一万両。

 この笑顔を見るためには百万両払ってもいい……持ってないけど。


「い、いや、なんとなく目が覚めただけです。」


 もっと気のきいたセリフはないのか。

 話した後に気がついたが、後の祭り。


「今日から頑張ってくださいね。」


 笑顔が眩しい。

 声が頭にこだまする。

 もうどうなってもいい。


「は、はいっ。」


 うわずった声で答えてしまった。

 くすっと笑われてしまった。

 少し落ち込んだ。


 ボスはその後、玄関に向かって歩いていき、そのまま外に出ていった。


 俺はその場に立ち尽くし、ただ背中を見ていた。


 しばらくしてマーレイがやってきた。


「早いな。いい心がけだ。朝飯つくるぞ。」


 そう言って調理場に入っていった。

 その後を追いかける。


「何を手伝えばいいですか?」


 聞くと、手伝うことがあったら言うからとりあえず側で見ていろと言われた。

 マーレイは料理好きらしい。

 作りながらうんちくをたれていた。


 朝食が出来上がると、皆を起こすよう言われ、廊下に出て、その旨を大声で叫んだ。

 すでに起きていたのか、わらわらとむさい男どもが現れた。

 いつの間にか帰ってきていたようで、ボスも部屋から出てきた。


 朝飯は、昨夜と同じ柔らかめのご飯に、味噌汁に似た味でウサギの肉の入った汁だけ、という簡単なものだった。

 ただ、昨日までのサバイバルを考えると、はるかに充実しており、おかわりまでできたため、十分満足だった。


 食事が終わると、マーレイと俺を除く、やってきた仲間たちは、全員馬車に乗り、また町に帰っていった。


 天使がいなくなった。


 心の灯が消えた……重症だ。


 別荘にマーレイと二人残ることになった。


 次に天使が帰ってくるのは十日後で、それまでにしなければいけないことは、共同で使う調理場や食堂の掃除、食堂で調理などに使う薪の用意、その他には特になく、あとは自由にしていていいとのことだった。

 食材は別便で届けられることになっていた。


 マーレイと相談した結果、薪は今日中にやってしまおうとのことで、二人がかりだったこともあって午前中には片付いた。

 夏休みの宿題を最終日にしていた俺とはえらい違いだ。


 掃除は、来る直前の方がいいとのことで先送りだ。

 つまり今から八日後までは全て自由時間になった。

 毎日の食事はマーレイが用意してくれるとのことだった。

 本当に料理好きなマメな奴だ。感謝。


 俺はマーレイに頼んで、よくくっつく接着剤と二十センチ位の木切れを用意してもらった。

 接着剤はニカワみたいな、よく分からない黒いものだった。

 何に使うのか聞かれたので、実験とだけ答えた。


 さっそく部屋に持って帰り、パチンコ玉を二つくっつけたもの、三つくっつけたものを作った。

 接着剤が乾くのを待つ間に、木切れに約一センチ毎に持っていたボールペンで印を入れて、二十センチ定規を作った。

 間隔がやや不揃いだが、特にこだわることはない。


 俺の性格は、悪く言えばいいかげんだし、よく言えばものごとに拘らないおおらかな性格だ。


 接着剤が乾き、くっついたパチンコ玉を振ってみたが、離れることもなく、無事接着したようだ。

 布団の上にパチンコ玉の一つ、二つ、三つの塊を並べ、定規を側に置いた。


 移動実験開始。


 やはり(重さ×距離)の法則があることが分かった。


 どうやら俺のチート能力は(約十グラム×約十センチ)らしい……ちぃと小さいんじゃないかな。


 自分の能力が把握できたことで、諦めもついた……『世界征服』は無理だ。


 接着剤をマーレイに返し、今度は大き目の板を貰って部屋に戻り、ボールペンで一センチ程度の丸を書き、簡単な的を作った。


 パチンコ玉を指で弾き、的に当てる訓練をするつもりだ。

 昔憧れた指弾というやつだ。

 何かの漫画で主人公が十円玉を指で弾き、敵を倒していた、ような気がする。


 接着剤でくっつけて五個は無駄にしてしまったが、パチンコ玉は、まだ二十個以上ある。

 この世界には強盗もいるらしいし、仲間には襲われないだろうが、力もなく貧弱な俺が今後どうなるか分からないこともあり、どうせ暇だし、何もしないよりはマシだろう、くらいの簡単な気持ちだった。


 やり始めると熱中した。

 部屋の端に置いた的に向かって、人差し指と中指の上に載せたパチンコ玉を親指で弾く。


 ベッドの上からやっていたので、最初は的に届かなかったが、こつを掴むと届くようになった。

 とはいえ的に当たることもなく一日が過ぎた。


 部屋の中からコツコツと音がするのを不思議に思ったマーレイが一度顔を出したが、呆れて帰っていった。


 次の日もコツコツと音を立てながらコツコツと練習した。こつは掴んだ。


 結構命中精度があがってきた。

 マーレイがまた呆れていた。


 この日は二十個中半分の十個が当たるくらいになった。


 その次の日には二十個中十九個が最高記録で、平均すると十五個程度。


 そういやこのところ月を見ていない。

 明日にでもマーレイに聞いてみよう。


 練習四日目には全部当てられるようになった。


 とはいえ、時々は外すこともあり一撃必殺とまではいかない。

 というより指の力不足もあって、大した威力でもなく、当たっても痛いくらいで相手を倒すのは無理だ。


 月は、白から始まって、紫、青、緑、黄、赤と変わってその後、黄、緑、青、紫となり、また白に戻る。

 これを繰り返すとのことだった。


 そのためこの月の変化を基準にして、一週間は十日、三週間で一ヶ月、十二ヶ月で一年になるそうだ。


 季節もあるらしい。

 月の色はまるで虹みたいだ。

 ちなみに満ち引きはなく、いつも丸いようだ。


 ということは、太陽と月は常に反対方向。

 自転?公転?どうなっているのか。

 やっぱり異世界だ。


 マーレイからは、何を今更と、可哀相な奴だと思われてしまった。


 五日目に入って、弾いたパチンコ玉の方向を調整した後、的に当たる寸前に前に移動するよう念じてみた。


 当たる寸前なので的を外すこともなく、前に移動させたため、スピードが格段に上がり、大きな音をたてて的をぶち抜いた。


 すげぇ。これに気付いた自分を褒めたい。

 俺って天才。


 六日目に外に出て野外で遠めの的に向かってやってみた。


 上に念じることで距離は伸ばせるので、十分届いた。

 調整が難しかったが夕方には全て当たるようになった。


 やり始めてしばらくは、弾いたパチンコ玉が的から外れ、どこに飛んだか分からなくなって、探して回収する作業が大変だった。

 途中から石を使ったが、パチンコ玉が二個行方不明になってしまった。


 石を使って、十五メートル程度離れた木の枝くらいなら簡単にへし折ることができた。

 このくらいで勘弁してやろう。


 俺のチートも捨てたもんじゃない。


 一日休んで、八日目にウサギのいた高原に出かけていき、狩りをした。


 もちろん石を使った。

 昼までに四匹しとめ、マーレイに用意してもらった昼食を草原で食べた後、六匹しとめて合計十匹になったところで、持って帰ってマーレイに渡した。


 目を瞠って驚くマーレイを見ることができて、すごく満足した。


          ◆


 明日は俺の?天使が帰ってくる。


 今日は朝から掃除だ。

 マーレイは昨日捕ってきたウサギの処理に忙しいとのことで、ひとりで掃除することになった。


 調理場の掃除をするときにマーレイを見ていると、器用に皮を剥いで解体した後、切り分けた肉をギザギザな金槌で叩いていた。

 肉を柔らかくするためらしい。

 最初にウサギを食べたときに固かったわけだ。


 ちなみに血抜きは昨日受け取った後、すぐにしたらしい。

 午前中に捕った分は血が固まっていたらしく、今日解体した後、苦労して洗ったらしい。

 味が落ちるとのことで、お前が食えと言われた。

 なんか納得いかない。


 待ちに待った十日後がやってきた。


 マーレイは宴会準備でバタバタしていたが、俺は特にすることもなく、石で塀の外に見える木の枝を折っていた。


 そうこうするうちに夕方が近づき、道の向うから馬車がやってきた。


 先頭の馬車には、今日はディックさんではなく、ハリスさんが乗っていた。

 後で聞いたが、ディックさんは町で居残り組とのことだった。


 馬車が門をくぐり、広場に停められると、中から天使が舞い降りた。

 今日も美しい。


 軽く挨拶した後、調理場に行き、マーレイの手伝いをした。

 と言っても配膳だけだが。


 今日の料理には、一昨日捕ってきたウサギが全て使われていて、シチューらしきものと唐揚げに変わっていた。

 あとボスの好物とのことで、特別メニューとして脳みそのソテーもあった。


 ちょっと天使のイメージが……。


 用意ができて、皆が揃い、天使も席についた。

 前回見ていない人間族もいた。

 後で挨拶しとかなきゃ。

 そう思っていると、定例の報告が始まった。


「皆さん、ご苦労様でした。今日の報告ですが、この十日間の利益は二十五万ケルンでした。仲間が一人増えましたので、目標の総額も上がりますが、これからも皆で一緒に頑張りましょう。」


 うっ、肩身が狭い。俺は利益に貢献していない。なんか皆の目が怖い。


 そう思っていると、マーレイが立ち上がり、


「みんな、今日の料理の主役のウサギは全部、新しい仲間のリュージが捕ってきたんだ。遠慮なく食ってくれよ。」


と言ってくれた。

 マーレイ、ナイスフォロー。

 お前ってできる奴だ。

 皆の目も暖かくなった気がする。


 天使の表情も緩み、脳みそのソテーを見た後、俺を見て笑顔になった。


 その笑顔は脳みそに向けたものか、俺に向けたものか……後者でありますように。


 今度はハリスさんが立ち上がり、


「皆、聞いたか。いい仲間が得られたようだ。また次も頑張って稼ごうぜ。」


と、フォローしてくれた。

 この人、違った、この虎もいい虎だ。


 酒をついでまわろうと、席から立って酒の入った桶に向かおうとすると、名前は忘れたけど、前も来ていたむさい人間族の男がやってきて、


「今日は座ってろ。俺がついでまわるから、お前はいい。またウサギ捕ってくれよ。」


と、優しく言ってくれた。

 むさいなんて言ってごめんなさい。

 あと名前覚えてなくてごめんなさい。


 食べていると横からマーレイが小さな声で


「それ、血抜き失敗した不味い方だからな。」


と、ニヤニヤしながら言ってきた。

 さっきの感謝を返せ。


 ひとしきり飲み食いして、一段落した時に天使に呼ばれた。


 近づいて、見るとボス用の脳みそソテーは全て無くなっていた。

 十匹分あったはずだよなぁ。

 天使のイメージが……。


 ま、可愛いからいいか。そう思っていると、


「リュージさん、このウサギ、どうやって捕ったの?」


と、聞かれた。あぁ、笑顔が可愛い。


「石投げてぶつけました。」


 と答えると、笑顔が消え、冷たい声で言った。


「リュージさん、嘘はダメです。仲間を騙す人は許しませんよ。」


 一瞬で、皆の話し声が消えた。

 会話が聞こえていたらしい。

 背中に全員の冷たい視線が突き刺さる。


 天使がボスに変身した……。


「う、嘘じゃありません。今日は暗いので無理ですが、明日の朝、お見せします。」


 俺はあわてて言った。


「分かりました。明日の朝、見せてくださいね。」


 少し疑いながらも、なんとか納得してくれたようだ。


 席に戻ると、マーレイが、


「大丈夫なんだろうな。」


と、幾分心配そうな顔で聞いてきた。

 マーレイ、お前はいい奴だ。


 宴会がお開きになり、皆ぞろぞろと部屋に戻っていった。


 俺はボスの部屋に呼ばれ、また、冷たく言われた。


「さっきは皆が殺気立っていたから抑えたけれど、嘘に嘘を重ねるのなら、本当に許せなくなりますよ。」


 ボスの部屋は、女性らしく綺麗に片付いていて、舞い上がりかけていたのだが、俺の頭から血が一気に下がる。


「ちょっと待っていてください。部屋から証拠を取ってきます。」


と言って、あわてて部屋に戻る。

 ボスが続けて何か言おうとしていたけど、それどころじゃない。

 このままじゃ、天使がボスに、ボスが悪魔になっちまう。


 俺の部屋からパチンコ玉と的用の板を持って、ボスの部屋に戻る。


「お待たせしました。この板に当てますので、どこか適当に印をつけてください。」


と言って、板を手渡した。

 ボスは首をかしげながら、近くにあった机から筆を出し、墨を付けて丸を書いてくれた。


 ボスの部屋は食堂より広く、端から端までかなりの距離があったので、俺は十メートル位離れた位置にあるボス用の大きな机の上に的を置いた。


 若干暗かったので、マーレイを呼び、ろうそくを少し増やしてもらった。

 マーレイが部屋を出た後、パチンコ玉を取り出し、


「今から的に当てます。」


 そう宣言して、狙いを定めた。


 親指でパチンコ玉を弾き、あとはいつもの通り。

 パァンと音がして、板をぶち抜いた。


 板を取りにいき、ボスに見せた。

 ボスの書いた丸の中に、穴があいていた。


 ボスは心底驚いたようで、目を見開きながら、板と俺を繰り返し見比べていた。

 やがて天使が戻ってきた。

 泣きそうな顔に笑顔を浮かべ、


「疑ってごめんなさい。でも、まだ信じられない。あっ、いや、違う意味でだけど。」


 そう言って、俺を見つめてきた。


 潤んだ瞳が可愛い。

 この目で見つめられただけで、疑われてよかったと思ってしまう。

 俺って単純。

 やっぱりこの人、違う、このエルフ、俺の天使だ。


「分かってくれてよかった。この十日間で練習して、当てられるようになりました。」


 いかん、言い過ぎた。

 十日でできる技じゃない。

 また一瞬目が冷たくなった。


 ボスの表情がフッと緩み、また天使の笑顔になった。

 オリビアは、普段は天使で、怒ったときはボスになる。

 これから気をつけなきゃ。

 悪魔になるのは絶対見たくない、と思っていると、


「もういいわ。明日の朝、皆の前でやってみせて。他のみんなは、まだ見てないから、疑われたままじゃ困るしね。」


 声が、ボスと天使をいったりきたりしている。このギャップも可愛い。


 俺は軽く頭を下げて、自分の部屋に戻った。


 次の日の朝、朝食が終わって、皆が揃って広場に出てきた。

 俺は探しておいた石をいくつか持って、皆の前に立つ。


 いつものように塀の外に見える木の枝を折っていく。


 飛び道具の無いこの世界では理解しがたいらしく、皆は戸惑いと尊敬が混じったような顔をしていた。


 ハリスさんが口を開く。


「疑ってすまなかった。大したもんだ。ところでボス、今回リュージを町に連れていきませんか?これなら用心棒にもなりそうだ。」


 えっ、用心棒??

 何させるつもり??

 俺はウサギ狩りでいいよ……。


 天使が笑っている。


「それもいいわね。リュージさん、用意してきてくれるかな。」


 ダメだ。この笑顔には勝てない。


 マーレイの寂しそうな顔が見えた。



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