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第2章 ストレンジャー

 門から出てきた影は直立歩行をしている。

 人間かどうかは分からないが、この家の住人だろう。

 もう少し近づかないと何も分からない……ということが分かった。


 ほふく前進開始。

 我に続けぇ、小さな声で言ってみた。


 これはキツイ。

 でもしょうがない。

 見つからないように気をつけながら、時間をかけて近づいていく。


 途中で休んでは様子を見る。


 門の前の人?は動かない。


 こちらを見るというより、門の前の道らしきものの先、こちらから見て右の方角を見ている。

 もう少し近づこう。


 あと三十メートル位のところで止まり、確認する。


 どうやら人間らしい。


 手も足も頭も普通だ。

 尻尾も無い。

 よかった。

 友好的でありますように。


 どうやって近づくか、言葉は通じるか、心配は多々あるものの、話しかけなきゃ始まらない。


 このまま独りで生きていく選択肢は嫌だ。


 思い切って立ち上がる。

 この距離なら、まだ逃げられる、はず。


 左手を上げて振る。


「おおぉ~い。」


 こちらに気づいてもらうために声をかける。


 右手は石を掴んで臨戦態勢、顔は笑顔。

 まるでどこかの国の外交みたいに……。


 向うもこちらに気がついた。


「こんにちはぁ~。」


 挨拶は大事。挨拶は基本。この世界に愛を。


「何だ、お前は?」


 やった、言葉が通じる。

 よし、よし、よぉぉし。力が入る。

 少しずつ近づいていく。


「道に迷いました。助けてください。」


 嘘は言っていない。本当の事とも違うが、無難な答だろう。


「こんなところで道に迷っただぁ。どっから来た?」


 どうやら話を聞いてくれそうだ。


「そっちに行きますから、待っていてください。」


 やば、何て答えよう。あまり考えていなかった。

 歩きながら考える。

 そうこうするうちに男の前まで来てしまった。


「で、どっから来た?」

「向うの森からです。」

「はぁ、森の方向には家も町もないだろ。」


 どうやらここの家が最南端らしい。町もあるようだ。情報ゲット。


「いや、気がついたら森の中で。」

「何言ってやがる。んなわけねえだろ。」

「本当なんです。ずっと旅していて町の手前で強盗に襲われて、気がついたら森の中でした。そこから四日かかってここまでたどり着きました。」


 さり気なく両手を後ろに回し、腕時計を外す。

 強盗にあって、これが残っていると変だろ。

 嘘つくならバレないようにしなきゃ……俺って知能犯。


「そりゃ気の毒だったな。まあ命があっただけ、めっけもんだと思え。」


 信じてもらえた。

 詐欺師のスキルを得た……のか。


「そうですね。助かっただけでも感謝しなきゃ。」


 俺が殊勝なことを言うと、男が、


「はは、うちの連中かもしれねえ。すまなかったな。」


 とんでもないことを口走る。


 はあ?? うちの連中?? ここって強盗の家??

 思わず後ろに下がる。


「気にするな。殺しはやらねえよ。」


 いやいや、安心できないし……。

 一応、聞いてみる。


「ここって強盗……さんの家?」

「強盗は専門じゃないけどな。そういう奴もいるかもしれねぇってこった。ここは、家というより隠れ家みたいなもんだ。そうでもなきゃ、こんな町外れに一軒家なんてねえよ。」


 言われてみれば、そうかもしれない。でも……。


「まあ、これ以上は何も取りゃしねえから、安心しろ。といっても取られて何も持ってないだろうけどな。」


 理屈は合っている。

 いや、そうじゃなくて……黙っていると、男が続けて口を開く。


「取られた物はあきらめな。誰がやったか聞くわけにもいかねえし。ここは脛にキズ持つ奴らもいるから、下手に取り返そうなんて考えるとフクロにされて、また森の中に戻されちまうぞ。」

「それはご勘弁。」


「そうだろ、もしうちの連中の中にそいつらがいても、知らん顔しとけ。奴らだっていちいち顔なんざ覚えてねえだろうし、覚えていても口にするわけにはいかねえもんな。」

「そうですね。そうします。」


「はは。素直な奴は長生きするよ。」

「長生きって、殺しはしないんでしょ。」


「やらねえよ。そんなことしたら、ボスに森の中に埋められちまう。」

 やってんじゃん。殺さないって嘘でしょ。

「ここじゃ、殺人犯かくまっても同罪だからな。みんな死刑になっちまう。」


 そうなの。なら安心……できるかぁ。


「あの、ここって隠れ家って言っていましたけど、大勢いるんですか?」


 とりあえず聞いてみる。

 この男、結構話好きらしい。情報入手タイム開始。


 この家にはボスがいて、その下に三十人程度の部下がいるとのこと。

 町はここから歩いて半日くらいで、町には屋敷があって、普段はそっちにいるらしい。

 ちなみにここは隠れ家ではなく、別荘と呼ばれているらしい。

 そりゃそうだ。

 あと、町で何をしているかは教えてもらえなかった。


 今日は十日ごとの集まりらしく、もうすぐみんながやってくるそうだ。

 それで留守番のこの男がお迎えのため、門の外で待っているとのことだった。


「俺、ここにいて大丈夫でしょうか?」


 男に聞いてみると、


「大丈夫だろ。旅の途中で強盗にあって、文無しだってボスに言えば、飯くらい食わせてくれるよ。ま、その分働きな。」


 働くのはやぶさかではない。

 人間働くのは大事。立ち上がれ労働者。


「分かりました。そうします。」


 そうこうするうちに、道の向うからやってくる馬車が見えてきた。


「来たぞ、一緒にお迎えだ。頭下げとけ。」


 近づいてくる音がする。

 ガラガラという音が段々大きくなり、手前で止まった。


          ◆


「お迎え、ご苦労。で、マーレイ、その男は誰だ?」


 野太い声がする。


「ディックさん、お疲れ様です。この男は旅の途中で強盗にあって、森の中に捨てられたらしく、そこからここに辿り着いた奴です。名前は……何だっけ。」


 そういや名乗ってなかった。

 留守番の男がマーレイで、馬車の男がディックさんだな。


「俺は梶野竜史っていいます。よろしくお願いします。」


 頭を下げたまま答えると、野太い声が返ってくる。


「そうか、気の毒だったな。ボスに相談するから、ちょっと待ってろ。」


 ディックさんが移動する音がして、どうやら馬車の中に入っていったようだ。


 少しして、戻ってきたディックさんが言う。


「ボスには伝えておいた。とりあえずマーレイと一緒にここで働きな。ということで、頭上げて顔見せろ。」


 就職決定。

 ブラックでありませんように……無理だろな。


 頭を上げてディックさんを見る……。


 ええぇぇぇぇぇ……。


 顔が犬??


 驚いて固まっていると、マーレイから肘鉄がくる。小さな声で、


「ほら、挨拶しねえか。」


 なんとか驚きをおさえて、


「あ、ありがとうございます。よ、よろしくお願いします。」


 馬車が三台、門をくぐっていった。

 マーレイが話しかけてくる。


「さあ、準備するぞ。ついてきな。」


 そう言うと門の中に入っていった。


 マーレイに続いて門をくぐると、さっきの馬車が三台停まっていた。

 馬車置き場らしき空地は広く、まだ十台程度は余裕があった。

 その左に建つ家は木造で、とにかく横に長かった。

 まるで京都の三十三間堂だ。


 家の玄関から靴のままあがり、家の真ん中を貫くとにかく長い廊下をマーレイについていく。

 部屋の入口と思われる扉が、両側に等間隔に並んでいる。

 たぶんここの住人の部屋と思われ、時々中に人がいる音がしていた。


 かれこれ歩くと、ずっと続いていた扉が途切れ、大部屋らしき所にたどり着いた。


「ここだ。」


 マーレイがそう言って、中に入る。


 中に入ると、やはりそこは食堂兼会議室と思われるような大部屋で、大き目の机が二列並んでいて、机の上には肉らしきものが盛られた大皿がいくつかあった。


 一番奥にはボス用と思われる立派な机があり、そこにも肉皿があり、そこだけビワの盛られた皿があった。


「さあ、料理運ぶから、手伝え。」


 その後、ボスの机の横にある扉をくぐると、そこは調理場で、大鍋が二つあり、すでに料理は終わっているらしく、鍋から湯気がたっていた。


「そこにある丼に鍋からついで、隣の食堂に並べていきな。」


 そう言われて、大鍋から丼へといもたき?らしき料理をつぎ始めた。


「今日は全部で十三、いやお前がいるから十四だからな。」


 俺の分がある。

 よろこびのあまり、


「わかりましたぁ。」


 大声で答えてしまった。


 もうひとつの大鍋は米?と思えるご飯で、それも十四用意した。

 全部で二十八の木製の丼を隣の部屋の机に並べていく。


「次は酒の用意だ。調理場から湯呑を取ってこい。」


 そう言われて、やはり木製の湯呑を素直に並べていく。

 マーレイは調理場からおそらく酒が入っているであろう木桶を持ってきていた。

 そのあと二人で、まだ料理の残っている大鍋を二つ運んだ。


「さあ、準備はできた。皆を呼ぶぞ。」


 マーレイは廊下に出ると、大声で、


「用意できたぞ~。食堂に集まれ~。」


と叫んだ。


 あちこちの扉が開く音がして、足音が近づいてくる。


 俺は、マーレイと並んで、大鍋の横に立って皆を迎えた。

 マーレイは、この家で一番の下っ端かもしれない。


 食堂にぞろぞろと人?が入ってきた。

 最初は人間のむさい男、次も男、次は顔が犬というより狼?ディックさんだった。

 続いて、男、男、男……全部男じゃねぇかぁ。


 悲しくなっていたら、次は虎顔だった。


 やっぱりここは地球じゃない。


 結局全部男で、狼男が一人、虎男が一人、一人って数えるのかな、ともかく残りは全て人間?だった。


 あれっ、ボスは??


 そう思っていたら、マーレイが全員揃ったことを確認し、廊下を挟んで食堂の反対側にある一番大きな部屋に向かっていった。


「ボス、全員揃いました。」


 なんか、うれしそうな声で呼んでいた。


 ドアの開く音がして、マーレイに続いて、ボスが入ってきた。


          ◆


 思わず視線を向けると目が合った。

 俺は身体が震えた。


 ボスは、俺が今まで見てきた中で最高、他と比べることさえはばかられるような、とにかく美しい女性だった。


 とにかく美しく清楚で儚げな、およそこの部屋にいるむさい野郎どものボスとは想像もつかないその女性が一番前の高級そうな椅子に座った。


 皆一斉に立ち上がり頭を下げた。

 俺も皆に倣って頭を下げた。


 マーレイに座る場所を指示され、ボスから一番離れた椅子に座った。

 隣にはマーレイがいる。


 おもむろにボスがしゃべり始めた。

 やや高く、どストライクな可愛い声だった。


「皆さん、ご苦労様です。今日は定例の報告会と日頃の感謝を込めて、ささやかですが酒宴を催したいと思います。」


 声に相応しく、丁寧な語り口だった。

 皆から暖かい拍手が沸く。


 ディックさんが立ち上がり、続けて話す。


「その前に、今日はひとり新しい仲間候補がいる。簡単に自己紹介してもらおう。」


 そう言って、俺の方を見た。


 えっ、俺??

 戸惑っていたら、マーレイに横腹をつつかれた。

 仕方なく立ち上がり、口を開いた。


「は、はじめまして。名前は梶野竜史といいます。四日前に町の手前で後ろから襲われて気がつくと、この先の森にいました。そこからなんとかここにたどり着きました。これからどうなるかわかりませんが、よろしくお願いします。」


 なんとか言葉を紡ぎ出し、自己紹介を終えた。

 とりあえず矛盾はないはず。


 ディックさんが、それを受けて言う。


「ボスに承認してもらって、とりあえずは様子見だ。なんせ一文無しとのことだから、ここでしばらく働いてもらうことにした。皆、いじめるなよ。」


 優しい人?狼だ。

 他のみんな、いじめるなよ、泣くぞ……。


 ここでボスが口を開く。


「今、ディックが言ったとおりです。よろしくお願いします。」


 俺は美しい声に聴き惚れながらも、立ち上がって頭を下げた。


 少しざわついている気がする。

 もっともマーレイには言われていたが、強盗は嘘なのでこの中に犯人はいるはずもない。おそらく皆はこの中に犯人がいるかもしれないと、お互いを探っているのだろう。


 また美しい声がする。


「さて、今日の報告ですが、この十日間の利益は二十三万ケルンでした。目標の一人一日あたり千ケルンにはまだまだですが、順調に伸びてきています。引き続きよろしくお願いします。」


 皆は静かに聞いている。


「この半年で利益は三百万ケルンを超えましたので、町にいる他の仲間には伝えてありますが、今度皆さんに特別ボーナスを出したく思います。」


 おおっというどよめきが起こり、盛大な拍手が沸き起こった。

 なんかこの組織ブラックじゃないみたい。

 ラッキーかも。

 多分、ケルンってお金のことなんだな。


 ディックさんが立ち上がる。


「みんな、優しいボスに感謝だ。さあ、あまりたいしたものはないが、食って飲んでくれ。」


 ディックさんが座ると、マーレイが俺の耳元に囁いてきた。


「ほら、挨拶も兼ねて、皆に酒をついでまわれ。」


 なるほど。

 新人のお勤めだな。いってみよ~。


 俺は立ち上がると、柄杓の入った酒桶を持って、まずボスのところに行った。


「助けていただいてありがとうございます。よろしくお願いします。」


 そう言って少し緑がかった透明な酒をつぎながら、ボスを見る。


 細身にもかかわらず胸は大きく、おそらくD、薄い空色のドレスからのぞく谷間に目はくぎづけ、って胸ばっかり見ていたらダメだ。

 髪はプラチナブロンドで、目元は涼しく、瞳は青、鼻筋がとおって、小さな唇がたまらない……あれっ、耳が長くね??


 もしかしてこれが噂のエルフ~??


 ボスは優しいまなざしでこちらを見ると、満面の笑顔で答える。


「こちらこそよろしくね。あなたのこと、どう呼べばいいかな?」


 ヤバい。

 可愛すぎる。惚れたぁぁぁぁぁ。


 今まで全く女性に縁のなかった俺には、笑顔が天使に見えた。


「り、りゅうじでお願いします。」


 天使が舞い降りた。


「よろしくね。リュージさん。」


 ダメだ。ほほが緩む。

 自然な笑顔ができない。


「さ、皆にもお酒ついであげて。」


 天使に言われて、はっとする。


 俺は次に狼人間?のディックさんのところに移動した。


「いろいろとお世話になります。よろしくお願いします。」


 そう言うと、ディックさんは、


「おう、よろしくな。俺はディック、狼犬族だ。ここは乱暴者が多いけど、皆、気のいい奴等ばかりだからな。困ったときは俺に何でも言ってきな。」

「ありがとうございます。」


「ま、色々あると思うが、役に立ってくれれば、何かといい思いもできるからな。」

 ひとしきり話をして次に向かう。ディックさんの横には虎顔がいた。

「よろしくお願いします。」


 そういって酒をつぐと、


「おう、俺はハリス、虎猫族だ。がんばれよ。」


 狼犬族に虎猫族、あとはエルフ?と人間なんだろうけど、他にもいるのかな。

 あとでマーレイにでも聞いてみよう。

 そう考えながら、次々とむさい男に頭を下げながら、酒をついでまわった。

 やはり他の男たちは人間族だった。


 族ってなんだよ。

 怒りマックスで暴走したら暴走族……やめよ。

 そのうちタケノコ族とか出てきそうだ。


 全てのメンバーに酒をつぎ終わり、自分の席に戻った。

 マーレイが楽しそうに笑顔で迎えてくれた。


「これで俺たちは仲間だ。よろしくな、リュージ。俺のことはマーレイでいいからな。あと敬語もいらねえから。」


 こいつ、いい奴だ。

 最初に出会ったのがこいつでよかった。


「んじゃ、マーレイ、改めてよろしく。ところでボスの名前、教えてもらえないかな。あとボスってエルフ?」

「ボスの名前はオリビア、お察しのとおり、エルフ族だ。ああ見えて怒らすと怖いんだぜ。普段はすごく優しいけどな。あと、ここの連中は女房のいる奴でも皆ボスにぞっこんだ。ボスを怒らすと全員が敵に回るから、怒らすなよ。」


「わかった。ありがとう。」


 話も一段落し、俺も酒を片手に料理を楽しんだ。


 米のようなものは、やっぱり米で、少し柔らかかった。

 もう少し固い方が好きだ。

 いもたきのような煮物は、見た目は里芋なのに味がさつま芋みたいで、ちょっと残念だった。

 入っている肉はどうやら今朝食べたウサギのようだったが、塩味がしみてなおかつ何故か柔らかく美味かった。

 大皿の肉は豚のスペアリブみたいで、とにかく美味かった。


 米を除くと大満足で、料理したであろうマーレイの腕はたいしたものだった。


 酒は薄い緑色だが、ワインみたいで、味に少しだけ苦みがあるものの、慣れれば気にならず、これも当たりだ。


 こちらの食文化は俺の好みに合っていて、心からホッとした。

 おかわりは自由みたいで、それぞれ勝手についで飲み食いしていた。


 俺は飲み食いの合間合間に、とにかくボスに見とれていた。


 こっちの世界で頑張る気持ちがどんどん高まっていく気がしていた。


 宴会も終わり、皆は部屋に帰っていった。


 俺はマーレイと一緒に後片付けをした後、案内されて、これから暮らすであろう部屋に移動した。



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