第1章 ボーン・トゥ・ビー・ワイルド
いててて。腰をどこかにぶつけたらしい。
痛みに悶えながら目を開くと……、
「どこだ、ここ。」
思わず声に出してしまうほど驚いた。
俺は木々に囲まれていた。
確か押し入れの床が抜けて下に落ちたはず。
なのに、ここは……。
そうか、アパートの裏にあった神社かもしれない。
ボロアパートのことだから、下に落ちたはずが横に抜けて、壁を壊して裏に抜けたのか……。
えっ、黒服の頭を飛び越した?
そこまで勢いがついていた??
疑問符だらけだが、とにかく借金取りからは逃げられたかもしれない。
そう思ってそっと振り向くと……。
無い……アパートが無い。
俺の後ろにも林があった。
痛む腰をさすりながら立ち上がり、改めて周りを見渡す。
結果は変わらない。
俺は林の中に一人佇んでいる。
どこだ、ここ。
同じセリフを口にしそうになる。
不安にかられながらも足を踏み出す。
とはいえ、アパートを探しに行って黒服に見つかるとヤバいので、神社を探そうと前に歩く。
まばらに茂る木々の隙間から神社の屋根が見えないかと目をこらすが、見つからない。
しばらく歩いたが、木々は途切れずどこまでも林が続く。
森??
おかしい、こんなはずはない。
裏の神社の林はもっと小さかったはずだ。
「どこだ、ここ。」
怖くなって元の場所に引き返す。
そこから今度はアパートがあるはずの方向に歩いてみる。
結果は同じ。
木しか見えない。
何故??
落ち着け、俺。
とりあえず元の場所に戻ろう。
そこを起点にしなければ迷ってしまう。
元の場所に戻って辺りを見る。
「ここ……だよな。」
若干の不安はあるが、あまり離れた場所までは歩かなかったためか、最初の場所?らしき所に帰り着いた。
改めて周りを眺めてみる。
俺が倒れていた場所は草が乱れており、確信が得られた。
よかった……よくない。何も解決していない。
俺は近くにあった小さめの木の枝を折って、俺が倒れていた場所のすぐ傍の木の周りを囲むように、目印となる枝をいくつも突き立てた。
いささか分かりづらいが、他に手段がなかった。
とりあえず区別はつく。
ここからこの周辺を調べていこう。
元の場所に帰れなくなると困るので、今度は方向が分かるように、二十歩毎に目立つ木を見つけ、下の草を抜いて、来た方向に向けて枝を横向きに置いていく。
結構時間がかかるが仕方ない。
迷子になるよりはいい……あれっ、俺、すでに迷子だろ。
そうして数時間。
元いた場所に戻っては別の方向へと繰り返し、周辺五十メートル位を探索し終わって、何も解決しないまま、元の場所に座りこんだ。
「疲れた。ほんとにどこだよ、ここ。」
「困った。どうしよう。」
「それより、腹減ったなぁ。」
俺はひとりブツブツとつぶやきながら、考えた。
喋ってなきゃ気が狂いそうだ。
「そうだ、木に登ればいい。」
周りを見渡し、登れそうな高い木を探す。
「あれにしよう。」
俺は登る木を決めて近づくと、手を伸ばした。
落ちないように、手が滑らないように、注意しながら、ゆっくりと登っていく。
途中で太めの枝を見つけると休み、とにかく落ちないように登っていく。
風が吹くと木が揺れ驚いて幹にしがみつく。
そうこうしながら、かなり登ったところで周りを眺めた。
全ては見渡せないが、ある程度は見えた。
森が続いている。
遠くに高い山が左右に連なっている。
山の反対側を見ると、森は続くものの、少なくとも山はない。
「あっちだな。」
おそらく平地か海があるかもしれない山と反対側の方向に移動することを決めて、方向を示す目印となる近くに生えている木を決め、何度もその木を確認しながら、ゆっくりとおりる。
幹にしがみつきながら足場を探し、休みながらおりていく。
「落ちませんように。落ちませんように。」
願いが叶って、やっと地面に足がつき、心底ほっとした。
決めた方向にある木を探し、改めて方向を確認する。
「疲れた。」
しばし休憩。
そういや、向かうべき方向は決めたものの、北?南?東?西?
途中で迷ったら目もあてられない。
悩んだ末に日のさす場所を見つけて枝を立てる。
日時計……。
しばらく時間をかけて影の移動を確認した。
どうやら向かう方向は北らしい。
ま、ここがどこかも分からないし、少々違っても気にするべきじゃない。
割り切ってとにかく北に行こう。
歩き始めたものの、一時間もしないうちに心が折れる。
「ああぁ~。腹減ったぁ。のど渇いたぁ。何かないのかぁ。」
叫んでもしょうがない。叫ばずにいられない……。
気を取り直して、また歩く。また叫ぶ。また歩く。
そうこうしながら歩いていくと、何やら水の音が聞こえてきた。
寄り道決定。
少ししたところに川があった。
綺麗な水だ。
腹を壊さないだろうか。
でも、贅沢は敵だ。
川に近づき、手のひらにすくって口に入れる。
一度うがいをして吐き出し、再度すくって飲む。
「甘露じゃぁ。」
ひとしきり喉を潤し、落ち着いた。
今度は川の流れる方向に歩いてみよう。
少なくとも渇く心配がなくなる。
朝っぱらから借金取りに起こされ、森に飛ばされ、落ちた場所周辺の探索をし、木に登って、それから歩いてと、かれこれ七時間は経っている。
腕時計は午後三時を示していた。
歩き始めてからは二時間程度だが、とにかく腹が減った。
「何かないのかぁ。」
また叫ぶ。また歩く。また……。
「やめよう。むなしい。」
とにかく歩く。黙々と歩く。ただ歩く。
森はつきない。もうやだ。休もう。
しばらく休んで、また歩く。
「おおぉ~。」
緑の葉に混じって黄色いものが点々と……何か木になっている。果物??
走って近づく。
「ビワ?枇杷?びわだぁぁぁ。」
一つ、もいで皮をむく。香りをかぐ。
「ビワ?枇杷?」
口に入れてかじる。甘みが拡がる。
「びわだぁぁぁぁぁぁぁぁ。」
次々と実をもいでは皮をむき、かじる。かじる。かじる。
「満足ぅ~。」
腹もふくれた。さて……。
気が付くと薄暗くなっていた。やべ……。
野宿だな。
ここのところの貧乏暮らしで、あまり気にならないのが救いかもしれない。
とはいえ、こんな森の中で大丈夫だろうか……。
心配しても始まらない。
明日の朝食にはビワがあるし、雨も降りそうにはない。
夜露に濡れるといけないので、葉の茂った木の下に移動する。
季節は春とはいえ、夜はまだ肌寒い。
枯れ枝を集めてきて、ライターで火をつける。
金がなくなって煙草はやめたものの、ポケットに入っていた百円ライターに感謝。
「キャンプファイヤァァァ。」
恥ずかしいのでやめよう。
ポケットにライターがあったこともあり、確認のため、全部のポケットの中身を出す。
街角で配られていたポケットティッシュ、パチンコ屋で換金した時に余ったパチンコ玉が約三十個、ボールペンが一本、小銭が少々。
ろくなものがない。役に立たん。
夜がふけてくると、焚火の灯りはあるものの、周りが暗くなり不安が増す。
いくら考えても分からない。
ここがどこなのか。
何故こんなことになったのか。
これからどうなるのか……。
疲れもあって、早々に寝転がる。
葉の隙間から見える空に、月が見え隠れしている。
「ん??」
あわてて起き上がり、はっきりと月の見える場所に移動する。
月が大きい。おまけに色が青い……。
ここはどこだ……。
怖くなって、焚火の傍に戻り、思わず膝を抱えた。
不安が増す。
何か違う……。
ここはどこだ。地球じゃない??
そんな馬鹿な。
どうしよう。いや、どうすべき??
森を抜け出し、人を探して、ここがどこか聞こうと考えていたのに……。
はたして人がいるのか。いたとして言葉が通じるのか。文明は存在するのか。
◆
気が付くと、朝になっていた。
歩き疲れていたこともあって、座ったまま寝てしまったらしい。こもれ日が気持ちいい。
いや、そんなこと感じている場合じゃない……頭がさえてくる。
昨日のことを思い出す。
押し入れから飛ばされた地球と違う場所。
まだ何も分かっていない世界。
「どうなるんだろ。」
考えが何も浮かばない。
「ええい。とりあえず飯じゃ。」
ビワを取りに行く。
皮をむいては、かじりつき、皮をむいては……繰り返す。
「ま、とにかく森から出なきゃ。」
後のことは考えても仕方ない。
腹をくくると移動することにした。
その前に食糧調達。
Tシャツを脱いで風呂敷代わりにし、持ち運べるだけ、ビワを包む。
今日は川沿いに下流に向けて進む。
幸い川は山から流れてきたのか、北に向かって伸びている。
歩く。歩く。歩く。ひたすら歩く。
足場はあまりよくないが、贅沢は敵だ。
博打に負けて電車代が無くなり、よく家まで歩いて帰っていたため、足腰は鍛えられている。負けたことに感謝……するかぁ。
疲れたので、休む。
腰をおろして川の水を飲む。幸い、腹は壊してない。
博打に負けて、ろくなもの食ってなかったので、腹が丈夫になったのか。負けたことに感謝……しねぇよ。
起き上がって、また歩く。
昨日、木の上から見たかぎりでは、森を出るにはまだまだだと思う。
途中でビワも食べ、また歩く。とにかく歩く。
「あれっ、魚がいる。」
川にポツポツ魚影が見える。
ビワも飽きたし、捕ってみるか。
河原におりて、上着を脱いで、靴のまま川に入る。
川岸に近いところに、袋小路となるように石を配置して、罠を作る。
うまくいくかどうかは分からない。
けど何事も経験が大事。
失敗は成功の母。
オッパイは性行の……やめよう、恥ずかしい。
なんとか石を積み上げて、奥が行き止まりになるように長い水路を作る。
後はこの中に魚を追い込むだけ。
魚が入りやすいように入口は広く作ってある。
自分の才能が怖い。
「いいかげん、入ってくれよぉ。」
川の中で魚と追いかけっこ。
魚の速さに追いつくはずもなく、時間が過ぎていく。
「こりゃだめだ。」
疲れてきたのと、足先が冷え切ってきたので、諦めて岸に戻り座り込む。
石を並べた労力が無駄になり、気力もつきて動けない。
いまいましい魚だ。
ま、魚にしてみりゃ、捕られると食われちまうので逃げるわけだ。
しゃあねぇ。
そう思ってじっと川面を眺めていると、魚の群れが……、
「入ったぁぁぁぁ。」
あわてて立ちあがり、水路に入り、行き止まりとなる罠の奥に魚を追い込み、入口を石で塞いでいく。
なんとか魚を逃がすことなく閉じ込めることに成功。
さっきまでの追いかけっこは何だったのだろう……。
ま、いいか。
考え直して、徐々に水路を狭めるように石を移動し、ある程度罠の池が小さくなったところで、閉じ込めた魚を捕まえにいく。
これなら素手で掴めるはず……。
俺は漁師に向いてない。
なかなか捕まらない。
なんとか石の下に潜った魚を、石の両側から手をつっこみ掴んだ。
一匹目ゲット。
要領を掴んだこともあって、その後も何匹か掴んだ……洒落じゃないからね。
川岸に捕った魚を並べ、見おろす。
大漁、大漁。鯛じゃない。多分、鮎だと思う。
枯れ枝を集めてきて火を熾し、真っ直ぐな枝に魚を突き刺し、火のまわりに並べる。
遠火の弱火、だったっけ。
いい匂いが漂う。
魚の向きを変え、反対側も遠火の弱火……。
待ちきれねぇ。
いやいや、ダメっしょ。
じっくり焼かなきゃ。
匂いにつられて腹が鳴る。
大合唱、というほどではない。
なんか、こっちに来てから独りノリツッコミが増えた気がする。
気のせい……だと思いたい。
「うめぇぇぇぇ。」
川魚のわりに臭みもなく、淡白ながらも、すきっ腹にはとにかく美味。
「満足ぅぅぅぅ。」
焼いた魚の半分ほどを食べ、残りは四匹。
これもTシャツにくるむ。
ビワが少しと焼き魚。
このTシャツ、あとで着られるかなぁ……。
実りのある時間が過ぎ、また歩き始める。歩く、歩く、歩く。
今日はこの辺で勘弁してやろう。いや、疲れただけだ。
早めに移動を止めて、今夜の寝床を探す。ビワの木も探す。
残念ながら、ビワの木はなかったけれど、夜露をしのげそうな木はあった。
少し木がまばらになってきた気がする。
今夜の月も青……緑??何故??
やっぱり、ここは地球じゃない。
◆
翌朝もすっきりとお目覚め。大分慣れてきた……のか。
川で顔を洗い、昨夜食べずに残しておいたビワと焼き魚を食べる。
これで無くなった。
今日は食糧を探さなきゃ。肉……は無理か。
Tシャツを川で水洗い。乾燥を兼ねて頭にのせ、帽子代わり。
日射病予防。
今日も歩き始める。
気のせいじゃなく木が少なくなっている。洒落じゃないからね。
視界が開けた。目の前に草原が拡がる。
やったね。
「うおぉぉぉぉ。」
とりあえず叫んだ。景気づけじゃ。
目の前に拡がる草原。
森を抜けた。
何があるのか……分からん。
ま、いっか。考えても仕方ない。
少し戻って低い木に登り、草原に目をこらす。
左側は延々と森が続いており、右側にも少し森がある。
正面は草原。
だけど家らしきものは見えない。
畑らしきものもない。
「やっぱり人いないのかなぁ。」
だとするとヤバい。
自給自足??
生きる糧はどうしよう。
道具も無いし、漁も狩りもできない。
悲惨な未来が頭をよぎる。
ええぃ、くそ。
考えても仕方ないだろ。
無理やり自分を納得させ、移動することにした。
右側の森の尽きるところまで行ってみよう。
幸い川も傍を流れているし、決定。
森から出ても、やっぱり歩く、歩く、歩く。
いいかげん飽きてきたが歩くしかない。
腹も減ったし何かないかと探しながら、とにかく歩く。
川を見ると、魚はいるものの、下流になったせいか、川幅が拡がり少し深くなっている。
昨日の漁は無理っぽい。
かといって引き返す選択肢は……今のところない。
「あれっ、ウサギ?」
少し離れたところに白い小さな影が見える。
肉に見えた。
そっと近づいたが、やっぱり逃げられた。
早い。
あの逃げ足には追いつかない。
矢でも鉄砲でも……持ってない。
足元の草と草を結び、足を引っ掛ける罠を作ろう。
そこに追い込んで転んだやつを捕まえよう。
そう考えて作業を始める。
森に入って長めの枝を四本用意し、ウサギのいたところより低地となる場所に、十メートル位の正方形を描くように、四つの頂点となる場所に枝を突き立てる。
これを目印にして、正方形の中の草と草を結んでいく。
結構時間はかかったが何とかやりとげ、罠よりも高地となる、森のほうに移動する。
ウサギって高地から低地に向って追いかけた方が、足がもつれるはず。
なんか本で読んだ気がする。
待つことしばし。
ウサギはいねがぁ。
泣く子はいねがぁ……
いた。白い小さな影が……。
「うわあぁぁぁぁ、肉うぅぅぅ。」
大きな声を出して、罠を仕掛けてある正方形を描く枝に向って追い込む。
「あれっ。」
声に驚いたのか、周りからも何匹かウサギが逃げ出した。
結構いるじゃん。
こっちも驚いた。
見ると、やっぱり足がもつれている。
でも俺よりは早い。
二匹ほどが罠のある正方形に吸い込まれていく。
「よしっ。」
とつぶやいていたら、二匹とも正方形を通り過ぎて行った。
「はぁ、だめか。」
俺は猟師にも向いてないらしい。
落胆して、座り込んでしまった。
追いかけなくなった俺に安心したのか、二十メートルほど離れたところにウサギがいる。
馬鹿にされているような気がした。
「ええぃ、くそぉ。」
手元にあった石を掴んで、立ち上がってウサギに投げる。
当たるはずもなく、ウサギの頭上を通り過ぎて落ちた。
石に驚いたのかウサギがこちらに少し近づいた。
とはいえ十五メートルは離れている。
意地になった……
三つばかり石を掴んで、一度に投げる。
「どれか当たれぇ。」
二つは大分それていき、一つが近くにいく。
「もう少し左。」
そうつぶやいたら、石が左に曲がった。
でも、当たらなかった。
「カーブした??」
自慢じゃないが、帰宅部だった俺は子供のころの草野球くらいしか経験がない。
ボール投げも得意じゃない。
でも曲がったよなぁ。
また石を拾って、今度はウサギのいない方向に投げてみる。
少ししたところで、左と念じると、左に曲がった。
もう一度試してみる。
右と念じると、右に曲がった。
また試す。
下と念じると、フォークボールになった。
「すげぇ。」
夢中になった。
上と念じると飛距離が伸びた。
右、左、下、上と繰り返し練習する。
大き目の石は曲がらないことも分かった。
ウサギのいる方を向く。
「ふっ、覚悟しろよ。」
気分はガンマン。
小さめの石を掴んで、ウサギに向かって投げる。
念じる。投げる。念じる。投げる……
当たらない。
右往左往するウサギは可愛いが、そんなこと思っている場合じゃない。
何とかしないと飢えて死ぬ。
いい加減、手も痛い。
痛みに耐えつつ何度か繰り返す……
「やった??のか。」
何十回目か数えてないが、やっと一つ当たった。
うまい具合に頭に当たったようだ。近づくと動かなくなったウサギがいた。
思わず両手を合わせて拝んだ。
河原で適当な石を、大き目の石にぶつけて割った。
何度目かで鋭角な割れ目の石ができた。
水で洗いながら、石をナイフ代わりにウサギを解体する。
やったことはないが、なんとかなるものだ。
またひとつ経験値が上がった。
ファンファーレが欲しい。
森のあるほうに移動し、火を熾す。
「固えぇ。塩はねぇのかぁ。」
思ったほど美味くないが、とりあえず腹は満ちた。
ウサギさんに感謝……心から感謝。
落ち着いたところで考える。
さっきのは何だったのだろう。
石が曲がったよなぁ。
ものは試しと、河原から大きさの違う石をいくつか持ってくる。
地面に並べて、ひとつずつ試してみる。
さっき投げた位の大きさの石は地面の上で五センチほど動いた。
小さな石は十センチほど動いた。
大きな石は……揺れただけ。二つ同時は無理だった。
これって……
超能力かなぁ。
今までこんなことは無かった。
ま、ラッキーってことで考えるのは止めよう。
悩んでも分からん。
ポジティブ、ポジティブ。
気が付くと夕方になっていた。
今夜の月は緑から見慣れた黄色に変わっていた。
◆
この世界に来て、四日目の朝が来た。今日もサバイバル開始。
元の世界でも金がなくて、サバイバルみたいなものだったし、あっちは借金取りに追われる危機で、こっちは食の危機、基本は一緒。
そう思うことにしよう。
俺ってポジティブ~。
残ったウサギの肉をTシャツに包み、歩き始める。
右側に続く森が尽きるまで、もうあまり距離はない。
一時間ほど歩くと森が途切れ、隠れていた景色が拡がる。
「んっ、家?」
遠くに黒い塊が見える。
思わず目をこする。
間違いじゃない。
何かある。
あれを目指そう。
これで何とかなる、と思いたい。
疑問はあるが、気分は向上。
残っていたウサギの肉をたいらげ、目標に向かって歩き出す。
黒い塊は少しずつ大きくなり、家っぽい形に変わる。
どうやらこの世界にも家があり、文明と呼べるものが存在するらしい。
あとは住人が足の多いタコみたいな宇宙人でないことを祈ろう……。
ん??
人間じゃなかったらどうしよう。
急に不安になる。
このまま進んでいいのか。
分からないように、そっと近づいた方がいいのでは。
うかつに近づいて、餌にされたらたまらない。
そう考えて、座り込む。
今のところ見つかってはいない、はず。
まだ二、三百メートルは先だ。
こっちには武器も防具も無い。
いきなり襲われたら、どうしようもない。
そう思って、手近の石をいくつか拾ってポケットに入れた。
何もないよりはまし。
もっとも向こうが飛び道具でも持っていたら、お手上げだ。
友好的な人種?であることを祈ろう。
周りが草原であることを隠れ蓑にして、低い姿勢で移動する。
今のところ人らしき影は見えない……
この姿勢は疲れる。
腰が痛い。
五十メートルも進んでないのに嫌になる。
ちょっと休もう。
立って歩きたくなる。
人影が無けりゃいいのでは。
そうは思うが、もしってことがある。
ダメだ、やっぱりこのまま近づこう。
あと百メートル位まで近づいた。
座って様子を見る。
結構大きい家だ。
家の周りには立派な塀もあり、門もある。
ただ周辺に他の家はなく、ぽつんと佇む一軒家だ。
造りは田舎風とでも言おうか、奥行きは分からないが横に長い一階建ての木造で、屋根も瓦ではなく木造のように見える。
あまり文明的とは言えない。
車も無いみたいだし、あまり生活臭のある雰囲気ではない。
そう観察しながら目をこらしていると……
門の向うから影が出てきた。