第20章 ロング・リヴ・ロックンロール
十日間の訓練期間も終わり、今日から温泉三昧酒浸りの生活に入る。
ディックさんやハリスさん、町のメイデン組本部で働く二十人も、ドーゴ温泉にやってきた。
今日まで一生懸命働いてきた組員たちへのご褒美タイムの始まりだ。
メイデン組も総勢六十五人。
新たなこのドーゴ温泉を建て、今からは、もっと大きく、もっと楽しい組にしていこう。
もうすぐハリスさん夫妻にも子供ができる。
きっと他の夫婦にも子供ができ、組の中を走り回る小さな子供たちに、心が癒され、もっともっと明るい組になるだろう。
それを守っていかなきゃ。
この世界に来て、約一年。
本当に楽しいことばかりだ。
素晴らしい仲間たち、出会えてよかった。
本当にありがとう。
さぁ、飲むぞぉぉぉ~。
「「「乾杯~。」」」
昼間っから宴会だ。
酒も肴も十分ある。
あちこちで笑い声がする。
オリビアと見つめ合い、お互い笑顔で、そっと乾杯を繰り返す。
マーレイもリンダさんと、笑顔で乾杯している。
ディックさん、ブロンディさん夫妻、ハリスさん、マドンナさん夫妻、ブルースさん、クアトロさん夫妻も同じだ。
他の仲間たちも、皆このひと時を楽しんでいる。
古くからいる仲間も、新しく入った仲間も、皆溶け合って、笑顔になっている。
この素晴らしい世界がいつまでも続きますように。
そう祈らずにいられない。
ひとしきり騒いで飲んで、温泉に移動する。
露天風呂では、木桶を浮かべ、その上に酒を入れた木製の湯呑を置き、また飲む。
風呂から上がると、酔いがまわって、皆酔っ払いだ。
「リュージ、俺の酒が飲めねえのか~。」
うわ、またハリスさんがトラだ。
「はいはい、ご返杯。」
今日は気にせず徹底的に楽しむ。
俺もハリスさんも笑って飲む。
別のところでは、
「ほれ、一気にいけ~。」
ディックさんが、若い奴に飲ませている。
「「「いっき、いっき、いっき、いっき」」」
周りも煽る。
無茶苦茶だ。
「こら、やめろ、ワインに焼酎混ぜんじゃねえ。」
「やめろ、脱ぐな~。」
何をやっているのか。
普段真面目なブルースさんも騒いでいる。
クアトロさんに抱きつき、
「俺のものだからなぁ。」
誰を警戒しているのか。
「ガーファ、好きだよ~。」
サイモンは幼馴染を口説いている。
それを聞いてハリスさんが叫ぶ。
「オリビアが俺の初恋なんだ。いつも笑って俺の側にいてくれ。俺の嫁になってくれ~。」
やめろ、まだ覚えてんのか。
早く忘れろ。
「あんたは、そんな熱い言葉、私に言ってくれたことがあるの。」
やばい、マドンナさんが怖い。
そういやマドンナさんは酒飲んでない。
あれはジュースだ。
素面だ。
ハリスさんが固まった。
それやこれやで、夜はふけていく。
次の日も同じ。
その次の日も。
三日間飲み続けて、四日目は皆ダウン。
今日は静かだ……。
明日は俺とオリビアの結婚式。
◆
結婚式当日、仲間たちは朝からバタバタと動き回っている。
俺とオリビアは特にすることもなく、くつろいでいる。
もうすぐ、メイさんの手配した衣装も届く予定だ。
今日は午後から、衣装合わせをして、そのまま結婚式に突入する予定だ。
出席者はメイデン組の仲間たちだけなので、気を遣う必要もない。
飲んで食べて騒ぐ。
それだけだ。
神父も牧師も神主さんもいない、誓いの言葉もない、ただのお祭りだ。
この世界での結婚式は、お披露目だけすればいいと聞いている。
したがって、ただ、飲んで食べて騒げばいい。
気楽なものだ。
そうはいっても、二人とも緊張がないわけではない。
いつもの仲間たちしかいないが、今日が二人にとっての特別な一日であることに違いはない。
オリビアといる二人きりのこの空間も、いつもの甘い雰囲気ではなく、会話も少しぎこちない。
唯一の救いは、足元にすり寄ってくるケーキの存在だ。
目も開いてなかったケーキは、そこそこ大きくなっていて、俺とオリビアを結びつけてくれたキューピッドでもある子猫だ。
今もオリビアの足元で匂いを嗅ぎながら、頭をこすりつけている。
オリビアは白く細い手を伸ばし、ケーキを撫でている。
しみじみと幸せを感じる。
『みゃあ』
思えば、何度この鳴き声に邪魔されたことだろう。
いや、何度助けられたことだろう。
本当に俺とオリビアの招き猫だ。
二人に幸せを運んでくれた。
「ボス、メイさんが来ましたよ。」
扉の向こうから声がする。
早速衣装が届いたようだ。
俺とオリビアはケーキを抱いて、部屋を出た。
メイさんとブロンディさんが、大きな布に包まれた衣装を持ってやってくる。
そのまま、二人を部屋に招き入れ、今から衣装合わせだ。
メイさんが包みを解き、俺の衣装を取り出す。
中から純白のスーツが現れた。
「さあ、着てみてちょうだい。」
メイさんが言う。
俺は三人が後ろを向いたので、この場で着替え、声をかける。
「できたよ。」
三人が振り返る。
「リュージ、素敵。」
オリビアが目を潤ませる。
「馬子にも衣装だね。」
失礼だろ、ブロンディさん。
「サイズもピッタリだね。よかった、よかった。」
メイさん、ありがとう。
「じゃ、リュージさんは出て行っとくれ。」
えっ、オリビアの着替え見れないの?
「さあ、さあ、男は邪魔、邪魔。」
ブロンディさんに背中を押され、部屋から追い出された。
しょうがない。
外で待ってるか。
俺はそのまま食堂に向かった。
「おう、リュージ、なんだ、その格好は。似合わねえな。」
ハリスさん、結婚式なんだから仕方ないだろ。
少しは気を遣えよ。
「まあ、リュージさん、素敵ね。」
そうそう、マドンナさん、あなたが正しい。
仕事の合間に、次々と仲間たちが現れ、口々にひやかしていく。
男たちは皆、笑顔でキツイことを言う。
女性陣は優しい言葉をかけてくれる。
仲間たちと冗談を話している間にも、食堂の机には、次々と料理が並べられていく。
調理場からマーレイの大きな声が聞こえてくる。
マーレイありがとう。
ブロンディさんがやってきた。
「さあ、花嫁の準備ができたよ。こっちの準備もできたかな。」
ディックさんが口を開く。
「もうすぐできる。呼びに行くから、少し待ってくれ。」
いよいよ結婚式だ。
緊張してきた。
その前にオリビアの花嫁姿、見にいかなきゃ。
そう思って部屋に行こうとすると、
「まだダメよ。席に座って楽しみにしてて。」
そう言われて、仕方なくいつもの席に着く。
机いっぱいに料理が並び、イマリ焼のコップに酒が注がれていく。
「さあ、こっちもできたぞ。」
ディックさんがそう言って、ブロンディさんに伝えに行く。
仲間たちもそれぞれの席に座り始める。
調理をしてくれたマーレイや仲間たちも、調理場から出てきて席に着く。
緊張が高まる。
「みんな、花嫁の入場だよ。」
ディックさんとケーキを抱いたブロンディさんが入ってきて、その後ろにオリビアが見える。
うっ、美しい……。
白いベールを頭に載せ、胸元の少し空いた、輝くような純白のドレス。
レースのようなフリフリがドレスを彩り、薄いピンクの花柄の刺繍が長いスカートを飾る。
この世のものと思えない。
「オ、オリビア……。」
言葉が出てこない。
メイさんが、こちらを見て会釈した後、玄関に向かって行ったけど、目に入らない。
俺の目には、オリビアしか映らない。
頬を染めるオリビア……俺の、俺の、俺の天使が……女神になった。
「さあ、ボスとリュージの結婚式だぁぁぁぁ。」
ディックさんが高らかに叫ぶ。
「「「おめでとう~。」」」
仲間たちも大声で叫ぶ。
オリビアが俺の隣に座る。
俺の目は、まだオリビアに釘付けだ。
頬を染めたオリビアが笑う。
「リュージ、これからもずっとよろしくね。」
「あっ、あっ、うん。」
喉が渇いてカラカラだ。
ろくな返事ができない。
近くにあるコップを取り、ワインで喉を潤す。
「こら、リュージ、乾杯まだだぞ~。」
ディックさんから声が飛ぶ。
「えっ、あっ、ごめん。」
「まったく、しょうがねぇなぁ。よし、みんな、乾杯するぞ~。せえのぉ。」
「「「乾杯~~~。」」」
皆、一斉にコップをかざす。
皆が俺とオリビアを見ている。
俺は立ちあがる。
「み、みんな、今日はありがとう。俺とオリビアの結婚式を祝ってくれて、ありがとう。まだまだ未熟なふたりだけど、これからもよろしく。」
やっとのことで、そこまで言って皆を見る。
「似合わねえぞ~。」
「お似合いよ~。」
どっちなんだ。
「さあ、飲んで食ってくれ。今日の料理は、ほとんどリュージの考えたものだ。」
マーレイが大声で言う。
オリビアの前にある、脳みそソテーは違うからな……。
「リュージ、ありがとう。」
「こっちこそ、ありがとう。」
オリビアが眩しい。
皆が食べ始める。
「いつ食っても美味えなぁ。」
「リュージさん、すげえっす。」
「メイデン組に入ってよかった。」
思い思いの声が聞こえてくる。
皆食べるのに夢中だ。
少し落ち着いてきたので、俺はポケットに手を入れる。
ポケットの中に、着替えたときに移しておいた指輪があることを確認し、立ち上がる。
ちょっと恥ずかしいけど、やらなきゃ。
「ちょっと聞いてほしい。俺の国でする、結婚式の儀式なんだけど、皆の前でやろうと思う。」
皆が、俺たちを見る。
きょとんとしているオリビアを立たせる。
「これは、夫婦が揃って左手の薬指に同じ指輪をすることで、永遠の愛を誓うっていうものなんだ。」
皆にそう言って、俺はポケットから金の指輪を出す。
大きい方をオリビアに渡し、小さい方を俺が持つ。
「オリビア、お互いに相手の左手の薬指に指輪をはめるんだ。」
そう伝えて、俺はオリビアの左手を取り、薬指に指輪を通す。
一瞬考えて、オリビアも俺の左手を取り、薬指に指輪を通す。
「これで、二人は夫婦になった。」
オリビアの左手を取り、俺の左手と共に、皆にかざして見せる。
「おぉぉぉ、リュージ、やるときゃやるなぁ。」
「素敵~。お前さん私にも作っておくれよ。」
「恥ずかしくねえのかぁ。」
「おめでと~。」
色々な声が飛ぶ。
オリビアが涙目になって俺を見ている。
恥ずかしいけど、やってよかった。
さて、次だ。
机の隅に、用意してもらった小さな花束がある。
「マーレイ、リンダさん、こっちに来てくれるかな。」
二人を呼ぶ。
「オリビア、俺が言ったら、この花束をリンダさんに渡してあげて。」
オリビアに伝え、二人が来るのを待つ。
「さあ、オリビア渡して。」
オリビアが花束をリンダさんに差し出す。
リンダさんは訳が分からず、きょとんとしている。
「リンダさん、受け取って。」
俺が言うと、リンダさんがそっと花束を受け取った。
「これも俺の国のことだけど、新しい花嫁から花束を受け取った女性は、次に結婚できるって言い伝えがあるんだ。」
ホントは投げるんだけど、いいよね。
リンダさんが固まった。
顔がみるみる赤くなる。
ポカンとしていたマーレイが俺を見て笑顔になる。
「リュージ、ありがとう。確かに受け取った。次は俺たちだ。」
「「「うおぉぉぉぉ。」」」
脳筋たちが叫ぶ。
「さあ、俺の国の儀式は終わりだ。また飲んで食ってくれ。」
宴会は続く……どこまでも。
結婚式を終え、二人になった俺たちは、三階の新居で……初めての夜を迎えた。
ケーキの邪魔は入らなかった。