第18章 セイリング
うな丼を食べられてから五日が経過した。
屋敷で宣伝している板看板や、町中に貼ってあるポスターを見たお客様からの問い合わせが多く、もっと詳しく知りたいという要望が寄せられていた。
何故か、普段メイデン会に出入りしているお客様よりも、職人や商人の人気が高くなっていて、どうやら売り出したハンディモップが各家庭にいきわたり始めたことで、この商品を考えたメイデン組に興味をもった人が多いようだった。
一番問い合わせの多かったのは、卓球という遊びについてだった。
残念な気はしたが、卓球以外の質問も含む総問い合わせ件数は千五百件を超え、少し安心した。
来週からの予約受付が楽しみだ。
メイさんから、網が出来上がったとの連絡が入った。
俺は、オリビアとケーキとフリップを連れ、網を受け取った後、漁師村に行った。
久しぶりの海を見て、綺麗だというオリビアの笑顔は、今日も眩しく、連れてきてよかったと心から思った。
昼前に着いたが、漁師たちは夜が明ける前に漁に出て、今は村に帰っている時間なので、家にいるはずだ。
「こんにちは。その後ウナギ捕れてます?」
俺は、うな丼食べたさから、真っ先にそう聞いた。
「よお、また来たのか。残念ながら、そうそう釣れるもんじゃねえぞ。」
がっかりしたが、本来の目的である網を試してもらうことにした。
網は袋状になっており、袋の入口に太い縄をつけて、海の中を漁船で引っ張る構造にしている。
袋の入口が海の中で開くように、上側には木のウキ、下側には何ヶ所かオモリをつけてある。
これを二隻の船で引っ張ることで、袋の中に魚を入れて捕る仕組みだ。
漁師にこの網を見せ、使い方を説明した。
半信半疑な様子だったので、日当を出して雇うことにした。
念のため、船の漕ぎ手二人と網を操る三人を一隻に乗せ、合計十人の漁師を雇い、海に出てもらった。
待っている間、波に驚くケーキを見ながら、オリビアとつかの間のデートを楽しんだ。
一時間ほどたって船が戻ってきて、網を引き揚げると、色々な魚が入っていた。
ウナギはいなかったが、数多くのエビが入っていた。
漁師たちは普段釣れない時間帯に短い時間で多くの魚が捕れたことに驚き、網を考えた俺に、
「この網ってもん、すげえ。譲ってくれないか。」
と口々に言った。
俺はもともと、網を使って多くの魚を捕ってもらうつもりだったので、エビとウナギと鯛は、ハリソンさんを通じてメイデン組に売ってもらうことを条件に、無料で提供した。
漁師たちは、この条件を快く受け入れてくれた。
ただ二つ目以降の網は、自費で購入してもらうことにして、作成元であるメイさんのことを教えた。
二つ目以降の網を使った場合も、アイデア料としてメイデン組に魚を納めてくれることとなった。
俺の思いはひとつ……早くウナ丼が食べたい。
屋敷に戻る馬車の中では、オリビアの俺を見る目がさらに輝き、思わず馬車の中であることを忘れそうになった。
この後、ハリソンさんに届く魚が急激に増え、サイジでは肉食に魚食文化が加わり、各家庭の食卓のいろどりが増えた。
これも大陸全土に拡がっていくことになる。
次の日、またオリビアとケーキを連れて、建設中のドーゴ温泉に行った。
ちょうど別荘から温泉への道が開通したところで、馬車に乗ったまま温泉に行き、快適さを感じることができた。
温泉に着くと、本館は壁が張られ、しっかりとした屋敷の形になっていた。
まだ内壁の取り付け、全体の塗装、内装やヒノキ風呂の設置、水回りの整備など、いろいろと残しているが、予定より少し早く完成しそうだと、ロジャーさんから言われた。
また露天風呂は石組みが終わり、源泉と川の水を引き込む二つの水路も作動し、ほどよい温度のお湯で満たされた岩風呂が完成していた。
周りに誰もいなければ、このままオリビアと入りたい、そう思った。
帰りに別荘に寄り、休んでいた道作りの仲間たちを労い、疲れが取れるまで休んでいいことを伝え、大喜びされた後、次は養鶏場までの長い道作りをお願いし、大ブーイングが起こった。
まあ、やれるところまでやろう。
翌朝、いつものようにケーキに起こされ、食堂に向かう。
今日は結婚式の衣装を決める日だ。
朝から上機嫌のオリビアと朝食をとった後、フリップの馬車でメイさんのところに行った。
「おはよう。」
そういって店に入り、メイさんと話をする。
最初は俺の服からだ。
俺の好みも何も聞かれないまま、メイさんが俺の身体のサイズを測っただけで終わる。
服の希望を言おうとしたが、オリビアから任せてと言われ、何も言えなくなってしまった。
次がオリビアの番だが、メイさんはオリビアを隣の部屋に誘い、俺にここで待つように言った。
オリビアがすごく楽しそうに微笑んでいるので、俺は仕方なく待つことにした。
それから二時間……長えぇ、何やってんだ。まだかぁ。
いいかげん待ちくたびれていたころ、扉が開き、二人が出てきた。
「リュージ、おまたせ。」
文句を言おうとしたが、満面の天使の笑顔で見つめられ、俺の不満は雲散霧消した。
メイさんからは、頼んでいる布団がもうすぐ全部できると聞かされただけで、衣装についての説明は何もなかった。
帰りの馬車で、どんな衣装にしたのか聞いたが、内緒の一言で終わってしまった。
屋敷に帰ると、いくつか知らせが届いていた。
フレディさんからは宿泊施設に使うベッド、机、椅子が全て完成したとのことで、温泉完成後の納入まで置き場所が占拠されていて、これ以上何も依頼するなとのことだった。
ディーコンさんからは、もう一枚の鉄板は既に完成し、温泉に運び込まれていると、前に連絡がきていたが、その後追加で頼んだ大鍋を含む多くの調理道具が完成したことを伝えてきていた。
リンゴさんからは、柵も小屋も完成したため、明日から養鶏場に鶏を運び、飼い始めるとのことだった。
卵をどうするかの相談もあったので、しばらくは別荘で買い取ることを伝えておいた。
翌日の恒例の宴会では、マーレイが腕をふるう新しいメニューとして、タルタルソース添えエビフライが並び、皆で楽しんだ。
早速漁師村から大量のエビが届いたらしい。
週が明け、ドーゴ温泉予約受付が始まった。
気になって見に行くと、宿泊していたご贔屓のお客様が受付に並んでいた。
それを見て嬉しくなって、俺は並んでいるお客様にひとりひとり挨拶し、お礼を言ってまわった。
お客様からは期待の声が寄せられ、ますます嬉しくなった。
午前中だけで七十四人の予約が入った。
午後になって賭博場を開場したが、来店したお客様は博打より先に予約受付に並び、ここでも挨拶とお礼を述べ、期待の声をいただいた。
結局、今日一日の予約は三百五十七人。
明日からは少し減るだろうが、初日としては上出来だ。
次の日からも予約が入り続け、一週間で延べ千九百二十五人という、信じられないお客様の予約が取れた。
中には二泊三泊、多い方では五日連続という予約をされるお客様もいて、感謝の気持ちでいっぱいになった。
週末の宴会では、予想以上の予約が入ったことを皆で喜び、大騒ぎとなった。
マーレイの料理も磨きがかかり、新鮮な魚料理が多く並んでいた。
どうやらマーレイも魚の魅力に気がついたようだ。
温泉完成予定日は六日ほど早まり、あと四日となったが、当初の予定では、あと十日。
開業日は変えていないので、若干修正して、準備を進めた。
一日目は、温泉開業に向け、設備の抜けが無いかの確認作業をすることになっている。
料理に使う鍋や鉄板、各種調理道具、食事に使う食器、ナイフ、フォーク、スプーンなど全て用意してある。宿泊所の各部屋のベッド、机、椅子、布団に枕、灯りのろうそく、これも全てある。
賭博場の机、椅子、ルーレット、サイコロと大皿、抜かりはない。娯楽施設の卓球台、ピンポン玉、ラケット、これも大丈夫。
温泉で使うタオルも完璧。
これらの数量と、お客様の予約状況を照らし合わせ、不足のないことを、ひとつひとつホワイトボードに書きながら、確認した。
一通り終わって、あらためて自分がお客様になったつもりで、行動を想定し、道具を考える。
料理を食べ、部屋でくつろぎ、賭博をして、卓球をする。
お風呂に入り……あっ、しまった、風呂桶が無い。
あわててフレディさんのところに行き、無理を言って、早急に作ってもらえるよう頼み込んだ。
気がついてよかった。
二日目は、メイデン組組員を全員集め、それぞれの役割分担、および一人一人の行動予定を周知徹底する日だ。
料理はマーレイをリーダーとして、リンダさんを含む女性陣六人が担当。
注文から配膳は新人の男二人、女一人。
宿泊施設は受付に男一人、部屋係として男三人、女一人。
博打場はブルースさんクアトロさんと女一人が会場担当。
ルーレット五台サイコロ五台にディーラーが交代を入れて男が十二人。
卓球場に指導員が一人。
温泉担当に男一人、女一人。
全部の合計が、男二十二人女十一人の四十三人となる。
一人ずつ役割を確認し、日々の時間ごとの行動や休憩交代を含む勤務条件などを決め、徹底した。
もちろん道路工事をしていた仲間たちも昨日呼び戻している。
三日目は、明日完成となった温泉に予定通り設備が搬入されるよう、お願いしてある職人や商人に、確認してまわる日だ。
フレディさんに頼んだベッド、机、いす、ルーレット、卓球台にラケット。
メイさんに頼んだ布団と枕とピンポン玉。
ハリソンさんに頼んだ食材、リンゴさんの卵、ポールの山羊乳。
レノンさんに追加で頼んだイマリ焼の食器とイマリタオル。
全て書き出し、組員たちが確認に向かった。
四日目は、完成したドーゴ温泉を確認するために、現地に赴き、建物や各部屋の点検、および露天風呂の確認をすることにした。
隅々まで確認するため、別荘に泊まり、二日かけて確認する予定だ。
朝のうちに出発し、昼から職場を担当する者を中心に温泉の建物を見て回った。
見た目も強度も十分満足できる仕上がりで、磨き上げられた床や天井、壁など全く問題はなく、新築の木の香りが心地よかった。
桧風呂も外の露天岩風呂も、素晴らしい仕上がりで、早速今夜、皆で一番風呂を楽しむことにした。
オリビアに一緒に入らないかと誘ったが、まだダメと言われた。
まだってことは……うふっ。
夜は別荘で宴会し、翌日、建物をもう一度点検し、ロジャーさんに残金の七百ケルンを支払った。
その後、完成した道の具合や、養鶏場への道の進捗状況を確認し、明日到着予定の設備の搬入を待つことにした。
養鶏場や山羊牧場への道の続きは、別の業者に改めて頼むことにしよう。
六日目は、完成したドーゴ温泉に、必要な設備を搬入し、設置作業を行うことにしている。
設備や道具は、昼前くらいから徐々に搬入され、受け取り確認が終了次第、各部屋や倉庫に運び込み、適当に仮置きした。
整備と最終設置は明日の清掃後だ。
夕方近くまでかかって、全ての搬入、設置が終わった。
今夜も、オリビアに混浴を断られてしまった。
七日目は、昨日設置した設備の清掃や点検、および実際に使用して確認する日だ。
昨日仮置きした設備を確認しながら、各部屋を清掃し、決めていた場所に設置作業を行った。
設置完了後、使用するときの感触を確かめながら最終点検を行った。
今夜も、オリビアに……。
八日目は、賭博場や宿泊施設、調理場など、実際の場所で働く予定の者が、お客様が来たことを想定し、簡単な訓練を行う日だ。
調理に関しては、この後十日以上準備期間をとってあるので、今日中ということはないが、一応全ての器具、特に大きな鉄板を使った竈の使い勝手を確認した。
宿泊や博打については、もともとサイジの町で行っていることでもあり、特になにもなく終了した。
温泉は毎日入っているから、今更点検することもない。
卓球場の点検は遊びにしか見えなかった。
今夜も……。
九日目は、宿泊所や食堂で出す、全てのメニューを作り、試食と称して、皆のいままでの苦労をねぎらうことにした。
マーレイと調理場の皆は大変だったが、調理が終わるのを待って、全員で乾杯し、飲み食いした。
こうして机の上に並ぶメニューを見ると、マーレイの腕に感動すら覚え、同時に、一緒に開発したことなど、ひとつひとつの料理への思い出がよぎり、少ししょっぱい味がした。
今夜もオリビアと……まだって、いつなの。
本来の完成予定日であった今日は、全員が一日休みを取り、明日から始まる本格的な稼働訓練に備えることにした。
明日から十日間訓練し、その後結婚式に向けて、サイジの町も含め、メイデン組全てを休みにし、仲間たちと温泉を満喫し、五日間徹底的に騒ぐ予定だ。
今仲間たちは、思い思いの休日を過ごし、身体を休め、ドーゴ温泉は、終始笑顔に包まれている。
ウナギはまだ届かない……。