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第13章 マイ・ウェイ

 数日後、また、俺は考え込んでいた。


 町外れの温泉。

 どこまでお客様を引き寄せることができるだろうか。


 ものめずらしさで最初は来ていただけるだろう。

 でも宿泊施設全てが埋まるほど常に来るかどうかといえば難しい。


 規模はここの二倍を基準にしたので、客室は九十六ある。

 旅行目的になるから、夫婦や友人同志の利用を考え、部屋は全てダブルやツインに設計している。

 そのうち二十室を四人用にしていて、毎日二百三十二人のお客様を収容できる。


 それに、将来別荘を改修して五十室増やすと、三百人くらいになる。


 賭博場の規模はルーレットが六台、サイコロが六台で、百二十人を受け入れられるようにしてあり、全員が一度に賭博場に来るわけではないから、これで十分だと思う。

 部屋に余裕は持たせてあるので、まだ机を増やすことも可能だ。


 お客様が毎日満室であれば言うことはない。


 今現在、メイデン組の賭博場には毎日約四百人のお客様が来る。

 これは町中にあって近いからだし、実際宿泊されるお客様は五十室に六十名程度だ。


 この状態のままだと、鉱夫が多いこの町で、旅行気分で温泉に来たとしても客室が埋まるのは、週末とか限られた休みだけになるだろう。


 温泉を見つけたことに浮かれて少し早まったかもしれない。


 この世界の人はそもそも温泉を知らない。

 俺の経験からいうと、一度経験すると好きになる。

 多分これは間違いない。

 当然来たお客様はリピーターになる。

 それでも絶対数が足りないかもしれない。


 鉱夫以外のお客様も獲得しなければならない。

 そのためには、温泉と博打以外にも魅力が必要だし、宣伝も大事だ。


 今から準備しないと間に合わない。

 まずは魅力作りからだ。

 

 この世界にないものがいいだろう。


 何がいいかと考え始めたが、アイデアがまとまらず、悩んでいると、オリビアがやってきた。


「リュージ、今日は部屋にいたの?あれっ、なんか難しい顔してるよ。どうしたの?」


 昼間っから、ルーレットをジェフに任せて考え込んでいた俺に、オリビアが笑顔で語りかけてくる。


 今日も可愛い。


「いや、新しく作る温泉の魅力となるようなモノが、ほかにも何かできないかなと考えていたんだ。」

「そっか。ありがとね。いつも組の事、考えてくれて。」


 オリビアから何か提案する素振りはない。

 脳筋?

 ちがう、俺を信頼してくれているからだ。

 だっていつも笑顔で俺を見つめてくれるし。


「ちょっと行き詰ったから、気分転換しようとしていたとこだよ。」

「そっか、邪魔しちゃったかな。」


「最高の気分転換が向うからやってきたとこだよ。」

「えへへ。」


 うぅ、可愛い。

 手を引いて抱き寄せる……大分慣れた。

 ここのところ毎日だし。


 オリビアの柔らかい身体を十分に堪能して、ベッドに座る。


 『みゃあ』


 オリビアとのことが、うまく進んだのもお前のおかげだ。

 ケーキを撫でる。

 時々邪魔をするけど最高のペットだ。


「それで、何か考えついたの?」


 オリビアの問いかけに、俺は頭を整理する。


 さっき考えていたのは、食事の事だ。

 人間の三大欲である、食欲を馬鹿にしてはいけない。

 俺のいた地球では、美味しい店には常に行列ができていた。

 人間の食にかける情熱は半端ではない。


 ん?三大欲?あとなんだっけ。


 食欲、睡眠欲、性欲だったよな。

 金銭欲、昇進名誉欲ってのもあった気がする。


 そっか、人間の欲望を起点に考えればいいんだ。


 俺は迷宮を抜け出し、気持ちが明るくなってオリビアを見る。


「オリビア、最高だよ。」

「えっ、何が?どうしたの?」


 また、オリビアをそっと抱きよせる。

 間にいるケーキを潰さないように。


「オリビアと話してたら、考えがまとまってくる。ありがとう。」


 オリビアは何が何だか分からないという顔をしたが、それでもニッコリと最高の笑顔を見せてくれた。

 軽くキスをして、離れ、木の板を取ってきた。


 紙がないので、最近メモ代わりに使っている板だ。

 表面を磨いた後、白い塗料の上にルーレットと同じ半透明な光る液体を塗ってある。

 最近フレディさんにお願いして作ってもらったものだ。

 俺はこれをホワイトボードと呼んでいる。

 この上に筆で書いて、水に濡らした布で消す。

 結構便利だ。

 羊皮紙のようなゴツゴツしたものもあるが、書き難いし、金がかかる。

 作ってもらって正解だ。


 筆を取り出し、食欲、睡眠欲、性欲、金銭欲、昇進名誉欲と、間を開けて横に並べて書く。

 オリビアは黙ってそれを見ている。


 食欲の下に朝、昼、夜、おやつと並べて書く。


 睡眠欲の下にはベッドとひとつだけ書いた。


 性欲のとこにオリビアと書こうとしたがやめた。

 バニーちゃんと書いて×をつけた。

 メイデン組でこれはご法度だ、多分。

 オリビアが悪魔になるかもしれない。


 金銭欲の下に博打と書き、昇進名誉欲は×と印をつけた。


 お客様を昇進させてどうする……神様になったら大変だ。


 ひとつずつ整理していこう。


 性欲と昇進名誉欲は考えないことにして、金銭欲は本業の博打だから、この際置いておこう。

 残るのは食欲と睡眠欲だ。


 食欲の朝、昼、夜、おやつ……。


 朝……朝食……和食、洋食。


 和食はご飯にお味噌汁、納豆に漬物、焼き魚が定番か。

 納豆は好き嫌いもあるし外すとして、作り方も知らない。

 漬物に焼き魚……近くの川に魚はいる……なんとかなりそうだ。

 漬物は塩もあるし、これもできそうだ。


 次に洋食……パンにベーコン、スクランブルエッグ、野菜サラダ、果物ジュース……おお、全部この世界でなんとかなるものばかりだ。


 昼……麺類……ラーメン、うどん、パスタ……ラーメンは、今は無理か。

 うどんならすぐにできそうだ。

 パスタ……もできそうな気がする。


 夜……温泉と言えば名物料理……温泉卵、ダメだ、ひとつしか思いつかない……後回しにしよう。


 マーレイに相談して考えよう。


 おやつ……クッキーとスポンジケーキがある。

 いや、温泉でおやつ……ちがう、お土産だ。

 温泉まんじゅう、これしかない。

 おやつを消して、お土産と書き、その下に温泉まんじゅうと書き込んだ。


 頭の中が整理できたせいで結構思いつく。


 食事目的の温泉……いい、結構いい。


 次に睡眠欲。

 ベッド……フカフカの布団……これは必須だな。

 他にないかな。


 気持ちよく眠るには……寝る前に温泉……温泉……お湯で汗を流す……汗をかく……運動だ。

 なにか運動できるモノを用意する。

 温泉…………卓球だ。


 ここまできて、もう一度考え直す。


 博打……サイコロ、ルーレット……他に何かないか……競輪、競馬、競艇、パチンコ、スロット、ポーカー……前の五つは無理だが、トランプ?

 確かにこの世界には無い。

 考えてみる必要があるな。


 競馬……無理だ、金がかかりすぎる。

 騎手も馬も育てなければならない。

 待てよ……ドッグレース、これならできるかもしれない。


 次々と浮かぶアイデアをホワイトボードに書き込み、あらためて見る。


 結構あるもんだな。


 隣でオリビアがじっと見ている。


 そうか、俺の書く文字とこの世界の文字が違うから、読めないんだ。

 俺は海の向こうの国から来た旅行者ってことにしているので、文字が違っても疑問には思われていない。


 ホワイトボードに書いたことを、ひとつひとつ説明する。


 オリビアが抱きついてきた。


 ケーキが飛び上がって逃げる……邪魔者はいなくなった。


          ◆


 夜、マーレイと話をした。


 ホワイトボードを持って、俺の思いついた料理を、書かれている順に、ひとつずつ説明する。

 朝の和食はマーレイもすぐにできそうだと言った。

 洋食になって、火加減が難しいと言われた。

 確かにこの世界の料理の方法は、かまどに薪だ。

 ガスコンロのようにすぐに火加減が調整できるわけではない。


 あと朝食の目玉も必要だ。

 目玉焼きではない。

 何かひとつでいい。

 もう一度食べたいと思わせる何か……そうだ、パンだ。


 メイデン組は米が主食だが、町の中ではパンを売っていて、マーレイも時々作って食べている。

 それにこの世界のパンは、硬いし味も薄い。

 柔らかくして味を濃い目に……イースト菌……卵を混ぜる、何かを挟む……。


「マーレイ、イースト菌って知ってる?」

「知らない。何だそれ。」


「パンを焼く前に混ぜ込むと、パンが柔らかく仕上がるんだ。」

「そんな話、聞いたことがない。」


 無いのか……待てよ、イースト菌って酵母菌だよな。

 この世界に来て初日に食べた朝食が味噌汁っぽいものだったので、あの時の汁だと説明したからこそ、マーレイも味噌汁ができるって言ったはずだ。


「マーレイ、味噌汁って、どうやって作るんだ?」

「んなもん、お前が言う味噌だかなんだか知らないが、あの味を作り出す俺の特性の麦の調味料を混ぜるんだよ。」


 マーレイの作った調味料?

 なら発酵技術もあるはず。


「マーレイは、その調味料どうやって作ったんだ?」

「前に食べずに放っておいたら米にカビが生えて、もったいないし、少ししか生えてなかったから、カビ除けて食ったら珍しい味だったんで、それと塩を使って他の料理の調味料にしてたのさ。炊いた麦の味付けにと、それ混ぜて、その後また作ったこと忘れちまって何日か過ぎて気付いたら、あの味の調味料になってたんだよ。」


 失敗は成功の母……オッパイは……前に使ったからやめよう。


「マーレイ、お前ってホントにスゴい奴だなぁ。」


 その後、俺も詳しく知らないと断ったうえで、マーレイに麹菌や発酵のことを大雑把に説明し、なんとなくだが納得してもらった。


 次に、今でも愛飲している薄緑色の少し変わったワインを作る材料となる果物、マーレイの言うリドウという果物を、麹菌と混ぜて発酵させ、パン生地に練り込んで、パンを焼いて試すことを頼んだ。

 多分イースト菌みたいな働きになるだろう。


 その後、パンの焼き方についてマーレイから教えてもらった。

 パン生地をそのまま焼くマーレイのやり方以外に、生地を薄くのばして、味が薄めの良質な油を塗って折り畳み、またそれを伸ばして油を塗る、これを何度か繰り返して、層にしたパン生地を焼く、という方法を教え、試してもらうことにした。

 卵を混ぜることも提案した。


 次の日からマーレイは調理場に籠った。

 試行錯誤して、柔らかいパンとクロワッサンを作り上げることになるが、これは後日のことだ。


 あとは火加減……そうだ、町の職人に頼んで大き目の鉄板を作ってもらおう。

 右側だけ熱する構造のかまどにすれば、右が強火で左が弱火のかまどができるはずだ。

 これも実験しなきゃ。

 やること多いなぁ。


 昼食のうどんについては、小麦粉と水と塩を混ぜてパン生地より硬めにこねたものを、足で踏んでさらにこねて、時間をおいてから、伸ばして細長く切ってゆがくことを教え、だし汁は適当に合うものをマーレイに考えるようお願いした。


 パスタはうどんの要領で、混ぜるときに卵も使う麺だと教え、味付けは同じくマーレイに任せた。


 麺料理がこの世界には無かったため、後日こちらの方が目玉商品となる。


 夜の料理は、温泉卵の作り方だけ教え、後のメニューはマーレイに丸投げした。


 温泉まんじゅうは途中から話に加わったリンダさんにお願いし、マーレイとの共同作業になることを二人とも喜んでいた。

 宿泊施設部屋係だったリンダさんは、俺の一存で調理場マーレイ助手にしてあり、俺への信頼は厚い。

 いいことだ。


 俺の隣でオリビアが、私も料理覚えたいと口ごもる姿が可愛かった。

 また、俺の方が料理に詳しいと気付いて苦笑いする顔も、捨てがたかった。

 どっちも可愛い。


 翌日俺は、フレディさんに客室用のベッドを二百三十五台、机と椅子を百セット、ディーコンさんに大き目の鉄板二枚を注文し、その後、メイさんにフカフカの贅沢布団を上下三百セット注文した。


 次は卓球だ。


 卓球台とラケットはフレディさんに頼むとして、ピンポン玉が無理。

 何か他に代用品はないか……ボール……中に空気を入れることが、そもそも難しい。

 弾力のある素材……少々不格好でも丸くて弾むもの……中に羽毛入れて周りを皮で覆う……いいかも……メイさんのところに引き返そう。


「また来たのかい。何か忘れ物かい。」

「いや、そうじゃなくて、途中で思いついて、試しに作ってほしいものができたんだ。」

「まぁ、次から次と。あんたの頭、どうなってんだい。いいよ、言ってみな。」


 俺がピンポン玉の説明をすると、何に使うかも聞かず、引き受けてくれた。

 お試しで二個だけ頼んだので、世話になってるからと金も取られなかった。


 最近ハンディモップがすごいことになって潤っているらしい。


 そういや、俺のところに届く金も増えていたような……帰ったら見てみよう。

 その後、また引き返して、フレディさんに卓球台とラケットの試作を頼んだ。


 一日が終わり、考えたうちのドッグレースとトランプ以外は全て手をうった。

 ドッグレースは、今は手をつけるべきじゃない。

 規模が違いすぎる。

 人手が足りない。

 トランプはそもそも紙がない。

 プラスチックも当然ない。

 木や羊皮紙では無理だ。

 また思いついたら検討しよう。


 今夜もオリビアが隣にいる。俺の料理の知識に驚き、そのうち俺の考えた料理を作りたいと言ってくれた。

 健気だ。惚れ直す。


 おやすみのキスのあと、オリビアは自分の部屋に帰り、俺は眠りについた。


 あっ、ハンディモップの金、数え忘れた……眠る前に気がついた。


 数日たってメイさんから革製のピンポン玉が届いた。

 器用に丸く作られていて、縫い目も目立たない。

 見た目は黒いゴルフボール。

 一メートルくらいの高さから床に落とすと、十センチくらい弾んだ。

 弾力性はあまりないが、ちょっと遊ぶくらいはできるだろう。


 フレディさんからも、卓球台とラケットができたと連絡が入ったので、組の新人を使って、取りに行かせた。

 出来上がった卓球台は、表面が綺麗に磨かれていて、凸凹もなく満足できる仕上がりだった。

 ラケットはゴムのラバーがないので、木だけで作っていて、丸い羽子板みたいになっていた。


          ◆


「あぁ~、リュージ、ズル~い。」


 オリビアが可愛い声で、俺を非難する。


 作った卓球セットを試すために、食堂の一画に卓球台を置き、二人で遊んで、いや試験をしていた。

 弾力がないため力がいるが、気にするほどではなく、台の中央の仕切りも、ネットがないため木の板にしてあるが、これも十分役目を果たしている。


 オリビアも俺もすぐに慣れて、夢中になった。

 特にオリビアが。


「もう一回、もう一回。」


 何度聞いただろうか。

 俺もオリビアも汗を飛び散らせ、ラケットを振っていた。

 ピンポン玉に弾力がない分、運動になり、すぐに汗をかく。

 この後に温泉があれば、言うことはない。

 これは当たりかも。

 そう思った。


 何より汗で張り付いたオリビアの服が色っぽい……素敵だ、スケスケだ。


 その夜食堂には、汗にまみれたディックさんとハリスさんがいた。


 数年後、卓球はエメヒの国技になった。



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