第11章 チェンジ・ザ・ワールド
売り出されたクッキーとスポンジケーキは、思惑通り毎日売り切れた。
心配していたスポンジケーキは、試食したお客様が必ず買ってくれるため、商品が無いのに試食用だけが残るといった、変な商品となった。
宣伝効果は抜群で、1ヶ月先までスポンジケーキの予約は埋まっている。
クッキーもスポンジケーキも利益の二割を女性陣に還元したため、手間を惜しまず、毎日張り切って作ってくれている。
女性陣からの俺の人気もうなぎのぼりで、天使のヤキモチが可愛かった。
天使の料理の腕は……まだ内緒みたいだ。
俺は休日返上で働き、毎日、金勘定ばかりしていた。
「全然足りねえ~。」
この二週間で、博打と宿泊所の利益が二百十八万、クッキー、スポンジケーキが二割引いて十二万、ハンディモップはまだ売り出されていない。
お客様は毎日大入り満員だ。
頑張るしかないか。
博打でもう少し利益を上げることも考えたが、負けるお客様を増やすと、あっという間にお客様は来なくなるので、変えないでいこうと決めた。
利益率を上げるために、宿泊用客室の一割となる五室を、高級ベッド、黒いテーブル、磨き上げたフカフカ椅子に入れ替えて改修し、宿泊費を倍の一泊二千ケルンにした。
ぼったくりの気もするが、ゆっくり休めると喜んでくれるお客様も多く、満室状態が続いている。
週の利益は四万ほど上乗せされることになった。
宿泊所で出す夕食も特別コースを設け、普通なら宿泊費に含まれる夕食にプラス五百ケルン出すことで、豪華な肉料理を一品追加できるようにした。
一日当たり二十食くらい出て、毎日利益が七千ケルンほど上積みされた。
これも週に三万五千になる。
もちろん宿泊するお客様には、気を大きくして特別料理を注文していただけるよう、俺のルーレットでは手心が加えられている……これは極秘事項だ。
他に何かないか、俺は常に考えていた。
今までの施策で、週の利益は、博打宿泊で元を百万として、高級ベッド代四万、クッキーなどで十二万、料理で3万五千、合わせて約百二十万、月にして三百六十万、目標達成まであと九ヶ月。
少し短くなったが、まだだ。まだ足りない。
迷ったあげく、皆に相談し、マーレイをこちらに呼び寄せることにした。
餌はもちろんリンダさんだ……絶対釣れるはず。
別荘は、マーレイの次に器用なエマーソンを一人管理人として行かせることにした。
特に何かさせるわけじゃないし、十分つとまるだろう。
週の途中だったが、マーレイはそそくさとやってきた。
リンダさんに感謝。
俺はマーレイに、宿泊所で出す一食千ケルンの豪華特別フルコース料理や、お土産用の新しいお菓子を考えてもらい、料理も全て引き受けてくれるよう、頼んだ。
マーレイの助手としてリンダさんを付けた……策士だろ。
マーレイは、いつものように調理場に籠り、一週間もかからずにメニューを決めた。
皆で試食したが、十分に満足できる仕上がりとなっていた。
コースの中には天使の大好物の『ウサギの脳みそソテー』も入っていて、こればかり注文しないよう、天使にしっかりと釘をさしておいた。
コースの名前は、マーレイの反対を押し切って、俺は『シェフの気紛れコース』と名付けた。
こうしておけば、もし材料が切れても、シェフの気が変わったという理由で、マーレイなら別の材料できちんとコースを仕上げてくれるという俺の親心……ではない、単なる悪戯心があった。
お菓子は、クッキーに木の実や干した果物を混ぜることで種類を増やし、一日二百袋とした。
マーレイの横で微笑むリンダさんが天使に見えた……俺のじゃないけど。
週が明けて、マーレイの成果が試された。
俺たちは始めから数が出るとは期待していなかったが、最近メイデン組のやることが全て当たっていることもあり、お客様の期待は高かったようで、初日から完売、用意した食材は使い切ってしまった。
材料の仕入れの関係もあり、マーレイのコース料理は一日二十食限定とした。
最近『〇〇限定』で購買意欲を煽っている気がする……。
マーレイの料理や、新たなクッキーが加わったことで、一日の利益は、コース料理で一万二千、クッキーで五千増え、週にすると十七万増える見込みとなった。
この週に初めてハンディモップの取り分として金貨二枚が届いた。
組の資金は、今現在千八百四十万ケルン。
俺の小遣いが二百四十五万ケルン。
やっと二千万を超えたところ。まだまだだ。
俺は焦っていた。
お客様の気持ちが醒めないうちに次の手を打つ必要がある。
メイデン組を贔屓にしてくれるお客様が増えているのに、待たせてばかりいると、またパープル会に流れてしまう。
その夜、幹部を集め、今までの分析結果と、今後の方針について話した。
「リュージ、お前の頭の中どうなってるんだ?」
開口一番ディックさんが言う。
最近俺は、ディックさんとハリスさんが脳筋であることに気付いていた。
決して悪い意味ではない。
とにかくボスに忠実で、狼や虎なのにまるで忠犬ハチ公である。
天使も俺もこの二人が大好きだ。
「今がメイデン組にとって、最高の状態なのは分かってる。でもいつまでも続くわけじゃない。このままだといずれお客様にも飽きられる。そうなる前に次の手をうたないとダメだろ。」
「リュージが来てから、メイデン組は信じられないくらい発展した。仲間たちの懐も膨らんで、笑顔も絶えないし、金もドンドン入ってくる。皆、今の状態が続くことを願っている。でもそれじゃダメ、なんだな。」
俺とディックさんが話している。ハリスさんと天使は、黙って頷いている。
「うちは今、お客様を捌ききれていない。立ち見も多く、だんだん不満の声も大きくなっている。お客様を満足させ続けることが、メイデン組の責任だと思う。」
「そうだな。リュージの言う通りだ。だが、残念ながら俺達には何も思いつかん。頭はお前にまかせる。何でも言え。」
いや、そうじゃなくて、俺も思いつかないから相談したんだけど……。
天使が優しい声で言う。
「リュージ、あなたがきてから、うちは本当にすばらしい組に変わったの。皆で頑張ってなんとか組を続けていたときが嘘みたいに思えるの。私もなんでもするから、リュージの思うようにして。」
なんでもする……なんでも……なんでも……。
俺の頭がピンク色に染まる……そうじゃない、天使まで脳筋……?
「分かった。ありがとう。今後ともよろしく。」
結局、何の解決策もなく、丸投げされてしまった。
そう言うしかなかった。
俺が自分の部屋に戻ると、マーレイがやってきた。
「リュージ、ありがとな。」
ん?突然何だ?俺が怪訝な顔でマーレイを見ると、説明してくれた。
「いや、リンダとのこと、ありがとな。」
えっ、リンダ……呼び捨て?もう?
「で、リンダさんとはどうなんだよ。」
俺が話を振ると、惚気話が始まった……延々と。
途中で話を打ち切って、酒を取りに行くことにした。今夜は二人で飲み明かそう。
……俺も惚気てやる……。
「それでな、メイデン組はこのままじゃダメなんだよ。」
二人とも酔って、お互いの惚気話から、いつの間にか俺の愚痴話に変わっていた。
「はぁあ、どっかに温泉でもないかなぁ。」
「温泉?なんだそれ?」
マーレイは温泉を知らないらしい。
というかこの世界に温泉という概念は存在しないみたいだ。
「地面からお湯が出てるとこだよ。」
俺は酔っていたこともあって、適当に答える。
「地面からって、そんなもん聞いたことねえよ。川にならあるけどな。」
はいっ?マーレイさん、今なんておっしゃいました?
「川ってなんだよ。」
「別荘の近くの川に決まってんじゃん。」
えっ、えっ、ええ~っ……。
「おいっ、あの川、お湯が出るのか?」
「やめろ、おい、服を掴むな、離せ。」
俺は興奮して、マーレイに掴みかかっていた。
謝って、話を聞く。
酔いが醒めていた。
別荘近くの川に、熱いお湯の沸きだす所があり、水温が高く、魚もいない上に、川も濁って、匂いもあって、とにかく歓迎できない場所があるらしい。間違いない……。
次の日、俺はマーレイを伴って別荘に行った。
俺もマーレイも仕事は休みだ、無理やりに。
マーレイに案内されて、川に向かう。
確かに濁って少し硫黄の匂いのする温泉があった。
ここだ。ここにメイデン組の二つ目の拠点を作ろう。
町に帰って、そのことを報告したが、温泉が何か分かっていないため、不思議な顔をされたものの、仲間を数人別荘に連れていくことは許された。
マーレイはシェフとして町に残し、俺は仲間たち三人と別荘に向かった。
湧き出しているお湯の周辺の石を、火傷しないように注意しながら取り除き、別荘にあった鍬を使って掘り起こしていった。
少し掘ると、お湯の量が増えた。
掘削機のような便利な道具もないし、熱いので、ある程度掘ったところで止め、周りに杭を打ち、板で囲った。
石が邪魔して時間はかかったが、何とか川べりに四角い風呂らしきものができた。
この近くに宿を作った場合、このお湯を宿に引き込む方法を考えなければならないが、もしできなければ露天風呂にすればいいだけだ。
そう気楽に考えているうちに、お湯が溜まってきた。
ただ、熱くて入れたものじゃない。とりあえず源泉キープ……今日はここまで。
俺は町に帰り、また幹部を集めた。
「別荘の近くの川に、温泉があることが分かったよ。別荘の周辺って、勝手に家建てていいのかな?あそこの草原って誰かの持ち物?」
俺が聞くと、サイジの町自体が最南端の町であり、この先に町は無く、なおかつ別荘のある場所は町から離れていて不便なため、誰も行かない場所で、持ち主はいないとのことだった。
だからこそ隠れ家になっていると言われ、確かにそうだと思った。
ということは土地代無料、開発し放題。どこかの携帯電話か……。
今のうちに土地押さえて、町づくり……シ〇シティか……。
問題はどうやってお客様に来てもらうかだ。
問題が絞られてきたことで、俺は随分と気が楽になっていた。
その後、少し話をしたが、ここ最近は納税も滞りなく納め、領主とも穏便な関係が続いており、隠れ家自体の存在価値がなくなり、今は十日に一度の骨休めにしか使っていないとのことだ。
最悪、潰しても問題はない。
今まで悩み続けていたことに解決の糸口が見つかり、それが俺の表情にも出ていたらしい。
話が終わった後、天使が俺について部屋にきた。
「リュージ、なにかいいこと考えついたの?」
聞かれてポカンとしていると、顔に出ているとのことで、俺が今まで悩んでいたことや解決の糸口が見つかったことなどを話すと、天使は泣きそうな顔になって、
「ごめんなさい。私なにもできなくて。」
「いや、そうじゃない。俺が勝手にやってるだけだから。」
天使がますます泣きそうになる。
俺は天使の手を引いて、そのまま抱きしめた。
「俺は、俺を助けてくれたメイデン組の仲間たちを幸せにしたいんだ。というか、オリビア、君をもっともっと幸せにしたいんだ。」
「リュージ」
その夜……『みゃあ』……邪魔された。
俺は、天使が帰った後、ケーキをつついていた。
「次は邪魔するなよ。」
お客様をどうやって連れていくか?
最初のうちは、温泉をウリに保養目的のお手軽旅行コースから始めよう。
少しずつ認知度を上げていくしかない。
別荘も改造してサブの宿泊施設にすれば、集客数も多くなる。
となると、博打に温泉、もっと娯楽を増やす必要があるかな。
まだまだ色々やることが多いな……おやすみなさい。
俺はルーレットの前に立つのを止めていた。
信頼できる仲間たちがいる、任せても大丈夫。
それよりも俺にしかできないことをするべきだ。
この世界には建築家という存在はなく、大工に土木から建築、仕上げまで全て頼むことになる。
信頼できる大工をフレディさんに紹介してもらい、大工の棟梁であるロジャーさんに会った。
くやしいほどのイケ面だ。
土地代が無料になったため、少し早いかもしれないが、俺は一気に話を進めようと思っていた。
挨拶もそこそこに話をする。
温泉自体は理解されなかったが、川に湧き出る熱いお湯の事だと説明し、話を進めた。
別荘近くを流れる川の側に、今のメイデン組の二倍くらいの三階建ての屋敷を建てること、井戸を掘ること、屋敷に川から温泉の湯を引き込むこと、加えて川に囲いをして温泉を作ること、メイデン組の別荘を改修して宿泊施設にすることなどを伝え、概算の費用や期間を見積もってもらった。
ロジャーさんから色々と質問されそれに答えていくうちに、俺の頭も整理され、大まかな図面が引かれていく。
細かいことは信頼できると言われているロジャーさんに任せることにした。
俺は話に引き込まれ、ロジャーさんの腕に確信をもつようになっていた。
何日か見積もりにかかると言われ、お願いしてその場を去った。
俺は、屋敷に帰り、仲間たちみんなに新しい温泉宿の話をした。
ここでも温泉が何か聞かれたが、簡単な説明の後、できてからのお楽しみとお茶を濁した。
新しい職場ができることで、ただでさえ足りない人員をどうするかとか、誰が行き誰が残るのかとか、お客様が来るのかとか、いろいろと質問も出たものの、否定的な意見はなく、組の発展を喜ぶ声であふれていた。
本当に得難い仲間たちだ。
ディックさんからは、最近メイデン組が活気づいていることで、仲間に入れてほしいという人が増えてきており、対応に困っているとのことだったので、ハリスさんと一緒に面接してもらうことにした。
採用基準は任せるしかない。この世界の常識を詳しく知らない俺には無理だ。
でも全て良い方向に転がっている気がする。
……俺のチート能力って『全てハッピーになる』じゃないのかな。最近そう思う。
ハリスさんからは、ルーレットを譲ってほしいとパープル会から申し入れがあったことが告げられた。
フレディさんのところにパープル会が製作を依頼したところ、断られたとのことだ。
フレディさん以外の職人では、ボールベアリングも作れないし、真円に近い球体も作れない。
多分他の職人を使って真似をしようとしてできなかったんだろう。
律儀なフレディさんに感謝しよう。
これについては、後で幹部が決めることにして、皆の前での結論は出さなかった。
仲間たちの意見が分かれたためだ。
天使からは、皆へのねぎらいと感謝の言葉が述べられた。
……俺の天使……もう『俺の』って言ってもいいよね。
その後、幹部たちでパープル会について話した。
ルーレットを提供しない場合、うちの一人勝ちになるのは目に見えてるし、多分無いとは思うが、独占禁止法に引っかかっても困る。
何より抗争になれば勝ち目はない。
それなら今のうちに恩を売っておき、パープル会のルーレットからメイデン組が利益を得られるようにすればいいだけだ。
方法はある……十二倍の累乗じゃないからね。
パープル会に台数限定で、メイデン組からルーレットを貸し出す。
加えて使用料を毎日取る。
いざとなれば貸し出しを中止し、ルーレットを回収すればいい。
そうすることで猫に鈴がつく……猫……そういやケーキは、部屋でおとなしくしてるかな。
この意見に、皆が熱い賞賛の目を俺に向ける……男の目は要らん。
この方向でハリスさんにパープル会と話をつけてもらうことにした。
ちなみに、台数はうちと同じ三台、加えて練習用に一台、どちらからも使用料を取る。
隠し部屋で四台稼働されても分からないからだ。
一日の使用料は一台当たり、三万ケルン。
パープル会なら、一台は金貨専用にするだろうし、問題はないはずだ。
何しろ俺なら銀貨で一日十万稼ぐ。
多少なら値切られても構わないとハリスさんには伝えておいた。
うまくいけば何もしなくて毎週百万ケルン以上が転がり込む……濡れ手に粟じゃぁ。
今日も俺の部屋に天使が舞い降りる。
最近皆の噂に信憑性が増し、来る頻度が増えてきたような気がする……嬉しいけど。
「オリビア」
名前を呼ぶのも抵抗がなくなった。
手を取り、抱きしめるの……は無理、平静でいられない。
でも、することはする……キスまでだけど。
それ以上は、オリビアは許してくれそうだけど……ケーキが許さない。