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第10章 明日に架ける橋

その夜。俺は幸せに悶えていた。


 二回目のノルマ未達成どころか、大盤振る舞いで赤字だった。

 今までに負け込んでいたお客様を勝たせ、場の雰囲気で調子にのるお客様は凹ませた。


 みんなぁ~祝ってくれぃ、そんな気持ちだった。


 オリビアはあの後、部屋に戻ってしまい、姿を見ていない。


 もしかしたらオリビアも部屋でひとり悶えているかも……悶えていてほしい……いやらしい意味じゃないからね。


 この世界に来て、本当によかった。

 地球では恋も知らず、寄ってくるのは借金取り。


 今は、仕事も充実、支えてくれる仲間もいる、小さいながらチートな力もある。

 そして、オリビアがいる、天使がいる、オリビアがいる、天使がいる……


 『みゃあ』


 だからぁ……。


 翌朝、食堂にオリビアがいた。

 俺を見て赤くなってうつむく姿に、俺はまた悶えた。


 近くにいたディックさんがそれに気付き、ニヤッと笑った。


 新しいステージを迎える、そんな予感がした。


 俺はスゴく真面目に仕事した。

 気を抜くと、頭の中に天上から天使が舞い降りてくる。

 だから常に気を張り、仕事した。


 時々会場を見回るディックさんやハリスさんは、俺を見てニヤニヤしている。……やりづらい。


 大盤振る舞いした分は三日かけて取り戻し、その後はいつものペースで稼いだ。


 この週の利益は大きく目減りしたが、誰からも何も言われなかった。

 優しい気遣いに感謝……こら、ディック、ハリス、ニヤニヤすんじゃねえ。


 一週間が終わり、マーレイと俺たちは別荘に行った。


 今までと違って、馬車の見送りの中にリンダさんがいたのを俺は見逃さなかった。


 別荘では、マーレイが留守だったため、ややものたりない食事の並ぶ宴会だった。

 とはいえ、組の稼ぎが増えてから机に並ぶ料理はだんだん豪勢なものに変わっていてため、十分に満足した。


 なにより、俺の隣には赤くなった天使がいる。


 週が変わって、お得意様にクッキーが配られた。

 スポンジケーキは手間がかかるので、まだ出していない。

 とりあえず様子見だ。


 クッキーは大好評で、二度目からは、ここで食べずに家族におみやげとして持って帰るお客様も出てきた……いっそ笹の葉で包んだほうが似合いそうだ。


 お得意様以外の一部のお客様から文句が出たが、お試し期間ということで言い逃れた……くやしかったらお得意様になれ、ってね。


 将来、クッキーは一般開放して、スポンジケーキをお得意様専用にしよう。

 数も作れないから、言い訳もできる。


 この週の利益はクッキー目当てのお客様が増えたためか百二十万ケルンとまた新記録を樹立した。


 お客様は賭博場に溢れるばかりになり、全ての机は満席で、ルーレットの周りは立ち見状態だ。

 宿泊施設も稼働率百パーセント、仲間たちはこの世の春を謳歌していた。


 一方俺は、最近なんとなく天使に避けられている気がして、落ち込んでいた。


          ◆


「だめ、恥ずかしい。リュージの顔をまっすぐ見れない。」


 オリビアは、最近部屋に籠ることが多くなり、ひとり恥ずかしがっていた。


          ◆


 別荘から帰り、そろそろ増築も考えなければいけないと話し合った。

 ただそれには先立つものが無く、その気になればパープル会からせしめることも考えられるが、組織力にまだまだ差があり、あまり刺激的なことは避けなければいけないとのことで一致した。


 そんな時、パープル会のギラン会長とブラックモアがやってきた。


「いらっしゃいませ。ご無沙汰しております。」


 俺がそう言うと、ルーレット机にいた他のお客様はギラン会長に気付き、自分の金をかき集め、そそくさと去っていった……営業妨害だよ。


「悪いな。遊ばせてもらえるか。」

「はい。どんなお客様でも歓迎いたします。」


「ここは銀貨しかダメなのか?」

「はい。加えて、賭け金の上限は銀貨百枚までとなっております。」


 一応念押しする。

 多分知っているだろう。


「俺のとこじゃ制限無しで遊んだはずだよな。」

「はい。遊ばせていただきました。」

「なら、それで勝負しねえか。金ならくさるほどあるぞ。」


 ギラン会長の言葉を受け、ブラックモアが重そうな鞄を見せる。


「こちらには、そこまでお金はありません。」


 勝負となれば、勝つとは思っているが、絶対とは言い切れない。

 相手の能力がどうなっているのか、誰も知らないのだ。

 それに払いきれるだけの金がメイデン会に無いのも事実だ。


「じゃ、別のモノ賭けねえか?」

「と言いますと?」


 俺が聞くと、


「お前がここに来てから、うちの客は減る一方だ。見りゃ、このルーレットも考えたのはお前だろう。」


 言い訳できる雰囲気でもないので、俺は正直に認めた。


「なら、話は早え。俺が負けたらこの鞄の金をやる。俺が勝てば、お前がうちの会に入るってのは、どうだ。」


 ギラン会長は、鞄を開き、俺に見せる。

 大量の金貨が入っている。

 数千枚、見当がつかない。


 あたふたと駆けつけてきたディックさんも、目を見開いている。


「お客様、悪い冗談はおやめください。私にそんな値打ちはありませんよ。」

「ん?お前の支度金なら、三千万くらいだと思ったがな。」


 引き抜き?俺の値打ち三千万ケルン?日本円にして一億五千万円?

 ダメだ。

 俺は天使と生きる。

 その決意は揺らがない。


「いくら積まれても、移る気はありません。」


 横で笑っているディックさんを見て、信頼を感じ合う。


「うちのウサギ共も、お前の事、気に入ってるみたいだけどなぁ。」


 ウサギ共?……バニーちゃん?バニーちゃん?……少し心が揺らいだ。


 金がダメなら色仕掛け……金、女、権力、典型的パターンだな。

 なら次は、幹部取り立てだろう。


 ウサギの誘惑をはねのけると、やはり幹部待遇の条件も上乗せされた。


 一億五千万円+バニーちゃん数人+幹部待遇……悩……まない。天使が一番。


「申し訳ありません。どういった条件であれ、お断りさせていただきます。」

「そうか、なら仕方ねえな。ブラックモア、帰るぞ。」


 えっ、もう帰るの?何しに来たの?


 ギラン会長とブラックモアは、そのまま帰っていった。


「リュージ、なんで断った?三千万に女の子選び放題のパープル会幹部様だぜ。」


 ディックさんが笑って聞いてくる。分かってて聞くなよ。人が悪い狼だ……。


「俺はオリビアが一番ですから。」


 あえてボスを呼び捨てにした。


 ディックさん、このことちゃんとボスに報告しろよ。

 忘れるなよ。

 これも高等テクニックなんだぞ……多分。


 その夜、久しぶりに天使が部屋に来た。


「ありがとう。ディックから聞いたわ。」


 ……ディック、お前はやる奴だ。


 俺は天使を引き寄せ抱きしめた。

 一瞬身体が固くなったがすぐ緩み、天使は俺の背に両手を回してくれた。


「オリビア、好きだ。」

「リュージ、私もあなたが好き。」


 始めて聞く天使の囁き。

 俺はそのまま唇を近づけた。


 ……あれっ、『みゃあ』がない。


 ベッドに腰かけ、今後の事について話した。

 幹部に昇格して少し広い部屋に引越したため、俺の隣の部屋にはハリスさん夫妻がいる。


 これ以上のことはできない……また噂になる。


 パープル会の事はさておき、お客様の期待に応えるためにも、賭博場や宿泊施設を増やす必要がある。

 今の屋敷の建物は限界に近く、敷地には空地もあるが、遠方のお客様も多く、馬車のスペースを潰すことはできない。

 今の屋敷の改築や建て増しではしのげそうにない。

 そう考えると、新たに土地を探し、屋敷を建てる必要がある。


 新しい屋敷か……。


 新しく建てるなら別棟を設け、そこにオリビアと住む……ムフッ。


「リュージ、顔がいやらしいです。」


 なんで分かるの?


「い、いや。新しく建てるならオリビアと二人の家を……。」


 『みゃあ』


 ……ここでくるかぁ。


 オリビアは子猫のケーキを一撫でして、赤くなった顔で、


「それじゃ、行くね。」


 そう言って、俺の頬にキスして去っていった。


 頬が熱い……。


 でも真剣に考えないとなぁ。

 そう思いながらケーキと眠りに落ちた。


 翌日から俺は、メイデン組の経営状況を調べた。


 今の資産や、博打と宿泊に分けた最近の売り上げ、仲間たちへの報酬、食事や消耗品にかかる経費、国や町への税金など、細かくオリビアに聞いた。


 現在の資産は、建物が町の屋敷と別荘の二つ。

 別荘は売れそうにないが、この屋敷だと一千万ケルンくらいで売れるとのこと……ん、安くね?

 現金の貯蓄は千三百五十万ケルンまで伸びている。

 もちろん納めるべき税は別途取り分けてある。

 最近の売り上げは、ルーレットが好調なこともあって、博打が約百六十万、宿泊が五十室十日ぜんぶ埋まれば五十万、週に約二百十万ケルンとのことだ。

 あと、入場料や食事で二十万くらいあるが、今のところ微々たるもので、利益貢献まではしていない。

 仲間たちへの報酬は、最近は好調なため昇給していて……なんて優しい……週に全員で約二十七万ケルン……まだ安いかも……内訳は個人情報のため秘密だ。

 経費が週に約十六万ケルン。

 税金は、まだ徴税されていないが、国と町を合わせて三割とのことだ。


 売り上げ二百三十万での利益は、税を引いて約百十万になる。


 月に三百万稼ぐとして、オリビアとの新居はいつになるんだ……うがっ、頭が……。


 最近、場を読むことで鍛えられている俺の計算脳がパンクする。


 そういや、俺いくら持ってんだろ……数えると、金貨が百七十二枚あった……税金どうなるんだろ。

 自己申告制?分からん……明日、明日……。


 今日は寝るっ。


 翌日も考えた。

 仕事が終わって、ケーキと一緒に考えた。


 二号店を出すとなったら、お金がいくらかかるのか。

 ここが一千万、建物は古いから価値はない、とすれば一千万は土地代か。

 二号店の規模を二倍にするとして土地代二千万。

 相場は知らないが、建物が同額とすれば全部で四千万。

 新しく設置するルーレットや机二十台、それに調理場に宿泊施設や従業員の部屋の整備、準備資金で一千万くらいだろうか。


 ん?従業員?そうか新しく仲間を増やす必要もある、すぐには無理だから雇う必要がある……バニーちゃんも置きたい……天使が怖いからやめた方がいいかな。

 うちは庶民の店。庶民の……どこかに温泉ないのかな。


 この世界に来て七ヶ月、薪で沸かす簡単な風呂しか入っていない。

 温泉のこと、今度誰かに聞いてみよう。

 温泉宿もいいな。


 ……天使と二人でムフッ。


 『みゃあ』


 お前まで……お前、風呂、嫌いだろ。


 よし、決めた。目標額は五千万。

 パープル会との勝負でカッコつけて返さなきゃよかったかな……。

 ま、過ぎたことはしょうがない。

 今、組に千三百五十万、俺の手元に百七十万、合わせて約千五百万、週に百万稼いでも三十五週……一年かかるのかぁ……。

 ダメだ、他の方法考えなきゃ……


 今日は寝る。


 翌日、俺は食堂に女性陣を集めた。


「来週から、クッキーとスポンジケーキを商品として売りたいと思うんだけど、どうだろうか。」


 資金調達のためにはお得意様限定なんて言っていられない。

 スポンジケーキはまだ試していないが、クッキーはとにかく大人気だ。

 売るためには作らねばならず、女性陣の協力は欠かせない。


「売るのも作るのもいいけど、どれくらいの量がいるの?」


 ブロンディさんが聞いてくる。


「あまり多く売ると、飽きて後々売れなくなるから、毎日クッキーは五個セットが百袋、スポンジケーキは十個で考えてるけど、できるかな?」


 女性たちは顔を見合わせながら、頷く。


「それくらいなら大丈夫。」


 ブロンディさんが胸を張る。

 とにかく大きな胸を張る……いいんだけど……。


 俺はその後、材料費や作業量など確認した後、皆に説明を加える。


 クッキーは一袋二百ケルン、スポンジケーキはお高めの一個千ケルンで売ることにし、全部売れれば一日三万ケルン、黒砂糖が高いので、利益は半分の一万五千ケルン程度になることを伝えた……良心的な値段だ。


 スポンジケーキは、最初のうちは、小さく切って試食コーナーを置くことにした。


 もし毎日全部売れれば週に十五万の利益がでる。とにかく稼がなきゃ。


 小さなことからコツコツと……誰かが言っていた気がする。


「私も手伝わせてほしい。」


 天使が、初めて口を開いた。


「おや、珍しい。ボスは何もしなくていいんだよ。」


 マドンナさんが言う。


「でも、人手は足りてないし、り、料理も覚えたいし……。」


 終わりの方は声が小さくなり、俺には届かなかった。

 マドンナさんは俺を見て、クスッと笑いながら、


「そういうことかい。なら私が仕込んであげるよ。」


 ん、どういうこと……?


 女性陣は皆笑っている。天使は赤くなっていた。


 次に俺はクアトロさんを連れて、賭博場のブルースさんのところに行った。

 毎日の掃除の状況を確認するためだ。


 モップもハンディモップも重宝しているらしく、新しく何本か作られていた。

 特に、ハンディモップは改良され、以前の雑巾を切って張り付けたようなものではなく、先が羊の毛でできたフワフワしたものに変わっており、これで磨くとすぐに机がピカピカになるとのことだった。

 考えたのはクアトロさんだそうだ。


 俺はその羊の毛でできたハンディモップを一本貰って、町に出た。


「フレディさん、いますか?」


 久しぶりにフレディさんのところにやってきた。

 フレディさんはあれからも律儀に毎週金貨一枚を届けてくれている。

 この人なら信用できる。そう思っていた。


「よお、久しぶりに来たな。新しい注文か。」

「いえ、そうじゃなくて、これを見てほしいんですけど、作れませんか。」


 そういってハンディモップを渡す。

 掃除道具だと伝えると感心しきりで、フレディさんのところで取っ手は作れるが、毛先は無理だとのことで別の職人を紹介してくれた。


 紹介された美人で背の高いメイさんのところにフレディさんと一緒に行き、同じ説明をした。


「いいもの考えたね。で、何本作ってほしいんだい?」


 俺は作ってほしいわけではなく、これを作って町の皆に販売できないか相談した。


「えっ、もしかして、うちで作って売っていいのかい?」


 話に食いついた。

 あとは価格交渉だ。


「ええ、いいですよ。考えて作ってみて便利なことが分かったので、町のみんなの役に立てればと思って。でも大量に作ることやどうやって販売するかとかは素人なので、職人さんにお願いするのが一番かと。」

「わかった。全部引き受けるよ。」


 俺は材料費や手間賃を聞き、俺と二人の取り分を入れて価格を決めた。

 販売価格は一本七百ケルンとし、俺がアイデア料込みで二百、フレディさん、メイさんがそれぞれ百、販売店が百の取り分、残り二百が材料手間賃だ。おそらく材料や手間賃は水増ししてあるだろうから、二人の取り分はもっと多いはずだ。

 そのためか交渉はすんなり決定した。


 百本売れれば金貨二枚、人口五万のこの町で一万の家があるとして、いずれ各家庭に普及すれば、金貨二百枚が手に入る。


 ……小さなことからコツコツと。


 この後、大陸全土に広がり、その数十倍の金を生むとは誰も予想していなかった。



 この話も、やっと半分というところです。

 これからもお付き合いをお願いします。

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