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第9章 ラヴ・ミー・テンダー

 いつもの日常が戻ってきた。


 毎日ルーレットの前に立ち、毎日十万ケルンの荒稼ぎ。

 ルーレットが三台になったことで、お客様は以前の二倍に増えた。

 組の週の稼ぎは百万ケルンの大台を超え、組は毎日お祭り騒ぎ。


 俺の懐にも今までの稼ぎとして百万ケルン以上ある。


 あてにしていた印税は、フレディさんの実労働時間の関係であまり量産できず、毎週金貨一枚。

 ま、これでも月に三枚にはなるから、日本円なら十五万円が何もせずに入ってくる計算になり、文句は言えない。


 パープル会はその後音沙汰がなく、今のところ平穏無事。


 とはいえ、この前ペイスが偵察にきていて、巻き上げはしなかったが、ルーレットを見て驚いていた。

 そのうち真似して出してくるだろう。

 そうなったら、また直接乗り込んで、今度は十二倍の累乗の恐ろしさを味あわせてやろう……そう心に決めていた。

 金貨一枚が十二枚、十二枚が百四十四枚、たった五回当て続けるだけで二億ケルンになる。

 七回当て続ければ約三百億ケルンだ。


 破産させてやる……ぐふふ……黒い。


 それはともかく、別荘への行き帰り、天使と一緒の馬車なのが嬉しい。

 ディックさんとハリスさんが両方とも別荘に行くときは二人きりになれなかったが、それでも隣に天使がいるだけで嬉しい。

 行きの馬車を一緒にしているため、ウサギに悶える天使が見られないことだけが、心残りだ。


          ◆


『みゃあ』


 午前中の暇な時間に、屋敷の裏で石の的当ての練習をしていたら、どこからか鳴き声が聞こえてきた。


 辺りを見回したが、それらしき影はない。どうやら塀の外らしい。

 あわてて門から出て塀に沿って歩く。

 屋敷の裏に回ったところに材木が積まれていて、どうやらその隙間から聞こえてくる。

 二本ほど材木をずらすと小さな白い猫がいた。


 まだ生まれてすぐなのか目も開いていない。

 親猫を探したが、近くに隠れている様子もなく、子猫は震えている。


 離れてしばらく様子を見ていたが、親猫は帰ってこない。


「しょうがない、連れて帰るか。」


 俺は子猫のところに戻って、そっと抱き上げた。


 屋敷に戻って、俺の部屋に連れて帰った。

 震えているので、ベッドの布団に包んでおいた。


 部屋を出て調理場に行き、そこにいたマドンナさんに山羊乳を温めてもらった……牛乳ではない。


 というかマドンナさんって虎猫族だったよな……まさか子猫の親ってことはないよなぁ。


 頭を切り替えて、布の切れ端をもらい、洗ったあと、両方とも俺の部屋に持って帰った。

 子猫はまだ震えていて、か細い声で鳴いていた。


 俺は布の切れ端を山羊乳に浸し、子猫の口元に持って行った。

 嫌がって口を振って逃げようとするので、体を押さえて頭の後ろから口の両側をつかみ無理やり口を開く。

 身体を押さえていた手を離し、切れ端を掴んで口に入れた。

 山羊乳の味がしたのか、おとなしくなった。

 ひとしきり吸わせた後、山羊乳の入った湯呑を直接布に当て、傾けて浸み込ませた。

 少しこぼれて布団が濡れたが、気にせず飲ませた。

 何度か繰り返すうちに満足したのか、子猫は寝てしまった。


 子猫の震えは止まっていた。


 俺はそっと子猫に布団をかぶせ、部屋を出て仕事に向かった。


 夕方の休憩時間になって、また山羊乳をもらって部屋に戻ると、俺の部屋の前に天使がいた。


「リュージ、猫の声がするんだけど……。」


 やっぱり気付かれていた。

 ここってペット禁止なんだろうか……。


「裏で親とはぐれたみたいで、ほっとくと死にそうだったから、連れてきたんだ。」


 俺がそう言って部屋に入ろうとすると、天使もついてきた。


 ベッドの下にエロ本は隠してないから大丈夫……というか、この世界にそんなものはない。


 子猫は布団からはみ出し『みゃあみゃあ』鳴いていた。


「可愛い。」


 天使が天使になった……あれっ。


 俺は子猫を抱き上げ、昼の要領で布を口に含ませ、山羊乳を飲ませた。

 お腹がすいていたのか、またいっぱい飲んでくれた。

 子猫が落ち着いたので、


「勝手にごめん。ほっとけなくて。」


 俺が謝ると、天使は満面の笑顔で、


「優しいんですね。」


 俺を見つめている。やっぱ子猫より天使だ……。


「あっ、俺、仕事いかなきゃ……」


 そう言って子猫を布団に包もうとすると、


「しばらく猫ちゃんの相手してていい?」


 天使が両手を差し出してきたので、その上にそっと子猫をのせた。


「じゃあ、お願い。」


 そう言って、俺は部屋を出た。


 その後、天使と子猫が気になって、仕事に集中できず、初めて自己ノルマが達成できなかった……お客さんは喜んでいたから、まぁいぃか。


 急いで部屋に戻ると、俺のベッドに子猫と天使が寝ていた……。


 俺は音をたてないように椅子に座り、天使の寝顔を見ていた。


 気がつくと俺もそのまま寝ていたようで、明け方近くになって子猫の鳴き声で目が覚めた。


 天使も同じく子猫の鳴き声に起こされたようで、俺と目が合って、みるみるうちに顔が真っ赤になった。


「ごめんなさい、私……寝てた。今何時?」

「朝だよ。」

「えっ、ご、ごめんなさい。」


 こんな慌てた天使は初めてだ。


「大丈夫だよ。寝顔可愛かったし。」


 俺がそう言うと、さらに赤くなった。

 面白い。


『みゃあ』


 子猫が割り込む……空気読めよ……無理か。


「んじゃ、調理場から山羊乳取ってくるね。」


 俺は湯呑を持って、部屋を出た。

 山羊乳を温めて部屋に持って帰ると、少し落ち着いた天使が笑っていた。


「んじゃ、山羊乳あげよっか。」


 俺が子猫を押さえ口を開くと、天使が布を口に入れ、山羊乳を飲ませる……初めての共同作業です……ケーキ入刀ならよかったのに。


「リュージ、慣れてるね。」

「前に飼っていたからね。」

「そっか。」


 他愛のない、愛のある会話……。


「そろそろ私、部屋にもどるね。」

「あっ、この子猫飼っていいの?」

「いいよ。私も好きだし。時々貸してね。」

「俺がいない間、みててくれると助かる。」

「了解。」


 天使が俺の部屋にやってくることになった……エロ本隠さなきゃ……無いって。


 明け方俺の部屋から出ていく天使はしっかりと仲間に見られていて、組中を噂が駆け巡った……既成事実獲得……俺はレベルアップした……のか。


          ◆


 俺は子猫の名前を考えた。


 最初に浮かんだ名前の『シロ』は、犬みたいなのでやめた。

 次に浮かんだ『エンジェル』は、いいと思ったものの天使とかぶるし、呼んでて恥ずかしい。

 まさか『オリビア』とつけるわけにもいかない。


 さんざん迷った挙句、『ケーキ』に決めた。

 なんたって初めての共同作業、ケーキ入刀ならぬケーキ授乳だ。


 名前を決めて『ケーキ』と呼ぶと、応えるように……ならなかった……猫だし。

 成長したら『お手』を教えよう……猫には無理か。


 天使に『ケーキ』の名前の由来を聞かれたので、俺の国のお菓子だと言うと、食べたことがないと言われて驚いた。

 そういやこの世界に来て、お菓子を食べていないことに気がついた。


 俺は、ケーキと一緒に天使の馬車に乗り込んだ。

 今日から俺は、一週間休みをとって別荘だ。


 往きの馬車では、敷かれた絨毯の上をチョコチョコ歩く可愛いケーキを、天使と二人、笑って見ていた。

 幸せだ。


 別荘に着くと、マーレイが出迎えてくれ、ケーキを見せると、マーレイも笑っていた。

 猫アレルギーでなくてよかった。


 天使から今週も百万ケルン越えとの報告を聞いた後、いつもの宴会が始まる。


 宴会の間ケーキは天使の机の上にいて、愛嬌を振りまいていた。

 仲間たちはホオッという溜息を漏らしつつ、天使とケーキの組み合わせを笑顔で見ていた。

 同感だ。


 どっちも可愛い……でも天使の勝ち。


 翌日、ケーキを抱いて天使たちは町に帰っていた。


 一週間俺はケーキとお別れだ。

 天使が駄々をこねて手放さなかったためだ。

 天使のわがままを断ることなど、俺にできるはずがない。


 俺は、ブロンディさんとマドンナさんにお願いして、いくつかの食材を別荘に持ち込んでいた。

 料理好きのマーレイの手を借りて、お菓子を作るためだ。

 一週間の休みも、そのために取った。


 持ってきた食材の中で、入手が難しく困ったのは、この世界には塩はあるが砂糖がないということだった。

 この世界の住人は果物から甘みを摂取しているみたいだ。


 マドンナさんたちに色々と聞き、南の国にあるサトウキビから絞った黒砂糖ならあるということで、結局町の商売人から買った。

 非常に高価だったが、大量に入手した。

 俺は金持ちだ。


 ちなみに南の国というのは、俺が最初にいた森の奥に見えた、高い山々の向うにあるトサコという国らしい。

 相当離れており、山を迂回して、馬車で二週間以上かかるとのことで、あの時、山の方に向かって行かなくてよかったと、しみじみ思った。


 休み初日は、クッキー造りに挑戦した。


 メイデン組は米が主食だが、町ではパンも売られていて、小麦粉の入手は簡単だった。

 大量に小麦粉を持ち込んだが、マーレイは時々パンを焼いているとのことで、別荘には既に小麦粉があり、少し残念だった。


 ただ、パンを焼くマーレイ手作りのパン専用焼き窯があり、重宝した。

 これがなかったら、俺はどうすればよかったのか、そこまで考えていなかった。

 マーレイの食にかける情熱が半端ではないことに感謝。


 マーレイと一緒に、小麦粉と卵と山羊乳と黒砂糖を混ぜ、クッキーの下地をこね、焼き窯に入れる。

 といっても作ったのはほとんどマーレイで、俺が手を出すと怒られた……俺は口だけだ……いつもじゃない。

 焼きあがったクッキーはサクサク感が足りないものの、十分満足できるレベルで、さすがマーレイ、面目躍如といったところだ。


 マーレイは、こんなやり方もあったのかとクッキーの作り方に感心していたが、俺と違って味には満足していないようだった……食に妥協しない男、その名はマーレイ……なんだかなぁ。


 次の日、マーレイがクッキーをもう少し工夫すると言うので、俺は森に行って、竹を探し、何本か切って別荘に持って帰った。

 ナイフを借りて、竹の断面を細かく刻んでササラにし、火で少し炙って、茶筅を作った。

 抹茶を入れるときに使われる道具だ。


 一日の作業はここまでだった。


 この日のクッキーはさらに美味しくなっていて、さすがマーレイと、褒めると照れていた。


 可愛……くはない。


 また次の日、俺は作った茶筅をマーレイに見せ、使い方を教えた。

 卵の白身だけを分けて取り、茶筅でシャカシャカと混ぜる。

 根気よく時間をかけて、泡が立つまで混ぜる。黒砂糖も加えて更に混ぜ続け、ツノが立つまで混ぜてもらった。

 重労働だが、新しい味に挑戦するマーレイは疲れを気にすることもなく、メレンゲが出来た。

 出来上がったメレンゲに、残った卵の黄身を泡立てたものと山羊乳と小麦粉と黒砂糖を混ぜ、またシャカシャカしてから、窯で焼いた。


 食感は今までになく柔らかいと言われたが、それぞれの分量が違うのか、味は物足りなかった。

 またマーレイの出番だ。


 マーレイは調理場から出てこない……暇だ。

 食事の時に顔は合わすものの進展を教えてくれることもなく、三日が過ぎた。


 マーレイに呼ばれ、調理場に行くと、『食え』といって出されたそれは、スポンジケーキだった。

 美味い……俺はマーレイを尊敬した……スゴい奴だ。


 パティシエ・マーレイが誕生した。


 フルーツを組み合わせて焼くことも教えると、またマーレイは調理場に籠った……引き籠りマーレイ……。


 道の向うに馬車が見えてきた。


 今回はウサギもある。

 クッキーもある。

 スポンジケーキもある。


 驚く天使を早く見たい。


 子猫のケーキを抱いて、天使が馬車から降りてくる。


 ややこしい……別の名前にすればよかったと少し後悔。


 天使は出迎えた俺を見て、満面の笑顔になる。

 俺の目に映る笑顔も素晴らしいが、俺を見て笑顔になってくれることが嬉しい。


「久しぶり。」


 子猫を見つめ、俺がいない間に目の開いたケーキを撫でると、天使が少し拗ねた顔になる。


 いい……すごくいい。


 俺は皆をそのまま食堂に案内する。

 机の上にはマーレイ自信作のクッキーとケーキと紅茶もどきを並べてある。


「みんな、お疲れさま。俺の一週間の休みの間、頑張ってくれてありがとう。」


 幹部に認められてから、皆の前で話すことも増えていて、俺は堂々と言った。


「今日は、マーレイに無理言って、新しい料理を作ってもらった。宴会に入る前に試してほしい。丸くて小さい方がクッキー、四角い大きい方がスポンジケーキだ。お茶を飲みながら食べて、あとで感想を聞かせてほしい。じゃあ、食べてくれ。」


 怪訝そうな顔をして皆がお菓子を口に運ぶ。

 部屋のあちこちで、これは何だとか、うめぇとか、甘いとか、柔らかいとか、感嘆の声が聞こえてくる。

 高評価のようだ。


 天使を見ると、幸せにとろけるような顔をしていた。

 作ってよかった……いや、作ったのはマーレイだ。


「どうだ。美味いだろ。マーレイがこの一週間調理場に籠って開発した自信作だ。」


 皆がマーレイを見て、感謝と尊敬の顔になる。

 天使も笑っている。

 マーレイは照れ臭そうにしている。喜んでくれて何よりだ。


「さて、宴会といこうか。調理場から皆で料理を運んでくれ。」


 皆がわらわらと移動し、あっという間に宴会準備が整った。

 俺がいつものマーレイの隣の席に行こうとすると、周りから、


「リュージさん、遠慮するこたねぇよ。ボスの隣に行けよ。」


と、囃したてられた。

 ハリスさんがニヤニヤして見ている。


 えっ、何で……?? 俺はこの時まで噂になっていることを知らなかった。


 天使は知っていたらしく、赤くなりながら俺に隣に座るよう言ってきた。


 いいの?ホントに?これってドッキリ?カメラはどこだ?などと思いつつ、天使の隣に椅子を持って行った。


「この前の朝、あなたの部屋から私が出るとこを見ていた誰かが勘違いして、今、組の中で噂になっているの。」


 天使が囁いてくる。

 そういうことか。

 でも隣に座らせてくれたってことは、否定してないの?いいの??

 俺は天上に舞い上がった。天使が隣だ。天上だから当たり前……えっ、えっ、えっ。


『みゃあ』


 空気読めよ、お前……。


 天使が話し始める。

 いつもの定例報告だ。

 若干収支が落ち込むもののたいしたことはなく、皆がんばっているみたいだ。

 乾杯のあと、いつもの馬鹿騒ぎが始まる。


 俺は舞い上がって、何を話したか覚えていない。


 ただ、ウサギの脳みそソテーが酒に合う肴だということだけは分かった。


 宴会の後、天使とハリスさんに提案し、クッキーとスポンジケーキを、お得意様限定にした上で、町の賭博場で出すことを決め、明日から一週間、マーレイを町に連れていくことにした。


 その間の別荘の管理は、今回来ている仲間の中から、念のため二人を残すことにした。


 翌日俺たちは町に帰った。


「おや、マーレイ、久しぶりだねぇ。」


 ブレンディさんとマドンナさんが、真っ先に気付いて声をかけてくる。

 そういや町の女性陣って天使以外は別荘に行ってないよなぁ。

 今更のように俺は気付いた。

 ま、別荘での食事はマーレイ、町の屋敷の食事は女性陣担当だから仕方ないけど、たまには女性陣にも楽させてあげなきゃとか、俺は考えていた。


「今回はマーレイが特別料理を作って、こっちのみんなにも食べさせるために来てもらったんだ。そのあと、店でも出すから、作り方も覚えてほしい。」


 俺が女性陣にそう伝えると、


「てことは、料理は期待できそうだね。楽しみだ。」


マドンナさんがうんうんと頷きながら答える。


「じゃ、後はマーレイ、よろしく。」


 俺はそう言って、十日ぶりにルーレットに向かった。


 店を閉めて、その夜、天使と俺たち幹部三人とマーレイ、加えて女性陣五人が食堂に集まった。


 女性陣はマドンナさん、ブレンディさん、クアトロさんと、あまり話したことのない二人だ。

 マーレイが時々チラチラと見ている方がおそらくリンダさんだろう。

 前に応援するって、酔って言った覚えがあった……今まで忘れていたけど。


「今日もお疲れさま。いつもがんばってくれている感謝も込めて、今日は試食会をすることにしました。別荘でマーレイが何度も失敗しながら工夫して作ってくれました。食べてみてください。」


 仕切りは俺だ。

 最近仕切る機会が増えている気がするけど、気にしないでおこう。


 皆の前には、クッキーと桃らしき果物を載せたスポンジケーキ、それと紅茶もどきやワインなどの軽い飲み物が並んでいる。


 季節は秋になり、最近の食事には果物が出されることが多い。


 スポンジケーキに載っている果物は、前に俺が言ったことを覚えていて、その後マーレイが工夫した結果だと思われる。


「「「いただきま~す。」」」


 女性陣の声が響き、あちこちから感嘆の声が聞こえる。どうやら成功だ。


「作り方はマーレイが教えてくれるから、店でも出すし、時々は皆でお茶会してもいいと思う。いつも皆さんありがとう。」


 俺はそう言って立ち上がり、思い思いにお菓子を楽しむ女性たちのところに行った。


「あまり話したことないけど、あなたがリンダさんかな?」


 マーレイがチラ見していた女性の耳元に近づき、俺は小さな声で言った。

 女性が頷くのを確認し、


「このお菓子、マーレイが君に食べさせるんだと言って、張り切って作ってたんだよ。」


 俺はマーレイが言ってもいないことを囁いた。

 嘘だけど、嘘じゃないよね。俺はマーレイの心の声を聴いた。だから嘘じゃない……多分……。


 リンダさんは見る間に赤くなった。


 マーレイと天使が俺をにらんでいた……あとでフォローしなきゃ。


 翌朝になって、マーレイの料理教室が開講された。

 何故か宿泊施設の部屋係だったはずのリンダさんも生徒になっている。


 あの後マーレイには事情を説明したが、うまくいったんだろうか。今度聞いてみよう。

 女生徒?たちは嬉々として受講していた。

 このままうまくいきそうだ。

 がんばれ、マーレイ。


 俺の部屋に戻ると、天使がケーキと遊んでいた。俺を見ると怒った顔で、


「あれは、どういうことですか。」


 そう、リンダさんを真っ赤にしたあと、急いでマーレイには事情を伝えたが、その間に天使は怒って部屋に閉じこもってしまったため、何も説明できていなかった。


「誤解しないで聞いてほしいんだけど……。」

「どういうことですか。」


 俺が説明しかけると、すぐに言葉をはさんでくる。相当怒っているみたいだ……。


「えっと、マーレイがリンダさんを好きで……。」

「それなのに、どうして。」


 いや、だから話、聞いてよ……。


「それで、あのクッキーやスポンジケーキは、マーレイがリンダさんに食べさせるために作ったと、リンダさんに言ったんだよ。」


 天使がきょとんとした顔になった。悪魔が天使に変わる……。


「えっ、えっ、わ、わたし誤解してたの。」


 今度は戸惑っている。


「マーレイには世話になりっぱなしだから、リンダさんとの仲を何とかできないかと考えて、それで……。」

「ご、ご、ごめんなさい。」

「い、いいよ。さっき見たら、リンダさんもマーレイの料理、習ってたみたいだし、うまくいきそうな雰囲気だったから。」


 今の天使は泣きそうだ。百面相も可愛い……けど、


「大丈夫。オリビアのヤキモチだったら、嬉しいし……。」


 俺は言葉を続ける。


「俺がオリビアを好き……だけじゃなくて、オリビアも俺の事、気にしてくれてるって分かったから……。」


 天使が潤んだ目で俺を見る。


「リュージ……」


 俺はオリビアに顔を近づける。

 天使はそっと目を閉じた……。


 『みゃあ』


 ……だから空気読めよ……。



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