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第8章 スモーク・オン・ザ・ウォーター

 町に戻ると、ルーレットの二台目が完成していた。

 一台目と同じ丁寧で美しい仕上がりだった。

 フレディさんに金貨二十四枚を先払いし、もう二台追加で注文した。


 すぐに現場に出すことはせず、当初の目的通り練習用として部屋に置き、何人かを交代で訓練した。

 担当ディーラー育成のためである。

 それから毎日コロコロと玉の鳴る音が絶えることはなかった。


 一週間が過ぎ、三台目のルーレットがやってきた。


 一台を銀貨専用とし、俺が担当する。

 新しく設置された一台は、銅貨専用で仲間のエリックとジェフが交代で担当することにした。

 練習場での結果から、この二人が抜きんでて上達していたからだ。

 もう一台増えたときにこの二人がそれぞれ担当することも決まっていた。

 とはいえ次の交代要員の育成も続けている。

 でなきゃ休みが取れない。


 ルーレットの前に立った俺は、いつものように、お客様の顔を見ながら適度に楽しませ、適度に巻き上げていった。

 掛け金テーブルが一度で目視できるため、掛け金の少ない空きのある数がすぐに分かり、出す目を選ぶのは簡単だった。

 このため、俺はストレスなく余裕を持って操作できた。


 ルーレットの普及を図る目的もあって、毎日の自己ノルマは、六万ケルンに決め、五人に一人は勝って帰すことにした。

 このためか、人気は上がる一方で、常に満員御礼、次々とお客様がやってくる。


 店の入場者数も五割増しで、口込みの宣伝が町の酒場で語られているとのことだった。


 次の週に、メイデン組のルーレットは三台となり、サイコロ五台と合わせ、博打場の新装開店が始まった。


 今日も銀貨専用のルーレットに俺は立っていた。

 自己ノルマは十万ケルンに上げた。

 ルーレットが三台に増えたためか、無理して銀貨専用に来ていたとみられるお客様が銅貨専用の方に流れ、俺の机は少しだけお客様が減った。

 ただこれは、立ち見が無くなったというだけで、影響はない。


 ルーレット三台は常に満席、サイコロ机の方も盛況、メイデン組の仲間たちに笑顔が絶えるときはなかった。


          ◆


 別荘に天使と同じ馬車で向かっている……幹部だから。


「リュージ、本当にありがとうね。今週の利益は九十八万、また新記録よ。全部リュージのおかげだね。」


 俺は照れつつも、


「そんなことない。皆が頑張ってるからだよ。それにボスの笑顔が、皆を何より元気にさせてる。これが一番でしょ。」


 天使の頬が緩む。


「ありがと。でもリュージがいたから、ここまでできた。それとボスって呼ぶの、やめてほしいな。」

 な、なんですとぉぉぉぉぉぉ。

「えっ、どう呼べば……。」


「オリビアでいいよ。」


 こ、この展開は……。


「じ、じゃあ、オ、オ、オリビア。」


 俺の顔が赤くなる……


「はいっ。」


 天使の顔も赤くなる……


「ウォッホン。」


 ディックさんが、とてつもなくわざとらしい咳をする。


 だから邪魔ぁぁぁぁぁぁ。


 なんとなく空気が醒めて、お互いに下を向く。ま、次回に期待しよう。


 別荘での一夜も明け、町に戻る。

 今回も、天使のウサギに向けた笑顔は無し。

 マーレイが『最近、登場回数が少ない』とボヤいていた……かどうかは定かではない。


          ◆


 昨夜、オリビアは自室のベッドで眠りにつく前、馬車の中の事を思い出していた。


「リュージから、オリビアって呼んでもらえた。」


 自然と笑みがこぼれ、頬が赤くなっていた。


「夢に、リュージがでてこないかな。」


 いつのまにか、幸せな気持ちに包まれ、眠っていた。


          ◆


 ルーレットの前で、お客様の溜息や歓声が響く。

 今日も商売繁盛、笹持ってこいだ。


 このお客様たち、どこで稼いできてるんだろ。

 仲間に聞くと、サイジの町は首都から離れているにも関わらず、すぐ近くに銅の産地として大きなニハマ鉱山があり、シコクン大陸で産出される銅のほとんどを賄っており、小さいながらも豊かな町とのことだった。

 お客様も鉱山関係者が多く、銀貨専門机に来るのは会社のお偉いさん、銅貨専門机は鉱夫たちということだった。

 この他にも町の商人や職人たちも、来ているようだ。


 前に話し合った人事課題と企画課題は解決の目途が立ったので、残る渉外課題のパープル会について、話し合った。

 『敵を知り己を知れば……』ってことで、まずは先方の状況把握を先にし、一度様子見のため、ディックさん、ハリスさん、俺の三人で遊びに行くことにした。

 遊び名目の仕事……仕事名目の遊びではない、断じてない。


 翌日三人で明るいうちにパープル会へと赴く。


「うちより、でけえ。」


 そこにはメイデン組の三倍ほどはある敷地に、三階建ての屋敷があった。


「リュージ、見とれてないで、入るぞ。」


 ハリスさんに促され、一緒に門をくぐる。

 パープル会はこの町一番の組織で、天使に代替わりして成長著しいメイデン組を、最近なにかと目の敵にしているとのことだ。


 許さない……俺の天使を。そう決意した。

 大きな扉を開き、屋敷の中に入る。


「いらっしゃいませ……ってお前らか。メイデン組の幹部が雁首並べて、何の用だ。」


 挨拶だ……ホントにご挨拶だ。

 笑顔をひきつらせたロードがそこにいた。


「遊びに来ただけだよ。どこぞの誰かと違って、大金のプレゼントを持ってきたわけじゃねえよ。」


 ハリスさん、少し押さえてくれよ……。

 今度はロードの頬がヒクつく。


「けっ、おとなしく遊べよ。」


 客に対する態度ではない。ま、いいか。おとなしく、ごっそりいただきますか。


 会場に入ると、ここもうちの二倍はあろうかという広い部屋で、豪華なサイコロ机が二十台近く並んでいた。

 ただ、思っていたほどお客様はおらず、一机あたりせいぜい三、四人というくらいだった。

 うちにお客様が流れてきているのが分かる。


 ディックさんに肩を叩かれ、


「ここじゃねえ。この上だ。」


 そう言われて、奥に連れていかれた。

 どこかのお城にあるような大きな階段があり、そこを上がると別世界だった……別世界の別世界……もとに戻る?違う、

 この世界にしては豪華絢爛という意味だ。


 バニーがいる。バニーがいる。

 あそこにもここにもバニーがいる。

 肌もあらわにウサギの耳つけた、タイトな服を着たバニーがいる。

 網タイツではないが、美人さんの群れ……ウサギ人種?んなもんいたっけ?


 いや、問題はそこではない。

 バニーがいることでもない。


 ごてごてと飾りのついた、幾分趣味の悪い漆塗りのような鈍く輝く机が、広い部屋の中に五台ほど離れて置かれており、これまた成金趣味のお客様があちこちにいる。

 メイデン組の博打が庶民の娯楽とすれば、ここは官僚接待に使われる社交場、そんな気がする。


 どうりでメイデン組を出る前に、きっちりした服に着替えさせられたわけだ。

 ノーネクタイお断り、ネクタイはこの世界には無いけどそんな感じだ。


「リュージ、ここがパープル会の資金源だ。最低限銀貨で、金貨専門のサイコロ机もある。どうする?」


 ディックさんがニヤッと笑いながら聞いてくる。

 悪戯っ子の狼だ。


「もし、いいなら徹底的にやりますよ。」


 俺がそう答えると、隣で虎が笑っている。


「ま、危なくなったらフォローするから、今日はお前が遊べ。好きなようにな。」


 気をよくして、俺は、


「んじゃ、遠慮なく。」


 そう答えて、金貨専用のサイコロ机に向かった。


「よろしくぅ。」


 俺はそう言って席に着く。

 他に客がいなかったため、ここでも一騎打ち……かな?


 隣にディックさんが座り、後ろにハリスさんが立った。

 ボディガードのつもりらしい。


「こちらは初めてのお客様ですね。私はグローバーと申します。よろしくお願いいたします。」


 隣のディックさんをチラッと見て、察したようなすまし顔で俺を見る。

 この世界に狐人種がいる、そう思った。

 これから化かしあうだろうが、俺は狸ではない。


「ご丁寧にどうも。俺はリュージ、改めてよろしく。んじゃ、始めていいのかな。」

「いつでもどうぞ。」

「んじゃ、手始めに一に一枚。」


 そう言って、一の札と金貨一枚を出す。

 ディックさんは二、三、五の三つの数に金貨一枚を賭けた。

 俺へのサポートのつもりかもしれない。


「それでは、始めましょう。」


 グローバーがサイコロを振る……出た目は一。


 俺の手元の金貨が六枚になる。

 そのうちの一枚をディックさんに渡す。


「次は五に五枚。」


 ディックさんは、三、四、六の三枚賭けで金貨一枚。

 ……出た目は五。


 二十五枚の金貨が手元に加わる。

 また一枚をディックさんに渡す。


「四に二十九枚。」


 俺は迷うことなくグローバーに言う。

 ディックさんは、一、二、六に金貨一枚。


 グローバーの顔から笑みが消えた。


「お客様、ツイてますねぇ。勝っている時に止めるのが強い賭博師ですよ。」


 そう言いながら振ると……当然、目は四。


 手元の金貨が百七十四枚。一枚をディックさんに渡し、


「ところでここって掛け金の上限ってあるのかなぁ?」


 おもむろに聞くと、


「当店は、そういった情けないことはいたしません。」


 その後に、『どこかと違って』という小さな声がしたが、無視した。


「んじゃ、三に百七十三枚。」


 俺は、遠慮なく言う。

 ディックさんは賭けるのを止めて、呆れた顔でこちらを見ている。


「そ、それではっ」


 グローバーは気圧された顔でサイコロを振る……出た目は三。


 俺の手元に千三十八枚、五十枚毎に封のされた金貨束が二十と金貨三十八枚が積まれた。


「し、少々お待ちください。」


 そういってグローバーが立ち去る。


「やりすぎだ。」


 後ろから、ハリスさんに頭を小突かれた。


 可愛いバニー達が三人、お酒はいかがですか、おつまみはいかがですか、この後どうされますかと俺のところに寄ってくる。

 天使が悪魔に変わる姿が頭をよぎり、丁重にお断りした……残念だ。


 しばらくして、係りの者がやってきて、ディーラーが変わるとのことが伝えられ、見るからに紳士といった感じの男が現れた。


「お待たせして申し訳ありません。ペイスと申します。よろしくお願いします。」


 そういって頭を下げた。

 多分グローバーより位が上なのだろう。


「こっちこそよろしく。今日はスゴく運がいいみたいで、申し訳ないね。」

「いえいえ、大丈夫ですよ。いつまで続くか試してみるのも一興でしょう。」


 巻き上げる気満々で言う。


「んじゃ、始めようか。ディーラーも変わったし、様子見ってことで、二に三十八枚。」


 とりあえず手元に金貨千枚分となる二十の金貨束を残した。

 ディックさんは、もう賭ける気がないようだ。黙って隣で見ている。


 ペイスの顔が、一瞬明らかに残念そうになるが、プロの顔に戻りサイコロを振る……出た目は二。


 また金貨が積まれる。勝った分を全部賭ける。


「二に二百二十八枚。」


 また二が出る。

 俺は取ってある二十の金貨束に、更に新しく得られた二十の金貨束を加え、四十束を手元に置いて、残りを賭ける。


「二に三百六十八枚。」


 三回連続で二が出る。


 俺のところには、金貨の束が八十と金貨が二百八枚。日本円にして二億円以上がある。


「少々お待ちください。」


 ペイスもいなくなる。

 またバニー達が寄ってくる。

 頭の中に悪魔となった天使が出る……あぁ、もうっ。


 少し禿げた男がやってくる。


「待たせたな。ブラックモアだ。よろしく。」


 ハリスが後ろから小さな声で、


「ここのナンバーツーだ。」


 そっと耳元で囁く。

 ボチボチいいか。


「よろしく。じゃ顔見せってことで、一に全部。」


 俺は取っておいた金貨の束も含め、全部を賭ける。


 ブラックモアは、ニヤッと笑って俺を見る。


 四千万ケルン以上の大勝負。

 勝てば俺たちに二億五千万ケルンが転がり込む。


 ブラックモアは何も言わず、サイコロを振る。

 ……出た目は六。


「んじゃ、ディックさん、ハリスさん、引き上げますか。」


 二人は驚きながら怪訝そうな顔をしている。

 俺は続けて周りに聞こえるように、


「あぁあっ、一枚負けちゃったなぁ。」


 そう言って席を立った。


 ディックさんには負けた分を都度渡していたため、今回俺たちが負けたのは、俺が最初に賭けた金貨一枚だけだ。

 派手な勝負だが、何も影響はない。


 帰りの道でハリスさんが聞く。


「おい、どういうことだよ。」

「大したことじゃないですよ。最初に賭けた一枚損しただけで、今日は様子見でしょ。なら、やりすぎて恨まれても困るし、あいつらもホッとしてるでしょ。今頃は間抜けな奴だとか言ってるんじゃないですか。」


 となりでディックさんが笑っている。


「リュージ、やっぱお前、大した奴だよ。」


 そう言って、三人で大笑いしながら屋敷に帰った。


 天使も顛末を聞いて、極上の笑顔をくれた。


          ◆


 その頃、パープル会の事務所では、ギラン会長のところにブラックモア、ペイス、グローバー、ロードが集まっていた。


「お前ら、何やってんだ。大損こくところだったじゃねえか。」


 ギランが叫ぶ……甲高い声で……チャイルド・イン・タイムのように。


「でも、まあ、ツキがあるだけの間抜けでよかったじゃないですか。」


 ペイスがなだめるが、怒りが収まる様子はない


「けっ、あの野郎、今度こそとっちめてやる。」


 無様な姿を晒した罰で、ドアボーイをさせられていたロードが吠える。

 グローバーは屈辱からか、何も言うことができない。


 ブラックモアは会話に参加するでもなく、窓を見ながら、


「わざと負けた?そんな馬鹿なことするはずねえよな。」


 誰にも聞こえない声で囁いていた。



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