第7章 天国への階段
一日で八日分のノルマを達成した俺は、その後も普段通りの自己ノルマを達成し、この週の稼ぎは六十二万ケルンと、今までの記録を大幅に更新した。
メイデン組全体でも七十三万となり、こちらも新記録樹立だ。
パープル会様々である。
二週間分の利益を稼いだこともあって、天使に一週間の休みをもらった。
少し残念そうな顔をされたが、考えて試したいことがあると伝えると、いつもの笑顔に戻った。
目がキラキラしていて期待されていることをひしひしと感じた。
この笑顔に応えねば、決意を新たに、俺は考えていた。
マーレイのいる別荘に行き、俺はそのまま次の集会の日まで居残ることにした。
次の日から俺は、別荘にある大工道具を借り、町で仕入れてきた板を加工した。
板の真ん中あたりに釘を打ち、それに繋いだ糸を回し、ボールペンを使って、コンパスのようにして、直径が三十センチほどのきれいな丸を書いた。
それを鋸で切る。
素人だったため、少しいびつになったが、そのあとヤスリで削って形を整えた。
ほぼ思った通りの木製の円盤ができた。
一日目は円盤造りだけで終わってしまった。
夜はマーレイの作った飯を食べながら、今日まであった町でのことを色々と話した。
マーレイが隠していた酒も振る舞われ、盛り上がった。
一番は、やはりパープル会のロードとの話題だった。
次の日は、昨日の要領で釘と糸とボールペンを使った簡単なコンパスを作った。
円盤の内側に徐々に小さくなるように円を二重三重にと描いた。
外側の円周上に一つ印をつけ、その印と円の中心、つまり半径を一辺とする正三角形を描く。
新しくできたもうひとつの頂点が円周上になることを確認し、次々と正三角形を六個書き、円を六十度に分割した。
またコンパスを使って今度はそれを半分にすることで、十二に分割され、きれいに三十度を示す半径で区切られる円が描けた。
十二分割された円の外周と内周の間を薄く削って、四角に凹んだ溝を十二作る。
なるべく凸凹にならないように削り、軽く叩いて平らにした。
多少荒いが許容範囲だろう。
次に小さく切った板を、以前使った接着剤で、円盤の外側に張り付けていった。
また木を削って、真ん中に少し不格好な円錐を作り、これも張り付けた。
ここまでで一日が終わる。
結構作業が進んだ気がする。
問題はこれをどうやって回すかだが、とりあえず今夜は飲もう。
次の日は、しばらく悩んだ後、別の四角い板の中心に直径五センチと六センチ位の二重の円を描き、挟まれた内側の部分をていねいに削っていった。
深さ五ミリくらいの溝を彫り、叩いて極力平らになるようにした。
その溝の中に、持っていたパチンコ玉を十個入れ、簡単なボールベアリングの出来上がりだ。
このベアリングの上に昨日作った円盤をのせ、中心部分を合わせて釘で固定した。
上にのる円盤の中心は若干拡げてあるので、多少抵抗はあるものの、クルクルと回った。
慣性だ……完成だ……歓声だ。
不格好だがこの世界初のルーレット。
本来ならゼロとゼロゼロや、一から三十六までの数字を使って三十七または三十八に区切られているべきだが、そこまで細かい作業はできないし、十二もあれば十分だろう。
なにより手作りなんだから誇っていい。
その後円盤の十二の溝に、マーレイから筆を借りて一つ飛ばしに黒く塗り、適当にランダムになるよう、一から十二の数を書いた。
乾くのを待って試運転だ。
円盤を回し、その中にパチンコ玉を一つ入れる。
カタカタとパチンコ玉が外周部分の板に当たる音がし、玉はクルクルと回り、やがて止まっていく。
最初にパチンコ玉が入ったのは黒の七だった。
黒字のラッキーセブン、縁起がいいかも。
その後何度か試し、時々引っかかるものの、あまり偏ることもなく終わり、満足した。
夜になって、マーレイとルーレットで少し遊んだ。
マーレイは最初戸惑ったものの、途中から面白がって自分でも玉を投げ、賭ける方法を一緒に考えてくれた。
もともとの俺の知識があり、賭け方の基本は分かっていたので、円盤の数字の配置を少し変えただけで済んだ。
あとは、やりながら考えていこう。
この日は夜更かしをして、マーレイと結構飲んだ。
酔っぱらって女の話になり、マーレイは町にいる仲間の一人であるリンダを好きなことが分かった。
マーレイの好みはどんな娘だろうか。
俺が天使に夢中であることも話し、難しい顔をされたが応援してくれることになった。
俺もマーレイを応援してやろう。
結局三日ほどでルーレットを作りあげたため、俺は暇になった。
翌日は完全休養日……この世界に来て初めての休みの気がした。
ほぼ三か月に一日の休日……完全にブラックだ。
でも前よりやりがいがある……天使がいるから。
残りの五日間はマーレイと二人、別荘の掃除や修繕作業、裏庭で育てている野菜の世話、もちろんウサギ狩りなどに勤しんだ。
マーレイが野菜まで育てていることに驚いた。本当にマメな奴だ。
◆
十日があっという間に経過し、心も身体もゆっくり休め、リフレッシュできた。
天使たちがやってきた。
いつものように宴会が始まる。
今回の報告はパープル会が来なかったことや俺がいなかったこともあって、儲けは二十八万ケルンと先週の三分の一に落ち込んでいた。
来週から頑張ろう。
相変わらず天使の食べっぷりが可愛い。
宴会が終わって、天使の部屋に、俺と天使とディックさんとマーレイが集まっていた。
俺は自作したルーレットをセットし、二人に説明した。
試作品なので不格好だが、機能や操作方法、賭け方、配当基準など一通りの説明をし、実際に動かした。
玉はカタカタと転がり、墨で塗ってない白木の十で止まった。
賭ける際に使う掛け金を置く場となるテーブルは、三×四のマスに左から右、上から下の順で、一から十二までの数字を書き、四角の両側に白黒、上下に大小と書かれた細長い四角の枠を加えて、作ってあった。
大体こんな感じ。
《掛金テーブル》
( 小 1-6)
白 ① 2 ③ 黒
/ 4 ⑤ 6 /
偶 ⑦ 8 ⑨ 奇
数 10 ⑪ 12 数
( 大 7-12) 〇印は黒
このテーブルに直接掛け金を置く。本来ならチップをベットといきたいところだが、この世界にそんな概念はない。
いやチップ制度にしてもいいかもしれない……次の課題にしよう。
今回は白の十が出たので、白や大に賭けていれば二倍、単体賭けなら十二倍になる。
他にも七と十の境界線や十と十一の境界線に賭けると、二つの数に賭けたと見なされ六倍になる。
七、八、十、十一の中心にコインを置く四つに賭ける方法もあり、この場合は三倍になる。
他にも数字枠の外端にコインを置く三点賭けや六点賭けもあるが、ややこしくなるので無視し、全体の説明をしながら、何度かやってみせる。
ディックさんが食いついた。
「リュージ、お前が考えたのか?すげえ面白そうだな。」
「というか、昔どこかで聞いたことがあって、これを使って博打したら盛り上がるかなと思って、作ってみました。うちの目玉になりませんか?」
天使が目いっぱいの笑顔で俺を見る。
「やってみましょう。リュージ、お願いね。」
この笑顔が見たかったんだぁぁぁぁ。
「分かりました。ただこれは試作品で不格好なので、店に出すときには作り直して、もっと綺麗に滑らかに動くようにして、色も塗り替えましょう。少し派手にしたほうがいいかな。あとこういった細工の得意な仲間か職人さんを教えてください。」
ディックさんが任せておけと胸を叩く。
新しいビジネス開始だ。
◆
「この辺だったよなぁ」
町に戻って、ディックさんに教えてもらった職人の家を探す。
季節は夏になっていて、この世界でも暑さは同じで、すれ違う女の人が皆、薄着だ。いい目の保養になる。
最近、メイデン組の女性全員が、前より魅力的に見えるのはこのためか。
もちろん天使は別格。
そういえば町に出るのは初めてで、俺はどれだけ引きこもっていたのだろう。
前に人口?五万と聞いていたが、町のサイズが小さいのか人通りも多く結構栄えているようだ。
色々な店もあり、今度覗いて天使へのプレゼントでも探してみようかと思う。
なにしろ俺はお金持ちだ……。
やっと職人の家を探し当て、
「こんにちは。誰かいませんか。メイデン組のディックさんの紹介で来ました。」
そう言うと、奥から背の低いズングリしたおっさんが出てきた。
もしかしてこれが噂のドワーフ?……定番だよなぁ。
とか思っていたが、この世界には人間族の他に限られた種族しか存在しないので、単なるチビデブおじさんだった。
「作ってほしいものがあるので、お願いできませんか?」
加えて独占したいので、秘密を守ることや、組の屋敷で作業してもらうことも了承してもらい、見本となる試作機を見てもらうため、そのまま組まで連れてきた。
「これがルーレットです。」
といって見せると、職人のフレディさんは、
「下手くそな造りだなぁ。どこの素人に頼んだ?」
と聞かれたので、俺が作ったことを伝え、苦笑いされた。
もう少し大きくして、できれば境目のないように一枚板から削り出しで彫ってもらい、表面は磨いてほしいとお願いした。
その後色付けし、上から透明な塗料かなにかで光るくらいにツルツルにしてほしいと更にお願いすると、
「金かかるぞ。」
と言われ、聞いてみると、大した金額ではなかった。
……俺はお金持ちなのだよ、きみぃ。
次は滑らかに回転させるための工夫について、ルーレットの円盤を外し、ボールベアリングの構造を解説すると、お前が考えたのかと驚かれ、感心しきりといった顔だった。
ボールベアリングは他にも利用できるところが非常に多くあるということで、使わせてほしいと頼まれ、アイデア料と使用料を貰うことにした。
アイデア料は金貨五枚、使用料は一個作る毎に銅貨二十枚。こっちは大した金額ではないが、あこがれの印税生活……。
問題だったのは丸い玉を作る方法で、職人の技術では難しいと言われたが、大き目の回転するヤスリの上を押さえて転がす方法を教え、解決した。
このアイデア料でさらに金貨五枚がプラスされた。
口だけで金貨十枚ゲット……目指せ大金持ち……。
一週間程度かかるとのことで、フレディさんは毎日メイデン組に通うことになった。
俺はといえば、その間はいつもの黒机に立ち、コンスタントに自己ノルマを達成していた。
その間に一度別荘に行く機会があったが、俺は居残ることにしてフレディさんの作業を見ていた。
一日遅れて、ルーレットが完成し、テストに入った。
「フレディさん、すげえ。」
俺は思わず叫んでいた。
予想よりも動作が滑らかで、形も色も光り方も予想をはるかに超えた美術品ともいえるルーレットが完成していた。
ルーレットの中で回る玉も、木で作られ、光る塗料を塗った真円の素晴らしものだった。
職人技だ。文句のつけようがない。
フレディさんも俺の評価を聞いて満足げに頷き、
「久々に楽しい仕事だったから、気合が入っちまった。気に入ってくれてよかった。」
と言い、俺が製作費の金貨十枚を渡そうとしたら、アイデア料でチャラだと言って受け取らなかった。
アイデア料のことを忘れていた……あぶく銭、身につかず。
ん?ただ働き?
このままだと悪いので、あまりに出来がいいからと金貨三枚を上積みして無理やり手渡した。
すごくよろこんでくれて、次からも何でも引き受けると言ってくれた。
この世界で組の仲間以外にはじめてできた友人となった。
完成を祝ってフレディさんと飲むことになり、俺は一緒に町に繰り出した。
「「乾杯~。」」
はじめて町の酒場に行ったが、肴も美味く、酒も美味かった。
話もはずみ、この世界に来てよかったとしみじみと思った……隣に天使がいれば、もっと……。
少し酔っぱらって店を出て、フレディさんと別れ、帰路についた。
◆
街灯などあるはずもなく、道は暗かったが、緑の月明りで迷うことはなかった。
「おいっ、メイデン組のリュージだな。」
後ろから急に声をかけられ、驚いて振り向くと男が一人立っていた。
暗くてよく見えないが、男の右手で何かが光った。
やばい、俺はダッシュで逃げた。
男が追いかけてくる。
家からの灯りで少し明るくなったところで立ち止まり振り返った。
追ってきた男も立ち止まる。
「この前はよくも恥をかかせてくれたな。」
見ると髭顔のロードだった。
俺はじわじわと後ろに下がりながら、ポケットに手を入れ、指先で武器を探した。
ロードが近づいてくる。
俺はパチンコ玉を取り出し、指で弾いた。
暗くて相手がよく見えないので、ナイフを持った右手ではなく、額を狙った。
殺すわけにもいかず、狙う方向に玉が変化した後の、先へ進ませる距離を、十センチではなく三センチほどに調整した。
十センチ移動させたら、板でもぶち抜いてしまう。
「ぐぅ。」
狙いはたがわずロードの額に命中し、そのままロードは倒れた。
近づいて息があることを確認し、パチンコ玉を回収し、その場を去った。
やばかった。パチンコ玉があってよかった。
ルーレット試作機で転がした玉を一つだけ持っていた。
屋敷に帰り、このことをディックさんに報告した。
ディックさんは指示を出し、ロードが倒れている場所に、ハリスさん以下仲間数人を行かせた。
その後、俺は注意を受け、一人で出歩かないようにと釘を刺された。
翌日、『サイコロ博打二十連敗記録保持者』と書かれた看板を首から下げて、縛られたロードが道でもがいていたとのことだった。
◆
フレディさんの作ったルーレットを使って、訓練を始めた。
目が十二しか無いが、数字をランダムにしているため、狙って入れるには難しく、俺の技でも思ったようには上達しなかった。
ただ、一つ二つの位置なら変えられるため、目を外すことはできた。
当分はこれでしのぐしかない。
天使は、俺が振るとき以外は全て当てていて、ここでも力を発揮していた……俺だけが特別……だよね。
翌週の頭からお客様にお披露目することになり、新たに、少し大き目の黒い机が追加された。
お披露目当日、初めて見るルーレットにお客様は興味津々で、人だかりが多く、説明に追われ、実際にお金を賭けて稼働するまでには至らなかった。
説明は俺が担当したが、次から次へと訪れるお客様を整理するだけで二人の仲間が動員された。
いつものサイコロ机は客もまばらで、閑散としていた。
しまった、説明看板設置しなきゃ。
その夜、皆で説明用の板看板を用意し、ルーレット机の横の壁に張り出した。
念のため同じ看板を別の壁にも配置した。
翌日から稼働開始。
サイコロの机が八人掛けであったのに対し、やや大ぶりの机にしたことでルーレット机は十二人掛けになっている。
にもかかわらず、椅子の空くときが無い。
ひっきりなしにお客様がやってくる。
負けが続いたお客様が去ると、すぐに次のお客様が座る。
座っているお客様の後ろは立ち見でいっぱいだ。
おかげで今日もサイコロ机は閑古鳥が鳴いている。
ディーラーも泣いている……。
このままではいけない。
早急にルーレット机を増やさなければ。
店を閉めた後、天使やディックさん、ハリスさんと相談し、現在のルーレット一台、サイコロ七台の体制から、ルーレット三台、サイコロ五台に変えることにした。
練習用にとフレディさんには既にもう一台発注してあるが、もう二台追加をお願いすることにした。
一台目は最初ということもあって金貨十枚だったが、練習用の二台目は金貨八枚になっており、この後の追加もその値段で受けてくれると話はできている。
いずれ増やすことになると予想していたためだが、ここまですぐに追加がいるとは考えていなかった。
うれしい悲鳴だ。
博打の収益はいまのところは少し減っているが、これは立ち見が多く、お金を賭けてくれないからだ。
ルーレット自体は順調で、前にいたサイコロの黒机と同じ額を稼いでいる。
同じ額で順調と言えるのは、ルーレットは一台しかないため、銅貨も銀貨も受け付けており、銅貨相手だと銀貨相手の百分の一になるはずなのに、それでも同じ額を稼いでいるということだ。
ルーレットを三台にして、そのうちの一台を銀貨だけにしたら、どれだけ稼げるか、今から楽しみだ。
一週間があっという間に過ぎ、ルーレット机は毎日満員御礼。
一度ルーレットを遊んだことのあるお客様が、満員だとサイコロ机に流れていくことも増え、少しずつ収支も回復している。
それに加えて俺は、ルーレットの玉が回っているうちに力を加えることで、狙った数を出すことができるようになっていた。
加えて、入場者数が目に見えて増えてきているのが何よりもうれしい。
今日は別荘に行く日だ。
◆
別荘に着き、宴会が始まる。その前に天使から報告。
「今週の利益は二十六万ケルンでした。少し落ち込んでいるように見えますが、お客様は二割ほど増えていて、新しく入れたルーレットの影響だと思います。このルーレットが大人気なため、サイコロ担当の皆さんには寂しい思いをさせ、すみません。時間はかかりますが、ルーレットの台数を増やし、お客様がもっともっと遊べるようにするつもりです。そうなれば、メイデン組はこの町の皆さまから愛されるすばらしい組になると思います。皆さん一緒に頑張りましょう。」
天使もきちんと状況を把握している。
期待に応えねば。
この後、仲間たちが次々と俺のところに来て、よく考えたなとか、これからも頼むとか、いろいろ言われた。
俺はもう完全に組員だ。仲間たちの笑顔がそう語っている。
今回の宴会ではウサギが無く、天使の笑顔が寂しそうだった……どれだけ好きなんだろうか。
宴会が終わると、天使に呼ばれ、ディックさんと俺と三人で今後について話し合った。
ルーレットは三台に増やし、一台は銀貨専用で俺が担当することは決まっているが、残り二台の担当をどうするかといった人事課題や、うちが繁盛することでパープル会に与える影響および今後の動向予想と対策などの渉外課題、今後の経営予想や目標設定などの企画課題……あれっ、俺って幹部扱いされてない?
質問すると、
「当たり前だろ。」
と、ディックさんにこづかれた。
天使も笑っている……よぉ~し、昇格決定……あとは天使と……。
「ありがとうございます。頑張ります。」
天使に向けて満面の笑顔でそう答えた……ディックさんは、この際無視だ。
◆
幹部に認められたため、帰りの馬車は天使の馬車だった。
前にディックさんがいるが、この際無視だ。
他愛のない……いや、愛はある……話をしながら、ゆっくりと町に向かった。
ウサギについて熱く語る天使を見られたことが幸せだった。
①
6 8
⑦ ③
12 《ルーレット》 4
⑤ ⑪
10 2
⑨ 〇印は黒