第8話「剣技乱舞」
ギルドで食事を済ませた俺たちは、ギルドのお姉さんが話してくれた街外れの山の麓まで来ていた。
結構な距離があったため、山にきた時点で割とヘトヘトになった俺は、近くの岩の上に座り、脚の疲れを癒していた。
「……なあ、これ帰りも同じ道で帰るのか?」
「当たり前じゃ無い、他にどんなルートがあるのよ」
「……この世界には『ルーラ』ってのは無いのか? そうでなくても、文明基準が現代日本なら、バスの1つでも通っていてもおかしくはないだろう」
「景観を大事にしてるの。確かにこの世界は日本に即して創られているけど、ベースとなる部分はあくまでファンタジー中心に設計されているから、乗り物や建造物に日本的要素は見せないようにされているのよ」
「つまり?」
「バスもタクシーも無し。港に行けば船くらいはあるだろうけど、それも鉄製でもセラミック製でも無く、木製で風任せの物ね」
「マジかよ……、今時風任せの船なんてワ○ピースでしか見たことないぞ」
俺は憂鬱な顔で周りを見渡してみるが、どこを向いても灰色の岩ばかりで、当然クルマどころか荷馬車も見えない。
こうなったらサッサと目的を果たして帰ろうと無理やり奮起してみるが、ここに例のドラゴンとやらがいる様子はない。
「そういえば俺、ドラゴンってどんな姿をしているか知らないんだよな。ドラクエみたいな奴なのか?」
「あれよりはスマートな姿をしているわね、翼も生えているし。ドラクエで表すなら『グレイトドラゴン』が近いかしらね」
あの金ピカの龍か。
なるほど、そう考えると結構かっこいいモンスターなんだな。
「しかし、この辺りには居ないみたいね」
「調査隊の人たちも見かけないし、もっと奥の方にいるのかもしれないな。もう少し休んだら先に進んでみよう」
俺はそう言って、岩の上で横になり、山全体を一望する。ここはまだ山の下の方だが、更に下の部分は緑豊かな木々や植物が生い茂っている。
これだけ自然があると動物たちも大勢いそうだ。黄色いうさぎのような動物もいるかもしれない。
いや、黄色いうさぎはモンスターだったか? 見た目はただの黄色いうさぎなのでつい間違えてしまうな。
……まてよ。
もしそうなら、黄色いうさぎ以外のモンスターも、この近くに住み着いているかもしれないわけで……。
そう思った矢先、山の上側から遠吠えが、俺たちの耳に轟いた。
それからバウバウというが鳴き声が響き、向こうからナニかが徐々にこちらに近づいているように感じ取れた。
おそらく犬か狼か。
しかしこの敵意剥き出しの鳴き声、俺らにとって喜ばしい来客ではなさそうだ。
「おいおいなんか迫ってきてるぞ! 俺たちを狙っているんじゃないのか!?」
「これは、ドラゴンの前に一戦交えるみたいね。陸斗、剣を抜きなさい。戦闘準備よ!」
「剣つっても、剣の扱いなんてまるで知らないぞ」
「取り敢えず適当に剣振っとけば何とかなるって。……キタッ!!」
急斜面から滑るように降りてきたのは、2体の狼に似たモンスターだった。紺色の体毛に鋭い牙を持つそのモンスターは、まっすぐ俺たちの方に目掛けて突進してくる。
俺も一応構えてみるが、どう考えても相手が速すぎる。その上左腕が使えないこの状況。最悪、何も出来ないまま喉笛を引きちぎられる可能性もある。
段々と迫ってくる狼型のモンスターを前に、自然と嫌な汗が流れてくる。
しかしその緊張もつかの間。
突然、俺の前に立ったファイブは、自信に満ちた表情で古びたロングソードを敵に向けて構え出した。
「……随分と楽しそうだな」
「まあね。昨日は何だかんだで敵は全部陸斗が倒しちゃったし。そろそろ貴方に、私の実力を見せてあげようと思って」
「腕力には自信が無いんじゃなかったか?」
「確かに大した力は無いし、戦闘経験も無いけど。私には神様から頂いた能力"絶対回避"があるのよ!」
ファイブは迫り来るモンスターたちに視線を定め、自ら駆け出した。
向こうは先頭に立ったファイブを最初の標的とし、2体同時に突撃を仕掛ける。
しかし、ファイブは華麗な動きでそれを回避した。まるで踊り子のような俊敏で艶やかなターンを決め、2体の八重歯を見切ったのだ。
そしてファイブの行動はそれだけにとどまらない。横を通り過ぎるモンスターのうちの1体の首元を、右手のロングソードで流れるように斬り掛かり、致命傷を負わせていた。
「な……っ!?」
呆気にとられ、俺は言葉に詰まってしまう。
敵の急所を狙った無駄のない剣技。素人の俺でもその凄さが分かった。
続けてファイブは、もう1体の敵目掛けて飛び掛かる。だが相手も黙ってはいない。すぐに後ろへ跳躍し、距離を取った。
ジリジリと睨み合うファイブとモンスター。相手は低いうなり声をあげて威嚇をしている。
「フ、ファイブ!」
「うんっ? 何かしら陸斗」
ファイブは、咄嗟に叫んでいた俺の声に反応し、こちらを振り向いた。
……って!? おい! 余所見をするな余所見をっ!! 今戦闘中だぞ!?
そして、ファイブの注意が逸れたことを好機と見たのか、狼型のモンスターは四肢に力を込めた渾身の跳躍で、ファイブに飛びかかった。
険しい獣の表情が俺の瞳に映し出され、それがまっすぐとファイブへ襲い掛かっていくのを確認した。
「あぶ……!」
「おっと」
俺が叫び終わる前に、ファイブの動きは始まっていた。
ファイブは後ろに目が付いているかと疑うくらい正確にモンスターのモーションを察知し、その襲撃を易々と回避した。
そして、相手が攻撃を避けられ動揺している瞬間を狙って、ロングソードの刃でモンスターの首後ろを貫いた。
その瞬間、モンスターはビクビクと痙攣をしたが、数秒ほどでグッタリと倒れ、絶命した。
「…………」
ファイブの精錬されたような完璧な戦闘術に、俺はまた呆気にとられしばらく膠着してしまう。
やべえ、こいつこんなに強かったのかよ。今まで戦っている姿なんて見たことなかったから初めて知ったぜ。
そして、俺が驚き身動き取れなくなっている合間に、ファイブは軽い運動でも終わらせたようにノビをする。
「うーんっ! ……ふぅ、思っていたより楽だったわね。まあ最初のバトルにしては上々だったかしら」
「お、おう……」
「……ふふんっ! その様子だと結構驚いているみたいね。ねえ、どうどう? 私って、結構役に立てるでしょう!?」
「あ」
俺はファイブがしたり顔で近づいてハッと正気に戻り、
……彼女から顔を背けた。
「…………まあ、ちょっとは強いみたいだな」
「うぅーん?? ……なんかリアクション素っ気なくなぁい? 本心ではもっと、ワァーって驚いているでしょう貴方」
「そんな事はない」
「嘘!! 私が陸斗の心を読めるの知ってるでしょう!? 本心では貴方、もっと私に感動しているでしょ!! もっと私を尊敬しているでしょ!! なんでわざと無関心を装っているのよ!! なに、照れているの!?」
「尊敬はしていない。少なくとも尊敬はしていない」
何故だろう。こいつを正面から褒めるのを無性に躊躇う自分がいる。
正直な感想を言葉にするのが、どうしてか気恥ずかしい。
「ねえねえ!! 私の戦いどうだった!? 凄かったでしょう!? 絶対絶対凄かったって、貴方の本音はそう言っているわ!!」
「ああもう、うるさいなぁ! だいたい今の回避術、例の神様から貰った異能の力だろう!? つまりお前が凄いんじゃなくて、神様の力が凄いんじゃないのか!?」
「それはそうだけど、でもやったのは私だから結果的に凄いのは私のはずでしょう!?」
ファイブは俺の身体の組みついて揺さぶってくる。どうしても俺の口から本音を言わせたいようだ。
俺は意地になって口を閉ざす。何故そうしてしまうのか、当の俺自身にも分からない。
「ねえ陸斗! なんで褒めてくれないの!? ほら言ってよ! 私は凄かったって言ってよ!!」
「どんだけ褒めて欲しいんだよ! ガキかお前は!!」
「陸斗こそ、何で頑なに私を褒めないのよ!! 本心は感動していたのに、どうして自分を偽るの!? どうして私を褒めないのよ!!」
「知らん!! 何故かお前を褒めたくないんだよ!!」
「何それ、意味分かんないんですけどぉー!!」
そして俺とファイブは、『絶対に褒めたくないvs絶対に褒めさせる』という実に馬鹿らしい理由でしばらくの間騒ぎ立てた。
ファイブの身体が俺に擦り寄るたびに、俺は彼女を突き放そうとし、そしてより一層ファイブは俺に組みついてくる。
喧騒が終わる頃にはお互い疲弊していた。
俺は騒いだからか、それとも別の理由からか、ヤケに頰が熱くなっているのを感じ取った。