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第4話「左手無双」

 その後、俺は激しい光の渦に覆われ、訳も分からぬうちに不思議な力に包まれていった。

 特別な力が宿るという話だったが、光に捕まっている間の俺は、別にそれらしい変化は感じ取れない。

 しかししばらくしてから、俺の左手首の上部分が、突然太陽のように赤く燃え上がり始める。


「な、何だこれッ!?」

「ようやく実感できたか? 今、君の体の一部分に、君が求めた力を宿している。その左手の炎が消えたら能力が完全に付与されるから、そのまま大人しく待っていてくれればいい」


 神様の言葉に、俺は少しだけ落ち着きを取り戻した。確かに炎は燃え上がっているが、熱さは全く感じない。俺は彼の言う通り、炎が消えるのを待った。

 炎が消えた後、俺の左手はいつもと変わらない形でそこにあった。


「……これで、力が宿ったのか? 何だか、前と変わらないように見えるけど」

「問題ない。間違いなく君の左手には、何者でも屠れる最強の力が備わっているぜ。おめでとう大宮陸斗、今日から君も異能者だ!」


 俺に力を授けた神様は、力の詳しい説明が書かれた紙切れを一枚渡して『それじゃあ』と言って早々と帰っていった。

 後に残されたのは、俺とファイブの2人。草原を駆け抜ける風が、俺たちを吹き抜けて去っていく。


 神様が居なくなって、ファイブはようやく土下座の体勢を崩し、起き上がった。

 ……というか、ずっと土下座して居たんだよなぁこいつ。


「ふぅ、何とか怒られずに済んだわ。異世界生活が始まってたった1週間で帰らされるかと思って気が気じゃなかったのよね」

「それなら、これからはもっと慎重に行動してくれ。不本意ながら、お前とは今後も共に活動することになったんだからな」


 おれは、神様から力を授かったであろう左手を眺めながら、握ったり開いたりしてみる。

 しかし、やはり変化した部分は見当たらなかった。これまでと変わらない、俺の左手だ。


「神様からもらった力の調子はどうかしら?」

「……いまいち、実感が湧かない。どんな力を貰ったのか、この説明書に書いてないか?」


 俺とファイブは、神様から渡された紙切れを覗いてみた。

 そこには、以下のことが書かれていた。



『世界を鎮める力を手に入れた感想はどうだろうか? その能力があれば、世界の半分どころか、おまけにもう一つ世界の半分が手中に収めることも可能になるだろう。

 その能力の名は『左手無双(シニストラ・デスパレティオ)』。文字通り左手のみで全てを蹂躙する。

 使い方はいたって単純。その無敵の力が宿る左手を、すぐにでも滅ぼしてやりたいムカつくあん畜生に向けて左手を振るうだけ。なっ、すごく簡単だろう?

 試しに、近くにいるモンスターにでもその力を使ってみるといい。きっとその強大さに驚くだろう。

 さぁ、新たな高みへレッツチャレンジ!!』



 そこで文章は終わっていた。何の説明にもなっていなかったような気がするが、取り敢えず腕を振ってみろという事らしい。


「どうする? この辺りに手頃なモンスターは居るか?」

「モンスターと言えば、この辺には例の黄色いうさぎが住み着いているわね」


 そう言っているとお誂え向きに、茂みの中から1匹の黄色いうさぎが飛び出してきた。

 新たに得た力を試す、絶好のチャンスだ。


「よく分からんが、左手を標的にぶつければ良いんだよな」

「でも黄色いうさぎはすばしっこいから、走って当てるのは無理よ」

「でもこの説明書には、"相手に向けて左手を振るうだけ"と書かれているぞ。つまり、わざわざ触れる必要はないんじゃないのか」

「貴方がそう思うのならやってみなさいよ」


 どうやらファイブは『見』に徹するようだ。『見』とはつまるところ、"離れた場所で見ているだけ"という意味である。

 どんな力かは未だ分からないが、とにかく使ってみないことには始まらない。

 俺は、左手を強く握り締め、その拳を黄色いうさぎのいる方向に叩き込んだ。

 渾身の一撃が、何もない空中だけを掻き分ける。

 そして、



「…………へ?」



 その瞬間、俺の拳は強い輝きと共に、全てを覆い潰した。

 真っ白光の波動が、俺諸共包み込んでいき、

 何が起きたのかも理解出来ないまま、


 ……俺は、意識を失ってしまう。



  ***


 目が醒めると、そこは薄暗い空間だった。

 ……などという始まりは1週間前にもしたような気がするが、今の俺にはどうでも良かった。そんな事を気にしていられない程、俺の頭は今の状況が理解出来ていない。

 まず、一つ一つ状況を整理してみよう。


「……ここは、どこだ?」

「お、目が醒めたみたいね!」


 俺の意識が漠然としている中で、ふと上の方から若い女性の声が聞こえてきた。

 よくよく目を開いて確認すると、そこには声の主、ファイブの顔があった。


「随分長く寝てたわね。もうとっくに陽は沈んだわよ」

「……ここは?」

「ああ、そうね。ここは……昼前まで貴方と私が居た"草原"だった所よ」

「?」


 歯切りの悪い返事だ。ファイブが何処と無く緊張している原因を探るため、俺は虚ろな意識のまま起き上がろうとする。

 ……その時、地面に手をやろうとした途端、俺が今さっきまでどこで眠っていたのかという謎が判明してしまった。


「……お前、ファイブ、お前この状態って?」

「んっ? 何って膝枕よ? 何か文句でもある?」

「いや、特にないけどさぁ……」


 人生で初めて(死んでいる)の膝枕をこいつで体験したという事実に、若干の胸のざわめきを感じてしまう。

 何というか、『女の子の膝って凄く安心するんだなぁ』という感想を、一瞬でもこいつに対して思ってしまったことにひたすら後悔している。

 ……いやいや切り替えろ、今は状況を確認するのが先だ。

 今すぐこの状況から脱したところだが、何故か身体が思うように動かない。身体に異常があるのか、もしくはこいつの膝の上から動きたくないのか、いやいや何を考えているんだ俺は!

 ファイブの膝の上に頭を乗せたまま、俺は空を眺めてみた。

 空は夜空だった。薄暗い空間だと思った理由はこれだろう。

 この異世界の夜空をはっきりと観察したことはなかったが、こうして見ると日本ではあり得ないほど星が良く瞬いている。

 ファンタジックでも文明は現代日本基準のこの異世界は、街の中でも夜は明るく、遠くの星々はその光に隠れてしまう。しかし、この平原は街から少し離れていることもあって、街の光はここまで届かない。代わりに夜の空が、くっきりと俺たちを照らしているのだ。


「あ、そういえばモンスターはどうなんだ? 夜はモンスターたちが活発化するって話を聞くけど」

「それなら問題ないわ。この辺に凶暴なモンスターは居ないしそれに、……今はモンスターも絶対に近寄らないわよ、ここには」

「??」


 ファイブの頰から、一雫の汗が流れているのを確認した。

 何をそこまで焦っているかは知らないが、今はファイブに俺が寝ていた間のことを聞いてみるのが先決だ。


「なあファイブ。俺はどのくらい眠っていた?」

「今が19時過ぎだから、ざっと8時間くらいかしらね。その間、私は貴方を安全な場所に移動して、目が醒めるのを待っていたの」

「8時間……えらく長い間眠っていたんだな」

「まったく、自分の放った攻撃で気絶するなんて、ダサいにも程があるわよ」

「攻撃……! あ、そうだ。俺は神様から得た力を黄色いうさぎに使って、それから……」


 そこからの記憶が無い。


「……まあ、取り敢えず起き上がってみたら?」

「ん。あ、ああ……。でも悪い、なんか身体がうまく動かなくて……」

「外傷を確認した時は目立った怪我は見当たらなかったけど。単なる疲労かしら? まあ、それなら仕方ないわね。手を貸すわ」


 そう言って、ファイブは俺の背に手を回して、グイッと上体を起こしてくれた。

 それからゆっくりと俺に肩を貸してくれたので、何とか立ち上がることに成功する。


「……何だよ。今日は随分役に立つじゃねえか」

「大したことじゃ無いわよ。……それより、貴方の左手、絶対に私の方に向けないでね」

「え?」


 言われて思い出した。俺の左手には、神様から授かった力があった事を。

 ファイブに肩を貸してもらっていない逆側の左手を、俺は目の前に掲げてしげしげと見つめてみる。

 ……そして、俺はようやく、その先の光景を瞳に映した。



「………………は?」



 そこには、何も無い荒野が広がっていた。

 今、俺の目の前にあるのは、ただの剥き出しの大地、それだけだ。遥か彼方の地平線の向こうまで覗いても、濃い茶色の豊かな土があるばかり。

 緑黄色はおろか、生き物がいたという形跡は欠片も存在せず、あるのは消失と哀愁。

 大量の砂埃を運んだ一陣の風が、ビュウと大きく吹き抜いていくのが分かった。


「信じられないかも知れないけれど」


 と、後ろの方からファイブの沈んだ声が聞こえてきた。


「ここ、今日のお昼前まで神様と話していた草原、、、だったのよ……」

「……マジかよ」


 信じられなかった。いや、心のどこかでは、ファイブのいうことが真実だと納得していた。

 何故なら、この荒野の大地はとても豊かだったからである。その土地は、長年この荒れた状態が続いていたのではなく、つい最近掘り返されたばかりのような色の濃さだ。

 これだけの規模の土地を一気に掘り返すなど、数日あっても出来ることではない。何か特別な原因がなければこうはならないだろう。

 そう、何か大きな力でも働かない限り。


『俺に、この世界の誰にも負けない最強の力を授けてくれ!!』


 俺はつい数時間前に、神様に最強の力を願った。

 もし、それが本当に成就したのであれば……。

 あの時、俺が放った一撃によって、結果どうなってしまったのかを想像すれば……。


「あ、そうだ陸斗。貴方にもう一つ、伝えなくちゃならないことがあるの」

「それは良い話なんだろうな?」

「……残念ながら良くない話。この説明書の裏を見て」


 ファイブが俺に渡してきたのは、神様が俺にくれたあの説明書だった。

 俺は言う通りに紙切れを裏返した。

 ……これは、『貢献度の稼ぎ方について』? 確か神様が言っていた。俺が日本に帰るには、この世界に"貢献"しなければならないって。それの説明が書いてあるようだ。


「注目するのは最後の文。一番下の"注意書き"って箇所を読んでみて」


 ファイブの言った箇所、そこには手書きの文が書いてあった。


『やあやあ大宮陸斗、"左手無双(シニストラ・デスパレティオ)"の使い心地はどうだろうか? きっと気に入ってくれたと思う。何せ今の君の左手は、この異世界のあらゆる生物を一撃で倒す威力を誇る。勇者だろうが魔王だろうが、その左手を喰らえばひとたまりもないはずだ。素敵だろう? 最強の一角に触れることが出来たんだからさ! それもこれも君に少しでもこの世界を好きになって欲しいがための、神様からの粋な計らいってやつだ!』


 どうやらこれは、神様からの直筆のようだ。少しクセのある、決して綺麗とは呼べない文字だが、解読するのに神経を使う程ではない。言ってみれば何の変哲も無い普通の字だった。


『……それで、大宮陸斗。君は日本に帰る事を強く望んでいるようだから、その辺についてもアフターフォローしてやる事にした。あーもうサービスし過ぎ!! 本当はこんな事やっちゃ不公平なんだろうけど、君には散々苦労かけさせちゃったからさ。これはオマケって事で、一つその左手に細工を施してやった!』


 形式的な書き出しとは程遠い、友達相手に向けて書くような文体だ。

 別に文句はないが、何とも神様にしては威厳の欠片も無い。神様の実年齢を知れたくなってきた。

 何ていう風に思っていると、そこから先、驚くことが書かれているのに気づく。




『その最強の左手は、たった一撃で山を砕き、海を割る神の如き左手! そしてその力は日を追うごとに威力が増していき、いずれは星々を粉砕することも可能となるだろう。……但し、大き過ぎる力は時に災いを呼ぶもの。その左手は、能力を宿してからちょうど1年が経った瞬間、許容量を超え"強力な爆発"を引き起こすようになっている。その威力は凄まじく、この世界はおろか近隣の惑星までもが一斉に滅ぶ事は確実だ。爆発を止める方法はただ一つ、"左手無双(シニストラ・デスパレティオ)"を無効化すること。しかし"左手無双(シニストラ・デスパレティオ)"程強力な能力を無効化するのは容易ではない。出来る奴といえばせいぜい俺くらいだろう。そしてもう一つ、能力を無効化出来る方法がある! それは、"日本に帰る"ことだ。転生先の異世界で生活する権利を放棄した転生者は、同時に自らが保持していた異世界の産物も手放す事になる。物、人、そして能力も。つまり、"左手無双(シニストラ・デスパレティオ)"を所有する権利も失うという訳だ。これで爆発は回避される。自分の命も、世界の危機も救えて、更には君が望んでいる日本への帰還も叶って一石三鳥の行いになるのさ! 1年だ、1年以内に日本に帰れば、君の命は助かり、世界も救える。1年が過ぎれば……まあご想像の通りになる。因みにこの爆発で死んだら本当に死ぬから、リトライとか無しになるからね。つーか世界が滅んでいるのにリトライも糞も無いんだけど。

 ほらっ、日本帰還のモチベーションが上がったろう? これが神様の出血大サービスってヤツだ!! 日本に帰る条件になる"貢献pt"については上の文に書かれているから、それじっくり読んで頑張るように!!

 それじゃあ御武運をっ!』




 ……ということが書かれてあった。

 長々書かれていて非常に読み難い。要約するとこうだ。


『1年以内に日本に帰らなければ、俺諸共この異世界は滅ぶ』



「マジかよ」

「あの、陸斗。こんな事言うのも何なんだけど……」


 俺が現実味のない気分で呆然としている後ろで、ファイブが困ったような表情で俺を見つめていた。


「こんな大変な事態になっちゃったけど、私も頑張るから。一緒に、この世界を救いましょう!」

「、、、、」


 ちょっとはにかんだこいつの顔が、少し可愛いと思ってしまった。本当に俺はどうしてしまったのか。頭でも打ったのかと、自分を疑ってしまう。

 ひょっとしたら夢でも見てるのではないかと思ったが、周囲の惨状も、この理解不能の文章も、おそらく本物なのだろう。


 かくして俺はこの日、最強の力と共に、世界の命運を左右する立場に立つ事になったのだ。

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