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第1話「異世界より」

 まず最初に目に飛び込んで来たのは、見渡す限りの新緑の草原に、混じり気なしの青い空だった。

 狭い島国の日本では、北海道ぐらいでしか見られないであろう広大な景色に、俺は先ほどの薄暗い謎の空間以上に現実味のない感覚に襲われた。


 因みに、俺は北海道に行ったことがない。


「おお〜っ!!」


 隣に目をやると、そこには俺を強制的にこの場所に連れて来たファイブが、目を輝かせていた。彼女はゆっくり辺りを見渡し、一つ一つの景色を写真に収めるように目に焼き付けている。


「おお〜っ!! おお〜っ!!!」


 ……滅茶苦茶興奮しているようだ。


「いやー凄いなぁ! 憧れの外の世界、本物よ本物!! ずっと来てみたかったんだぁ外の世界!! これから楽しいことがたくさん待ってるのよね! ね!!」

「お、おお。……うっとおしいな」


 ファイブがだだっ広い草原ではしゃいでいる。

 無邪気な笑顔で楽しそうなところで水を差すのもなんだが、このままでは拉致があかないので俺はファイブに質問をしてみる。

 うーんと、何から聞いたものか……。


「なあ、この世界は一体どういう所なんだ? 異世界っ言っても曖昧すぎてよく分からねえよ」

「ここは神様が数千以上管理している世界の一つよ。神様は創造を司る能力を持っていて、様々な世界を創り、所持してるの」

「その『神様』ってのが、お前の上司なのか?」

「上司……っていうより、ご主人様? 私自身、神様に創られた存在だからね。言うなれば『マスター』よ」

 創られたって……まあ、神様だったら天使の1匹くらい創れるのかな?

「その神様ってのは、なんだ。俺みたいに死んだ人間を、異世界に送る仕事でもしてるのか?」

「うーんどうだろう? そうとも言えるし、そうとも言えない」

「どっちだよ」

「まあ、それが神様にとって利になることなのは確かね。詳しい事情は知らないけど。でも死んだ人間といっても誰でもいいわけじゃないの。たくさんの条件をクリアして、神様が気まぐれで推薦した人間だけが、神様が創った世界に行ける権利が得られるのよ!」

「気まぐれって、神様って適当なのな」

「権利を得た転生者は、それぞれに配属された私たち天使の案内の元、異世界生活を暮らしていくの。冒険するも良し、商売をするも良し、犯罪者になるのも王様になるのもその人の自由! お好きな生活スタイルをお楽しみできます!」


 ……要するに、決められた正規ルートの無い、バッドエンド有りの鬼畜ゲーってことじゃ無いのかそれ?


「そんな世界に急に連れてこられても、前世じゃただの高校生だった俺に何が出来るっていうんだよ」

「ご心配なく、その為の天使たちです。……最初から最低限の所持品とお金は用意されているから、しばらくの間は生きるのに困らないと思うわ」

「それが尽きたら?」

「……バッドエンド?」

「それはそれは、ファンタジー世界に相応しいスリリングだな。……なあ、今すぐ日本に帰ることって、やっぱり無理なのか?」

「日本じゃあなたは死んだことにされているからね。どうしても戻りたいなら救済処置がなくも無いけど……」

「どういった手段だ!?」

「この世界のどこかに、日本行きの転移装置があるらしいの。でも、その場所は神様以外誰も知らなくて、私たち天使も、その場所は神様に教えられてないわ」

「じゃあ、その神様に連絡して、日本行きの転移装置とやら場所を聞いてみれば良いんじゃないか?」

「無理よ。神様は転生者が自力で転移装置を見つけるのを望んでるんだから、教えてくれるはずがないわ」

「何だよそれ、俺は神様の遊び道具か!?」

「そういう訳ではないと思うけど……。あなた達転生者は、神様に選ばれた時点で二つの進路が約束されるわ。一つは、神様の創った世界で暮らすこと。もう一つは、権利を放棄して新たな命として転生すること」

「権利を放棄した場合は、別の命として生まれ変わるのか?」

「そ、本当の転生ね。まあ前世の記憶は無くなっちゃうし、何に生まれ変わるかも分からないから、責任は自己判断でお任せするわ」

「生まれ変わったら何になるかは、お前には分からないのか?」

「管轄が違うしー。……納豆かごま昆布のどちらかかしらね」

「さっきも言ってたよなそれ! しかも微妙に違うし!」

「と言っても、あなたは既に異世界行きの転移装置に乗ってるので、もう異世界生活を送るしか選択はありません」

「来る前に言えよ!!」


 ふざけんなよお前、どんな悪徳異世界転生だ。説明不十分で異世界に強制送還とかブラック過ぎるだろ! どこに訴えればいいんだ!?


「大丈夫大丈夫。異世界には楽しいこといっぱいあるから。きっとあなたも満足してくれるはずよ!」

「本当か〜。異世界って文明が中世レベルなんだろう? 日本で言えば飛鳥時代か縄文時代くらいなんだろう? 知らんけど」

「大丈夫、その辺は神様ですから。自由自在に世界を構築してるので思ってたより文明は発達してますよ」


 ファイブはそう言うが、俺はいまいち信用ならなかった。というより、この羽なし天使やこいつが遣えてるっていう神様とやらも全面的に信用ならない。いきなりこんな世界に連れてこられて、心を許せっていう方が無茶な話である。

 とはいえ、日本に帰せといっても願いを聞いてくれないようだし、ここは一旦従ったふりをして、チャンスが訪れるのを待つのが無難か。

 そうだ、こいつと行動を共にしていれば隙を見せて弱身につけ込む機会が訪れるかもしれない。そうなれば、脅していうことを聞かせることも可能になる。日本に帰れるチャンスもあるってものだ。

 よし、そうと決まればまずは観察だ。この天使の一挙一動逃さず監視しなければ!


「あ、さっきも言ったけど、あなたが考えていることは私には筒抜けだから。隠し事は無駄だと思いなさい」


 ……そういえば、そんなことも言っていたな。

 俺の作戦は、この天使には通用しないということか。全く……これは詰んだな。


「あとさ。この天使この天使って言わないで、ちゃんと名前で呼んでよ。いや、思ってよ」

「何で頭の中で考えることまで矯正されなくちゃいけないんだ。だいたい君だって、俺のこと『あなた』って呼んでるけど、俺の名前はちゃんと知ってるのか?」

「当然じゃない、私はあなたの担当天使なんだから。えーっと、あなたの名前は………………」

「………………」

「………………福沢諭吉?」

「学問のすゝめ、は読んだことないな。一部なら知ってるけど」

「私は現代日本人らしく、"一万円札の人"って覚えてるわ」

「それは……現代日本人らしいのか? そもそも君は日本人じゃないだろ、何だそのありえない髪の色」

「私の自慢の髪に向かってなんたる言い草! 髪は女の命だって知らないの!?」


 だってありえないんだもん。白い髪の毛とか。おばあさんじゃないんだから。もしくはマリー・アントワネット気取りか。


「冗談はさておき、知ってるのか名前」

「"大宮陸斗"でしょ? もちろん知ってるわ」


 知ってるのかよ、だったら最初からそう言えばいいのに。何だよ一万円札の人って。


「とにかくあなた、もとい陸斗は、他に選べる選択肢はないんだから、大人しく私の指示に従いなさい!」


 ……どうやら、本当に選択の余地はないらしい。相手に主導権を握られている以上、下手な抵抗はしない方がよさそうだ。


「分かった、軍門に下ろう。今日から貴方が主人様だ」

「はっはー、良きに計らえ!」

「じゃあ差し当たって、最初に貰えるという所持品とお金を見せてくれ。こんな見知らむ地で生きていくんだ。ファイブっていう案内天使がいても不安は拭えない。持ち物の確認くらいはさせてくれ」

「あーはいはい。持ち物ね、まあ道案内は私がするし、しばらく生活に困らないだけの食料とお金は用意されているから…………うん?」


 ファイブは、何事かする前に急に真顔になった。

 そう、真顔である。嫌な予感しかしない……。


「おい、どうした」

「いや、あのね? 今気づいたんだけど、何で私、手ぶらなんだろう?」

「それは俺を引きずってきたから。両手には何も持っていなかっただろう」

「……うん、ああそうか。なるほどなるほど、……………………」


「………………」

「………………」


「………………お前、持ち物忘れやがったな」


 黙っていてもラチがあかないので、仕方なく俺からその決定的な一言を言ってやった。

 コクリと頷くファイブ。俺は溜息をついた。


「ならどうするんだよ。今からさっきの空間に戻って荷物を取りに帰るのか?」

「……それは、無理。あの部屋は天使と転生者が会合するため用意された場所だから、既に用をなくしたあそこは消滅されているわ。それに、一度異世界に飛ばされた天使は、役目を終えない限り帰れないの。つまり、陸斗がこの世界で死ぬか、私との契約を破棄するかしないと持ち物を取りに行けないってわけ」

「契約って?」

「陸斗が眠ってる間にかけた、私と陸斗を繋げるための契約よ。これで私は、陸斗の心を読んだり、陸斗に関する意思を共有することができるの」

「おい、人が寝ている間になんちゅうことしてるんだお前! そんなもん破棄してやるよ今すぐ!」

「やめて! 契約破棄されたら私、強制送還されるの! せっかく外の世界に出られたのに、もう帰るなんてあんまりよ!」


 早速、ファイブの弱みを見つけれたらようだ。この天使を俺のいいなりにするのも時間の問題だろう。


「そ、そうだ! まずは街に案内してあげる。この世界の良い所を見れば、きっと陸斗もここで暮らしたくなるわ!」

「先行き不安だなぁ」


 どう考えても良い未来が見えてこない。しかしファイブは我先へと草原を駆け出してしまった。


「ホラホラ、はーやーくー!」


 ファイブがジャンプしながら俺を呼んでいる。

 右も左も分からない異世界だ。ついていくしか道はないよな……。

 俺はこの異世界での生活に不安を抱えながら、仕方なくこのポンコツ天使の後を追うのだった。

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