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【後】私にできること(★)

「お前…何者だ……!?」

「……!!」


 息を呑んだポルトを守るようにフォルカーが腰に帯びていた剣を引き抜く。

 男は特に構えるそぶりもなく、淡々と言葉を続ける。


「用があるのはその娘だけだ」


 聞き覚えのある声にポルトの心臓が不安と恐怖で強張った。それは男を恐れたからではない。これから起きるであろう未来が脳裏に浮かんだからだ。

 

「捕まってから随分と時間がたつが、その様子を見ると……約束は守ったようだな。思った通り、口は固いらしい」

「約束……?」

 

 フォルカーの疑問に男は答えようとはしない。


「それはもともとこちらのものだ。返してもらおう」


 男は黙って手を差し出す。その先にいるのはポルトだ。


「おい…、返すって一体どういうことだ…!?あれはお前の知り合いなのか……!?」

「そ・それは………」

「それに聞いても無駄だ。例え背に鞭を千度入れられても答えはしない。それこそネドナを傷口に塗られても……、死を目前にしたって、そいつは何も話さなかっただろう」


 まるで見知った相手を話すような口ぶりは、フォルカーの感情を逆撫でする。


「お前、この城の者か?その話…誰に聞いた?」


 王を守った従者が毒に犯されたことは、よほど下位の家臣でなければ知っていることだが、それはあくまで噂程度のものだ。国中に知れ渡っているものでもなければ、国外に広がっているわけでもない。


「聞く必要などない。俺が仕込んだのだからな」


 その言葉は男が予想したとおりの反応を王子に起こした。


「――!!お前が…陛下暗殺未遂事件の犯人か……!お前が……ポチを……!お前が…俺の女を傷つけた命知らずか……!」


 憤りは力になり、拳を硬く握らせる。

 その怒号には答えず、男はもう一度ポルトを見た。


「さあ、こっちへ来い。それともそいつも巻き込みたいのか?」


 そう言って床に転がっている衛兵を軽く蹴る。


「面白い…!やって貰おうじゃねえか、この覆面野郎。うちの従者が世話になった礼をしてやらねぇとなぁ……!」

「駄目ですッ!絶対駄目ッ!!」


 今にも飛び出しそうなフォルカーをポルトが腕を引っ張って止める。「下がっていて下さい!」、そう言うとフォルカーの剣を無理やり奪い取ろうとする。


「あ…こら!!このド阿呆!お前こそそこで大人しくしてろ!」


 フォルカーはそんな彼女の腕を掴むと、扉が開いたままだった檻の中へと突き飛ばす。

 格子の着いたここなら、男も簡単に手は出せまい。


「殿下!!」


 男はポルトに向かって「怪我をさせたくなければ止めろ」と告げるが、それを聞き終わる間もなくフォルカーは斬り込んだ。

 男はそれを半身でかわし、太股に装備していた細長い短剣を抜くと素早くフォルカーの懐近くに飛び込み、急所を狙って突く。

 上着の上を滑った刃が布を二枚に引き裂いていく。フォルカーは相手が飛び込んできた勢いそのまま、左手で思い切り拳を繰り出し、狙った通り相手のこめかみへ芯を捕らえた一撃を与えた。


「ッ!!」


 男は床に叩きつけられるように倒れる。

 フォルカーの左手には、先ほどまで男の顔を覆い隠していた布が戦利品のように握られていた。


「まずは一発分。さぁて…次は背中につけた色気のねぇ爪痕の分を返させてもらうとするか……!」


 刹那、風を切るように短剣が投げられる。

 のど元を狙ったそれをフォルカーはかろうじて剣で弾く。その隙に倒れていた衛兵のショートソードを奪った男はフォルカーに向かって襲いかかった。


 真っ正面から受けて立った剣が激しくぶつかり合う。

 フォルカーはそこで初めて男の顔を見た。浅黒い肌に青い瞳、濡羽色の髪をしたその男はフォルカーもよく知る人物だった。


「カールトン……!?な…なんでお前が!?ダーナー公の従者だっただろ……!?」

「今はもう関係ない……!あの男との間で交わされた契約はすでに果たされた!」

「契約……!?」


 剣闘会の時とは比べものにならないフォルカーの剣技にポルトは一瞬見惚れてしまった。しかしすぐに我に返り応援を呼びに檻を飛び出した。


「どこへ行く!俺はそんな命令は出してないぞ!!」


 背中から聞こえたカールトンの声にポルトは立ち止まる。


「わ・私は…っ、まだ除隊したわけじゃない……!殿下をお守りすることが…私の…私の……!」

「ポチ!そのまま行って衛兵を呼んでこい!ついでにダーナー公に手配もかけろ!!」

「お前はこの男を取り押さえろ!そうすれば望み通り、誰も殺さずに終わらせてやる!!」

「さっきから聞いてりゃ……!うちの従者と随分と仲が良いみてえだなぁ!毛嫌いしてたんじゃなかったのかよ!あいつの関係者なのか!?」


 フォルカーのその一声にポルトの表情が強ばる。カールトンはそれに気がついたのかそのまま口を閉ざした。


「おい、どういうことだ…!?ポチ!!お前…なんで陛下を狙った奴と知り合いなのか説明しろ!」

「吠えるな、若造……!!お前一人が望んで知り得るものではない。引けッ!」

「……ッ!!」


 再び二人の刃が混じり合い、激しい金属音と火花。

 カールトンの剣先が振り上がり、ポルトが叫んだ。


「約束を守って!!兄様ッッ!!」

 

 カールトンの切っ先が止まる。フォルカーは自分の耳を疑った。


「『兄様』だと…?今…カールトンのこと『兄様』って言ったのか……?」

「―――……ッ……」


 肌の色も髪の色もその容貌も、何一つ似通った所はない。

 もしポルトと兄妹だというのなら、カールトンもレフリガルト王の御子だと言うのか?……あまりにも馬鹿げた話しに思わず表情を歪めるフォルカー。

 しかしカールトンは、構えていた剣を何故か下ろした。


「……今更何故迷う。お前がどんなに保身を図ろうとも、もうここにはいられんぞ」

「それは………」


 ポルトの視線が落ちる。

 自分に突きつけられた選択を選ぶ時……、今がそうだということなのか。


 ――『自由になった暁には国外へ出て、別の人生を歩んでみてはどうだろうか?』

 戦乱の終わり、新しい時代のはじまりに国の安定を願ったクラウス。


 ――『貴女を…側室として認めても良いわ……!でもひとつ条件があるの。貴女とフォルカー様の間にもし子供が生まれたら、その子をわたくしに頂戴……!』

 運命に縛られ苦しみながらも、たった一人を愛し続けるエルゼ。


 そして……


 ――『お前は一生、俺の側にいるんだ』


 目の前の…こんな自分を必要としてくれたあの人。 

 手にぎゅっと力を入れた。


「俺は無益な争いは嫌いだ。無駄にリスクも増えるし腹も減る」


 カールトンは倒れていた尋問官の一人から上着を無理矢理脱がすと、自分のものと交換した。

 どうやら時間をかけすぎてしまったらしく、陽が昇ってしまった今、着ている暗い服装のままでは目立ってしまうと思ったのだろう。

 石床に転がっていた自分の短剣を拾い、ショートソードを転がす。


「行くぞ」

「――ッ!!」


 フォルカーがその背中に向けて刃を突き立てようとしたとき、ポルトが両手を広げその前に立ちはだかった。


「どけ、ポチ!!」

「殿下!ダメです……!兄様…カールトン様はこれ以上誰も傷つけないと約束しました。その…だから……、もうこれ以上のことは……!」

「馬鹿か!?こいつは陛下を狙って、お前まで殺そうとした大罪人だぞ!兄だのなんだのって話は後でゆっくり聞いてやる!今そいつを逃がせばまた同じことが繰り返される!」


 怒りを宿した剣先がポルトの目の前に向けられる。


(――殿下……!)


 鋼が陽の光を反射した。

 一瞬目の前が真っ白になって、ふいに狼達の森…木漏れ日の下で過ごした時間が脳裏をよぎった。

 重なり合う葉と葉、その隙間から時々差し込む白い光、近くを流れていた川の水面もキラキラと光っていた。

 それはとても綺麗で……。綺麗で……。

 どんなに高貴な貴族がつけている宝石よりも輝いて見えた。

 隣で笑っていたのは……人々が崇める白き神様よりもずっとずっと大切な人だったのだから。


(―――……っ)

 

 ポルトは深く息を吸い、そして見据えるように主と対峙する。

 怯むな。怖気づくな。


「命令が無ければ兄様は何もしない」

「『命令が無ければ』って、お前なぁ、そんなことでそいつの罪がなくなるとでも……」

「『罪』?やらせているのはそっちじゃないか……!」


 フォルカーの言葉を遮るようにポルトは一歩前へ出る。


「本当にずるい。貴族様達は自分の欲求を満たすために他人を巻き込んで……。結局は戦争だってそうだった。戦いたいのは…戦争を始めるのは一番安全な場所にいる人間で、傷ついて死んでいくのは毎日をただ必死に生きてきた普通の人達……」

「は?ポチ……、お前気でも触れたのか?」

「余所の国に腹を立てた貴方が私を戦場へ送ったように、国王を疎んだ誰かが兄様をここへ送っただけのことでしょ?兄様の矢は私を傷つけただけ。人を数人殺しても広場で晒し首にもされるこの国で、ウルリヒ王は言葉一つで何人の人間を殺したと思う?私から見れば大量の人間を戦場へ送った王の方がよっぽど大罪人だ……!」


 末端とは言え、軍人として国民として忠誠を誓った者とは思えない彼女の言葉に、フォルカーの表情が変わる。

 国王とは絶対的存在であり、フォルカーにとっては唯一無二の父親。暴君と呼ばれた祖父の後始末を続け、戦火からこの国を守った。「大罪人」呼ばわりされることなど心穏やかにいられるものでは無い。

 そしてそれを、ポルト自身、よくわかっていた。


「おい、冗談でも聞き捨てならねぇぞ。陛下がどんな気持ちであの戦を乗り切ったと思ってるんだ……!!」

「私達が戦場の片隅で雨露で飢えをしのいでる間、仲間や巻き込まれた村の人の墓を延々と掘り続けている間、女子供が帰らない家族を待っている間……、貴方達は何をしてた?ワイン片手に城壁と衛兵に囲まれた場所でのうのうと…次の戦いのこと考えていたくせに!」

「あん!?じゃあ最前線にダーナー公でも向かわせりゃ良かったのか!?お前の言う『貴族様』、それも王位につけるほどの人間だぞ!?どうだ!?満足か!?」

「……っ……」

「なんだったら初老間近な父上も馬に乗っけるか!?ああん!?近衛隊の連中は大変だろうなぁ!本来民を守るはずだった護衛も、そっちの方にまわさねぇといけねぇしなぁ!!他の仕事が出来るはずだった役人に手配もさせねぇといけなくなるなぁ!どうだ!?それで満足か!?」

「……っ……」

 

 ポルトの言葉に嘘は無い。しかし、フォルカーとて嵐を籠もってやり過ごす無能な支配者では無かった。王子として他に託せない責務があり、それは決して軽いものでは無い。


「お前の言う通りに父上達が戦場に赴いている間、敵国から使者が来たらどうする!?首を振る角度ひとつで、町一つすぐに潰されるような交渉をお前がするか!?それともアントンか!?その辺の屋台の親父に任せるか!?そもそも、向こうの使者がまともに相手にするかどうかすら怪しいけどなァ!!」

「……っ!」

「それでも武器を置いた両手広げて『話し合いで解決しましょ』なんて言ってみるか?真っ先に殺されるわ!!人も物も土地も何もかも奪われて、それで全てお終いだ!!お前の知り合い全員が奴隷になって、家畜みたいな扱いをされても構わんってことだな!?」

「それでも……!!それでも!!私のいた場所には、相手が憎くて戦ってる人はいなかった!みんな、貧しかったり、領主から招集されて戦場に出てきた人ばかりだった!家に帰りたくて家族が恋しくて……だから一生懸命戦った!顔も見たこと無い誰かを必死に殺してた!そしてどんどん自分も壊れて…廃人みたいになった奴だっていたんだ……!!戦争が終わって悔しがる人なんて誰もいなかった!知らなかったなんて言わせない!!」


 ポルトは向けられた剣先にあえて胸元を近づける。


「気にくわないなら殺せばいい……!今更惜しいなんて思うもんか……!最初から(わたし)なんて、使い捨てるつもりだったくせに!!!」

「ッ!」


 乾いた音と同時に、頬に痛みが走った。

 フォルカーの剣は下ろされ、代わりに彼の手のひらが打ち付けられたのだ。

 ポルトは視線をそらすことなく、真っ直ぐ主を見据える。

 怒りとも悲しみともとれる表情を浮かべた彼を……。


「……戦争っていうもんはな、こっちが望んでなくなって向こうが見逃がしちゃくれない時だってあるんだ」

「―――……」

「……父上が言ってたよ。『一番辛いのは、どこと戦うかじゃない。どこから助けるかを決めることだ』ってな。別に同情を買おうとは思わねぇが、まさかお前がそんなことを口走るなんて思わなかったぜ」

「………っ……」

「今初めてお前達が兄妹に見えたよ。……どうやら俺はとんでもない勘違いをしていたみたいだな。クラウスの言っていたことが真実だったってことか」


 剣を構え直したフォルカーの瞳は、まるで別人のように鋭い。


「二人とも、悪いがここから出すわけにはいかん。大人しく牢へ入れ。死にたいなら望み通りにしてやる。どうせ裁判にかけられたって似たような刑がでるだろうからな」


 ポルトは転がっていたショートソードを拾って構える。


「兄様、先に逃げて下さい。ここは私が……」

「――――……」


 カールトンはナイフを構える。


「では少し離れた場所でお待ちを。彼には色々と世話になりましたし、礼をしなければなりません」

「……」


 ポルトの言葉にカールトンの足が後ろに下がった。

 刹那、フォルカーの剣筋が閃光のように走る。ギリギリのところでポルトはそれをかわし、今度は自分の剣を振り下ろした。素早い剣捌きでそれは受け止められ、今度は絡まるような切っ先の動きで剣を奪われそうになった。


「兄様!殿下がこのまま戻らなければ近衛隊が捜索に来ます!先に行ってください!」


 叫ぶポルトをはねのけて、フォルカーはカールトンに襲いかかった。


「行かせるか!!!」

「ッ!」


 風を切るナイフがフォルカーの頬に一筋の赤い線を描く。

 それと入れ違うようにフォルカーの剣先がカールトンの横腹に届き、その肉を切り裂いた。


「兄様!!」


 カールトンは表情ひとつ変えることなくフォルカーの腕を掴むと、向かってきた勢いを乗せたまま床に叩きつける。


「っ!!!」


 吐き気を伴った痛みが背中から襲う。

 一瞬呼吸が止まったが、フォルカーは捕まれた腕を掴み返し、起きあがる反動を使って今度は相手を投げるようにねじ伏せる。そのまま馬乗りになり、頬に固く握った拳を叩き入れた。


「このぉ!!」


 見ていたポルトがフォルカーの背中に身体をぶつけ、その体勢を崩す。

 床に落ちていた黒い布を拾うと、血の滲む兄の横腹に押し当てた。


「……ここは私が…!これ以上傷が深くなったら逃げられません……!」

「……っ……」


 急いで立ち上がらせ、出口に向かって押し込むように背を押した。

 しかしフォルカーはすでに体勢を整え、今度はポルトに向かって剣を振り下ろす。ポルトも落ちていた剣でそれを受け流し、応戦する。


挿絵(By みてみん)


 迎え打たれた鋼が火花を散らして重なり合い、ギリギリと苦しそうに鳴いた。


「弱いくせに…随分と粘るじゃねぇか……!!」

「貴方には随分と良い思いさせていましたよ…!今まで苦労した分、もう少し甘い汁をすすってやろうと思ってましたけど…こうなってしまっては仕方ないですね!!」


 ――『貴女もフォルカー様と一緒にいたいと…愛し愛されたいと、そう願っているのでしょう?』


 鉄格子を掴んだエルゼは涙ながらにそう言った。

 

 わかっていたことだ。

 彼を傷つけたくないと、守りたいと思うこの気持ちがどこからくるものなのか。

 気づかないフリをしなければ…目を瞑り必死に振り払わねば止められない程の想いだったのだから。


「貴方が話してた昔話、覚えてますか?幼き日の貴方が扉の隙間から聞いた親友の言葉……」

「!!」

「扉の隙間から覗かなくったって、正々堂々聞かせてあげます……!」


 だからこれが。

 今自分にできる精一杯の――……

 

「大嫌い……っ!」


 息を吸って腹に力を込めた。


「こっちのことも考えずに変な所ばっかり連れて行って…!仕事は溜まる一方だし女癖は最悪だし、城の皆からは文句を言われてばっかりだったんだ!いっそアンタなんて腹でも壊して寝たきりにでもなってりゃ良かったんだ!!」

「――――……っ」

「何も知らないくせに偉そうなことばっかり言って……!目の前の光景から目を背けて屁理屈や綺麗事ばかりじゃないか!!見ててイライラするんだよ……!アンタみたいな人間をゲス野郎っていうんだ!!最低最悪ッ!!一番大っ嫌いだ!大っ嫌いだ!!大っ嫌いだッ!!」

「それがお前の……俺が聞きたかったお前の本心か!!」


 ……ィンッ


 フォルカーの耳の奥に響く金属音。

 それが鈴の音なのか、幾度も激しくぶつかり合う鋼の音なのか……もうわからなかった。


「俺は……っ」

「!?」

「俺はお前のこと……結構本気だったぜ!あの世で笑いのネタにでもしやがれ!!」

「ッ!」


 弾かれる刃。

 獄中の寒さで指先が痺れたのか、ふっとポルトの手が緩んだ。

 

 その瞬間を逃さなかったエメラルドの瞳に殺気が宿り、少女の手に握られていた剣はあっという間に宙を舞った。

 心の臓を狙う白刃が空気の隙間を滑り込む。


 対峙した金の瞳が切っ先を見失うことはなかった。

 しかし逃れようとその身を動かすこともしなかった。


 一欠片の恐れも、苦しみも見せず………ただ静かに、瞳を閉じた。


「ッッ!!!」


 フォルカーはとっさに手首を曲げ剣先の方向を変える。勢いを殺しきれなかった剣は肉ではなく石壁に激しくぶつかり、大きく体勢を崩すとポルトに覆い被さるように倒れ込んだ。


「!!!」

 

 てっきり胸に痛みが走るものだと思いこんでいたポルトは、何故背中に衝撃を受けたのかわからずに瞳を開ける。

 視線の先には先ほどまで対峙していたフォルカーがいて、その片腕はポルトの頭を守るように抱かれていた。


「………殿……下……?」

「―――……っ………」

「そこまでだ、王子。離れろ」


 カールトンがフォルカーの首元に短剣の刃を押しつけた。

 観念したかのようにフォルカーはその言葉に従う。カールトンはその刃先を今度は妹の首元に押しつけた。


「疎まれているというのに殺すことはできないか。その甘さはいつか身を滅ぼすぞ」

「兄様……」

「まだお前にこんな利用価値があったとはな」

「………」


 その言葉は心に重い暗雲を立ちこめさせる。


「王子、お前が妹に何をしたか知らないが……、考えたようにはならなかったみたいだな。まあ、いい。返して貰った礼に良いことを教えてやろう。お前達が今血眼になって探している指輪、近いうちに…そうだな…今日か明日には発見されるだろう」

「……なんだと……!?」

「その持ち主が今回の騒動…全ての中心にいた者だ。さ、これで満足だろう?解放して貰う。今後、俺たちへの干渉も一切止めろ」

「……ふん、雇い主をバラすなんて変わった暗殺者だな」

「気にするな、今頃死んでる」


 カールトンは刃を立てたままポルトの後ろから腕を回し、引きずるように後退した。


「………っ……」


 反射的に伸びたポルトの手がフォルカーへと向かう。

 新緑のように柔らかだったエメラルドの瞳は、冷たい硬質となり少女を映すことを拒んだ。


「二度と我が国に足を踏み入れるな……!」


 剣を収める音が、二人を断ち切るように響く。

 少女は暗闇に飲まれるように、ゆっくりと影の中に溶けていった。

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