探し人(★)
その部屋は一介の兵士が与えられるには不自然なほど華美だった。日当たりなんて近衛隊の詰所より良いのではないだろうか?
部屋には利便性以上の芸術性に長けた家具が並べられ、中に収まっている調度品はどれをとっても国の主に相応しい逸品ばかり。いや、収まっている調度品だけでない。その周りに乱雑に並べられている贈り物の数々も、全て各地の名のある職人達が手がけたものであり、全国各地の諸侯達から贈られたプレゼントだった。
ここには王子が「特に使うわけじゃないけど地下倉庫に置いとくのはなんとなくイヤ」な物が中途半端に整理をされた状態で置かれている。さながら物置小屋と言ったところだろう。
身元不明の囚人は、つい最近までこの部屋の主だった。
部屋の片隅、窓の付近に置かれたベッドとその周りだけ比較的簡素な道具が置かれている。
「その周りは特に入念に調べろ!」
白獅子騎士団のメンバーが険しい顔つきで踏み入ったのは、ポルトが尋問を受けている最中のこと。姿を消した指輪の捜索が始まったのだ。
物探し程度の仕事、本来なら衛兵にでも任せるものなのだが、今回の目的は国力のバランスを変えるとも言われる聖神具リガルティン。無くなった事自体が一般に伏せられている程だ。事情を伝えられたごく少数の者だけがこの捜索に加わった。
そのうちの一人であるモリトール卿は部下三人を連れ任務にあたっている。今日も眉間に入っているシワは絶好調に深い。
「ったく……、あの平民め……!どこまでも手を煩わせおって……!」
彼の機嫌が悪いのは珍しくない。ある程度の怒号や鉄拳制裁には慣れているローガンは特に気にすることもない。丁寧にベッド周りを調べる彼も、指輪捜索隊の一人である。
(これが……ポルトが眠っていたベッドか……)
眼の前には真っ白なリネンが敷かれている。
枕に隠されていないか持ち上げる。さなか、綿のくぼみが間近になると何故かそのまま顔を押し付けたくなる衝動に駆られてぐぐ……っと堪えた。まるでお腹を見せている犬を見た気分だ。
頭の中にふわりふわりと少年の寝顔が思い浮かぶ。
細くて触れるとふわふわと柔らかい髪、閉じられたまぶたの縁には長いまつげが生えていて、それは髪と同じ美しい濃い金色をしている。鼻は子犬のように小さく、指先でつんつんと触ってみたくなる。白くて柔らかそうな頬はいつも王子に弄られ指で挟まれてはむにゅりと変形していたが。……本音を言えば自分も同じことをしてみたかった。
(そんなこと…俺にはできっこないんだけどさ……)
布団をめくりあげ、何か隠していないかと探すも何も出てこない。出てきたのはこの布団で横になってスヤスヤと眠っている無防備なポルトの更なる妄想図だ。いつも着ている重々しいサーコトやチェーンメイルも脱いで、薄いシャツ一枚でコロンと横になっていて……。その姿、何故か周囲に花を散りばめているようにさえ感じる。
(軍人っていうわりには…結構華奢な身体してたもんな……)
一度だけ彼を抱きしめた。
あれは王子がラブレターを貰ったメイドと逢瀬をした夜のこと。カロンに友好関係をアピールするため、ポルトがこの身体を抱きしめて「好きだ」と言ってくれた。犬への演技だとわかっていても、飛び跳ね暴れる鼓動はどうしても止められず、衝動が抑えられなくなってしまい……。結構な本気度を出して抱きしめてしまった。
思っていたよりも柔らかくて小さかった身体、ミルクのような甘い良い香りがして、一瞬女性かと疑ってしまう程で……。しばらく離れられなかった。
あの時ポルトはこちらの意図など全く気がついていないようで、ただただ「どうしたのですか?」と心配されて終わった。
もしこれが友情以上のものを感じている相手だったなら、受け答えも変わっていただろう。
……つまり、彼にとって自分は「良いお友達」なのだ。
(錯覚で終わってくれるならそれが一番良いんだ……。こんな先が見えてること……)
何処かくすぐったくて、それでいて何故か泣きたくなるようなこの感情……。きっと彼には迷惑でしか無い。
「どうした、ローガン」
「!」
モリトール卿の鋭い紫瞳が向けられている。
「い…いえ、なんでもありません」
「お前が狼従者と仲が良いのは知っている。気は進まんだろうが手を抜くことは許されんぞ」
「そんなことはしません」
狼の世話をする姿は真面目で真剣そのもの。その仕事ぶりひとつ見ても、彼が盗みを働くような人物だとは思えない。彼は狼の調度品を整えることはあっても、自分の服を新調することは無かった位だ。指輪のような貴重品に興味があるとは思えない。
「城の中にはお前とポルトが通じていて、色々と便宜を図っていると噂する連中もいる。」
その言葉は信頼している上司のものであっても眉根をひそませる。
「噂話なんていつものことです。俺は気にしてませんよ」
「お前がそう思っていても、それを信じ振り回される者もいる。ご両親だって心配されるだろう。……人間は信じたいことしか見ようとしないものだ。ここで連中の鼻をあかせてやれ」
「――……」
そうか、とローガンは気がづく。
先日ポルトに錠をかけさせたのも、きっと部下の謂れなき噂を払拭するためだったのだろう。
(『人間は信じたいことしか見ようとしない』……か。もしかしたら、俺もそうなのかもしれないな)
気が付かないような心の何処かで「彼が女性なら良いのに」なんてことを願い、軍人相手に小さいだの柔らかいだのという錯覚を起こしたのかもしれない。
(きっと…きっと妹と歳が近いから、友人というよりも弟のような感覚になっているんだ。そうじゃなきゃこんなおかしなこと…考えるわけ……)
誰かに相談なんて出来なかった。こんな状況なら尚更だ。
(どうせこれが本気でも錯覚でも、彼に打ち明ける気はないし……。今はどうでも良いことだ)
気を取り直して、捜索の手を動かすことにした。
指輪の他にもできれば彼の身分を証明するものを見つけてあげたい。
疑惑が重なれば、それだけ人の心も離れてしまう。一つでも解消できれば、皆の見る目も変わるんじゃないだろうか?
そう思い、懸命に探すが布団の下には何も無かった。身をかがめてベッドの下を探る。すると、手に何か硬いものが当たった。
「……?」
引き出してみると、それは腕に抱えられる程度の粗末な木箱。
蓋を開けると中から可愛らしい包装のされた袋や食べかけのお菓子が顔を出した。その中のひとつは自分にも心当たりのあるもので、思わず青灰色の瞳を見開く。
(これ、俺があげた香水と石鹸……)
ロイターに襲われ、心に深い傷を負ったポルトを見舞い贈ったものだ。石鹸は一回り小さくなり、小瓶は中身が半分ほどに減っていた。
(……!)
――使ってくれた、そうわかった瞬間、頬が一気に熱を帯び口元が緩む。モリトール卿の気配を感じ慌てて気を引き締めたが、呼吸はにわかに早い。
他にも箱の中には大きなドングリが数個と何処も破けていない蛇の抜け殻、そして艶々に磨かれた銀貨が一枚入っていた。
きっとこの箱はポルトにとって大切なものをしまっておく宝箱のようなものなのだろう。
「ドングリか……。俺も子供の時はよく集めたものだ。兄弟で数を競ったりもしたっけな……」
狼を野原に放っている間、駆け回る彼らの横でこういったものを集めたのだろう。想像するとなんだか微笑ましい。
それらの一番下に敷かれるように入っていたのは服だ。
(服?)
身につけるものには固執しない彼が服を大切にするなんて……。例えば…大切な人とデートをするために買った一張羅だとか?
手に取ると服の中からポロリと小物が落ちた。美しいエメラルドのイヤリングとネックレス。そして薬を入れておくものだろう、不思議な形の小さな革袋が二枚……。
「何だこれは……?」
アクセサリーのデザインはどちらかと言うと女性向けのもの。ということは、これは意中の女性へのプレゼントか?彼は婚活中だと言っていたし。
首を傾げながら服を広げ、ローガンは息を呑む。
(………!?)
それは柔らかい薄紫を基調にしたブラウスに濃い色のワンピース。忘れもしない、これは酒場で出会って以来姿を消してしまったあの少女と同じもの。
同性に変な気を起こしてしまいそうな自分を救済できるのは、あの酒場の少女しかいない。…そう思って必死に探し回っていた。今の今まで手がかりは何一つ得られなかったのに……。
(何故…彼がこれを……?)
同じ店でたまたま同じ商品を買ったということなのか?シャツやアクセサリーまでお揃いだと??そんな偶然あるのだろうか?
今まで考えもしなかった可能性が脳裏に浮かび、表情が険しくなる。
(まさか……。まさかそんなことあるわけない。だってあそこは多少なりとも金のある人間ばかりが来る店で……。それに彼女は恋人を連れて来てたって店主も言っていた。ポルトは独り身のはずだ)
ドクンドクンと脈打つ心臓。
混乱するローガンに光を指したのは、積み上げられた荷物の中から仲間がふいに投げ捨てたある品物。
「うわ…!びっくりした……。なんだ、女の頭が転がってると思ったぞ」
無造作に置かれたそれは、あの少年と同じ濃い金色をした長い髪のつけ毛だった。
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