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調査結果

 ポルトが北棟にある牢に収容され数日が過ぎた。

 胸の中にポッカリと穴が開いたような空白感がフォルカーの瞳を曇らせる。

 王族であるフォルカーが囚人に直接会うことは許されず、指輪を見せた翌日から彼女とは離れたまま。


 当初専門の尋問官が呼ばれ聴取を行っていたそうだが一向に口を割らず、今はアントン隊に交代しているらしい。見知った相手になら何か話すと思ったのだろうが、ポルトからはなんの情報も得られてないようだ。


 あの柔肌に鞭ひとつでも振るわれた日には、城を内側から全焼させて落城させてやるくらいの気持ちでいた。しかし、自分が近衛隊相手に大暴れしたかいあって(?)、まだ質疑応答のような状態を続けているらしい。


(あいつ…ちゃんと飯食ってるかな……?)


 身に覚えのない罪を問われ、その上腹まで減ってるだなんて、彼女は今かつて無い程の無表情っぷりを披露していることだろう。

 北塔の衛兵にはポルトの身体を傷つけず、食事は今まで通り出すようにと言ってはある。しかし今回の拘束を指示したのは国王であり、自分が抗えない唯一の相手。実際にそうなっているかどうかはわからない。


(……?)


 どこかで季節外れの虫が鳴いているのだろう、リィン…リィンと悲しい声が消える。

 窓の外を見ても枯れた木々が北風に揺れているだけで、どこから聞こえているのかはわからない。枯れ葉とともに落ちるのはため息ばかりだ。


 執務室の机に置かれた書簡はここ最近にしては珍しく少ない。ただどれも目を通さなければいけない重要なものばかり。王から直接頼まれている案件もあったが手をつける気には露程もならなかった。

 丁度良い、この年末のクソ忙しい時期に業務を盛大に滞らせて、お気に入りの玩具を取り上げたことを後悔させてやる。


「フォルカー?」


 書類を見つめてギリギリと歯ぎしりをするフォルカーに、仕事終わりに駆けつけたクラウスが心配そうに声をかける。

 テーブルに用意された紅茶からは温かい湯気がゆらゆらと立ち上っていた。

 クラウスは軽く部屋を見回す。


「―――………」


 フォルカーが一番肩の力を抜ける場所であろう自室。いつもならその隣にいるはずの従者の姿が無い。


「まぁ……座って茶でも飲んだら?俺もお前が立ちっぱなしっていうのも落ち着かないし」


 促され、フォルカーは仕方なくソファーに腰を下ろした。


「お前が思いつきで行動するのはいつものことだけど、今回は流石に反省してる?」

「色々急ぎすぎたっていうのは自覚してるよ。結局何をどうするかも、漠然としたことだけで具体的な準備なんてできちゃいなかったしな……」


 しかし父親に先手を打たれた。ここぞという時にはきっちり自分の仕事をこなす彼の性格を思うと、大人しく座っていることなんてできない。

 父親のことは大好きだし尊敬している。期待にも出来るだけ応えたいとは思ってはいるが、今回は男として譲れない場面だ。


 そういえば以前、エルゼ対策で貴族っぽい男装で現れた日があった。あの時はまだポルトが女だと知らなかったし、そんな対象としてあの従者を見る日が来るだなんて思いもしなかった。空想の中ですら未来の花嫁像を描けずにいたくらいなのに…運命とは思ってもいない方向に舵を取るものである。


「指輪に接見させる。それが準備のひとつだったんだろ?」


 クラウスが口元に紅茶を運ぶ。


「陛下に謁見のことは?」

「いや、まだ話してない。……そのうち呼び出しをくらうだろうから、あいつが女だって言っちまうのも悪くないかもな」


 深夜に女を連れて指輪の間に入った。それが息子にとってどんな相手なのか…わからない訳がない。

 少し先の未来に待ち受けているウルリヒ王の嘆きを察したクラウスが困ったように笑った。


「お前は王妃様に似てるね」

「?」

「より極端で目的に一番近い選択肢を好んで選ぶ方だった。場合によっては目的より手段を優先したりね。うちの父もよく巻き添えをくらったもんさ」

「あのな……。あとで自分の首締めるのわかってるんだぞ。俺は別にそこまでやるつもりは……」

「四大国の王は神に託された神聖具を守護する為の存在。それ以上にもそれ以下にもなりえない。神の依代とも言える指輪が認め、その加護を与えたとなれば陛下といえども一目置かないわけにはいかないだろう。彼女を傷つけることは指輪の意志に反することになるからね」

「………」

「だからお前はてっとり早く謁見させたんだ。まるで犬に首輪つけるみたいに」


 「自分だったらこんな息子ヤだなぁ」と笑うクラウスにもフォルカーは涼しい顔をしている。


「ウルリヒ陛下の時は相手を選びに選び、謁見させては失敗して、四人目のシュテファーニア様でやっと認められたって話だ。それをお前は庶民選抜で一発OKだなんてね。そりゃ陛下の心中も穏やかじゃないだろうさ」

「……身分なんかにこだわってるから、んなことになるんだ。最初から視野を広くしてればそんなに迷うことは無かったはずだ」

「それで起きなかった揉め事も多いはずだよ。それにその結果としてお前が産まれたんだから、陛下を悪く言うなって。そんなことだからこんな資料が出てくるんだ」


 クラウスは厚い麻製のカバンから資料の束を取り出すと、部屋の中心に置いてある黒檀の長テーブルに広げた。そのうちの一枚には地図が描かれていて、クラウスは指を指す。


「ファールン国の北東、北国スキュラドとの国境にある村がウィンスターだ。お前も知ってるとは思うが、この辺りは昔からスキュラドとの領土戦が激しくてね。半ば無政府状態が長く続いている。レフリガルト王の時代に、この辺りの支配権を強めるべく教会を建てさせた。でも、後に野盗達に襲われ施設は占領。その後教会の建設に腹を立てた北国もすぐに兵を送ってきた。しかしこの頃のファールンは南国マンティミリアとの間でくすぶっていた戦火が拡大してきたこともあって、増援を送ることもできず……。まぁ、現地では北国軍と野盗との短い戦いになっていただろうね」

「その当時はスキュラド国内も荒れてただろう」


 フォルカーの言葉に頷くクラウス。


「そうだね。北国も王に対立する国内の反乱軍が力を増してきて、僻地に兵を置いておくことも出来なくなった。結果、あそこは戦いで荒れされるだけ荒らされた不毛の地となり、野盗すら寄りつかず……村はそのまま消滅している」


 『消滅』という言葉が胸に小さく刺さる。


「村民はどうした?」

「仕事を求めて移住する者も多くてね、教会が出来る頃には数件しか残っていなかったんだって。それもその地で眠りたいと願った老夫婦ばかりがね。……そして最後に残った一人が天に召されたことで、正教会の役目は終わり。記録もそこで終わっている。つまり、レフリガルト王の時代にはすでに、男だろうが女だろうが子供なんて一人もいなかったってことさ」

「――……」

「リリア=チュリッヒなる者も存在しない。残っていた家にもチュリッヒの姓はなかった。念の為ツィックラーの姓も調べたけど結果は同じ。……お前は今もあの従者に騙されてたってことだ。これが正教会の記録から出てきた調査結果だよ」


 フォルカーは押し黙る。


「あの少女、何者だ?」

「……さぁな。俺にとっちゃどうでもいいことだ」

「おい、これはお前だけの話じゃないんだぞ。国全体に関わることだ」

「わかってるさ」

「だったら……!」

「諦めろって?」


 ストレートな物言いにクラウスがくっと息を呑む。


「……それがお前の為でもあるし、彼女の為でもある」

「あ、良いこと思いついた。俺、継承権放棄するから、お前が次の国王になってくれ」

「勘弁してよ。俺の愛は天に捧げたんだ。そもそもこういう面倒なこと好きじゃないんだよ。俺の身体が頑丈じゃないの知ってるでしょ」

「よくいうぜ。お前、ロイターの訃報を聞いて一番に駆けつけたそうじゃねぇか。あのロイターだぞ?正教会はあいつから多額の寄付金でも貰ってたのかよ?」

「あのロイターだからだよ。あの事件で離婚して子供も離れていった。天涯孤独の身になったんじゃ躯を拾う者もいないだろうしさ。顔だって知っている相手だし、気の毒じゃないか」

「そんなもん自業自得だろうが。……でも、あいつが自殺するとは流石の俺も予想してなかったぞ。てっきり返り咲きを狙って何か画策してると思っていたが……」


 フォルカーは顎に手を置いて思案顔を見せる。


「本人しかわからないような葛藤があったんだろう。今頃神の御手に守られて、罪を償い幸せになっていると思うよ。重臣として長年仕えていてくれたことは確かなんだからさ。せめて俺達は古き血脈の末裔(王族)としてそう願ってやろうじゃないか」


 クラウスの言葉に舌打ちを返した。


「お前の従者の方はこれからが正念場だな。もし暗殺事件の犯人でもなく、指輪の容疑も晴れたら……任を解いて最悪でも国外追放で済むだろう。あの子の今までの良心を祈ることだね。資料は置いていくから、これから先はお前が考えろ。ったく……、最近疲れが溜まって耳鳴りも取れやしない。これ以上面倒ごとはお断りだからね」


 カバンの蓋を閉め、クラウスはフォルカーの部屋を後にした。

 テーブルに広げられたままの資料を見ながら、フォルカーはすっかり冷めてしまった紅茶を口に含む。心なしか少し苦い。


 目の前に書かれている全てがポルトの存在を否定している。

 自分には全て打ち明けていると思っていた。

 他の誰にも言えないことも、自分だけには話していると……。



――『あ…、えぇと…リ・リリア=チュリッヒ…です』



 この部屋で初めて聞いた彼女の名前。


 白百合(リリアン)になぞらえた名を貰うなんて、きっと両親は彼女を愛していたのだろう。

 そしてそれをポルトも自身十分わかっていた。飯の為だと言っていたが、実は家族の敵討ちの為に剣を取ったのでは?だから、あんな小さな身体で大の男でも逃げ出すような戦場に赴いたのではないか?……なんてことを考えていた時期もあった。

 今思えば白百合のようにありたかったという、ポルト自身の夢を反映したものだったのかもしれない。


 しかし壁に目をやった時、その考えが全くの勘違いであったことに気がついた。

 事情を聞いたベッドからもよく見える位置に飾ってあるタペストリー、そこに描かれていたのが向かい合う二輪の白百合だったのだ。


(……『えぇと…』の間に見つけたのがコレか。どんだけ適当なんだよ……)


 あの時気まずそうにうつむいていたのは慣れない嘘のせいか。思えばテンプレ通りの動きである。

 今まで見てきた『ポルト』が虚像なのか本物なのかだなんて……考えるまでもなかったのかもしれない。

 こんな適当なことしかできない奴に、スパイなんて器用な真似が出来るだろうか?あまつさえ、指輪を盗み出すなんて……。


(高級なマキナの実をどっかのガキにやったことすら隠せてなかったじゃねーか)


 淡く立ちこめていた黒雲の中に見慣れた彼女を見つけて、口元が少し緩んだ。

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