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ポチさんからのミルクが……

「ああ、アレね。ちょっと待ってて」

「よろしくお願いします」


 夕食の準備に追われる調理場は沢山の料理人達が世話しなく動いている。顔見知りになった使用人の一人にお願いをして、今日もカールトンに持って行く蜂蜜ミルクを作ってもらっていた。 


 ダーナー公が倒れて数日。連れ添うカールトンも城に滞在している。自分とは頭の出来が違うのだろうか、教えられた仕事は要領よくこなすらしい。物事が順調に進んでいれば、人々はその中で安心感を得る。誰も彼の素性に気がつく者もいなかった。


 自分が彼を警戒してしまうのはまだよく知らないからで、彼が心を閉ざしているのは向こうも自分をよく知らないから(もしくはまるで興味が無いから)だろう。……そう思い、合間を見ては彼に話しかけるようにした。そして彼が一人の時を見計らっては蜂蜜ミルクを差し入れている。


 最初は何処か緊張感を纏わせ寡黙を貫いていたが、他の目がある時は王子の従者を無碍に扱うことも出来ないらしく、雑談程度なら嫌々応じてくれる(※横にいても怒られない)時もある。あの王子の存在が役に立つ稀なケースだろう。

 警戒心を解くには愛嬌も大切だ。昔(『ゆらゆらゆれる。』参照)習った『麗しの王子の微笑』を作ってみたが、侮辱されていると勘違いした彼が剣を引き抜いたので、それ以降はやめた。


「ほら、出来たわよ」

「今日も美味しそうですね。ありがとうございます」


 トレイの上に載せられたカップの中には水面が揺れる蜂蜜ミルク。 

 冷めないように銀のクローシュを被せてくれた。


「カールトン様に?」

「はいっ」


 差し入れる時は必ず目の前で一度スプーンで毒味。そうすると時々口を付けてくれる。


「ダーナー様も落ち着いてきたとはいえ、まだまだ油断できないらしいし大変ね。彼も引き継ぎとか伝言とか色々やってらっしゃるんですって。ここに来て間もないって言うのにちゃんと政務をこなされていて……ご立派だわ」

「ダーナー様…やっぱりまだ……」

「ホラ、ここ最近冷えてきたでしょ?ただでさえ今年は体調が万全な日なんて無かったらしいし、朝ベッドから起きあがるのも大変だったって噂よ。ご子息のクラウス様が聖堂から頻繁に外にお出でになるのは、多分そのせいもあるんじゃないかしら」

「……もし何か起きた時、クラウス様が継がれるんでしょうか?」

「あー、それは無いでしょうね。もう随分前からそう仰っていたし。カールトン様は元々前のご主人様が亡くなられていらっしゃったのよね?また同じ事になったら気の毒だわ。……そういえば、彼、蜂蜜ミルクが好きなの?」

「どちらかというと私の好物なのですが、彼も嫌いではないようです。カールトン殿は実に優秀な方ですし、同じ従者を担っている者として尊敬しています。こうしてミルクを運んでは何か為になるお話を聞かせては貰えないかと思っているんですよ」


 っていうフリして殿下が自分にしたこと(餌付け)をすれば、彼も少しは懐いてくれるんじゃないかと密かに期待している。何より彼に接触する切っ掛け作りに丁度良いのだ。


「ちょっと内緒の話なんだけど……」


 使用人は背を丸め、小声になった。


「カールトン様のファンクラブが出来たのよ……!」


 ぶふっ!

 驚きのあまり持っていたトレイが揺れる。もしかしたら中身がこぼれているかも……。


「初回募集定員は十人くらいだったのにあっという間に埋まっちゃって、追加、追加と増え続けて、今やニ十人はいるみたいよ!」

(私、つい先日ケーキナイフ投げられてるんですけど……!?)


 恋は盲目。女性とはかくもたくましいものなのか。……いや、確か自分の同性の生き物だったはず。


「まあでも他のファンクラブ同様、下級クラスにいる子達は掛け持ちしてるんだけどね」

「階級まであるんですね……」


 彼女の補足説明によると、本命(推し)の数が少ないほど上位階級になるらしい。誰の基準でそう決まったかよくわからないが。


「一番人気はやっぱりフォルカー様ね!メイド一人一人への対応が一番丁寧だもの!二番は金獅子隊のフォルバッハ様だったんだけど……、そのうちカールトン様が革命を起こすかもしれないわ…!」


と、頬を染めながらうっとりと目を細める使用人。そうか、この人はカールトンが本命か……。

 金獅子隊とはウルリヒ王の近衛隊のことで、フォルバッハ卿はそこで隊長をしている。

 ポルトも見かけたことはあったはず。しかし特に意識をしたことがないせいか、容姿はすっかり忘れ人柄等も全くわからない。今度王子に聞いてみよう。


「ポルト君は七番人気位よ?トップ10には入ってるから安心してね!メイド達が女装のお手伝いを来た時から急に人気が上がった気がするわ。カプだとフォルカー様と……」

「カプ?」

「あ…!!いやだわ私ったらこんなことペラペラと!ごめんね、気にしないで!あ、強いて言うならファンタジーって所かしらー??いいのいいの、貴方は知らなくてっ」


 わかる……。彼女が言わんとしている内容がわかるぞ……。いつか誰かに愛されたいと思っていたが、こんな形は想定外だ。

 ぎこちなく挨拶し、早足でその場を離れる。


(…………)


 きっと殿下と自分の噂のように、そのうちカールトンも誰かとカプとやらになるのだろう。どうか彼の耳には入りませんように!


 主君の命を狙った相手だというのに、それでも姿を見る機会が増えるほど、言葉や視線を交わすほど情のようなものが生まれてしまう。きっとそれは、この城に来て自分が変わったからだ。

 形はどうれあれ、少なくともこの城内には彼を大切に思ってくれる人はいる(ニ十人も)。

 隊の仲間や王子が聞いたらきっと「甘い!」と怒られてしまうだろうけれど、この機を逃せばまた別の場所で彼は同じ事を繰り返してしまう。

 ガジンの家で眠っていた彼は酷くうなされていた。 ただの悪夢であればまだ良い。こんなことを続けているのだ、もしかしたら彼も『影』のようなものに捕らわれている可能性だってある。

 まだ死人は出ていない。首謀者さえ見つけられれば、彼を止め和解できる時も来るかもしれない。


「何事も、まずは行動……だよね……!」


 銀のクローシュが眩しく光る。カールトンは今ダーナー公の執務室、もしくはダーナー公の眠る部屋近くの控え室にいるはずだ。


 こぼさないように気をつけながら廊下を歩いていると、途中でフォルカーと出くわした。前後に近衛隊を引き連れている。

 軽く会釈だけして通り過ぎようと思っていたが、何故か彼は怪訝な顔をしてこちらを見ている。

 何か言いたげな口元。「何やってんだ、お前」みたいなを顔だ。


「……何やってんだ、お前」

(そのまんまか……)


 フォルカーの傍にいたカロンとシーザーも足元へ駆け寄ってきた。二匹の目が可愛く心なしかキラキラとしている。左右に大きく揺れる尻尾。恐らくクローシュの中身が匂いでわかったのだろう。

 じっとポルトをみつめ、ちょろりと舌を出している口は軽く微笑んでいるようにも見えた。


「これはお前たちのじゃないよ。あとでおやつあげるからね」

「……!」


 何故か目を見開きこちらを見る近衛隊のローガン。なるほど、今日も塩抜きジャーキーをお持ちなのですね。


「おい、俺は何も頼んじゃいねーぞ。その手に持ってるやつ…誰に持って行く気だ?」

「あ、これは……折角カールトン様がこちらにいらしゃっているので、何かお飲み物をと……」

「『折角』俺が真面目に仕事してるのに、こっちには何もないのか?」


 何故か至極面白くなさそうだ。会議中でもお茶くらいは用意されるだろうに何をスネているんだろうか……。


「???では殿下にも後ほどお茶を……」


 フォルカーはクローシュを開いて「蜂蜜ミルクか……」とこぼす。


「で・殿下も蜂蜜ミルクがよろしかったですか……っ?」

「なーんであいつにお前の好物を運んでいる?」


 この言葉にモリトール卿の視線も反応する。相変わらずの眉間のシワ・眼力に思わずポルトが身震いした。


「そ・それは…その……っとても美味しいので……是非彼にも飲んで貰おうかと……。彼も甘いものは苦手ではないようですし」

「奇遇だな」

「え?」


 マグを片手にもつと、フォルカーは一気に蜂蜜ミルクを飲み始めた。

 傾きが大きくなると共に、驚きを隠せない自分の口がぽかんと開いていくのがわかる。

 最後の一滴まで無くなったのか、フォルカーは手の甲でぐいっと口元を拭った。


「俺も、甘いものは嫌いじゃないっ」

「な…なんでこれを飲んじゃうんですかっ?」


 マグをトレイに置き、ニヤニヤと笑うフォルカーは「あー、なに?俺のじゃなかったの?そりゃー知らなかったなぁ。悪ぃ悪ぃ」と言葉を棒読んだ。


「思いっきり嘘ですよね?わかってましたよね?ってか会って二言目には聞いてましたよね!?私も答えてましたよね!?!?」

「そういえば昨日頼んだ紙の補充、忘れてただろ。こんなもん運んでる暇があるなら自分の仕事をしっかりやれ」

「あっ、す・すみません……!すぐやります!」

「馬ァ鹿、遅ぇよ。他の奴に頼んだっつの。お前は罰として俺の部屋の床磨とけよ。この前鉢植え運んできた時の土汚れ、溝に残ってたぞ」

「はい……。申し訳ありませんでした……」


 なんてことだ……。最近カールトンのことばかり考えていたせいだろうか。

 思わず視線が下に落ちる。 


「俺様の従者だろうが。顔を上げろ」


 ぴしっと軽く痛みが走ったのは額。指で弾かれたらしい。

 「床、忘れるなよ」、そう言い残し、フォルカー達は次の会議室へと向かった。


 床磨きにはその日一日を要し、ミルクを運ぶどころか狼達のブラッシングの時間すら短縮で行うことになってしまった。 

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