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ポチさんからのミルク

 目が覚めるとカールトンはすでに城に戻った後だった。

 特に伝言も無く、立ち去る際ガジンには「世話になった」と伝えただけだったそうだ。

 彼を浴場から運ぶ為に馬小屋からこっそり借りてきたロバを連れ、ポルトも丁寧に礼をしガジンの家を後にした。


 まだ朝の鐘は鳴っていない。見上げた空は高く快晴であったが、ふぅとため息が出る。

 昨日の戦い、彼が死ぬか自分が死ぬかということしか考えていなかった。何がどうなっても後は野となれ山となれと思っていた。つまり……


「浴室壊しちゃったこと…なんて報告したらいいんだ……」


 スン……と感情が消えていくのを感じる。その後のことなんて何も考えていなかった。



━━…━━…━━…━━…━━…━━…━━…━━



 重いため息は昼下がりの城内でも落とされた。

 側付きの職務からしばし解放され一人になった部屋の中。テーブルに用意されていたのは小さな焼き菓子と白い陶器のティーセットがあった。

 ダーナーの元へ来てからというもの、華やかな場所に顔を出すことも少なくなくなった。時々体型以外には気を使っているご婦人方からねだられ、こんなティーセットで茶を入れる時もある。


 貴族達の他愛のない茶会ほどつまらない物はない。特に女を交えた時には、そのつまらなさも群を抜く。

「まぁ、素敵なドレス」「サロンにこんな花を飾っていて…」「何処かに良い方はいるかしら?」……何故同じような話を繰り返すのか全く理解が出来ない。いっそ紙に書いて壁に貼ったらどうだ。


 華美な見た目、希薄な中身。それが貴族だ。

 特にエルゼという娘、黙っているうちは良いが、口を開けばイメージが一気に壊れる。勢いのある話し方で会話の中に割って入り、大きな身振りは身の丈すら錯覚させる。遊び盛りの少年が中に入っているのではないかと思うほどだ。王子が逃げるのも無理はない。


 そんな彼女だが、幼少の頃からの顔なじみと言うことで国王とダーナーには随分と可愛がられているらしい。ダーナーの休んでいる部屋にも約束無しで見舞いに訪れていた。自分よりも身分がある相手に普通はありえない。意識だけはかろうじて戻ったダーナーも血色の悪い顔を緩ませていた。


 来客用の部屋にある暖炉は大きく、部屋を十分に暖めていた。

 ローブを脱ぎ、焦げ茶色の茶葉の入ったポットに湯を注ぎ入れる。味はよくわからないが、蒸気に混じって空気に溶ける茶葉の香りは悪くない。コポコポという心地よい音に入り込むように、扉がノックされた。


「どうぞ」


 ゆっくりと開いた扉。その隙間から覗き込むように顔を出したのは、あの赤毛王子の従者だった。

 こちらの反応を伺うように一瞬金瞳を見開く。


「カールトン様、失礼します。フォルカー殿下の従者、ポルト=ツィックラーです。貴方がこちらでご休憩されていると伺いまして。少し…宜しいでしょうか?」


「ここは狭い、外へ出ろ」

「っ!?あ・いえ、決して先日の続きをしに来たわけではなくっ。その…目を覚ましたら、もういらっしゃらなかったので…お身体の調子はどうかと思いましてっ」


 どこかオドオドとした様子。本当に昨日襲ってきた者と同じなのだろうか。


「ガジン様から伝言を預かって参りました。『薬が切れたらいつでもおいで』だそうです。あと、滋養に何か出来ないかと思って。えと…これ…お持ちしました!」


 持っていた銀のクローシュをテーブルに置き、蓋を開けると陶器のカップが出てきた。白い湯気がゆらゆらと踊り出ている。


「私が世界で一番美味しいと思っている…蜂蜜ミルクです!先ほど調理場の方にお願いして、内緒で特別に作って頂きました!滋養もあって味も良い…一粒で二度美味しいものです!是非味わって頂きたくて……!」

「帰れ」

「えっ?なんでっ?本当に美味しいのです!もしかしてすでにお試しになられてましたか?甘いものは苦手とか……」

「興味ない」


 ポルトは駆け寄ると、「失礼」とティーセットの中に入っていたスプーンを手に取る。

 ミルクをぐるぐるとかき回し、ひとさじすくって口に運んだ。驚いたように瞳が見開き白い頬がぽわっと紅潮。そして何故か「そんな…………」と小さくこぼした。


「自分で仕込んだ毒を飲むとはな。この国には変わった奴がいる」

「もし…お捨てになられるなら……返して下さい……」

「好きにしろ」


 震える声からあふれる悲壮感。今回『特別に』作ったということは、恐らくいつもは別の手段、もしくは場所で作られたものを飲んでいるんだろう。よく考えてみたら城の調理場で作られたということは、材料全て王家御用達の食材と言うことだ。ミルクも蜂蜜も、巷には出回らないほど高級なものだったに違いない。


 ポルトにとって貴重な甘さの残る口元をペロリと舐めると、「あの…」と顔を上げる。


「ダーナー様の件、メイドさんからお聞きしました。マルクス様が処方したミダルの葉…実際は使用されていなかったとか。貴方が持っていた薬を処方したのだと……」


 正体不明の毒に即座に対応出来るとすれば、その正体を知る本人位のものだろう。


「貴方のことです。もしもの時の為に対処法のひとつやふたつ…例えば予め解毒薬を持っているくらいのことはされていたのでしょうね。正直なところ、誰がどうなっても気にされないと思ってました」

「わざと騒ぎを起こし対処する、そうすることで周囲の信用を高めようとした…とは考えないのだな」

「信用が欲しいなら、待合室で皆さんにあんな態度はされないと思います」


 カールトンはとくに興味ない顔をしているが、ポルトは続けた。


「ひとつ…気になることがあって……。ダーナー様の側付きとして城内へ入れる機会は増えました。なのに今の今まで目立った動きはない。警護が厳重だからなのかそれとも……」

「ここで世間話に付き合うつもりは無い。用が済んだのなら出て行け」

「よ・浴場での勝負、勝ったのは私です!それに浴場の備品が壊れたの、私がメイド長に報告したんですよ!?もの凄く嫌な顔されたんです!完ッ全に貸しです!」

「……」

「もう少し付き合って頂きます!あなたにはその責任がある!」


 昨日の戦いぶりからして、この従者はしぶとくねばるつもりだろう。あまり騒いでは面倒なことになりそうだ。苦い顔をしてカールトンは舌打ちをする。


「……浴場での質問だ」

「?」

「俺に借金はない。人質もとられていない。この仕事をしているのは俺の意志だ。お前が思っているような『可哀想』なことはひとつもない。そこを漬け込むつもりなら諦めろ」

「そ・そんなつもりは……っ」

「そして依頼主を話すわけもない。さ、終わりだ。出て行け」

「まだ…お聞きしたいことがあります!」

「?」

「貴方が好んで人の多いこの場所に長居するとは思えない。その気になればもっと早く計画を実行出来ていたはず。

何か出来ない理由が…もしかして他に何か目的があるんじゃないですか…?」

「王子の従者とは随分と暇らしい。要人が倒れても尚そんな妄想にふけっていられるとはな。……まあいい、ならば代わりに俺がお前を使ってやる」

「っ?」


 言葉の真意がわからず困惑さを浮かべるポルト。


「……医者の礼に良いことを教えてやろう。計画変更の指示が出た。現段階では決行日時は未定だ。これで今日のところはゆっくり眠れるだろう」

「で・でも明日には変わっているかもしれないのでしょう…っ?」

「緩みはじめていた警備はまた厳しくなった。すぐに手を出したりはしないさ。しかしお前が余計なことを一言でも誰かに漏らしたら、視界に入った奴から始末する。城の四階…あそこに王子の部屋があるのもわかっているしな」

「っ!!」

「こちらが動くより先に依頼主を特定し捕えることができれば…お前の勝ちだ」

「ではその依頼を取り下げて頂けるよう私が直接話します!一体誰が―――…っ」


 声を荒げた刹那すぐ側で空気が切れた。耳元で硬質な音が鳴り恐る恐る確認する。

 金色の瞳が捕らえたのは、扉に刺さった細いケーキナイフだった。

 武器として作られたものでないケーキナイフを扉に突き刺すなんて芸当はポルトでも難しい。


「しつこい奴だ。……そういえばお前もナイフが得意らしいな。そんなにはっきりさせたいなら勝負してみるか?今、ここで」

「……っ」


 ポルトは黙ってそれを引き抜くと、カップの置いてあるテーブルに置く。


「……貴方の言葉、完全に信用しているわけじゃないです。何を考えているのかもよくわかりません。だからもっと貴方のことを知りたい…そう思っています。きっと誰も傷つけなくても済む方法があるはずです」

「――――……」

「迷惑かもしれないけれど、それでも…私は貴方を……」


 最後の言葉は言えず奥歯を噛む。ポルトは部屋を後にした。


 再び室内には静寂が訪れる。

 カールトンはテーブルに近づきカップを手に取った。まだ白い湯気が上がっている。あの様子だと、本当に毒は入っていないようだが……。


 そういえば昨日夢に出てきた女もホットミルクがどうとか言ってた。こうして出てきたのは偶然なのか何かの暗示なのか。


 鼻先を近づけると甘く柔らかい匂いがする。ゆっくりと口に含んでみた。やっぱり味はしない。

 ただ…そんなに不味いとも思うこともなかった。

誤字脱字を発見されたらご連絡下さいませっ

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