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【前】選択の結果

「殿下の花嫁候補?どうしたんだい?急にそんなことを聞いて……」

「お話があるのは存じておりますが、殿下は私にはあまり話してくれないので…。ど・どんな方が候補にいらっしゃるのかなって……」


 今日は年末の式典についての会議が行われるらしく、主要閣僚の他にウルム大聖堂からクラウスと他数名の司教・司祭達が城へ呼ばれた。

 大聖堂から運ばれてきた資料を運ぶ手伝いをしているポルトは、古そうな本や書類の束を抱えている。こんなに細かい文字が沢山書かれているものを持っていると、少し賢くなった気になるから不思議だ。

 いつもとは違う気持ちに押されたのか、ポルトはフォルカーの花嫁についてクラウスに聞いてみたのだ。


「私はすでに家から離れた一介の聖職者だからね。そういったことは何も」

「そうですか… …」

「それに、そういうことはあまり外では話さない方が良いかもしれないね。誰がどこで聞いているかわからないし、その情報をどこでどう利用されるかわからないだろ?」

「あ…、そうですよね。申し訳ありません……」

「……君には話していないのか。てっきり一番最初に相談するんだと思っていたんだけど。ふーん…どうしたんだろうなぁ?ふふふっ」


 何故か口元が緩むクラウスに、ポルトは小首をかしげた。


「お相手の話は出来ないけれど、王族の婚姻に関係する話なら出来るよ?君は殿下の従者だし、少し話しておこうか」


 そもそも王族の役目というのは、神から授かった聖神具を守ること。国をより強く、より豊かにし、国の礎となる人々の平安を保つことだ。故に、相手を選ぶときにはいくつか考慮するものがある。


 王族の婚姻は、男女市民が共に生活するというだけの関係とは違う。

 まずは相手の身分。同等か近い階級の出身者であること。出来れば国外の出身者が好ましいが国内でも有益となる家の出身者なら問題はない。


「血のつながりはそれだけ重視される。今でも儀式では自らの名前を名乗る時、祖父や父親の名前を出す位だしね」

「なるほど……」

「身分が高くても小国の場合は持参金が払えるかどうか…という問題もある。相手に釣り合う持参金を持たせられなければ無理だ。国同士だと領地のやり取りもあるくらいだしね」

「そういうものなのですか? 」

「国力が低い国をわざわざ同等に扱う必要はない。欲しいなら攻め落とした方が早いし融通も利く」

「……っ……」


 ポルトの反応を見てクラウスは困ったように笑う。


「君には少しショックな話かもしれないけれど、世界はまだまだそんなやり方が主流なんだよ。あとは相手の一族の経歴なんかも見るだろうね。どの辺の役職についていたかとか、何が出来て何が出来ないのかとか。…本人達の性格は二の次になってしまうかな」

「聞こえは悪いけれど損得勘定ってことですか…? 」

「君も物を買うときに損をするような買い物はしないだろ?」

「はい……」

「王族にとっての婚姻は幸せを得る手段じゃないのさ。一人の人間が一国・一族の代表となり契約を結ぶ、それが王族の婚姻だ。実際、未成年のうちに親同士で婚約を済ませる場合も多い。貴族間では政略結婚はごく普通に行われることで、むしろ恋愛結婚の方が珍しいだろうね。ウルリヒ王も、先代も先々代も、ついでにうちの父もみんなそうだった」

「上手くいくものなんでしょうか?」


 仕事でその日一日だけ組むことになった相手でも喧嘩になる時がある。結婚なら尚更なんじゃないだろうか?


「もちろん、そういう夫婦もいる。そう見える夫婦も、わかりやすく関係が崩壊してしまう夫婦もね。普通の結婚をしてもそういったことは起こるかもしれないけど…、まぁ生活に余裕がある分、確率はどうしてもね……」


 クラウスの表情には困惑や嫌悪の欠片も感じない。それほど日常的に起きているということなのだろう。


「そうは言っても、感情を優先して身分が離れている相手を選んだ王族が過去にいなかったわけじゃない。その場合、ペナルティのようなものが課せられる」

「ペナルティ?」

「国の重要な行事に参加できなかったり、子供に継承権や王族が有するはずの財産や権利が認められなかったり……。肩身の狭い思いをするのは間違いないだろう。最悪の場合、夫婦ともに身分をはく奪されて城を追い出されてしまう」


 他の民達同様どこかの荘園で農奴等で生きていくしかないのだろうが、村はよそ者を良く思わない閉鎖的な所が多い。

 慣れない仕事、慣れない環境で精神を摩耗させながら、どこまで夫婦関係を続けていけるだろうか。


「――……」

「行事に参加できないということは、外交や国政に参加できないということだ。王族としての勤めが果たせないのなら出て行くしかない。親の面子も潰れるから、対外的なダメージはかなりのものだろう。それに、諸侯達に力がない主だと判断されたら言うことを聞かなくなってしまう」


 間違いなく城内の軋轢を生む。絶えず勢力争いが行われている中に燃料を投下するようなものだ。

 処罰は周囲に向けてのけじめでもあるのだろう。


「特にフォルカー殿下はご兄弟がおられないから、お相手を選ぶ時は慎重に慎重を重ねなければいけないだろうね。彼は自分勝手で我が侭な所もあるけれど、城を追い出されるようなことだけはしないと信じてるよ」


 クラウスが困ったように笑う。


「……何より、陛下がお一人になってしまうからね」

「……っ」


 先王が正妃に産ませたのはウルリヒ一人。政略結婚で結ばれた二人の仲は最後まで温まることはなく、ウルリヒ誕生後は「義務は果たした」とばかりにそれぞれ愛人を作り別々の生活を送ったそうだ。

 ウルリヒ王には兄弟が多いが種違いや腹違い。愛する妻も亡くした彼にとって唯一の肉親はフォルカーだけなのだ。

 そういえばフォルカーが風邪をひいたとき、ウルリヒ王は従者や医師が止めるのも聞かずに見舞いに来ていた。あの時の彼の顔は部下を見舞うものではなく、『息子を想う父』のそれに相応しい優しいものだった。


《―――力には相応の代償ってもんがつきまとう。『ここ』はお前が思っているよりもずっとドス黒いもんが渦巻いてる世界だ。今はまだ父上がいるが、俺は近い将来その中心に立つ。》


 昔フォルカーが言っていた言葉は、全て知り、全ての覚悟を背負っているからこそのものなのだろう。


「――……。もし全てが国を守るためにあるのだとすれば…争いが起きなくなれば、皆何かに縛られることもなく自由になれるのでしょうか? 」

「……君は先の大戦にも出兵していたから、色々思うところもあるんだろうね」


 時々考える。

 もし相手にされたことをやり返すことが肯定されたのなら、争いは終わらない。かといって、相手に好き勝手されたまま全てを飲み込んでいては、生きていくことは出来ない。ならば負の連鎖を覚悟して剣を取るしかないのだろうか?


「争いを終わらせる方法はいくつかあると思う 」

「!」

「例えば…何らかの方法で片方の思考に染めてしまう、とかね 」

「染める??」

「同じ敵を作って同盟関係を結ぶ…っていう方法だとわかりやすいかな。立場が違うから争うことになる。ならば同じ色に染まってしまえばいい。自分の色に染めるのか、自分が相手の色に染まるのか。そしてそれを平和的に行うのか、力ずくで行うのか…問題はその方法かな。黒き神様はかなり極端な方でね、いっそ自分の相手も全ていなくなってしまえば良いって考えていらっしゃる」


 以前フォルカーは「『貴方を殺して私も死ぬ』なんて、ヒステリー起こした女みてーだな」と笑っていた。


「白の正教会では勿論対話での解決を勧めてる。聖典にはこんな言葉がある。『良い穂をつけたければ、汗を喜び良い種を蒔け』。悪い種を蒔いても収穫時の泣くのは自分ってことだ。あと、遠い遠い東の国では『因果応報』という言葉があってね。元々《因》とは理由、《果》とは結果、《応報》とは善悪に応じた報いを表している。つまり『今その状況になったのには、そうなった理由があるんですよ』という事。どこの神様も似たようなこと言ってるんだから、きっと真実に近いんじゃないかな?」


 王妃の側近に東の国の出身者がいて、その人物から教えて貰ったらしい。神様の世界のことはよくわからないが、納得出来るところはある。


「難しいことでも原因をちゃんと見定めて、根気よく少しずつでも解決していく…もしくは解決する努力を続けていれば、いつか立派な穂で畑が金色に輝くかもしれない 。そうやって悩んで頑張っている姿を、神様もきっと応援して下さっていると思う。……あ、そういえば君に伝言があったんだった」

「伝言?」

「“そんな胡散臭い司教に相談するくらいならご主人様の所へ来い"だって」

「……殿下ですね」

「失礼な話だよね、ほんとに。民の悩みを聞き、導くのは修道士達の大切なお役目のひとつでもあるんだから、君は気にしなくてもいいからね」


 クラウスはちょっとむくれた素振り。

 従者の行動を見越してこんな伝言を残しておくフォルカーもフォルカーだが、あらかた相談が終わった後で伝える司教もなかなかの食わせものである。

 タイプの違う二人だが、やはり何処かに血の繋がりを感じるポルトだった。

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