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【後】魅惑の酒場デビュー(★)

 城下町の一角にあるその酒場は、巷でも人気のある店らしい。茶色い煉瓦造りの壁、そこにはランプが淡く照らす看板が揺れている。


「ほら、ここ。俺のお気に入り♥」

「……?」


 看板に描かれているのは飾り文字で書かれた店の名前、そして小麦をくわえて飛ぶ鳥の姿。麦酒の出る店ということだろう。

 古い木扉をギィと押すと、祭りでもしているのかと思うほどの笑い声、そして酒と人間の臭いが混じり合う独特の空気が充満していた。


(わぁ……!)


 さほど広い場所ではないが、席はどこも埋まっていて、座りきれない客達が各々好きな場所で立ち飲みをしていた。


「さぁって、とりあえず麦酒だ」


 フォルカーは慣れた様子で店主のいるカウンターへと向かう。その背中を見送りながらポルトはフードを外して周囲を見回した。


(すごい……)


 大人達が子供のような顔をして酌み交わす黄金色の麦酒。傾けられているカップにはルビーのようなワイン。決してお行儀がよいとは言えない盛りつけをされている料理達は乱雑にテーブルに並べられているが、かえってその姿が食欲をそそる。

 中でも一番心を引かれたのは、店の一番奥に作られた小さなステージ、そこから聞こえる女性の歌声だった。

 人混みに紛れて姿は見えないが、竪琴の音色に合わせ、高く、低く、清かに響いている。

 立ちこめる料理の匂い、人々の楽しそうな声、そして美しい歌……。国家と軍歌しか知らないポルトの胸はいやが上にも高まった。


「おい、ポチ!こっち来い!」


 雰囲気に圧倒されていると、ざわめきの先に発せられた主の声。見ればカウンターの隅の方でフォルカーが手招きをしている。


「フォルト様っ、ここすごいですね!なんだか大人の隠れ家みたいです!」


 興奮気味に頬を紅潮させるポルトに見知らぬ男達が笑った。


「わっはっは!母ちゃんには黙って来てるって点で言やぁ、隠れ家かもしれねぇな!」

「そうだぞ、厳しい現実から刹那的に逃れる為の大人の隠れ家だ」


 男の隣にいたフォルカーがにぃっと笑うと、二人は楽しそうにガツンと陶器のマグをぶつけ合った。


「あれ?こちらの方とはお知り合いでしたか?」

「いいや、知らん」

「え」

「今ここの席に来たら隣にいた」

「え」

「ここはそういうとこだから」

「え」


 どうやらその時フィーリングがあった相手とは、昔からの友人であるように振る舞ってもいいらしい。なんとも物騒な、そして開放的な場所である。好奇心旺盛な彼が惹きつけられるのも無理はない。


 ポルトの前にも麦酒がなみなみと注がれたマグがドンッと置かれた。自分の顔の大きさほどあり、白い陶器はひんやりとしている。


「酒場デビューおめでとう、ポチ」


 フォルカーが自分のマグを差し出す。さっきまでイタズラ小僧みたいな顔をしていたのに大人の男性に見えてきた。マグとは不思議な小道具だ。いや、これが彼の言っていた『酒場の雰囲気』というものなのかもしれない。


「あ・ありがとうございます……」


 少し重いマグを控えめにぶつけてみると、コツンと固い音と振動。


(これが大人の世界…)


 隊の皆と飲んだ時は苦くてすぐ吐き出してしまった。ここなら『雰囲気』というもので美味しく飲めるかも知れない。麦酒とは修道士が断食中の栄養補給として製造したという話も聞いたことがある。きっと限度さえ気をつければ身体に悪いものではないはずだ。あの奔放な殿下でさえ、大人っぽく見える見えるこの場所なら。

 

 ポルトはぐいっとマグを傾けると、口いっぱいに麦酒をふくみ―――……


「げぇ」

「吐くな」


 この臭い、この苦み、神経の先がカァッと熱くなるような感覚。駄目だ。無理だ。頭でわかっていても身体が受け付けない。


「オイ坊主!机汚すんじゃねーよ!」


 カウンターの向こう側からヒゲをたっぷり生やした店主が「これで拭け」とばかりにテーブル拭きを放り投げる。それをポルトは顔面で受け止めた。


「す・すみませ……っ」


 慌てて口まわりや机を拭く姿を見てフォルカーは「ぷぷぷっ、だっせぇ」と意地悪そうに笑った。


「成人迎えたポチにもまだ酒は早かったってことか。マスター、このちっこいのにミルクやってくれ!あとアレも!」

 

 店主が出してきたのは滅多に店頭には出ない白濁とした普通のミルク。先ほどのマグよりも小さめのカップに入って出てきたそれに、フォルカーが小皿に入った蜂蜜を混ぜた。


「こうすると甘くて美味いんだぜ?きっとお前でも気に入ると思うぞ」


 ポルトは小さく頷くとそれを口に運んだ。


「―――……」

「どうだ?」

「美味しいです。すごく」

「……そうには見えないけどな。普通、美味いものを喰ってるときは眉間にシワは寄らん」


 そう言われて眉間に指先を乗せてみると、確かに小さな筋が入っていた。


「大丈夫です、本当に美味しいです。甘くて…なんだか元気が出そうです」

「無理すんなよ?」

「いいえ、全く」


 自分の給金ではそう易々と手に入るものではない魅惑の液体『蜂蜜』。それをミルクにいれるだなんて、なんとも贅沢な逸品だ。笑ってなどいられない。

 カップの傾きはどんどん垂直になっていき、終いには底に溶けきれず残っていた蜂蜜を指先でかき集め始めた。

 白と黄金色が混じったそれを口に入れると、媚薬でも飲んだかのような幸福感に包まれる。


「……ほぅ……っ」


 幸福に溢れた小さなため息と共に、感謝の言葉を述べようと主の方を向くと―――


「うふふふっ、もうっ、フォルトったら!そんな所にキスしたらくすぐったいわ!」

「今日は私と朝まで付き合ってくれるんでしょう?この前約束したものね?」

「違うわ、私とよ!この前の『続き』、楽しみにしていたのよ?ねぇフォルト、貴方を思いながら一人で横になるベッドの冷たさ……、わかってくれるわよね……?」

 

 いつの間にか周囲に若い女性を侍らせて、別の媚薬をお楽しみ中だった。


(『この前』って何だ……)


 自分が知らない間もここに通っていただろうことは想像に難くないが、一度に何人の女性と何をしていたのだ…。蜂蜜ミルクの媚薬は風が吹くように散っていく。


「子猫のおねだりはそそられるね。誰を選んでも後悔が残りそうだし、いっそみんな持ち帰ってしまおうか」

「あら?フォルトは三人も相手にできるの?私、放っておかれるのは嫌よ?」

「勿論。それとも君が一人で……三人分を受け止めてくれる?」


 膝に乗せた女性の細顎を指でなぞり、唇を肌に触れるか触れないかギリギリの所まで近づける。


「それはそれで、す…ごく楽しみ、だけど?」

「っ!」

「どう?……そうする?」

「す……する!」

 

 女性の頬は紅潮し、表情は軽い恍惚を見せた。

「駄目よフォルト、私が先!」「いいえ、私よ!」「今夜はお喋りをする暇もなさそうだな、はっはっは」なんて馬鹿な話のくだりを延々と見せつけられた従者は、


(なんて酷い光景だ……)


 心底そう思った。

 どうせおごりだし、次はいつ飲めるかわからない蜂蜜ミルクをおかわりしようと手をあげる。

 店主はなかなか気がつかず、代わりにひとりの女性が「こんばんは」と肩に手を置いた。


「あなた、初めて見る顔ね。フォルトの弟?それとも…従者という名のお目付役かしら?」

「……?」


 自分よりずっと…恐らくフォルカーよりも年上。妖艶さが漂う『大人の女性』がそこにいた。


挿絵(By みてみん)


 身体のラインが良く出る深い赤色のドレス。栗色の後ろ髪はまとめられているが、横髪は長く垂れていて豊満なバストの形を忠実にかたどっている。胸元には庶民には気軽に買えないような金のネックレスが輝いていた。


「貴女は……?」

「あら?随分と可愛らしい子。私はイェニー。ここで時々歌を歌ってるの。よろしくね」

「え……!?貴女があの綺麗な歌っていた方ですか!?しっ・失礼致しました…!私はフォルト様のお付き、ポル……」


 自己紹介をしようとしてちょっと迷う。

 フォルカーは名前を偽ってここにいる。ならば従者である自分も多少はボカシを入れなくてはいけないのだろうか?

 ふよふよと泳いだ視線が思わず主に向かう。

 フォルカーはそれを察したかのように小さく首を横に振った。


「ポ…ポルカーです…………」


 背後で主が吹き出す声。

 仕方ないじゃないか、何も考えてなかったんだから……。

 心境を反映するかのように背筋が丸くなった。


「うふふふっ、なんだか可愛らしい。さっきから随分とフォルトと仲が良いみたいだけど、そういうことだったのね」

「いつも主人がお世話になっております……!」


「世話をするって程のことはしてないわ。ちょっとした飲み友達って所かしらね。ホラ、彼ってあんな性格でしょ?きっとここに来る女の子で彼のこと知らない子はいないんじゃないかしら?」

「は?全員……ですか……?」


 陛下が聞いたら泣いちゃうんじゃないだろうか。


「それにしても彼が側に誰かを…それも男の子を置くなんて珍しいこと。もしかして女に飽きた彼の、秘密の恋人だったりするのかしら?」

「ぃっ!?」


 確かに貴族の中にはそういう趣味を持っている人もいる。ただ少なくとも自分は違うし、フォルカーに至っては天地がひっくり返ってもありえない話だろう。

 二人の様子を見ていたフォルカーが片眉を上げる。


「やあ、イェニー。久しぶりに顔を見たかと思ったらそんな子供に声をかけているだなんて。ここに俺がいるというのに寂しいことするじゃないか。それとも妬かせようとしているのかな?」

「あら、フォルト。相変わらず元気そうで良かったわ。でも…お遊びもほどほどにね。誰かに後ろから刺されちゃっても知らないんだから」

「それは物騒な話だ。どうせなら君の愛で貫かれたいね。その姿も声の美しさも、いつ見ても衰えを知らないな」


(よくそんな台詞がポンポンと出てくるなぁ……)


 貴族にはそういう言葉を教える科目があるとでも言うのだろうか。

 仲間が酒の席で女性にかける言葉といえば「よー、ねーちゃん、可愛いな」「よー、ねーちゃん、良いケツだな」「よー、ねーちゃん、酒」くらいしか記憶に無い。


「最近じゃ色んな人間が流れてきているみたいだし……、ここにも見かけない顔が随分増えたわ。ずっと仲が悪かった西からのお客さんとかね」

「西……ロクフールか。民間人とはいえ敵対国に流れてくるなんて、あちらさんも結構大変みたいだな」

「貴方の思い通りにならない女も紛れているかもしれないわよ?まぁ、それ以前に今は子ヒバリちゃん達の相手で手一杯でしょ?もう空いてる腕も無いようだし。私、今夜はこの子とゆっくりお話してみたい気分だわ」


 長いまつげが瞬きウィンクを送ると、ポルトの身体が固まる。その様子が気に入ったのだろう、今度は赤く紅を引いた唇でポルトの頬に優しくリップ音を響かせた。


「ッ!?」


 宿舎では感じたことのない匂いがふんわりとポルトの鼻孔をくすぐる。驚いて彼女を見たら、思いの外間近に顔があって、背中にだらだらと謎の汗が流れているのを感じた。

 ドレスから出ている華奢で丸い肩、白くて柔らかそうな肌に思わず生唾を飲み込む。


「うふふっ、可愛い」


 イェニーは長い髪を耳にかける。


「…っ!?…!?」

「最近、変な男にばかり絡まれて嫌になってたの。でも貴方は……そういう連中とは違うみたい。貴方はフォルトの側付きなのに、すれた感じが全然ないのね。たまには貴方みたいな純粋そうな子もわるくないかも。……ね?どうかしら?これから静かなところに……二人っきり……。ね?」

「!?!?!?!?!?!?」


 首に絡みつく細腕。

 間近になった菫色の瞳には、冷や汗を滲ませながらたじろいでいる自分の姿が映っている。


(ちょ……!!ちょちょ………!!!待……っっ!!!)


 蛇に睨まれた蛙とはこんな状態を言うのだろうか。心臓は突撃の号令を受けたように激しく脈打っている。


「一時間、銀貨5枚よ♥」

「無理っス」


 年収越えてる。返せ、ときめき。

 自分でも驚くほど迅速に平常心が訪れる。


「あら残念。私、気に入った人にしか声かけないのに」


 隣で見ていたフォルカーが満足そうに頷く。


「うちの従者はご奉仕価格で働いてるから、イェニーは無理だな」

「………ええ、まぁ……」


 基本的に、衣食住が不自由無く与えられる城の使用人や兵達に給金は無い。

 自分は狼達や殿下の身の回りの世話もしているので、他の仲間達に比べたら多少の色は付いている。が、金額自体はささやかなものだ。給金と言うよりもお小遣いと言った方が良いだろう。


 戦後ということもあるし、この時期に衣食住を保証されてるということはとても心強いことなので、特に贅沢をしようと思わなければ不満はない。

 まあ、最近は忙しすぎて遊ぶ時間もあまり無いというのが正直なところだが。


「フォルトの側付きなのに良い子そう。お父様がお選びになったのかしら?」

「まぁ…真面目な方だとは思うよ。食い意地は張るけど」

「フォルト様!ご飯は大切です!」

「ふふっ、じゃぁ毎日お腹いっぱい食べさせてあげるから、フォルトの所なんて辞めて私の所に来る?」

「えっ?」

「はっはっは!こんな貧相な子供を側に置いたら運気が下がるよ、イェニー!」 

 

 大口で笑いながらフォルカーの瞳がギラリとポルトを睨んだ。

 ――――――『そのオンナにテをダしたらコロス……!』。間違いない。きっと彼はそう念を飛ばしている。


「ちょ・待…っ…私は何も……」


 主は口元では爽やかに笑っているが目は全く笑っていない。なんだ?全ては私が悪いのか?

 ひとつ咳払いをして歌姫に頭を下げる。


「えーと……あの……自分、今の仕事が気に入っているので……」

「あら、残念……」

「こいつは顔に出ない。ただのムッツリだから」

「もうっ、フォルト様っ!誓って私はそういう目で見ていたわけでは!!」

「えぇ……?そうなの…??私ってそんなに魅力ないのかしら……」


 不意をつくようによよよと目元を押さえるイェニー。


「い・いえ!!決してそんなことはっ!むしろ美しすぎて恐れ多いくらいでっっ!!あのっ、そのっ、特に歌声はとても心惹かれましたし……!!」


 年上からからかわれて慌てふためく従者を酒の肴に、フォルカーはマグに残っていた麦酒を一気に飲み干した。その口元を側にいた女性の一人が唇で拭う。

 ポルトはかぁっと頬を染め、思わず顔をそらした。


 「うふふふっ、ウブな子♥」と笑われたが、そういった行為は時と場所を選んで欲しい。……と思った直後に、ここはそういう場所なのだと思い出した。もう帰りたい……。


「魅惑の歌姫か……。そんなに歌が好きなら、ひとつ話をしてやろう。前にこの酒場で聞いたものだが……」

「あ、知ってる!それってあの歌姫のことでしょ?」

「アタシも聞いたことあるわっ!」


 それは酒場に出入りするものなら誰でも知っている話なのだという。

 フォルカーはゆっくりとした口調で始めた。


「南の先王が巡業で訪れた旅の歌姫に恋をしたんだとさ。歌姫は王の寵愛を受け、しばらく滞在した後、腹に子を宿したそうだ。それを知って放っておけない者達は大勢いた。嫉妬に狂った女達、そして身分の低い女から次代の王が産まれることを良く思わない臣下。……彼らから酷い仕打ちを受け、歌姫は逃げるように姿を消してしまったそうだ。時折、何処かの酒場にふらりと訪れては悲しい恋の歌を歌い、客の心を奪っていくという噂だ。中にはそれが原因で別れたカップルもいるらしいぞ」


「……っ。すごい……。なんだかセイレーンのような方ですね」


 その歌声で船乗り達を海へ沈めるという伝説の生き物だ。


「失礼ね。私はそんな歌、歌ったりはしないわ。それにしてもフォルト、そんな子、何処で見つけてきたの?一瞬女の子かと思っちゃった」


 ポルトの心臓がバクンと跳ね上がる。フォルカーも驚いたような顔つきでまじまじと従者を見た。


「……そう言われれば、確かに女に見えないこともない」

「フォルト様まで何を言い出すんですかっ」

 

 イェニーの言葉に「ふむ」と何か考え込む様子のフォルカー。膝に載せていた女性達を下ろすと強引にポルトの肩を抱き寄せる。


「で……殿下!私は栄えあるファールンの兵士でありっ、決して女では……!!」

「はいはい、わかってるって!ちょっと来い」


 なぜか慌てふためく従者の耳元である提案をした。


「今月の終わりに豊穣祭あるだろ?」


 それは秋の半ば行われる恒例行事。一番多くの実りを受けるこの季節と神々に感謝の祈りを捧げるというもので、国中が食べ物に溢れるというポルトが一番大好きな行事だ。

 期間内には剣闘会も開かれ、優勝者には多額の賞金が出る。城内では周辺貴族を集めて盛大なパーティも開催される。


「お前、女装して出てみるか?」

「―――は?」


 思わず眉間に一本の縦皺が浮き出る。


「エルゼも来るし、お前はいい囮になるだろう。何言われても平気だろうしな」

「エルゼ様……と言えば、シュミット侯爵の一人娘でしたっけ?私と差ほど年齢が変わらない方でしたよね。前に貴方に求婚しにいらっしゃった所を庭先でお見かけしたことがあります」


 それは以前、フォルカーを探しに中庭に出向いた時のことだ。物陰に身を潜めた上に彼らとの間にはそこそこの距離があったのだが、『わたくし、良い妻になりますわ!さぁ、何を遠慮していらっしゃるの!?どーんといらっしゃいませ!ホラ、跪いて!わたくしの手をおとりになって!キスをして!お父様達にご挨拶に行きましょう!』と叫んでいるのをハッキリ聞いた。

 豊かなピーコックグリーンの髪が印象的で、見た目は悪くはない…というよりも今まで見てきたどの女性より理想通りのお姫様だったのに……見た目からは想像させないキャラの濃さ。

 日々栄養満点のご飯を食べている貴族様とはこんなにも激情的なものなのかと身を固まらせた。


 フォルカーの幼馴染みである彼女は、幼少の頃からフォルカーに想いを寄せている。美しい姫君から思い焦がれるなんて、いつもの彼なら両手を広げて受け入れることだろう。

 しかし時と場所、何より方法を選ばない熱烈な求愛は、フォルカーの意中の姫君にも被害が向かうことが多々有り、百戦錬磨の彼の手にも余ってしまうそうだ。


 彼曰く、『あれはもう人間を通り越して獣だな。獣の神が憑いている』。

 流石に彼女をその腕に抱く気にはなれないらしい。考えれば希少な存在である。


「で・でも、私が女装をした所で何の解決にもならないんじゃないでしょうか?むしろ敵対心を抱いてもっと大変な事になるような気もします」

「普通の女じゃエルゼには敵わない。あれでも一応令嬢だし、口を出せる人間も限られる。出来たとしても反論許さぬ言葉が濁流ように襲ってくる。気の弱い者なら男でも泣き出すぞ。お前、アントンの話じゃ戦場で一度も泣き言を言わなかったそうだな。命の保証がされてる分、今回は楽勝だろ?」

「専門外にも程がある戦場なんですが……」

「例えば遠い国から来た特別な客人で、それが相手をしなくてはいけないパートナーだとしたら……?仕事を口実にすれば逃げ切れると思うんだよ」

「だ・だったら最初から真面目にお仕事すればいいじゃないですか!」

「真面目に仕事したら女と遊べねぇだろっ!」

「ぅん…!?」


 あまりにストレート過ぎる心の声に言葉が詰まる。

 隙を見て貴族様達の為に作られた豪華絢爛な食事をつまみ喰う、フォルカーの側付きという特権をここ以上に生かせる場所はないのに。こっちだって余計な仕事は増やして欲しくない。

 一方、女をつまみ喰いたいフォルカーとの会話は全力のヒソヒソ話となり、更に熱を帯びてくる。


「またそんなこと言って……!!お父上が聞いたら本ッ当に嘆かれますよ……!!」

「孫抱かせりゃ全部帳消しだ……!」

「でも孫、お作りになる気はないんでしょ……っ!?」

「うん!!」

「ぅんッ!?」


 嗚呼、神様。どうかこの男に死なない程度の天罰をお与え下さい!


「と・遠い国から来た客人って……。私、この国で使われる言葉しかわかりませんし、何よりそんな上流階級の社交マナーもわかりません…っ!すぐバレてしまいますよ……っ!」

「マナー本貸すし、まだ時間もあるし。大丈夫だろ」

「は……?」

「だから、本貸すし。わからないことあったら俺に聞けばいいだろ?」

「ばっ馬鹿なことを仰らないで下さいっ。第一、私、本は……っ」

「ああっ、うるせぇうるせぇっ!これは命令だ!やれったらやれ!!」


 不快の表情を全開にする従者に主は「こんな馬鹿な計画、お前くらいしか使えねぇだろうが!」とゲンコツを繰り出した。

 頭頂部に鈍い衝撃を受けて思わず「うぉっ」と声が出る。


(……本人がすでに「馬鹿」と思ってる計画って……)


 自分の身体を壁にし、他から見られないように制裁を与える姿は、乙女達の夢を壊さないようにという彼なりの思いやりであり、決してイメージを崩すものかという決意の表れでもあるに違いない。


 彼の本当の性格を知っているのは自分だけだろう。

 ひりひりと痛む頭を抱え込んだ。



次回、ポチの女装(?)が…!?

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