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手紙

 聖堂が冷たい風の中で午後の鐘を鳴らす。

 ポルトは聖堂の裏側にある古びた壁の前…以前祈りを捧げた場所にいた。あの時はフォルカーの身体が早く良くなるようにと瞳を閉じた。今日はそのお礼に来たのだ。


 神のご加護の甲斐あって(?)、フォルカーは数日前から職務に復帰している。逃げ出すこともなく、溜まった書類と会議に頭を抱えていた。

 真剣だった目が段々と歪んでいき、最後には「あ゛ーっ」なんて言いながら紙をまき散らす…。その姿はとても面白くて、何時間だって見ていられそうだ。


「神様、父様、ありがとうございます。殿下の体調はすっかり良くなりました。どうぞこれからも、皆を見守って下さい……」


 王子の側使えとはいえ相応の身分を持たないポルトは、王族の廟に入ることは難しい。何より中にある専用の祈りの場よりもこの壁は廟に近いということもあり、そこに小さなブーケを手向けた。

 季節がもっと暖かければ美しく咲く花もあっただろうが、もうじき冬を迎える森には枯れ葉が積もるばかり。なので、噛むと甘い味のする「おやつ葉っぱ」をブーケのようにまとめた。クッキーのように丸い葉っぱが一番甘くてオススメだ。神様が供物の値踏みをしないことも一緒に祈っておこう。


━━…━━…━━…━━…━━…━━…━━…━━


 枯草を踏みしめた聖堂からの帰りに城内の廊下ですれ違ったのは顔見知りのメイド達。フォルカーの様子を聞かれたのだが……なんとなく視線がおかしい。例えるなら瞳の奥が笑っているようなギラついているような……。殿下の様子を聞いたのは挨拶の続き程度のものだったのだろう。

 彼女たちの本題は次の質問ですぐにわかった。


「ポルトさんは、もしかして殿下とは《そういう関係》なの?」

「は……?」


 殿下や近衛隊に直接声をかけるにはかなりの勇気がいる。同じ庶民同士なら聞きやすいと思ったのだろう。ここ数日の行動が彼女達にそんな連想をさせたらしい。……あれ?表で何かしたっけ?


「恥ずかしがらなくてもいいんですのよ?別に特別おかしな話でもないですし…!」

「そうですわ、むしろお二人の距離を考えるとそうなっていない方が不思議というか……。私はてっきりエーヘル(ローガン)様かと思ったけれど!」

「いや、あの……、恐らくお二人が思っているようなことは何も。きっとお二人が殿下のお部屋に行かれた方が、ご期待通りの関係を持ちかけられると思いますよ?」

「「それはまた違うのよ」」

「……違うんですか」


 知るかぃ、そんなもん。

 その後も表情が変わったとか腰回りが充実してきたとかいう謎の理由を並べられ、実際はどうなのかと迫られた。過去に経験を持った相手を考えれば、彼の好みなどわかりそうなものなのに……。最後に「困ったことがあったらすぐ相談にいらしてね!」と念押しされたが……休憩室のネタになること間違い無しだ。この二人には何があっても言わずにおこう。


 この前の夜、フォルカーの寝室での出来事は今思い出してもちょっと…いや、ちょっと以上に恥ずかしい。

 考えてみれば、仕事でもなんでもないようなことで自分の気持ちを…我が侭を誰かに通したのは初めてだったかもしれない。

 半ば強引ではあったが…受け入れられてとても嬉しかった。頬が急に熱くなり、ペチペチと叩いて気合いを入れて考え直す。

 女慣れしている彼だからこそ、あの対応だったのだ。だって彼は国内でも類を見ない女好き。あの操が森の落ちているドングリのように安くなるのを何度もこの目で見てきた。


 つまり、彼は相手を選ばない玄人であり、あれはプロの技なのだ。

 色々こじらせている自分には、ある意味ありがたい存在ではないか。あの人が主人で本当に良かった。頑張って働こう。


 心の中で謎の葛藤を繰り広げ、ぐったりとした疲れと共に部屋に戻ろうとすると、今度は違うメイドに声をかけられた。自分と同じ年位の若い娘だ。

 無難な挨拶と雑談にはそぐわないその表情。恥ずかしそうに頬を赤らめてもじもじとしている。


「その…ポルト様は殿下と……」

「全ッ然カンケーないですッ!殿下にそっちの趣味はありませんっ!!」

「!」


 さぞ残念そうな顔をするだろう…今までの経験からそう思ったが、彼女の表情はまるで花でも咲いたかのように嬉しそうだ。


「でしたらこれを……!殿下にお渡しして頂けないでしょうか……!?」

「っ?」


 彼女が差し出してきたのは一通の手紙。内容は赤面もじもじ加減からある程度察しはつく。


「私のことなんてきっと気がつきもしていないだろうし、そもそも身分も全然違うし……。こんな手紙を書くことすら許されないことなんでしょうけれど……。でも…何もしないままじゃ気持ちの踏ん切りが付かなくて…」

「――――……」


 確かに使用人が王太子に直接意見を述べるなんて、許されることではない。………普通なら。そう、フォルカーはその辺りが普通の王子様とは違う。

 彼曰く「男と女の間に身分は関係ない」。一見美しい言葉だが、言ってしまえばただの節操なし。正直、真面目なお嬢さん相手ほど良心が痛むのだけど……。


「あの……、近衛隊の方では駄目なのでしょうか?」

「え?」

「今まで同じような方を何度も見てまいりました。もしこの想いが通じたとしても、仮初めの…お遊びのような形になってしまうと思います。でも近衛隊の中にはもっと真面目に考えて下さる方もいますし、真剣な想いを持たれるのであれば、彼らの方が……」


 メイドは少し困ったように「でも…」と手紙を見つめる。


「男の私から見ても見目麗しい殿方も多いです。余計なことだと承知しておりますが、殿下ではなく彼らの中でお相手を探してみては?」


 温厚で真面目で独り身のローガンなんて「超」が付くほどのオススメ物件である。


「ポルト様は…今まで誰かとお付き合いをされた経験はおありですか?誰かを心から好きになったことは……?」

「っ」


 さっきまで恥ずかしそうにうつむき加減だったメイドが顔を上げた。


「きっとポルト様は、まだそういう方に出会っていないんです。…だからそんなことを仰るのだわ」

「―――……」

「例え王様でも神様でも敵わないのです。思い浮かべるたびに胸を締め付けて…息が止まりそうになって……。食事すら喉を通らなくなるほど、他に何もいらなくなってしまうのです。あのお方以外なんて、考えられません」

「……っ……」

「……どんなに想っていても、二人の未来を願っても……この気持ちが報われないのはわかってます。彼の性格のことだって…有名ですもの。職場に噂になった子だって何人もいます。知らないわけありません。それでも、私……」


 手紙をポルトに向かって差し出す。


「どうしても…お伝えしたいの。雑草の影に隠れているような私の存在に、一瞬で良いから気がついて欲しいんです。―――ポルト様、どうかお願いです。フォルカー殿下にこの手紙を…届けていただけないでしょうか?」


 手の平に収まりそうな程の四角い封筒。それをポルトは見つめた。

 きっと…届けた方が良い、そう心が言っている。でもどこかでこの手紙に触れることを拒む自分がいた。


「貴方は大変真面目で信頼の出来る方だと伺いました。他にお頼み出来る方がいないのです。どうか…どうか願いを聞き届けて下さいませ……!」

「……っ……」

「このままでは先に進めません。無理なら受け取った後に捨てて下さってもかまいませんから…!ポルト様っ、どうか…受け取ってくださいませ…!」


 ぎゅっと目を閉じ、指先まで力の入った少女。指で押された手紙に細かな皺がよる。

 小さく震える肩を見て、ポルトは小さい溜息を落とした。


「……わかりました」

「!」

「手紙はお預かりいたします。でも念のため、私が事前に内容を確認しますが…それでもよろしいですか?」

「は…はい!でもこのことは誰にも……」

「ご安心ください。問題がなければ誰にも言いませんし、私も忘れることにします」

「それなら大丈夫です…!」


 ラブレターと見せかけた脅迫状だと困るので、文字は読めないがカマかけをしてみた。反応におかしなところはないみたいだ。真っ当なものなのだろう。


「殿下がお読みになられるかどうかは伺ってからになります。貴女のお気持ちをお伝えできる確証はありません。それにまだ彼の周りには護衛も多く来賓の方ですらご面会し辛い状態です。つまり…その……返事もあまり期待をされませんよう……」


 前向きな返事が来ても、たぶん真正面を向いていることはないと思う。


「今回のことはどうかご内密に…。それが条件です。よろしいですね?」

「は…はい…!承知しております…!ポルト様の所にこんな手紙が集まってきたら大変ですものね!ありがとうございます…!!どうか…どうかよろしくお願い致します……!」


 少女は何度も頭を下げ、早足でその場を後にした。

 石床を蹴る足音が遠くに消えても、まだポルトは手紙を見つめ続けている。

 蝋で封をされた手紙は、日頃書類に使われているものに比べると随分と肌触りが悪い、安価なものだ。

 厚みから考えても、きっと中に入っているのは便箋一枚程度のものだろう。でもそれは……彼女が眠れぬ夜を何度も過ごし、書き綴った心の熱だ。事務的な書類とは重みが全然違う。


「――――――………」


 フォルカーの部屋に向かって歩き出す。

 いつもより早足な理由は、自分にもよくわからなかった。

誤字脱字がありましたらお気軽にご連絡下さいませ。

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