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部下達の語らい

 矢筒を背負うのは久しぶりだ。狼用に獲ってくるウサギは殆どが仕掛け罠で捕まえたものだし、収穫が無くとも申し出れば家畜の肉を貰える。無理に狩りに出る機会は随分と少なくなった。

 ウルム大聖堂の裏側は鬱蒼とした常緑の茂みに囲まれていて、時折僧侶が掃除に来るだけのような場所。歴史を感じる冷たくて厚い石壁に、ポルトはそっと手を置いた。


「――――――……」


 脳裏に浮かぶのはウルリヒ王とその息子、フォルカー王子の姿。

 柔らかいベッドの上に白い日差しが降る。病に伏せる子の額に大きな手が置かれ、虚ろな瞳が見上げるのは、優しい父の心配そうな顔。

 それはきっと世界中で見られる特別珍しくもない光景なのだろう。思い出すと温かくも小さな刺が疼いた。

 壁に寄り添うように額をつけ瞳を閉じる。冬の冷気に当てられた石は少女を拒むかのようにザラリとした感触を与えた。


(――――どうか……、あの人をお守り下さい。)


 早く良くなりますように。

 そして少しでも長く、彼らの優しい時間が続きますように。




∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽





 東の指輪王ウルリヒを護衛するファールン最高位の近衛隊『金獅子騎士団』、それに次ぐ地位を与えられているのは、王太子フォルカーを護衛する『白獅子騎士団』である。一年に渡る数々の試験をクリアした高位出身者の男子のみが、王の任命とウルム大司教からの祝福を受けて所属を許される。有事の際は王族を守るだけではなく、一人一人が師団長となり兵をまとめ各戦地へ赴くこともある。あらゆる面で他の騎士団とは一線を引くエリート集団だ。


 そんな名誉ある組織に配属されて二年目のローガンは、騎士団員の証である白獅子の刻印が入ったベルトのバックルに手を置く。繋がっている剣の柄が金属音を鳴らした。

 王子が眠る部屋の扉は静かに閉ざされ、従者であるポルトは二時間ほど前に外出。まだ帰る気配はない。

 狼従者の表情はどこか暗かった。いつもは気弱と思えるほど大人しいが、時折高ぶる感情に流されるまま、突拍子もない行動する時もある。王子の病気を気にして無茶なことをしていなければ良いが……。


 幸い城は今日も静かで、国王襲撃の件すら嘘だったように落ち着いている。今ならあの従者とゆっくり話ができるかもしれない。


(彼に一度…聞いてみるべきだろうか?でもすでにご家族は亡くなっているというし…、こんなことを聞くのは酷というものか……)


 ポルト自身のことも気になるが、先日酒場で会ったあの金髪の少女のことが胸に引っかかったままだった。

 彼によく似ていた。双子と言われても納得してしまうほどに。

 戦時中に生き別れになる家族の話はよく聞くし、時間がたってから奇跡の出会いをすることだって無いわけではない。

 ただ一方で、世界には同じ顔をした人間が三人いるという話しもある。他人の空似ということも……。そういえば性格も随分と違ったように見えた。


 聞くべきか、聞かざるべきか…。せめてあの少女の所在だけでもわかればよいのだが、知り合いに聞いてみてもそんな少女は知らないという声ばかり。要するに、行き詰まっているのだ。


「難しい顔をしているな、ローガン。お前も殿下のことが心配か?」

「団長……。いえ…ただの風邪だと聞きましたし、そういうわけではないのですが……。すみません、任務中に余計なことを……」

「大聖堂の一件以来、これといった騒動もない。気が緩んでしまうのもわかるが……言い訳にはならんぞ。気合いを入れろ」


 今日は白獅子騎士団の団長であるアレクシス=リヒャルト=フォン=モリトールも一緒だ。

 奥に紫紺をひそませる黒髪、アメジストの瞳が彼を年齢よりもずっと落ち着かせて見せる。王に連れ添い、野外任務をこなすことも少なくないが、彼の肌は女性のように白く、日に焼けることを知らない。どこか華やかさをもつ端麗な容姿はさぞご両親も自慢のことだろう。

 名家モリトールの御曹司、白獅子の騎士団長という肩書きもあり、社交界ではかなりの人気者だ。彼とダンスを踊るには二ヶ月前から予約を取らねばならないという噂もある。彼に声を掛けられ頬を染めない淑女は、きっと同じ爵位を持つシュミット家のエルゼくらいだ。


「それにしてもあの従者……どこをほっつき歩いている。殿下を放っておいて一人で出かけるなんて……。これだから平民などあてにならんのだ」


 モリトール卿は、他の貴族がそうであるように平民と口をきく機会が極端に少ない。

 身の回りには貴族出身者しかいないし、用事があればその殆どを従者にやらせる。兵士に命令する時も一方的に話すだけだ。

 上司の目から隠れてサボっている兵士を見つけると無言のままの鉄拳制裁が行われ、そんな彼らの姿がモリトール卿の中の平民像を作り上げていた。


「ポルトのことですか?狼の世話もありますし、きっと何かやることでもあるのでしょう」

「平民上がりの城兵隊……、ろくに風呂に入っているかどうかもわからん連中だ。近づくだけで汗の臭いが移りそうになる。その上獣臭いだなんて最悪だ。何故殿下はあんな者を……」


 言葉の途中でモリトール卿は廊下の突き当たりに目をやる。

 留守にしていた従者ポルトが戻ってきたのだ。食事が乗っている銀のトレイを持っている。

 扉の前まで来ると騎士達に一礼をした。


「貴様、殿下の従者でありながら二時間も何処へ行っていた」


 モリトール卿は鋭い視線をポルトにぶつける。


「あ…。殿下がお休み中でしたので、外での用事を済ませて参りました」


 パウル医師曰く、薬には「飲むと眠くなる成分」が入っているらしく、早々に王子は就寝。しばらくの間、使用人に様子を見て貰うようにお願いしていた。

 ただこれが、モリトール卿には職務怠慢に見えたらしい。


「主人がこんな時だというのに……、貴様の忠誠心はただのはりぼてか。危機管理能力が欠落にも程がある…!」

「も…もしかして殿下に何か……!?」

「大丈夫だよ、ポルト。君がいない間、使用人が二三度出入りしたが、特に変わった様子は無かった。殿下はよく眠っておられた」

「我々が中で従事できない分、貴様が殿下をお守りせねばならんのだぞ。部屋で何かあれば貴様のせいだからな……!」


 フォルカーは部屋に男が入ることを酷く嫌う。特にモリトール卿は「固すぎる、五月蠅すぎる、邪魔すぎる」という理由で倦厭していた。

 「放蕩王子が倦厭する騎士団長…きっと真面目な頑固者なんだろう」、そうポルトは考えていたが、予想よりも少し恐い人だった。ただ、変に理不尽なことを言ったりすることはないし、自分自身にも妥協はしないと聞いている。恐らく厳しいだけで悪い人では無いのだろう。

 身分の低さに悪態をつかれることは日常茶飯事な職場だし、自分のことは何を言われても構わない。ただ最後の言葉は少し胸に痛かった。


「第一その格好はなんだ?獣の毛はちゃんと払って来い。ここはお前達がたむろするような場所ではないんだぞ!」

「……本当だ。肩に毛が……狼?いや、これは猪か?」


 二人の言葉に「あっ」という顔をするポルト。心当たりがあるようだ。


「食材の猪を運びました。きっとその時についたんだと思います。申し訳ありません。これを置いたらすぐに……」

「汚らわしい。貴様はすぐに身なりを整えてこい…!ローガン、お前が食事を中へお運びしろ…!」


 モリトール卿の言葉に二人は顔を見合わせたがすぐに「承知致しました」と声を揃える。

 銀のトレイをローガンへ渡そうとした時、彼の顔が近づいた。ポルトの首筋の近くで「なるほど…」低くこぼす。


「ローガン様?どうか…されましたか?」

「……獣の臭いがする。毛を払うついでに軽く拭いておいで」

「!」


 ローガンの言葉に思わず赤面するポルト。「大変…失礼致しました……!!」と声を上げると逃げるようにこの場を立ち去っていった。

 足音に混じったのはモリトール卿の舌打ちだ。


「だから気にくわんのだ……。少し気を抜いただけで、ここを連中が住んでいるあばら屋と勘違いをする。殿下が甘いから雀が鷹になったかのような気になるのだ。上官が見ていないところで手を抜き、備品や備蓄をかすめ取る兵士も少なくない。王子の従者ともなれば、ある程度好き勝手できるだろう。尚更何処で何をしているかわからん」


 モリトール卿は表情を歪めた。


「確かに…ポルトは少しうっかりすることもありますが、仕事は丁寧だし命令には忠実だと聞いています。できれば隅で大人しくしていたいタイプのようですし、鷹になるようなことはありませんよ。殿下が側に置いているのも、彼の誠実さを知ってのことでしょう」

「……随分と詳しいな、お前」

「それに団長が仰っていたような『変な臭い』も感じませんでしたし……」

「ふん、獣臭がそれだけ酷かったということだ」

「いや…というよりは……」


 本当にモリトール卿の言うような「ろくに風呂にも入っていない」ような臭いがあるのだろういか?あったとしてもそれは狼達の世話でついたものではないのだろうか?もし本当にそうであるのなら、少年のことを考えて少しは注意を促した方が良いだろう。むしろ狼のものだったら個人的に嬉しい…と期待していたローガンの鼻孔。

 確かに獣の臭いはした。しかしそれ以上に感じたのは、花やミルクにも似たどこか優しい匂い。


「なんだ?」

「……いえ、なんでもありません。


 口から出そうになったが、なんとなく言わずにおくことにした。


夏の大祭へ参加される皆様!

身体に気をつけて全力で楽しんできて下さいませ!

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