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そして彼女はポチとなる。(★)

 聖神具『英知の指輪』を護るのは東方の国ファールン。二人の出会いは城内にある中庭だった。 


 日差しは暖かく、頬を撫でる風は穏やかでピクニックをするにはぴったりの日。

 そんな爽やかな場所にいたのは十数人の汗くさい男達だ。皆一様に簡素な麻の服を着ていて、中には拳が入るほど穴があき、素肌が見えている者もいる。


 彼らはこの城の護衛兵達で、中でも足の速さに定評のある者がほとんどだった。


 終戦後、近隣諸国とは平和協定が結ばれたとはいえ、気を緩めるには早すぎる。

 誰一人として口を開こうとしない中、王子から飛び出してきたのは「犬の世話係、この中から決めるぞー」という、緊張の糸をだらりと緩める声だった。


 王子が猟の最中に拾ってきた捨て犬二匹は、「あれ?なんか犬にしちゃデカくね?」と首をひねっているうちに立派な狼へと成長を遂げた。

 食べる物にも寝る場所にも困らず……それどころか一般市民よりも裕福な生活環境で育った彼らは、通常の狼よりも一回り身体が大きくなった。


 その結果、世話をするにも相応の体力と運動神経が必要になる。今まで世話を見ていた男は年老いた両親の面倒をみる為に生まれた村に戻ることになり、その後任を選ぶ為、招集をされたのだ。


 彼の足下にいる二匹の狼はよく調教されているらしく、大人しく座っている。

 白い毛を持つ雌がカロン、灰色の毛を持つ雄がシーザーという名前を付けられている。ふかふかとした毛並みは風に吹かれて波打っていた。


「それじゃ、一人目ー。えーと…そうだなぁ、一番端のお前出てこい」


 フォルカーは目についた一番身体の大きい男を選んだ。日々の訓練で鍛えられ、先の戦でも最後まで屈することの無かった筋肉は、服の上からでもその存在を主張している。


 むさ苦しい大男がふわふわの動物と楽しく戯れる……そんな光景が訪れると思いきや、数分後に訪れたのは野太い悲鳴とちょっとした惨劇だった。

 大人しく座っていた二匹は、王子が合図を出した途端豹変したのだ。


 瞳には猛獣の光。そして鋭い牙と爪で彼の自慢である筋肉に襲いかかった。噛みつかれれば腕一本くらいなら軽々と引きちぎってしまいそうな顎の力、人間では決して真似できない俊敏な動きは、一匹だけでもかなりの苦戦を強いられる。しかもこの二匹は、狩りを行うかのように連携して襲ってくるのだ。


 兵が完全に降参するまでフォルカーは決して狼達を止めようとはせず、「うんうん、相性ってあるよな。そいつら人見知りするし……」と、わざとらしいほど神妙な面持ちで様子を見ている。

 

 剣も盾も持たされず、裸同然だった男達は次々に悲鳴を上げて逃げ出してしまい、最後に残ったのが当時十五才だったポルトだ。

 他の男達に比べてかなり小柄で体つきも弱々しい。兵士にしては貧弱である。


 聞けばこの子供も先の大戦…それも最前線から帰ってきた一人で、身軽さでは隊一番なのだという。

 ただ、いくら機敏な動きをしたところで、相手は人間ではなく狼。結果は火を見るよりも明らかだ。


「お前はやめておくか?」


 フォルカーは細腕の少年に気遣ったつもりだが、彼は首を横に振る。あまり気は進まなかったが、他の男達と同じように狼に合図を送る。


 狼達の前で身構える少年。

 その姿は猛獣の前に差し出されたエサのようにも見える。すぐ決着がつく、誰もがそう思った。


「グルルル……」


 しかし狼達は細腕を食いちぎるために飛び出すこともなく、何やら様子を伺い始めたのだ。

 少年の周囲をぐるぐるとまわり、うめき声に近い低い声を上げる。


「どうした?獲物が小さくて襲う気にもならんのか?」


 フォルカーが呼びかけても、一向に近づく気配は見せない。


 しばらくして、シーザーが湿った鼻先をゆっくり少年へと近づいていく。

 少年も何故狼たちが襲ってこないのかわからず、蜂蜜色の瞳をパチパチとさせていたが、意を決してゆっくりと手を差し出してみた。

 剣を握りすぎて潰れてしまったマメの跡がある掌を、シーザーが何かを確かめるように嗅いでいる。


「―――っ……」


 やはり襲っては来ない。

 少年はゴクンと喉を鳴らし、もう片方の手で黒毛のシーザーの頭をそっと撫でてみた。

 最初こそ嫌がって顔を背けたが、何度か続けていると大人しくしているようになった。


 その様子を見たカロンも少年に近づき、手が届かないギリギリの距離を見計らいながら腰を下ろす。


「――――お前、名前は?」


「俺は……、ポルト………ポルト=ツィックラーです」

 

━━…━━…━━…━━…━━…━━━━…━━…━━…━━…━━…━━


 ――――シーザーとカロンは女子供を襲わないように訓練されている、そう教えられたのは引き継ぎの日だった。あの時狼に襲われなかった理由を知っているのはきっと自分だけだろう。

 あれから兵士としてではなく、城内で働く者の心構えやマナーなどを教育され、言葉遣いもみっちり直された。貧相な小娘は、ちょっとお行儀の良い小娘になったんじゃないかと自負している。


 主を自室に戻らせ、見張り用に犬を置いてきたポルトは、一度隊の宿舎へと戻った。


 今日は夜間警護の担当日で仲間達は誰もいない。煉瓦造りの室内はひっそりと静まりかえっていた。ベッド脇には木製の小さなテーブルがあり、一本だけ立てられた蝋燭が小さな光源を作っている。

いつも仲間と雑魚寝している簡素なベッドの上に腰を下ろした。


「ふぅ………」


 犬の世話役に任命されたはずなのに、いつの間にか王子の世話も焼くことになっていた。

 従者…それも王族のそれともなれば普通は貴族の若者が担う仕事だ。

 小姓や従騎士ですらなかった自分を何故そんな職務につけたのか、それをフォルカーに聞いてみたら、「苦労を知らないお坊ちゃんは仕事をさぼりやすいし、おべっか使いも多い。かといって雑に扱ったら親の貴族連中から苦情が来て色々面倒だ。だったらいっそ、明日のクビを恐れて文句も言わず必死で働く平民も悪くないだろ?」と言われた。

 怒りを通り越して「わぁ、モロに自分だぁ」と目頭を押さえたこの身が悲しい。

 

 その後「生かすも殺すも俺の気分次第。うは♪ちょー気持ち良いー♪」と言う声を聞いたような気がしたが、どうか思い違いであったと願うばかりだ。


 今まで彼は決まった人物を側に置くことはせず、仕事も内容によって担当官に任せている。

細々としたことは自分で覚えているから大丈夫らしい。

 

 噂では才色兼備な気品高い王太子と聞いていたが、実際は要領が良いお調子者、そしてかなりの好色男。これだけは残念ながら噂通り…いや、同じ女性とは二日と一緒にいない彼は噂以上だった。

すでに成人しているのに狼よりも世話が焼けるとは……。


「最近……全然隊の仕事してないや……」


 領主の一人、マテック公によって編成されたこの隊は、当初五十余名いた。

しかし戦争が終わる頃には十三名にまで減り、マテック公の死により主を失った隊は国軍へ統合された。


 戦場から戻ってしばらくは、他の仲間と同じように衛兵の一人として城内警護の任に就いていたが、最近は狼の世話以上に昼も夜も気が抜けない主のおかげでろくに剣も握っていない。


「せめて今からでもみんなと合流できないかな……」


 あいつだけ楽をしていると思われたくはないし、なにか揉め事が起きて目立つのは避けたい。


「――――……?」


 ふいに胸元に小さな違和感がして、服を脱ぐ。

 蝋燭の明かりが揺れ、オレンジ色のグラデーションが淡く幾筋もの傷が刻まれた白肌を包んだ。その肢体には生成の布が巻かれていて、挟まれていた布端が外れ、緩みかけていた。


挿絵(By みてみん)


(危ない危ない……)


 布を外すと胸元に二つの柔丘が現れる。かなり控えめなサイズではあるがこれは紛れもない本物。慣れた手つきで布を巻き直し、その存在をうやむやにする。


これが目立ってはいけない理由である。


 実家では親すら帰ってこない極貧の日々を送っていた。戦争でその家も家族も失なった。行くあてもなく、ただ彷徨う日々の中、空腹に耐えかねて娼館の扉を叩いたことだってある。

 パイプを片手に一服していた女主人には「随分とちっちゃいし肌は汚いし……。変な病気伝染されちゃ困るんだよ。うちじゃ使えないね」と門前払いにあってしまった。

 諦めずもう一件訪ねてみたら、笑顔で「マジ無理」とドアを閉められた。他の店でも何度か試してみたが、扉が開くことはなかった。


 娼館に身を落とした女達の悲運はよく耳にする。ただ娼館にすら断られ女としての価値を落とした女の話は聞いたことがない。

 扉の前でうちひしがれた十数分は多分一生忘れないだろう……。


 そんな身体も、ちゃんと具のある食事や安心して休息を得られる環境で、わずかながら目覚めの刻を迎えたようだ。

 しかし今の自分にとっては邪魔なものでしかない。


 女として使えないなら男として……とも思ったが、兵士としても特に剣の腕が立つわけでもない。身体に残された数多の傷がその証拠だ。守備がちゃんとできていれば、こんな傷などつかない。


 景気も回復し切れていない今、こんな貧弱兵士を雇ってくれる屋敷もないだろう。

 帰る家も家族も、戦火と共に消えた今、ここを追い出されたらもう他に行く場所などない。皆の目を欺き、なんとかしてここで生きていくしかないのだ。


 ため息をつき身支度を調える。ショートソードを腰に帯びた時、夜風に聞き慣れた遠吠えが響いた。


「随分気に入られたお嬢さんなのですね、殿下……。」


 再び使命感を宿した瞳。

 宿舎を飛び出せば満天の星空が広がっていた。


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