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そして夜が終わる。

 酒場で馬を一頭借りた。その背に荷物をくくりつけ、二人は月明かりの中で荷物と一緒に揺られている。


「いやぁ、危なかったなぁ。いくら変装しているとはいえ、流石に二人揃ったところをローガンに見られたら気付かれていたかもしれんからなぁ」

「……」


 虫の声も無い静かな夜だった。馬の蹄が地面を蹴る音がいつもより大きく聞こえる。


「何だよ」

「何でもありません」

「俺、なんかしたか?」

「別に」

「よく言うぜ」


 フォルカーは顔をしかめる。

 何故人はこういうときに「別に」「何でもない」と言うのだろう。見るからに不機嫌な顔とぶっきらぼうな声音で言われても説得力は皆無である。……いや、説得をするつもりなど端から無いのだろう。これは「聞くな、察しろ」というサインなのだ。


「まさかさっきの彼女のこと?気ィつかって、ちゃんとお前に許可とってやったじゃねーか」

「だから、なんでもないって言ってるじゃないですかっ」

「なんでもないならなんで怒ってんだよ」

「怒ってません」

「じゃあ、その不機嫌な態度止めて、鼻歌でも歌えばっ?」

 

 その一言でポルトの眉間に深いしわが入った。


「♪高らかに響けっ出撃のラッパ♪

 ♪攻め入る蛮族に剣をつきたてっ祖国の土を赤く染めろっ♪

 ♪討ち取りし首は勝利の花だっ♪」


「軍歌は止めろっ!酒場で盛大な血祭りでも開催する気かっ。お前だってナンパ待ちだったくせに、俺のこと言えねーだろっ。胸盛っても誰にも相手されなかったからって、八つ当たりしてんじゃねぇっ」


 それはそれでポルトにとって痛い部分だったのか、小さく「うっ」とうめく。


「ま、お前にゃそんな偽乳に騙される程度の男で丁度いいかもしれねぇけどな!」

「ロ…ローガン様にはナンパされたもん!ローガン様は胸の大きさ関係ないもん!お茶しませんか?とかお食事どうですか?って、ちゃんとナンパされたもん!(人間用じゃなかったかもしれないけれど)」


 ポルトの言葉に思わず目が見開く。


「ローガンに……っ?あいつ…女の趣味悪ィな……」

「どぉいう意味ですか、それ。ローガン様はすっごく真面目にお声をかけてくれましたよ。おひとりだからって不純な異性行為はされない方なんですっ」

「忘れてるかもしれねぇが、俺今フリーだからね?誰と付き合ったって問題ねーの。需要と供給が合致したから、ちょっと経済回してきただけじゃねーか。大体、なんで俺のナンパが不純でローガンのナンパが真面目なんだよ。差別だぞ。本当に純粋な異性行為がしたけりゃ、親同士の面会からやれってんだ」

「ローガン様はその場限りの女の匂いさせてる貴方とは違うんです……!全然、全く、これっぽっちも違うんですっ!」

「あ、そう!」


 フォルカーは手綱を強く打ち付け、馬を走らせる。


「殿下!?」

「――――……っ」


 加速した馬に振り落とされないように、ポルトは馬のたてがみにしがみつく。

 スピードが緩んだのは見慣れた森の中に入った時だった。遠くに見える城や山の位置を見て、ここが狼達の森であることを知る。

 「私、ここで捨てられるんじゃないかな……」、ポルトがそんなことを思った時、フォルカーは湖の近くで馬を止めた。そこはポルトも魚を釣ったり、夏には狼達を遊ばせたりもする場所だ。

 湖面には細い月が映り、ゆらゆらと光を反射している。


「???」


 状況を把握出来ないポルトを放って置いてフォルカーは馬を下りる。そして何を思ったのかおもむろに服を脱ぎ、湖に向かって大股で歩き始めた。


「え…!?殿下……!?ちょ…待って!!嘘でしょ!? 」

「テメーはそこにいろ!!」


 ポルトが遅れて馬を降りたと同時に湖面に水しぶきが上がる。彼女の制止も聞かず、フォルカーは泳ぎ始めたのだ。

 息も凍りそうなこの季節に水浴びだなんて、病気を通り越して心臓でも止まったら取り返しが付かない。気でも触れたのかと、水際まで走り主を呼んだ。


「殿下…!!殿下、お止め下さい!」


 すでに十数メートル先を泳ぐフォルカーは苛立った声を隠さず「うるせー!」と叫ぶ。静かな森の中に、彼の声と水しぶきの音はよく響いた。


「殿下…!あんまり大きな声出すとバレちゃいますよ…っ!」

「髪戻すやつ持ってこい!!」

「狼小屋でお湯を沸かしますから……!すぐお上がり下さい!!」

「持ってこいっつってんだ!!早くしろッ!!」

「っ!!」


 「馬鹿王子…!」、何度もそう言いながら仕方なく指示に従う。ポルトが持ってきたのは荷物の中にあった小さな小瓶だ。中には少し荒めの粉が入っている。

 フォルカーは中身を手にあけ、水分を含ませると髪に混ぜ込むように洗い始めた。何度か水に潜り濯いでいくうちに黒い染料が溶けだし、髪はいつものルビーレッドに戻った。

 黒髪姿に見慣れていたせいか、懐かしい知人を見つけたような気分になる。


「殿下…!もうよろしいでしょ…!?髪、ちゃんと戻ってます!」

 

 従者の言葉には耳を貸さず、主が水から上がったのはそれからしばらくたってからのこと。雫がポタポタと落ちる身体に、ポルトは慌てて自分のローブを被せて身体を拭く。


「大丈夫ですか…っ!?」

「寒ッ!!」

「当たり前ですっ!どうしてこんな馬鹿なことを……!」

「お前が言ったからだろ!これで満足か!?」

「はぃ!?」


 出かけた後は城に戻る前に狼小屋へ。そこでお湯を沸かし風呂を用意、髪を戻して着替える…当初はその予定だった。直前までポルトはその計画に変更はないものだと信じていた。いつもの茶化しだろうか?眉間にシワを寄せる。


「な・なんでそうなるんですか…っ。私は「狼小屋で」って言いました……っ」

「お前が……っ」


 フォルカーは何か言いかけたが、言葉を噛みつぶすように舌打ちをすると「もういい…!」と目を逸らした。

今回、少し短めです。

誤字・脱字のご報告、お待ちしております!

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