少女は最強の武器を手に入れた。
夜は嫌いだ。変なことばかり考えてしまうし、暗闇は何もない場所にも不気味な幻想を抱かせる。
できるだけ誰かが宿舎にいる時に就寝することにしているが、彼らの雑魚寝をしている姿を見ると、何人かは死んでるんじゃないかなんて思ったり……。
終戦後、仲間の中には自分と同じように時々情緒が不安定になったり、夜中に突然叫んだりする奴もいたが、それを家族や仲間が支えていた。
きっと自分も隊長や仲間、そして王子に支えて貰っているんだろう。そうわかっていても、喜んでいられるのは少しの間だけで、頭のどこかですぐに冷めてしまう。
刹那的な立場で生きている今の自分、取り巻く環境も全て刹那的なものだ。隊にだっていつまでも所属してはいられないし、父のような存在の隊長も自分の父にはなり得ない。王子は遠くない未来に妻を迎え新しい家族を作る。
見えない殻の向こう側に立っている自分は、嬉しいような寂しいような気持ちでそれを見つめることになるのだろう。
――「世界中にはこんなに人間がいるのに…」、そう思いながら色のない世界をまた一人で歩くことになる。
広げられた手を見ると、沸き上がる歓喜に無理矢理蓋をする自分がいる。いつも不安を抱えて何かを疑っている。……そんな生活に本当は疲れていたんだと思う。
独りでは満たされない「何か」があることを知っている。だから……
『少し贅沢なことをしよう。』
強欲な腕が背中を押して、今ここに座っている。
私だけの人を見つけるんだ。
とても誰かに勧められるような自分ではないけれど。
たった一人でも良い、もし見つけることが出来ればきっと……世界は変わる。
「よろしいですか?笑い声の調節ができない野郎は、周囲に気を配れない自分勝手な性格が多いのでお気を付け下さい。あと指先です。爪が長くて汚ねぇのは絶対にいけません。身体に触れられた時に怪我をします。傷口が化膿すると別の病気にだってなりかねません。天然馬鹿にもわかりやすいようにかいつまんで説明してますが、ここまではわかりやがりましたかね?」
「はい!」
ポルトは世界を変えるつもりなので、どんなに馬鹿にされてもこの怪しい先生についていくつもりだ。
初めて入るその店は、ちゃんとした馬宿もある少し立派な酒場。
古い木造の天井は、今まで客がふかした煙草の煙で燻されて少し黒ずんでいる。二階は宿泊所にもなっていて、旅人にも人気の店らしい。壁にはランプが下げられ店内も明るい。他にも異国の柄の入ったタペストリーが数枚飾られていて、その前にある四角いテーブルでは一日の疲れを癒しに来た男達が美味そうに酒を飲み交わしていた。
どのテーブルも盛り上がっているが椅子からひっくり返るような輩はおらず、また料理を運ぶウェイトレスに「脱げよ、ネーちゃん!」みたいなことを言う無粋な奴もいない。
「結構。あとは彗星がその鳥頭にぶつかるくらいの確率で起きる『超・万が一』、つまりその気じゃない相手からの逃げ方ですが……」
眼鏡を指先で上げながら、主であるフォルカーが無知な小娘ポルトに恋の指南をしている。いつもは「行商人の息子フォルトと付き人ポルカー」という設定で遊んでいるが、今回は「どこかお嬢様っぽい町娘ポレットとその付き人フォード」という設定だ。
「ポレット様、とりあえずは以上です。テメーの為に、ちょっとお高い酒場に来てやったんですからしっかりと頑張るように」
「ありがとうございます、フォードさん 」
ここは酒場のランクで言うと中の上。下級貴族や上級市民が主な客層で、可愛い犬が無粋な人間に見初められないようにと言うフォルカーのせめてもの心遣いだった。
「…………」
「何か?」
「お名前は…それでよろしいので?何故『リリア』を名乗らないのです?」
それは以前、フォルカーに告げたポルトの本当の名。
「…今更ピンと来ないですし。 第一、名前なんてどーでも良くないですか? 」
フォルカーがつけてくれた『ポレット』という名前も結構気に入っている。もし『脱ポルト』をした暁には『ポレット』になってもいいかも、なんて思ったりもした。
「左様で。それじゃ、わたくしめは遠ーくから見守っておりますので。何かありましたらご自身でなんとかなさって下さいね」
「はいっ、頑張りますっ。」
ポルトの小さなガッツポーズにフォルカーはため息をつく。しかし男である自分が側にいるのは邪魔なだけだとわかっているので、ワインを片手にその場を離れていった。
残されたのは初お一人さまのポルト。飲めないワインを前にしてもやる気は満々。
(恋人までは無理でも、友達くらいなら……!なんとか収穫して帰る……っ!)
金色の瞳が弓をつがえた時のように凛々しく光った。
………………そして二時間後、光はすっかり失われていた。
目の前には店主が「これ…おごりだから…」と出してくれたナッツが、すでに殻だけの状態で転がっている。
背中を丸め、ただその殻を淀んだ瞳で見つめ続けるポルト。隣の席は冷たいままだ。
一応、二人に声をかけられた。
一人目は「お嬢さん、お一人ですか?」とにこやかに話しかけ、顔を見ると「飲み過ぎないようにね?」とにこやかに去っていった。
二人目は「お嬢さん、もしかして約束をすっぽかされたの?」と心配そうに話しかけ、胸元を見ると「残念だったね。」と去っていった。
『どっち』の残念!?と思わずツッコミそうになったが、黙々とナッツをかみ砕いてしのいだ。
店主が時々もの凄く哀れんだ目でこちらを見てくる。うっさい、こっち見んな。
奥のテーブル席に座ったフォルカーを見ると、すでに女性を数人侍らせてキャッキャウフフと楽しんでいる。ちなみに三十分ほど前は全員違う女性だった。神様は明らかに配給バランスを間違えている。
ワインの表面に浮く小さな埃が目立ち始めた頃、テーブルの縁をコンコンと叩く音がした。
(新しい人…!)
跳ね上がる鼓動につられるように顔を上げると、横に立っていたのはフォルカーだ。その顔には口紅を拭った後が数カ所。キススタンプに参加していただろうオネーさんも一緒である。豊満な身体を押しつけ「飲み過ぎちゃったぁ♥具合悪ぅい♥」なんて言っている。こちらは具合ではなく機嫌が悪い。
そんなオネーさんの腰に手を回し、「わたくしめ、女性を支えております」的な雰囲気をわかりやすく装ったフォルカーが、くいっと眼鏡を上げる。
「お嬢様、所用が出来まして、しばらく上の階へ行ってもよろしいでしょうか?」
「……………」
「ご安心下さい、彼女はこの道のプロです。ビジネス上のちょっとしたお付き合いです。ウィンウィンな関係です。だからセーフですよね? ね?ね?ね?」
「………………………………」
前に使用人に手を出して喧嘩になったことを気にしているのか、必死に『同意の上の関係』だということをアピールしてくる。頭の良さそうな眼鏡男のこんな姿はなんとも頭が悪そうに……いや、頭が弱そうに見える。
「……どーぞ」
今日は自分もある意味愛の狩人(無収穫)だ。彼を責めることはできない。
階段を上っていく二人の姿を見送り、ポルトは深い深いため息をついた。
そこへカウンター越しに声をかけてきたのは店主の妻だ。一握りのナッツをポルトの小皿に追加した。
「なかなかお目当ての方は見つからないわね、お嬢さん? 」
「あ・ありがとうございます、奥様。その……私もある程度覚悟はしていたのですが……」
「こういうところ、初めて?」
「初めてというわけではないのですが、お酒が飲めないのであまり来たことはないです。いつも付き添いで……」
「もしかして、さっき上がっていった眼鏡の人?」
「えぇ、まぁ。彼の息抜きです」
「あらあら、貴女みたいな子を連れてこなくても…」
妻は苦笑いを浮かべる。
「でも…ずっと一人じゃ暇でしょ?お嬢さんは少し顔立ちが幼いというか…大人という感じではないから、他のお客さんも声がかけづらいのかもしれないわね。」
「顔……。もう少しメイクを濃くするとか…?? 」
今日は洋服屋の店員に頼んだ薄化粧。服を買ったらサービスでしてくれた。
「うぅ~ん…、身体もそんなに大きくない方だし、あまり濃くしても違和感が……。」
(打つ手無しじゃないですか……)
口に出すと本当になりそうだから言わない。…今回は口に出せないことばかりで少し疲れてきた。
「それに、貴女はまだお化粧しない方が可愛いかもしれないわよ? 」
「でも…」
つまり武器を置けということか。これ以上装備を外したら試合をするどころか試合会場にも入れなくなりそうだ。
「いつも思うのですが……もうちょっと胸が大きければ、結果も違っていたかもしれません。大人っぽく見えるかも……」
「そうねぇ、そしたら男性にアプローチしやすそうな服も似合ってくるだろうし……。あ、そうだわ、ちょっと待ってて。」
「?」
妻はしばらくカウンターの奥にある部屋へと姿を消すと、手に何かを持って帰ってきた。
「ほら、これ貴女にあげるわ」
「革袋……? 」
それは水筒にも使われる革で作られた小さな袋のようなもので、同じ大きさのものが二つあった。受け取ると握った形に変形する。
「随分と小さな水筒ですね。中に何か入っているようですが…何か薬でも? 」
「うふふふふっ。違うわよ、これはね……」
奥さんがポルトの耳元で囁く。
「胸に入れるの❤」
「!!」
「中に入っているのはただの水よ。革は特別な方法で鞣したものだから…ほら、薄くて触るとプニプニしてるでしょ?服さえ脱がなければ多少触られたってわかりゃしないわ❤」
「こ…こんなものが世に出回っているとは……!!! 」
「うふふふっ、お嬢さんはまだまだわかっていないようね…!『かわいい』と『胸』は作れるのよ!!」
「―――胸は…作れる……!?」
雷に打たれたような衝撃にポルト。一方、奥さんは得意げだ。
「奥の部屋、ちょっと貸して上げるから使ってみなさい。ついでに裏口に繋いである犬が子供産んだから見てくると良いわ。どうせあなたのお連れさん、帰ってくるまでまだ時間かかるでしょ?」
「い…良いんですか……!?」
「もちろん。あんな男、一緒にいても不幸になるだけよ。早く次の人が見つかると良いわね」
「あ…ありがとうございます……!!」
何度も何度も頭を下げながら、ポルトはカウンターの中へと案内されて行った。その手の中にはしっかりと聖なる秘宝が握られている。
―――嗚呼神様、これが『人類の英知』ってやつですね!
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