ここにも静寂の中の貴方。
ローガン達を見送った後、クラウスは一人この廟へと戻ってきた。静かな霊廟はゆらゆらとゆれる蝋燭が先ほどと変わらない様子で並んでいる。
変わったことがあるとすれば……、彼の前に現れた一人の男の存在だろう。
立ち入りが固く禁じられている廟の奥、そこからかつんかつんと足音が鳴り止まり、クラウスが優しく微笑んだ。
近衛隊が畏まるクラウスを前に、その男は礼儀などまるでない様子で長い前髪を骨張った手でかき上げると、やや不機嫌そうに口を開く。
「で、なんで近衛騎士とうちの従者がこんな所でデートしてるんだ?」
廟の中、入り口からは死角になっていた場所から姿を現したのはフォルカーだ。中で昼寝をしていたらしく、ローブを肩にかけシャツはやや着崩れている。思ってもいなかったペアの登場にすっかり目が覚めてしまったようだ。
「お前の従者になるくらいの子だ。主人に似てそっちの才能もあったってことなのかな。ふふっ、そんな顔するなよ。プライベートなことなんだから関係ないだろ、『フォルカー殿下』?」
「気持ち悪ィ」
クラウスは父ダーナーに連れられて幼少の頃から城に出入りしていた。王妃の希望もあり、一人っ子であるフォルカーの遊び相手として顔を合わせたのが二人の関係の始まりだ。今では兄弟のようになっている。
その影響のせいなのかどうかはわからないが、フォルカー同様、クラウスも一人称や呼び名を使い分ける。わざとらしくつけた『殿下』の言葉にフォルカーは顔を歪ませた。
「お前、あいつらがここに来るからわざと俺をここで寝かせただろ……」
城では何処へ行っても近衛隊が付いてくる。庭先では警護を強化した衛兵がウロウロしている。先日の一件から自分を避けるようになった従者は狼小屋に籠もっているので、仕方なく昔馴染みを頼ってクラウスを訪ねたら「絶対に誰も来ないよ」とここに案内された。
確かに周りは静かだし余程何か無ければ誰も来ない場所ではある。しかし床石は冷たいし背中は痛くなるし寝付きも悪い。クラウスは良い意味でも悪い意味でも起こしににこないので、予定よりもゴロゴロしすぎてしまった。おまけにあの二人の登場だ。
「食えない奴め…」
「うん?何か言ったか?」
ニコニコ顔のクラウスにフォルカーは舌打ちで応える。
ポルトが会話の途中で喉をつまらせていた理由も引っかかる。廟の奥にいたので表情は見えなかった。従者に一体何があったというのだろう。状況をクラウスに聞いてもいいが……いまいち信用できない。
「今まで側に誰も置かなかったお前にしては珍しい。随分と目をかけているみたいだし、興味があってね。一度話をしてみたかった。まぁ、悪い子じゃなさそうだ」
「性根は悪くねぇが、頭は悪いぞ。ありゃただの阿呆だ」
「全ての国民に教育が行き届くような時代でもない。突拍子もない噂でも信じてしまうことも珍しくないしね。まぁそうはいっても阿呆と言うよりは無垢と言った方が近いような印象だったけど……」
大きな欠伸をしながらフォルカーが廊下を歩き出し、「おや、もう帰るのかい?」とクラウスが小首をかしげる。てっきり今日一日、仕事と見張りから逃げるのかと思っていた。
「ここは静かすぎて寝過ぎちまうな」
「待て、フォルカー。聖堂の中を歩くならもう少し身なりをちゃんとしてくれ。特にその首筋の痕は禁欲生活をしている修道士には刺激が強すぎる」
先日使用人とチェストでイチャついていた時、ポルトが見ている前で付けられたキスマークが今も首筋にはっきりと残っている。
それを知ってか知らずか、ポルトはまともに口を利いてくれないし、目すら合わせてくれない。自分も半ば意地になり、同じ態度をとってしまう。我ながら子供じみていると思うが、つい最近まで同じようなことは何度もしてきたのに、何故今回に限って彼女がこんなに引きずるのかがわからない。
これが女のヒステリーというやつだろうか?そうだとしたら、曲がりながらにもポルトは女として育っているということか。
「はいはい、わかったよ。……さて、と。ぐずぐずしてると近衛隊の連中が城中駆け回って息切れおこしちまうな」
「そしたらまたあの狼従者の出番か」
「そうなる前に、ってことだ。あいつが一番面倒臭い」
「おやおや。女性の相手ならお手のものなのに彼には手こずってしまうようだ。いや、そろそろ少し難しいゲームをしたくなって男に手を出し始めたのか?あの噂を聞いた時はかなり驚いたよ」
「出してねぇっつの。っつか、どこでそんな噂聞いたんだよ」
「内緒。でも嘆いているご婦人は多いよ?」
(懺悔室だな……)
この施設内にある小さな部屋で、罪の意識を抱える民が司祭に告解をする場所だ。そこそこ大きな教会には設けられていて、この聖堂のものは城に出入りできる人間ならば誰でも使えるようになっている。
クラウスは多くの人々の悩みを聞き、直接聖典の言葉を説きたいといって、よく告解部屋に入っていた。
恐らくここに秘めた想いを抱える女達が訪れたのだろう。
「昨日ある女性がここに来た。多分お前が手を出そうとしたあのメイドだと思う。ある人を巡って、酷いことを言ってしまったって」
「あん?」
「細かいことは言わないけど。お前の気持ちは察していたが、最後までわからない振りをしていた。でもそれを相手の従者に指摘されて、逆上してしまった…とね。まぁ…、わかってることを改めて言われると、腹が立つことはあるだろうな。あんな状況じゃ尚更だ」
「厳格に規律を守ったところで、必ず神様が助けてくれるってわけじゃねぇ。お互いの合意の上なら気にし無くったっていいのにな…っていうか、なんで俺のことだってわかったんだよ」
「似たような状況で主を怒鳴りつけた従者の話をローガンから聞いていたからね。しかもそんな従者をお咎め無しにするような主人は多く無いよ。……いい加減、相手にしたご婦人を聖堂送りにするのは止めてくれ。お前の後始末の為に聖堂はあるんじゃないだぞ?」
「心の救済はお前達の役目だ。まぁ、頑張れよ。ってか、お前、告解のこと他人に喋ってもいいのかよ?そういうのは秘密厳守なんじゃねーの?」
女相手にこじらせてるなんて意地でも教えてやらない。
フォルカーはローブを片肩にかけ、紐の緩んだ首元を整えた。
「多少は言わないと治らないだろう、お前のソレは。あとフォルカー、俺は優しいから……」
「?」
「あのメイドが狼従者に似てるだなんて誰にも言わないからね」
「はぁッ!?」
大聖堂を出て行く女は、ゆるいウェーブのブロンドヘアにセピア色の瞳を持っていた。今日間近で見た狼従者は、黄金のように濃い色の瞳、そして同じ色をした髪は所々くるんと跳ねていて……。
一目見て「ああ、なるほど」と思った。
「全ッ然似てねぇッ!!」
「はいはい、わかったよ」
全力否定をして去っていくフォルカー。
一方クラウスは、新しいフォルカーの弱みを見つけたかのようにしばらくニヤけが止まらなかった。
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